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壇香梅の逃避行 13


 怪しい――女が二人、こんな所を歩いている筈がない。後ろ姿からして、同業者ではない。まったく見覚えのない二人だ。

 となると、間違いない――人の形をとってはいるが“モンスター”なのだろう。しかも、相当なレアな個体とみた。

――狩るしかない。

 タイミングが重要だ。こうして草陰に隠れ尾行を続ければ、そのうち大きな隙を見せるかもしれない。しかし、仲間と合流し強襲が不可能になる可能性もある。相手の力量が分からない以上、覚悟をきめてかからねば。

 怖い――が、上手くいけば相当な報酬が得られるだろう。ギルド内でパッとしない立場を一気に押し上げるチャンスだ……。


「――よし」


 小さく気合を入れて、ナイフを抜き短い刀身の輝きを見つめる。これは癖であり、心を奮い立たせたい時に、決まってこうするのだ。

(できる……きっと、できる!)

 いつでも飛びだせるよう腰を浮かせ、思考を巡らせる。初撃を仕掛けるのは、背の高いほうにしよう。細身の剣を一本腰に下げているだけで、それ以外の武器は無いようだった。もう一人、背の小さい黒髪の方は、体がすっぽり隠れそうな巨大なモノを背負っている。布に包まれていて何かは分からないが、きっと武器だろう。振り回されたら近づけない――だから、そっちは後。それで行こう。

 決めるべきことは全て決めた。ナイフの刀身が放つ鋭く冷たいオーラが乗り移ったかのように、緊張で高なっていた胸も静かになっていた。いける――。

 確信を感じるとともに、キッと前方を睨み、私はモンスターに切り込ん……あれ?


「うっ――――」


 私が視線を反らしていたのは一秒に満たない時間だったはずだ。

 並んで歩いていたはずの一体、背の低いほうのモンスターは既にそこに居なかった。それに気付いたのとうなじ・・・の辺りに鋭い衝撃を感じたのは、ほぼ同時だった。

 フェードアウトして行く意識の中で、私は早くも後悔を始めていた。

 おそらく、私の背後に居るのは小さいほうの人型モンスターだろう。私が目を反らした一瞬の隙に音も気配もなく背後にまわり、一撃を食らわせたのだ。

(格が――違いすぎる――――)

 欲に目がくらみ、敵の力量を測り損ねた。ハンター失格だ。まったく自分が嫌になる。こんなことではいつまで経っても一流にはなれない。一からやり直そう――もし生きて帰れたら。

 そこまで考えたところで意識が暗転した。二度と冷めないかもしれない混濁に溶けて行く……。



 *



 うっすら目を開けると、赤く揺らぐ、温かいものが見えた。

 炎だ――芯の痺れた木偶の坊の脳で考える。自分はどうして寝ていたんだっけ――たしか、狩りに出かけて、それで――人型のモンスターにやられて――生きてる!? でも、炎が目の前にあるってことは――――!


「や、やめろ! 私を食べても美味しくないぞ!」


 丸焼きにされて食われる! と思ったのだが――叫びつつ、飛び起きる。すんなり起き上がることができてしまった。縛られたりしていないらしい。そして、ハッキリと覚醒した意識と視界で、状況を把握する。まず、炎はとても小さい。たき火レベルであり、人を丸焼きにするには小さすぎる。それから、たき火を挟んだ向こうに女がいた。腹を抱えて笑い転げている。チラと私を見ては笑いを殺そうと踏ん張っているようだが、抑えきれずまた破顔する――それを繰り返していた。腰の剣を見るに私が追っていたモンスターの一体だ。っていうか、すっごく恥ずかしいんですけど……なんなのさ!

 頬が赤くなるのを感じていると、後方で声がした。


「あら、目が覚めたんですね。よかったです――いえ、まずは謝罪すべきですね――」


 振りかると、暗い木の陰から人こちらに近づいてくるところだった。見覚えのある黒髪――私に攻撃したであろう、小さいほうの人型モンスターだ。モンスターのくせに言葉まで喋るとは――と驚いていると、ソイツはどういう訳か恭しく首を垂れて言った。


「本当にすみません。殺気を感じたものですから、つい攻撃してしまいました。首、大丈夫ですか?」


 謝罪されてしまった……私はしどろもどろになって「は、はあ」としか言えなかった。すると、謝罪したモンスターは心底安心したように息をついた。


「そうですか、よかったです。ところで、ロカさんはいつまで笑ってるんです? 失礼ですよ」


 ロカというのが爆笑モンスターの名前か――そのロカは、ようやく笑い虫を噛みつぶしつくしたらしかった。


「いや、すみません。私からも謝ります――まさか、尾行していたのが女の子とは思いませんでした」


 真顔に戻ったロカは随分な美人だった。黒髪にしてもそうだが、力からなにから完膚なきまで叩きのめされた気分である。

 はたと閃く。人型で、言葉を喋り、美しい、そんなモンスターを私は知っている。


「さては貴様ら“サキュバス”だな!」


 妖艶な魅力でもって男どもを籠絡し精気を吸い取る淫乱なモンスター“サキュバス”。この二人はそれに違いない。そう考えれば、私がこうして生きていることにも説明がつく。私は女だ。

 さあ、ここから私のターン。とてつもない身体能力をもっているようだが、正体さえ分かってしまえばこちらの物――サキュバスの弱点など把握済みだ。

 勝利の女神は私にほほ笑んだ! とか、考えてたんだけど……。


「サキュバ――プッ」

「なるほど、私たちをモンスターと……プフッ」


 今なら簡単に倒せるんじゃないかな。そんな無防備に――笑うなよぉ……。

 焚火に飛び込んでやろうか。あるいは顔の火照りが冷めるかもしれない。

 消えてしまいたいような羞恥心に苛まれながら、私は思い始めていた。

(この人たち、モンスターじゃない、かも)

  てか、絶対違う……。


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