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ブラクコンティーン



「いっつつ……大丈夫かアーネ」

「は、はい――なんとか」


 俺たちは穴に落っこちた。結構な長さを落ちたわけだが、こうして生きていられたのは穴がウォータースライダーのようにうねうねと蛇行していたおかげだろう。落ちるというより滑り落ちてきて、ようやく平らな地面にたどり着いた。

 目が回り、頭がガンガンと痛む。体中に擦り傷や打撲ができているようだけど、まあこの体ならすぐ直るだろう。しばらくは落ちてきた姿勢のまま地面に伏せていたが、頭を振ってなんとか立ち上がる。

 目を開ける――すると、そこには街が広がっていた。


「おお……スッゲ――」


 少し遅れて、アーネも立ち上がる。

 落ちる最中俺が彼女を抱えていたのでケガはそれほどないようだが、服はドロドロだし髪の毛がぼさぼさだ。

 フラフラと怪しい足取りで立っているのがやっと――という様子だが、アーネも今自分がどんな所に気付いたようだった。


「こ、これは……魔女の都――?」

「だろうね」


 仄暗いせいで正確な奥行きは分からないが、とんでもなく広い空間が地下に広がっている。石を切り出した四角い家がマス目のように並んでいて、所々街燈のようなものまで置かれている。街の中心と思われる高く盛り上がった所には、これまた石でできた城があり、二つの塔がどこまでも伸びている。


「行きましょうコイド様。たしか、マイラ=フランムークという人に会えばいいのでしたよね」

「ああ、そうすれば俺は力を取り戻すことができるらしい」


 映画館でのことはローブアインを出る前に皆に言ってあった。混乱を避けるために本物のスターウェイ=ランキャスターに会ったことは言わなかったが、それについてもいつかハッキリさせないとなあ――。


「誰かてきとうな人を探して聞いてみるか」

「はい」


 俺たちは歩き出した。

 魔女の都といっても特に変わったところはなかった。普通の人々が普通に生活していて、それが地下に移動しただけ――という感じだ。だが、魔女の都ってくらいだから皆魔法使いなんだろう。

 マーケットの前で立ち話しているおばさんや、店先で頬杖をついているおじさんなんかに声をかけて”マイラ=フランムーク”という人を知らないか――と聞いてみた。しかし、帰ってくる答えは全てノーだ。

 本当にそんな人いるのかな――と、不安になり始めた頃、気づくと俺とアーネは街の中心にある城の前までたどり着いていた。

 城門の横に設けられた小さな扉をノックする。もうここに聞くしかあるまい。


「すみませーん」


 すると、すぐに扉が開く。

 中から出てきたのは執事風の服を着た壮年の男だった。髪は全て白髪になり、顔に深い皺が刻まれているが、どことなく上品な雰囲気を持った人だった。

 その人は、不思議そうに俺とアーネを見てから言った。


「なにかご用ですかな?」

「あの、俺たちマイラ=フランムークという人を探しているんですけど、そんな名前の人を知りませんか?」


 何度も繰り返した質問。しかし、それに対する答えは初めてのものだった。


「知っていますよ」


 俺はアーネと顔を見合わせる。


「ホントですか? どこに行けば会えますか?」

「マイラ=フランムークに会いたい――と仰るのですか。うむ――承知しました、私に付いてきてください」

「付いて来いって――それはどういう」

「マイラ=フランムークなら城の中におりますので」

「は!?」



 *



 私とメシアさんは、コイドさんたちと逸れた後、ひとまず捜索を諦めて森を抜けた。

 まったく――逸れないでくださいとあれだけ言ったのに……。しかし、メシアさんを庇いながらとはいえ私だって注意をはらいながら歩いていた。なのにこうもあっさり逸れてしまうとは……何か引っかかる。

 いや、今はそんなこと考えている場合じゃないか。


「てめえ――このガレア様に刃向かおうってのか、あん!?」


 毛皮を着こんだゴツイ男が剣を振り回しながら叫ぶ。

 私は頭を抱えた。


「まったく――次から次へと厄介な……」


 森を抜けると、そこには小規模な村があった。どうやら、森に入った時とは違うところに出てしまったらしい。立ち寄るにはちょうどいいと思い、私たちは村に向かったのだが、着いてみると何やら騒がしい。

 声のする方に行ってみると、なんとも分かりやすい場面に行き当たった――というわけだ。


「メシアさん、その方を安全なところまで連れて行って、あなたも隠れていてください」

「分かったロカちゃん。ガンバってね! ――行こ、おじさん」

「あ、ああ。はい」


 メシアさんは腰を抜かしていた老人を起こすと、その手を引いて通りの向こうに歩いて行った。


「おうコラ、なに勝手なことしてやがんだ。オレはあのじじいと話があったってのに、返しちまいやがって」


 ガレアはこめかみに青筋を浮かべながら私を睨む。


「話――あれがですか? 私には恐喝にしか見えませんでしたが」


 そう、私たちが駆け付けた時この男は老人に剣を向け怒鳴り散らしていた。そこに私が割って入ったので、こちらに矛先が向いてしまったのだ。本当はこんなことしてる場合じゃないのだが、見過ごせるわけはない。


「へっ――俺たちの世界じゃ、あいうのを会話っていうんだよ。お嬢ちゃん、どういうつもりかしらねーが、オレに刃向かったからにはただじゃおかねぇ――」


 ガレアは私の体を上から下まで舐めるように見る。

 そして、グヘヘと気味悪く笑った。


「なかなかの上玉だ――命だけは勘弁してやる。だが、すぐに死んだ方がマシだと思い知るだろうよ。オレ様が飽きるまで可愛がってやる。

 さあ、謝るなら今だぞ? まあ、謝ったところで許す気はねーがな」


――なら、なぜそんなことを言うのだろう。

 私にはこの男の言動がよく分からなかった。


「謝る気はありません。あなたが引かないというのなら私も実力行使に出ます――」


 剣を抜き構える。


「私が負けたのなら仲間にでも用心棒にでもなりましょう」

「な、仲間? ……そういうこっちゃねーんだが――まあいい」


 ガレアも剣を構え、


「戦おうってか――いいぜ、どっからでもかかって来いよ、お嬢ちゃん。先に撃たせてやる」


 ニヤニヤと笑いながら言った。

 どうやら舐められているようだ。少し腹が立つ――先に攻撃していいというのなら、そうさせてもらおう。


「では、行きます」


 ガレアは剣を両手で持ち、腰の高さで構えている。

 私もまったく同じ構えを取り、距離を詰める。相手の目を見つめたまま、ゆっくりとした足取りで。

 移動しながら、相手と自分の体の中心を合わせる。寸分の狂いなく、ピッタリと合わせる。互いの剣先が交わる寸前まで近づく。

 私はガレアの瞳から目を離さない。どんなに小さな変化も見逃してはならない。

 この男は気づいているだろうか、すでに私が必勝の条件を全て満たしていることに。

 期を待つ――まだ――まだ――――今。


「っつ!! ぐおあああ!」


 ガレアが尻餅をついて倒れる。

 剣を取り落とし、血がほとばしる肩口を必死で抑えている。


「て、てめえ――今なにしやがった!」

「言われた通り先手を打たせてもらいました」

「んなっ、なんだと?」


 ガレアは恐怖して地面を這いずる。


「私はただ構えた剣を前に倒しただけ――あなたがそれをガードしなかったから肩に刺さったのです。不注意というやつですね。気を付けたほうがいいですよ」

「……な――くっ!」


 ガレアは奥歯をギリギリと軋ませ、鬼の形相で――逃げだした。


「覚えてやがれ、このアバズレが! 絶対復讐してやるからな!!」


 肩を抑えたまま、背を向けて一目散に森の中へ消えていった。まあ、追う必要はないだろう。


「――ふう」


 血を払い、剣を鞘に納める。

 すると、背後で軽快な足音――メシアさんだ。


「ロカちゃん、凄い。今のどうやったの? なんであの人避けなかったの?」


 私の腕に飛びついて、楽しそうに聞いてきた。そうか、一部始終見ていたんですね。

 私は少しお道化てみる。


「剣を透明にしたんですよ。だからあの方は私の剣に気づけなかったんですね」


 メシアさんは可愛らしくプーッと頬を膨らませた。


「誤魔化そうとしてるでしょロカちゃん……」

「フフ――ごめんなさい。でも、まだ人に説明できるほど私は強くない。ですから、今日のところは見逃してください」

「ううう……ケチィ!」

「フフフ――」


 そう、私は弱い。王国最強と謳われるお父様には到底及ばない。戦駆りなどと持て囃されてはいても、所詮一人の兵士に過ぎない。それではだめだ――お父様の跡を継ぐ者として私は強くなりたい。

 今日は上手くいった。しかし、たまたま相手が弱かったというだけで、さらに強い敵が現れた場合、私は何もできないだろう。”黒”と対峙した日と同じように……。

 だから、早く見つけなければ――あの日、お父様が私に授けてくれた『天秤の支柱』の真髄を。


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