壇香梅の逃避行 6
ゴウ=ハーディライトという人間を一言で表せば事なかれ主義者だった。何が起きても関心を持たない。特定の親しい相手も作らず、家族との関わりも薄い。
カタードス公爵であるアニス=ハーディライトを父に持ち、彼もまた将来爵位を継ぐ人間なのだが、そのことに対してもさした興味を持っていない。
彼はこのまま恵まれた人生を何となく生きて行くだろう。そのことに対して、疑問や不安はもちえない。ゴウは事なかれ主義者なのだから。
そんな彼が休日に屋敷を出た。非常に珍しいことだった。もちろん本意ではない。自室に閉じこもって日が暮れるまで寝転がって天井でも眺めていたかった。それが彼の趣味という訳ではない。たまたま一番面倒が少ない行動が天井を眺めるというだけのことだ。
それが阻害された。道端を歩きながらゴウは不機嫌を隠そうともしない。といって、顔には出さず、石ころを蹴飛ばしたりもしない。が、誰が見ても気易く話しかけたいとは思わないだろう。そういう雰囲気。
通いなれた順路を辿って学校に到着。陰り気味の太陽は真上の辺りにあった。それから、本校舎を迂回し、最短距離で特別棟に向かう。その間他の生徒は見かけなかった。休日なので当たり前といえば当たり前だ。もっとも、ゴウの場合すれ違っても視線すら振らないだろうが。
廊下を進み、自治会室の前に立つ。そういえば――最近補修工事をやったらしい。彼はそんなことを思い出していた。ドアの取っ手を握るまでに忘れていたが。
「入るぞ」
彼なりに礼儀を尽くした挨拶。どうせリードしかいないのだからこれでかまわんだろう。彼はそう考えていた。
しかし、三人分の視線がゴウに集まった。
その中で一番静かな眼光も持つリードが二歩三歩近づいてきた。
「やあゴウ。呼び出してすまないね」
しかしゴウはそちらに視線を向けず、残る鋭い目つきと対峙していた。
「謝られても許さん。それより、誰だそいつらは」
リードはやれやれと頭を振ってこたえる。
「口を慎んだ方がいい。王族親衛隊のお偉いさんだ――我々に話があるらしい」
王族親衛隊――彼らの父親であれば畏まるのは逆だが、この場合、ゴウたちは下の立場となる。
言われた通りゴウは口を慎んだ。というより、言葉を選ぶのが面倒なので話すのを止めた。しかし、それは立場が上の人間に対する恐れとはまた違った物の考え方だった。
そんなことよりゴウは、自分以上に無関心に見えるリードが気になっていた。
世界広しと言えど、ゴウの興味を引ける人間はリード以外に居ないだろう。あるいは、友人と呼べる相手かもしれなかった。
*
自治会室の傍らに置かれたソファ。机を挟んで窓側にリードとゴウ、廊下側のソファに王族親衛隊の二人が陣取った。
口火を切ったのはリードだった。
「何の御用か知りませんが、ご苦労様です。紅茶でも淹れましょう」
その敬っているのか小馬鹿にしているのか微妙なピントのずれた提案に答えたのは、オールバックの男だった。名をコーブという。軍の制服を着てはいるが、眼光と分厚い体は隠しようもない。並々ならぬ訓練を積んだ戦士なのだろう。
「いや、結構だ。それより、本題に入らせてもらう」
そう宣言しつつコーブは周囲を伺い、少し姿勢を固くした。
そして、今度こそ口火を切る。
「エレジア王子が王都から逃げ出した」
たっぷり余韻を残し言った。それは、二人の反応を予期した配慮だった。しかし、驚きや戸惑いが芽生えたの親衛隊の二人だった。
「エレジア王子というと――」
「次の王さまだろ」
「何故逃げたんだ」
「何故俺に聞く」
リードはふむふむと頷いて、目を剥く二人に向き直った。それで、どうなの? といった態だ。
そんなリードたちの態度を見て、もう一人の親衛隊員が立ち上がった。
「き、貴様ら! 事の重大さが分かっているのか」
こちらはコーブより若く、どちらかといえば貧弱な体つきだ。繊細そうな顔つきで色が白い。名をロフスという。
「五大公爵家の分際で図に乗って――」
今にも掴みかかりそうなロフスをコーブが片手で制する。上下関係があるらしい。ロフスはソファに座りなおした。いぜん鋭い眼光を向けたままだが。
そんな二人を見てリードが言う。
「いや、申し訳ない。空気を読めないたちでね――もちろん、事の重大さは分かっているつもりだ。事情は分からないが、もし王子が戻らないようなことになれば国の存続を左右することになる。
それで、我々に指令があるのですか?」
それはもっともな指摘だった。王都に最も近く、国中の権力者が集うルドラカンド学園。失踪した王子を探せという命が下れば、皆血眼になって探すことだろう。捜索隊を組織するならば、ルドラカンドに依頼するのがベストだ。
しかし、コーブは頭を振った。
「いや、捜索隊は小規模になるだろう。遺憾に思うが、それは本筋とずれてしまう……我々が大使として使わされた要件は他にある。
これは、五大貴族にしか話せないことだ。他言無用なのだが――」
コーブは値踏みするように無言で問う。
リードは全くの無表情のまま頷く。ゴウもそれに習う。
「信じよう――王子は生まれつき不思議な力をもっていた。それは、無意識に安全を確保する能力だ。詳しいことは言えないが、様々な事実から間違いないとされている。
だから、王は王子の身に危険は無いと判断し、捜索に力を入れなかった。それより、考えなければいけないのは、王子が王都を出たということだ。
王子自身、自覚は無いだろうが、その行動は“王都に危機が迫っている”ということに他ならない。
もう分かるな――君たちの親にも招集をかけている。数日のうちに王都に五大公爵たちが集うだろう。そして、その息子である君たちにも参加してもらう」
コーブは一度言葉を切り、覚悟のこもった声で言った。
「王都防衛指令だ――」




