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壇香梅の逃避行 2



 おや、珍しい。ルドラカンドの制服を着た客が一日に三人も来るとは。入店した二人組の少女に「いらっしゃいませ」と頭を下げ、カウンター席に座るのを見送る。それから、ふと視線を戻すが――、


「――?」


 髭面のマスターの頭上に疑問符が浮かぶ。

 ほんの数秒前まで会話していた少年が、カウンター席から姿を消している。齧りかけのクッキーと湯気の立ち上るコーヒーカップはそのままだ。トイレにでも行ったのだろうか。しかし、さすがに音で気づくと思うのだが――、


「すみません、コーヒーとサンドイッチを二つずつお願いします」

「かしこまりました」


仕事中なのだからしっかりせねば、と頭を切り替える。さて、パンを切ろう――視線を落としたところでマスターはようやく気付く。忽然と姿を消した客がいつの間にかカウンターの内側に居たことに。



 *



 静かに、お願い――カウンターの下にうずくまって、ゼスチャーを送る。マスターはすっかり困った顔になった。あたりまえだけど。

 でも、こうするしかないんだ。今二人に会いたくない。お願いマスター、察してくれ……。


「そういえばコイド様は喫茶店が大好きでした。週に三度は通っていましたよ。マーケット通りにある店に」

「ああ、あそこですか。私も何度か言ったことがあります。クッキーが絶品なんですよね――」


 しめた――なんとナイスな会話。マスターは今の話で感づいたようだ。二人の会話に出てきた喫茶店好きの“コイド様”が俺で、その俺が知り合いを見て姿を隠した、ということの意味に。やれやれと頭を振って、サンドイッチ作りを始めた。ありがとうマスター。

 二人が出て行くまで隠れているしかない。となると、カウンターの二人の声が聞こえてきてしまう。


「コイドさんって不思議な人ですよね。あれだけ強いのに、なんだか普通っていうか――」

「はい、言いたいことは分かります。どこまでも庶民的で――たまにおじさんなんじゃないかと思う時もあります」


 まるっきり三十代のおじさんな訳だけど、はっきりそう言われるとちょっとヘコむ。


「と思えばアイスクリームを食べに行こうと誘ってきて、時折メシアより子供っぽいと感じることもあります」


 アイスクリームが好きなおじさんが居たっていいじゃないか。家族連れて観光地に来てるおじさんは大体ベンチでソフトクリーム食ってるぞ。


「私も主に会長絡みで悪戦苦闘していますが、アーネットさんも大変そうですね。家のことは殆どやっているのでしょう?」

「ええ、それはもう大忙しです。コイド様は結構家事を手伝ってくれるのですが、不器用なので余計に仕事が増えますし、メシアはチャランポランでふざけてばかり――自分で言うのもなんですが、私が居なければあの家は成り立たないと思います」


 おっしゃるとおりです……。


「けれど、忙しくても不思議と嫌にはならないんです。まさか、こんな生活を送るなんて昔の私は思いもしませんでした。でも、実際こうなってみて、もうこれしかない――というほどしっくりきているんです。ずっとこんな暮らしが続けばいいな――どんなに家事で疲れても、夜眠る前はそう思うんです」


 うわ……どうしよう。なんか聞いちゃいけない話を聞いちゃった気分。いやね、俺だって同じ気持ちだし、アーネがそう思ってくれてるのは心の底から嬉しいんだけど、面と向かって言われると――いや、面と向かってないのか。

 

「ところでアーネットさん。私、前から気になっていたんですけど、三人の間に恋愛関係は無いんですか」


 アーネが盛大にむせた。可哀そうに、音から察するにコーヒーが変な所に入ったな。まあ、気持ちは分かる――俺も変な声が出そうになったから。


「大丈夫ですか」

「な、なんでそんなこと聞くんですか」

「だって、普通に考えて年頃の男女が同じ部屋で暮らしていたら何かしら起こるじゃないですか。アーネットさんたちは仲がいいし、なにもない方が不自然かと」

「何もありませんよ! まったく、ロカさんがそんな話題を持ち出してくるとは思いませんでした」


 たしかに。ロカは真面目で誠実って感じだ。それに、数十件の求婚を断ったっていう伝説も聞いたことがある。てっきり?

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