タキオンの孤独 35
「ということで、よろしく頼むよ――ピート先生」
それは、私にとって良い提案に思われた。しかし、どうも釈然としない。
「本当にいいのだろうか。私は犯罪者なのだが」
「といっても、未遂だろ。レターくんのおかげで実害は出ていない。それより、先の戦いでの活躍や、これからのルドラカンド防衛の観点、なにより、その世界でも指折りの魔法知識を鑑みれば、投獄しておくにはあまりにも惜しい。まあ、しばらくは監視役を付けさせてもらうがね。それも体裁を考えた一応の采配だ。すぐに普通の生活に戻すさ」
「は、はあ――」
もう少し何か言っておきたい気もしたが、しかしリード=ティラムントはこれで終わりと言わんばかりに椅子から立ち上がった。
「細かい事情は追って説明するから、しばらくは好きにしてくれ――はあ、僕は家に帰って眠るとしよう。まったく、次から次へと問題ばかり起きる――休めるときに休んでおかないとな」
とぼとぼと部屋から出ていくので、私もそれに続く。
「事後処理がたまっているのですね。まさか、会長自らやっているとは」
当事者である私が言うのも可笑しな話だが、それは意外な事実だった。あのバスウッド=カーペンターと対等に戦えるほどの力をもちながら、一歩日常に戻れば事務仕事などをこなしているとは。凄いギャップだ。
リードはやれやれと頭を振って愚痴を漏らした。
「いやね、信頼できる部下に事務仕事を任せていたのだが、その部下は今ルドラカンドを離れているのだよ。だから僕が仕事をするしかないのさ」
*
「あれがルドラカンドから一番近い街ですね。ブーズステュー公爵領地の傘下です。特産品は魔女の森の木で造られた木彫りの像だとか」
そんな情報いらないか――と思いつつも、つい口に出してしまった。
「そうですか、あの森の木は多くて大きいですから、大量に作れていいですね」
心ここに有らず。だが、しっかり会話をするあたり彼女らしい。
仕方ないとは思う。
「きっとすぐに見つかります。コイドさんが行くとすればブーズステューかローブアインでしょう。エイモスさんやメシアさんも捜索しているのですから、時間の問題でしょう」
ルドラカンドを離れ、アーネットといっしょに馬車に揺られている理由。
コイドがルドラカンドから姿を消したのはバスウッドが去った翌日だった。
その理由は何となく分かる――コイドたちはバスウッドに加担し、自治会と戦った。そして、国の半分が消滅する寸前まで事が進んでしまった。
コイドがバスウッドに加担した理由は“優しさ”に他ならない。だまされる方が悪いのだ。なんて、とてもじゃないが言えやしない。それは、私だけでなく、エイモスやリード会長も同じ意見だ。話し合いの場を設け、反省文の一つでも書けばそれでカタが付くはずだった。
しかし、コイドは姿を消した。親友のエイモスどころか、同居人であるアーネットやメシアにも何も告げずに、である。ずっと仕えてきたアーネットが抜け殻のようになってしまうのも仕方がない。
それでも、彼女は力なく笑いかけてくる。
「ありがとうございます……ロカさんって優しいですね」
不意を突かれて動揺してしまう。
「そ、そうですか――?」
「はい。といって、一緒に探してくれるからとか、そういう訳では無くて、私がそう感じたのは先日の戦いのときです――」
話が妙な方向に転んでしまった。何やらこそばゆいので話題を変えたいのだけど、アーネットさんが自ら話題を振ってきたので、今は合わせよう。
「私たちは敵対していました。互いの目的が食い違って、戦うしかない状態でした。私はロカさんを殺すつもりでした。コイドさんのため……それが私の全てです。今も変わりません。でも、ロカさんは少し違いました。
きっと私を殺すつもりで戦っていたはずです。それは私と同じだと思います」
「それは――そうですね。加減などしていたら一瞬でやられていたでしょう」
「ですが、ロカさんは何があっても私を殺さなかったんじゃないですか? なんて、分かった風なことを言ってしまいましたが――ええと、戦いの最中私は不思議な気持ちでした。その、なんと言えばいいのかよく分かりませんが――命をかけた戦いでは相手の意思みたいなものが感じられるものです。どんな気持ちで、どこまでの覚悟をもって攻撃をしているのか、何となくですが」
「はい。私にも分かります――剣を交える二人にのみ分かる暗号のような感覚です」
「まさしくです。私はロカさんほど戦闘経験豊富ではありませんが、あの戦いではハッキリと感じられました。
違っていたらすみません。私は、戦っているロカさんから“迷い”を感じました。こうするべきだ――という論理的な部分と、でも私は――という非論理的な部分が混在し、複雑に絡み合っていました」
表情には出さなかったが、彼女の指摘は完全に的を捉えていた。その通りだ。私はあの戦いの最中迷い続けていた。迷うべきかどうか――というそもそもの部分ですら迷っていた。それは、今でも解消されず心の底で渦巻いている。
「不思議でした。迷いは戦いに禁物。動きや思考を鈍らせ、覚悟の前に屈するのが必然。だというのに、ロカさんは恐ろしく強かった。私の理解の及ばない、別次元の強さをもっていた。何故なのか――考えた結果、結論は出ませんでした。きっと、一筋縄ではいかない、複雑な道順を追って辿り着いた境地なのでしょう。
ですが、一つだけ分かったこともあります。戦いにおいて生まれる迷い――それは、温情と非情に他なりません。それは動かぬ事実です。私は忠誠という欲望によって温情を排除することで戦っています。また、まったく逆の立場に立って戦っている人もいるでしょう。それは、とても楽で、そして強い。ですから、覚悟を決めることが戦ううえでの必須事項となります。
ですが、ロカさんは違った。辛く、弱いはずの“迷い”を排除せずに戦い、とてつもない強さを発揮した。だからロカさんは“優しい”と思うんです。誰かのために辛く厳しい道を選べるのだから」
精根尽き果てるまで殴り合った仲――アーネットがコイドを探しに行くと言い出した時、私は間をおかず同行したいと申し出た。彼女はすぐにそれを認めてくれた。
何故そんな運びになったのか、自分でもよく分からなかった。しかし、それが今わかった気がした。
「私たち、似ているのかもしれませんね。誰かのために辛く厳しい道を選べる――それは、そのままアーネットさんにも言えることじゃないですか」
「え? あ、あれ――?」
うろたえて混乱する彼女を見て思わず笑ってしまう。きっと、自覚していなかったのだろう。彼女はコイドのために非情になれた。そのコイドの原動力が“優しさ”なのだから、実質アーネットは優しさに加担したことになる。温情と非情――私と同じなのだ。
「早くコイドさんを見つけましょう。それで、一発殴ってやりましょう」
「そ、そうですね――死んでもすぐ生き返りますし」
馬車は呑気に進んでゆく。私たちは顔を見合せて笑い合った。




