森の中で
「ま――待ってー置いてかないでよぉー」
「……いったん止まろう。休憩だな」
「はい――――メシアさん大丈夫ですか?」
ロカが最後尾をトボトボと歩いていたメシアに駆け寄って肩を貸す。だいぶ疲れてるみたいだ。
「水いるかアーネ」
「いえ」
アーネは結構余裕があるみたいだ。まあ、目も合わせてもらえないんですけどね……。
俺は、編み合わされたように空を覆う木の枝を見上げてぼやく。
「やれれだ……」
早朝に宿を出て、かれこれ半日近く森の中を彷徨っている。メシアがばてるのも無理はない。
この森をロカは暗く深い迷いの森だ――と言っていたが、実際入ってみてまさしくそうだと思った。とにかく大小さまざまな木が、これでもかってくらい生えている。そのせいで暗いのはもちろん、地面が凸凹と波打っていて、さらに硬さもまちまちで歩きにくいったらない。どこまで行っても景色が変わらず、同じところを永遠と歩かされてる気分だ。徒労感が半端じゃない。
「コイド、私もう帰りたい!」
ロカに寄りかかって休んでいたメシアがついに叫んだ。恨めしそうに俺を睨んでいる。
「つってもなあ――まだ時間はあるし、もう少し進みたいんだけど」
「ヤダ、帰る……」
うーん、俺の勝手で付き合わせてる訳だし、無理はさせたくないしなあ。
ロカは無言で俺を見てる。俺に任せるってことか。
アーネは――俺を見ていないことは分かった……。
「初日だし、今日はこれくらいにしよう」
俺がそう言うと、メシアは「やったー!」と元気よく飛び跳ねた。”元気よく”飛び跳ねた。
「では、私とメシアさんが先頭で歩きますから、お二人はついてきてください。絶対はぐれないで下さいね」
「ああ」
「はい」
帰り道――メシアに合わせているから歩調は抑え目だ。俺も少なからず疲れていたので有り難かった。
相変わらず歩きにくいし景色は単調だけど、歩くスピードが落ちたことで、少し余裕が出てきた。
そこで、俺はアーネとのコンタクトを試みた。
「な、なあ。昨日は、その――すまなかった」
後ろを歩くアーネと並ぼうとスピードを落とすが、彼女も同じだけ減速するので、距離は縮まらない。仕方ないので、斜め後ろを見ながら歩く。
「なぜ謝るのですか」
「だって、怒ってたじゃないか」
「怒ってません。その理由がありません」
……たしかに。言われてみればその通りだ。
「じゃ、じゃあなんであんなに機嫌悪そうだったんだよ」
「私はいたって平常でした。コイド様の勘違いかと思います」
「そうかな……でも、今日だって目も合わせてくれないじゃんか」
すると、斜め下を見ていたアーネの目がキッと俺に向けられる。
「これでよろしいですか」
「そういうこっちゃないんだが……うーん」
取り付く島もない。俺は俯くしかなかった。と、
「昨日――ロカさんと何をしていたんですか」
少し間をおいてから、そんなことを聞いてきた。気になってはいたのか。
「ああ、あれはな――勘違いなんだ、いやらしいことなんてしてない。あいつが鎧の下に来てた服が気になったから見せてもらってたんだ。そしたら、触ってみますかって聞かれて、それじゃあ――って」
「やっぱり、いやらしいじゃないですか」
「うぐっ……」
ぐうの音も出ない。
「俺だって男だ。触っていいと言われたら触らざる負えないんだよ!」
「偉そうに言わないでください。それに、別に責めているわけではありません。私はあなたの下部です。あなたがどうされようと、つべこべ言うつもりはありません」
「……つべこべ言ってるじゃないか」
「なっ――言ってません!」
気づいたら俺とアーネは足を止めて睨み合ったていた。まったく……どうしてこうなってしまうのか。
「ロカさんやメシアと好きなだけやらしいことすればいいんです。私には関係ありません――コイド様は私を拒絶なさいましたから、ちょうどいいですね」
「だから、あれは拒絶とかじゃないんだって何度も言っただろ――」
「……コイド様」
「俺はアーネに謝りたいだけなんだって――」
「コイド様! それどころではありません」
「へ?」
いつの間にか頭に上っていた血が、アーネの切羽詰まった表情を見たことで引いていく。どうしたんだ?
「……二人の姿が見えません」
ハッとなり急いで辺りを見回す。
――しまった……。
アーネの言う通りだった。俺とアーネ以外に人の影は一切見えない。話しているうちにはぐれてしまったようだ。
「コイド様、急ぎましょう。私から見てまっすぐ進めば合流できるはずです」
「あ、ああ!」
*
それから、俺とアーネはしばらく走った。しかし二人とは合流できなかった。はぐれてからそこまで時間は経ってないのに少し不思議だ。
このまま大人しくしているか、それとも移動するか――話し合った結果、俺たちは後者を選んだ。ロカは弱ったメシアを連れたまま俺たちを探しに来たりしないだろうと踏んだのだ。となれば、一度町に戻ることになる。すると、夜になってしまい、待っていても発見される可能性は低い。俺たちは俺たちで街を目指したほうが助かる可能性は高い。
ということで、
「――来るとき”こんなの”あったっけ?」
「いえ、確実にコースから外れたと思われます。しかし、これは――」
闇雲に歩き回っていると、変なものを見つけた。
木々が丸く開けている。この森では珍しい光景だ。そして、その空間の中心付近、巨大で平べったい岩が”人”の字型に支えあって立っている。岩と岩の間にできたスペースは、どうやら奥行きがかなりあるようで暗くて奥がどうなってるのか分からない。
「明らかに怪しいな」
「私ずっと疑問に思っていました。なぜ魔女の都の正確な位置が分からないのかと――」
「それは、この森のせいだろ? ロカもそう言ってた」
「たしかにこの森は厄介です。しかし、都の位置を知るだけなら森に入らずとも叶います。空から森を見渡せばいいだけですから」
「――そっか」
全然考えなかった。
「何かしらの魔法によって見つからないようにしているのかとも思いましたが――」
ここまで言われれば俺にも分かる。
「魔女の都は地下にあるかもしれないってことか」
そして、その入り口っぽいものがすぐ目の前にある。
「よし、行こうアーネ」
「はい」
近くで見ると二枚の岩は想像以上に大きい。三階くらいの高さはあるんじゃないか?
岩の表面には苔がびっしりとついていて、周りの緑と同化している。空洞の中は近くで見ても真っ暗だ。
「明かりは?」
「ありません」
「そっか……じゃあ行ってみるしかないね」
「あ、あの、お互いの位置がわからないと危険かと」
「ん? ああ、そうだね。そうしよう」
たっぷり躊躇してから足を踏み出す。
左手は岩の壁に、右手はアーネとつないで、ゆっくり足を進める。
穴の中はひんやりと冷たく、どこからも光が漏れてないのに風が吹いている。
「大丈夫かアーネ」
「はい」
しばらく歩いて、ふと振り返ると入口の光がかなり小さくなっていた。これ以上行っても無駄かもしれない――俺はそう思い始めていた。進むべきか、引き返すべきか、若干の迷いを持ち始めたところで、
「……おっ? ――おおおお!!」
爪先から駆け上がってくる悪寒。体を貫き、脳天を痺れさせる。
俺の踏み出した足が何もない空間を踏んでいたのだ。暗いせいで全く見えないが、地面がなくなっている。
「ひぃぃ!」
「コイド様!」
つないでいたアーネの手がグンと俺を引き戻そうとするが、すでに彼女の体重では支えきれないほど俺は傾いていた。
このままじゃ二人とも落ちてしまう。手を離す――と、アーネの手がギュッと握り返してきて離せない。
「ああああぁぁ……!」
「キャ――――!」
結局、二人一緒に落ちる羽目になってしまった。
何も見えず、どこまで落ちるのかもわからない……感じられるのは、不愉快な浮遊感と恐怖だけだった。




