タキオンの孤独 33
中庭から校門に移動したところで、リード=ティラムントは「おお――」と感嘆の息を漏らした。
傍らには折れた剣と地面にのめりこんだ大斧。戦いの過激さを物語っている。
しかし、当事者である二人の少女は、今や殴り合いの“ケンカ“をしている。
青痣と赤切れだらけの顔を焼きたてのパンのように腫らし、酔っ払いのようにフラフラになりながらも、なお相手を拳でぶん殴っている。
きっと二人は何故、何のために戦っているのか、もはや忘れてしまっているだろう。気力と体力のみで行動する、動物に近いところまで身を落としての戦いだった。
リードが居るのに気づきもしないのが何よりの証拠である。
(まあいいか――)
ささくれ立った地面を手で払い均して腰を下ろす。
「あああぁぁ!」
「たああぁぁ!」
どのみち待つことしかできない――ならば何も知らずに思う存分やればいい。
*
「だ、ダメだ――俺の魔法は通じない」
「だと思った。バスウッドは対魔法装甲の戦車を操っていた。兵器の器であるこの子にも同じ装甲が流用されているのだろう」
「エイモスくんの能力でどうにかできないの?」
「無理だ――この時点ではリボンが見えない。この子の体を切り刻んで兵器を露出させれば時間を止めることができるのだろうが――」
「それはダメだ!」
「分かっている!」
ノーム=ラッカーは少し離れた所から二人を眺めていた。話している内容は理解できなかったが、切迫した空気は感じ取れた。
「ノーム……なあ、逃げよう――早く、早く!」
「まったく、どうしたってのよ。なんか、お取り込み中みたいだから静かにした方が――」
「そんなこと言ってる場合かよ! あの女ヤバいんだって――このままじゃ、死ぬ――絶対、かくじつにぃぃ……」
「あの女ってローズウッドさんのこと? ――ねえレター、もうちょっと詳しく、具体的に説明してよ」
「うううぅぅ……」
*
「せめて正確な場所と形さえ分かれば――あるいは何とかなるかもしれないが」
「どうやって」
「穿り出す。俺の力で時間を止めれば失血死は無い――最小限の傷で兵器だけを取り出せば、この子も助かるだろう――クソッ。あと二分しかねえ――とりあえず時間を止めておくか」
「そうだね――ローズ、ちょっと意識が飛ぶけど心配しないで。俺たちは絶対君を助けるから」
あーあ、酷い笑顔。コイドったら、あれじゃ変態さんみたいだよ。なんであんなに焦ってるんだろ。
それでもローズちゃんはコクンと頷いた。そして、直後、エイモスくんが指をクルクル動かすと、彼女は石になったみたいに固まった。
何をやってるんだろ――っていうか、
「なんでコイドとエイモスくんが居るの?」
聞いてみたけど、無視されちゃった。なんだよもう。
『ねえねえ、二人とも何話してるんだろ。兵器とか助かるとか物騒だよ。それに、ローズちゃん固まってるよね? 大丈夫なのあれ』
懐中時計に話しかけてみた。すると、すぐに言葉が返ってくる。
『どうやら、個体名“ローズウッド=カーペンター”に埋め込まれている兵器の起動コマンドが発令されたようです。バスウッド様は目的を果たされたのでしょう』
『ええ! 箱盗まれちゃったの? っていうか、個体名ってなに? ローズウッドってローズちゃんの“名前”でしょ?』
『ローズウッドは生命体を模して造られた人工物。戦車と同じです。普通の人間と同じように自分で考えて話したり動いたりすることが可能で、皮膚が本物の生物を模して造られている――という違いはありますが』
『ええ! そうなの……』
お人形っぽいなとは思ってたけど、まさか本当に作られた人間だったとは……。
それより、何となく分かってきたぞ。今、バスウッドくんは箱を手に入れて逃げてるんだ。その時間を稼ぐためにローズちゃんの中にあるっていう“兵器”を起動させた。それを解除するためにコイドとエイモスくんが駆けつけた。
そりゃ私にかまってる暇ないはずだ。納得、納得。 ――とか言ってる場合じゃないじゃん!
『ね、ねえ――君はバスウッドくんが作ったんでしょ? だったら、ローズちゃんの兵器を止める方法も分かるんじゃないの?』
『残念ながら私のデータバンクに分裂兵器についての詳細はありません。彼女のボディーのどの部分に埋め込まれているのかも――しかし、場所が分かれば取り出すことは可能です』
『そうなの?』
『はい。ローズウッド=カーペンターの構造は戦車のそれと酷似しています。私が戦車に命じれば、素早く安全に作業を終えることが可能です』
『なーる……』
ってことは、問題は兵器がローズちゃんのどこに埋まってるかが問題なわけか――それって、どうやったら分かるのかな。さっきコイドは魔法が通じないとか言ってたけど、魔法以外で探す方法なんて――。
「あ、あの――」
お? あの二人は確か吸血鬼事件の時の――コイドたちになんか話してる。
私も行ってみよっと。
*
「すまんが後にしてくれないか。今は――」
苛立った様子のエイモス――話しかけたノームの方を見ている余裕すらないらしい。折りたたみ式の小さなナイフを持って、しかし、それを持て余している。
「クソッ――どうすれば……」
小井戸浩平は時間の止まった少女を泣き出しそうな顔で見つめて呟いた。
「あの! 左胸の中心から危険を感じるそうです!!」
ノームの大声に二人は一斉に顔を上げ、その言葉の内容に眼を見開いた。エイモスは初めてノームの方を見た。
「危険ってのは兵器のことを指しているのか?」
あまりの剣幕に押されつつ、ノームはなんとか答える。
「よ、よく分かりませんけど――ほら、レターって変な能力があるでしょ? 彼ったら、二三分前からすっごくビビりだして――」
エイモスがレターの方をちらっと視界に入れる。たしかに、尋常じゃない様子で地面を這いつくばっている。
「それで聞いてみたら、ローズウッドさんからとんでもない危険を感じるっていうんです。それも、左胸の辺りから一番強い予感がするって――だから報告しておこうかと」
「なるほど――そうか」
「エイモスくん――?」
「レター=パーケイトの能力は信用できるものだ。敵の姿が見える前に、その気配を察知したのを俺は見た――兵器は左胸に埋まっている。さっそく――」
「まって、エイモスくん――左胸って心臓と被るんじゃないの? 少しでも傷つけたらアウトだ」
エイモスは顔をしかめた。
(クソッ――落ち着け、俺)
焦りと緊張で全く周りが見えていないのに気付き、思考を切り替えようと努める。もどかしくポケットをまさぐり、時計を確認する。
「あと一分弱――どうする。どうすればいいんだ」
一瞬の静寂。
それを破ったのは、その場で一番幼げな少女の声だった。
「ふふん、私に任せといて」
得意げに前に出てくると、それにつき従うように背後の空間が揺らぎ、銀色に輝く戦車が出現した。
「メシア、お前それ――」
「バスウッドくんに貰ったんだ――それより、兵器ってのは左胸に埋まってるんだよね」
ノームが力強く頷く。
「分かった――すぐに取り出してあげるからね、ローズちゃん」




