タキオンの孤独 30
「君は神にでもなりたいのだろう。自分にできないことなど存在しない――という自覚が揺らぐと、きっと狂ってしまう。だから、他人に助けを求めなければならない状況になれば、ソイツを殺す。君が君であるために、それは必要な工程であり、そうしなければ君は自分を殺さざるを得ない」
その指摘は的の中心を捉えていた。バスウッド=カーペンターという人間の過去に複雑な事情は存在しない。好奇心と欲に従い、分岐点や歪曲の無い真っ直ぐな道を敷き、その上を歩いてきた。
彼の社会的地位を失墜させた殺人事件にしても、リードが指摘したように、自分より先に発明を完成されたことに対する嫉妬が原因である。そのことによって彼の経歴に傷がつくことは無い。むしろ、彼の妻が手柄をあげたのだから、評価が上乗せされることすら考えられた。しかし、そんなことは関係なかった。地位や人間関係など、自分の全能性が失われることに対する苛立ちに比べれば遥かに優先度は低く、瑣末な問題だった。
だから殺した――そして全てを失った。代わりに、あまりにも身勝手で自惚れた精神の安定を手に入れた。たったそれだけ。その繰り返しがバスウッド=カーペンターという男の人生なのだった。
そして、リードによって見破られた今、己を偽る必要はなくなった。目的に対する手段の最適化は、彼の中で修正さる。
「時代遅れの農業地帯、フィラカルティー公爵領地。あわや没落寸前だった爵位を僅か十年足らずで押し上げた功労者、不動の騎士、リード=ティラムント……まさに瓢箪から駒。ここまでの人物とはね。賞賛しよう」
すでに、そこに居るのは違う人間だった。少なくともリードの眼にはそう映った。先ほどまでの慇懃でおどけたキャラクターはバスウッドの真実ではない。装うというのも、また違う。
「まるっきり別人だ。まったく、人というのはここまで変われるものかね」
「偽ろうとするから禍根を残す。私にとって人格とは必要のないもの――その時々でなんの衒いもなく変化させることができる」
「では、君の個を肯定する要素とは何なのかね」
「実績だ――それを認識する意識体は必要ない。それ、そのものが私なのだから」
「壊れている――化け物だ」
リードは無表情であるが、内心、悔いていた。先ほどまでのバスウッドがどれほど生易しい存在だったか――今目の前に居る人形のように精気の無い生物は、いかなる手をもってしても御しきれない。最早、それこそ神にも等しい自我を発揮してしまった。
これから自分は一方的に攻められる。そう確信していた。
そして、それは直後に事実となる。
「アチラの世界には“分裂兵器”というものがある。それは、この世界の基準で測れない威力を持っている。作動させれば、広大なエレドペリ王都の国土は半分消し飛び、さらに、その残留物質により、向こう千年は人の住めない不毛の地となる。
持つことで威力を発揮する戦略兵器というやつさ。アチラでは厳重なルール―により管理され、神にも等しい威光でもって世界の均衡を保っている。
しかし、コチラに分裂兵器を管理するルールは無い。理解と黙殺により成立する“神”は、そのまま“悪魔”に変貌する。
私の言う意味が分かるかね?」
知らない単語が多く、全てを理解することはできなかった。しかし、リードは話の要点を理解することができた。
「はあ――要するに、最初の戦車の脅しと同じだろう。要求を呑まなければ大変な目にあわせるぞ。規模が大きくなりすぎだがね」
「君は責任という規則に縛られる存在だ。だから話した――さあ、箱をこちらへ」
リードは頭を振って“降参“のポーズをとった。
「そこまで分かっているなら最後まで言いたまえよ。どうせ我々の生死など興味無いのだろ? チャンスをくれ――互いに有意義だと思うが」
「ああ、そうだな。分裂兵器の容れ物は“あの子”だ。そして、私が安全件まで避難するのにかかる時間は“五分”。これでいいか?」
「ああ、十分だ」
そう呟いて、リードは“箱”を放り投げた。キュウィーンと耳障りな音を立て対魔法戦車の大きな手がそれをキャッチする。
彼自身、ロカ、エイモス、ピート――皆が守り抜いてきた“箱”は、なんとも呆気なく敵の手に落ちた。
「では――」
そして、その敵も呆気なく姿を消した。戦車も揺らぐようなエフェクトと共に姿が見えなくなり、僅かなモーター音もやがて聞こえなくなった。
世界最高峰の魔道技師対ルドラカンド学園自治会――という対立構造は、自治会の敗北をもって解消された。
しかし、リードの戦いは終わっていない。むしろ、ここからが正念場なのだった。
リードは自分にしか聞こえない小さな声で、早口で呟く。
「反応兵器――それがどういう物なのか、僕は知らない。それを無効化する方法は、今は考えるべきではない。それより、まず少女を見つけなければならない――先ほどヤツは言っていた――ローズウッドは誰かに連れられて学園から逃げ出した、と。学園に居た誰か……二人組……まさか――」
王国の半分が消し飛ぶまで、残り五分を切った――。
自分はもちろん、数万、数億の人間が死んでしまう。そんなプレッシャーに晒されながらも、リードの思考は乱れない。




