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タキオンの孤独 28



「いやはや参りました……まさか、覚醒状態の相克者が現れるとは。まったくしつこい、どこまでもいつまでも私を追いかけてくる。鬱陶しいったらない。

 そろそろ姿を消さねばなりませんね――」


 再び二人になった自治会室。戦いが再開される気配はない。

 バスウッドは魔法耐性を持つ戦車によって有利に――あるいは一方的に戦うことができる。しかし、転移魔法で逃げ回られたら倒しきることはできない。箱の入手を目的とする彼にとって今の状況は手詰まりなのだった。

 一方、リードは戦車を無力化することができず、魔法の特性上箱を持って逃げることもできず、敵の攻撃を回避し続けるしか道がない。

 出て行った二人のどちらか一方が勝利し、戻ってくれば、あっさり均衡は崩れる。しかし、それは、どちらにとっても賭けであり、当てにするのは得策ではない。

 双方、第三の手を考案しなければならない――そういう状況なのだった。


「私はね、リードさん――ただ妻を取り戻したいだけなんですよ。本当にそれだけなのです。どうか信じてください。ご迷惑をかけていることは分かっています。しかし、それも妻が生き返った暁には、全て清算しましょう――約束します。残りの人生を贖罪に捧げることを誓います。

 ですから、リードさん……箱を渡してください。これ以上争いたくない」


 懇願という手段。図っていたかのように先手を打つバスウッド。

 リードは年寄りのような仕草で腰をトントンと叩いてから、よいしょ――窓辺に腰をおろし、月を見上げた。互いに戦う意味がないと理解したことを悟っての行動だった。


「僕は、どうやら他人のことを理解するのが苦手なようでね。それが原因で自治会のメンバーともめたり、弟に嫌われたりと、幾つも失敗をしてきた。まったく、他人というのは難しい。周りと上手く折り合いをつけて立ち回っている連中を見ると気が遠くなる思いをする」


 突然己語りを始めた――バスウッドは眉をひそめる。相変わらず月を眺めたままリードは続ける。


「僕も反省してね、苦手なりに考えるようにしているのだよ。それは今回の件――つまるところ、君という“敵“に対しても適用すべきと判断した。未知状態というのは隙を作り、判断を鈍らせるからな。

 僕は君が戦車の存在を仄めかし脅しをかけてきた時、すぐに調査を開始した。さすがは世紀の魔道技師だ――図書館には君についての資料が潤沢に置かれていた。そこで分かった君の過去は、先ほど君自身が話したのと一致している。妻と部下を殺し、逃走――歴史の表舞台から退く。それは事実なのだろう」

「ほう――では、何が真実でないと?」


バスウッドはリードを見つめて問うた。珍しく、おどけた様子が無い。

 

「君なら一切の証拠を残さず人を殺すことができたはずだ。だから、最初は罪を擦り付けられたのだと判断した。君のような目立つ人間ならば不特定多数の恨みをかっていてもおかしくない。権力とか怨恨とか、理由はいくらでも考えられる。

 だが、君の目的を聞いて、それは間違いだったと気付いた。君の行動はズレている。まるで理にかなっていない。すなわち、真実をともなていない。

――聞かせてくれないか。かつて君の近くに居た人々を生き返らせたいのなら、なぜ他人を頼らない・・・・・・・・・


 バスウッドはその問いに答えようとしなかった。口元を歪めただけの、酷く醜い笑顔を浮かべて沈黙している。



 *



 私はずっと考えていた。


『私たちは普通の人間だ。これといった有利は持ちようもない――しかし、戦わなければいけない時は必ずやってくる。弱いままという訳にはいかない。

 ならばどうするか――限られた能力で大きな敵と戦うには、こちらの能力を最大限に発揮するしか方法は無い。

 たった一点、ほんの僅かに突き出た先端で分厚い鎧に小さな穴を開け、突破する――それこそ、我々に残された唯一の方法“天秤の支柱”の力だ』


 王国最強の騎士である父が私に言って聞かせた言葉。その言葉の意味を考え、理解することこそが、父の爵位を継ぐ必要条件であり、私自身が求めることでもある。

 父のように強くなりたい――そう願い、日々を過ごす傍ら、父の言葉が私を縛り続けてきた。

 それは、古代魔法の使い手という強敵と対峙している今この瞬間も私の足首に重い鎖を垂らし続けている。

(戦わなければいけない時、それは今だ――私は生き延びている。アーネットさんの速さに反応できている。でも――それだけだ。相手と競うことが私の目的じゃない。目標を成し遂げるため、状況を“突破”しなければ。お父様の教え――この貧弱な私の力を最大限に発揮し、ほんの小さな――しかし、どんな鎧をも貫通する……うん、きっとそれは槍なんかじゃない。そんな高望みはできようもない――私は針なんだ。それこそ、被覆用の力を加えれば折れてしまうような、貧弱な針――)

 アーネットは容赦なく攻めてくる。ロカは一秒の間に三回はハニータルトから逃れなければならない。

 攻め込めず、攻めきれず、やはり消耗戦になりつつある。

 半ば自動的に回避を続けながらも、ロカの思考は探し続けている。

(支柱――それは、均衡を保つ中心、基準となる部品。常に冷静でいろ――そういうことなんだろうか。それとも、どんな組織にも組せず、常に自分の思考を元に行動しろということなのだろうか――分からない)

 いつまでたっても堂々巡り――暗中模索は人間の精神に冷たい風を吹かせる。なんだか切ない――そんな意識にとらわれ、ロカは戦いの最中だというのに、思わず問うていた。


「アーネットさんは、何故戦うのですか」


 ズザザザ――地面を削り停止したアーネットは驚いた顔をしていた。戦いの最中に質問されるなどと思ってもみなかったのだろう。

 何かの間違いかと思いロカの顔を観察する。しかし、戦駆りと称される少女は、至極真面目な面持ちなのだった。


「それは、コイド様のためです。それ以外の理由はありませんし、いりません」


 アーネットは疑念を持ちつつも問いに答えた。一切の淀みがない堂々とした口ぶりだった。

(小井戸さんのため――そうか、アーネットさんはいつだってそうだ)

 ロカは自分の思考に変化が生まれたことを自覚していた。経験と出会いにより仕える者として確固な論理を身に付けたアーネット。そんな彼女の言葉が、ロカの停滞していた思考の枷を解き、流れを生み出した。澱の沈殿した泥水は斜面を下降するにつれ徐々に透き通ってゆく――やがて、思考の奔流は分水嶺に差し掛かる。

(そうか――そういうことだったのですね、お父様)

 ヒュン――何かを払拭するかのようにロカの剣が空を切る。

 そして、からっと晴れやかな顔で言った。


「私はアーネットさんのように、一途になれません。しかし、それで良いのでしょう……きっと“迷い”こそ私を支える柱・・・・・・なのだから」

「――――?」


 アーネットには彼女の言葉の意味がよく分からなかった。しかし、

(もう私は勝てない――何があっても絶対に……)

 根拠のない確信を感じずにはいられなかった。


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