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タキオンの孤独 27



「ここまで来れば安心だろ」

「そうね」

「危険は相当遠ざかったと言えるからな」

「ええ」

「なんなら、念のためもう少し町から離れるか」

「…………」

「更に念を入れて武器でも用意した方が――」

「少し落ち着きなさいよ、レター」


 流石に鬱陶しくなり、語気を荒げてしまった。フラフラと危うい足取りで無駄に歩き回っていたレターの足がピタッと止まる。


「それに、武器なんかあっても戦えないでしょ」


 我ながら言いすぎだと思う。しかし、それぐらいが丁度いいのかもしれない。


「う、うるせえな――ったく」


 うん、私に張り合って意地でも張っていてくれた方がずっと頼りになる感じだ。同郷で幼馴染で最近から恋人でもある彼は、小心者で負けず嫌いで、ほとんど頼りなくて、稀に頼りになる。そんな男なのだ。

 ドシンとやけっぱちに座り込んだレターを見て密かに笑いつつ、一応周囲を警戒しておく。町を出て、どこまでも続く平らな地面を随分と進んできた。レターが言うにここまで来れば大丈夫――らしい。私には、そもそも何が危険なのか分からないので、安全を実感することができないのだけど、今はレターを信じる他ない。

 雲の無い月夜。灰色の大地。はるか向こうにルドラカンドのシルエットがぼんやりと見える。今居る場所も、立たされている状況も、酷く中途半端だ、と感じてしまう。そういう感覚は不安を連れてくる。


「ええと、お名前はなんていうんですか」


 正直うらやましいと思う。私はどちらかというとデカイ方だ。


「ローズウッド」


 名前まで可愛らしい。学校で見つけて以来、一言も話さず、私たちに連れられるままここまで来てしまったのだけど、不安や不満は無いのだろうか。陶器のように白く精巧な顔からは何の感情も読み取れない。


「ローズウッドさんは、どうして学園に居たんですか。生徒では無いですよね」

「バスに連れて行かれた」

「バス――さん? お友達とかですか」

「夫」

「け、結婚されているんですか」


 態度は超然としているが、見た目はまるっきり少女なので、思わず大げさに驚いてしまった。と、同時に申し訳ない気持ちになる。目的は分からないが、旦那さんと一緒に学園に行ったらしいのに、半ば誘拐のような形で連れてきてしまった。

 レターは今の話を聞いてどう思っただろう。チラリと視線を動かす。


「うううぅぅ……」


 将来私の夫になる男は、頭を抱えて地面の上をもんどりうっていた。面倒なので構わないでおく。

 私は、このローズウッドという少女にがぜん興味が湧いていた。


「普段は何をされているんですか」

「アイスクリームを売ってる」

「アイスクリーム……まさか、最近マーケットにできたお店じゃ――?」

「そう」


 またしても驚いてしまった。あの超有名店を営んでいる人だったとは。私も一度行ってみたくて何度もレターを誘ったのに「一人で行けよ」の一点張りだった。まったく、女心というものが分かっていないんだから。睨んでやる――が、まだ芋虫ごっこを続けているから、気づいてはくれない。思わず溜息が出る。


「はあ――羨ましいです」

「羨ましい?」

「はい。私も夫婦でアイスクリーム屋を営んでみたいものです」

「アイスクリームが好きなの?」


好きか嫌いかで言えば好きだけど、この際なに屋でもいいのかもしれない。憧れている部分を誤解させてしまったようだ。で、でも掘り下げると恥ずかしい思いをしそうだから、訂正しないでおこう。


「ローズウッドさんはやっぱりアイス好きなんですか? ひょっとして、それがきっかけでお店を開いたとか」


 何となくありそうな話だと思って聞いてみた。すると、少し不思議な言葉が返ってきた。


「――うん。私はアイスクリームが好きみたい」


 それはちょっとした言葉遊びなのだろうか。深く考えはしなかった。



 *



「あのおじさんは背中に乗ってるんだから、その部分は実体化してるんじゃないの」

『そうかも知れません。しかし、シューティングゲームのプレイヤー機のように、見た目の割に当たり判定が極端に小さく、戦車の射撃精度をもってしても打ち抜くことはできないでしょう』

「しゅーてぃ……なに言ってるのか分かんないっ!」


 高速で走る女神の腕に抱かれた少女は足をじたばたさせ空中で地団駄踏んだ。ドラゴンに追われながら、状況を打破する方法を探し続けているのだが、その糸口は一向に見つからない。いい加減焦れている。

 涙目になりつつ、それでも状況を整理しようと努める。

(うーん……こっちから何もできないのはともかく――おじさんはなんで何もしてこないんだろう。何か事情があるのかな)

 持ち前の素早い思考であらゆる可能性を考えてみたものの、それらしい理由は見つからなかった。現状維持を続けざる負えない――そんな投げやりな方針しか立てられなかった。

 高速移動を続けたせいで時間感覚がマヒしていた。走り出してからどれだけ経っただろう。螺旋を描くようにルドラカンドの周りを周回し続ける。いっそ止まってしまおうか――無計画にそんな事を考え出した時だった。長い停滞に変化が起きた。


「ちょ、ちょっと……あれ」


 遥か前方、真正面。最初は雲だと思った――しかし、こんな大きな月の夜に真っ黒な雲が浮かぶだろうか。白でも灰色でもなく黒なのだ。それは、背後に迫るドラゴンと、まったく同じ色のように思われた。

 少女のみぞおちの辺りに重い気配が満ちる。まさか――予感は直後、現実となる。


「ううぅ……なるほどねえ」


 時間稼ぎ――それが敵の目的だった。少女はすぐさま理解した。空を飛びながら空気中の魔力をゆっくり、ゆっくりと集めていたのだろう。

 黒い雲は大きな翼を広げ、闇夜に羽ばたいた。少女の逃走を妨げるように……。



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