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タキオンの孤独 25



 意識が回復した彼女は戦闘の余韻を引きずっており、すぐさま敵を探そうとした。しかし、彼女の眼の前に居るのはよく見知った少年だけだった。肩で息をしている。


「コイド様……私は――?」


 混乱しているらしい少女に、息が整うのを待ってからコイドは言う。


「ふう――エイモスくんにやられたんだよ。覚えてないかい?」

「エイモスさん? ――そういえば……」


 心の隅に引っ掛かっている薄らぼんやりとした記憶――意外な敵、理解不可能な力、意識の消失――断片的な情報から何となく自分の置かれた状況を理解する。


「私たちはエイモスさんと――いえ、学園自体と敵対してしまったのですね」


 アーネットは痛みを堪えるかのように視線を斜め下に流した。

 それ以上に辛そうな表情で小井戸は言う。


「ごめんね、付き合わせちゃって。今からでも遅くないかもしれない――アーネとメシアだけでも」

「いえ、私は――きっとメシアもそのことについては気にしていないはずです。それより、学校に居られなくなって一番辛いのはコイド様じゃないんですか」


 問われて、僅かな間ができる。そして、


「そうかもしれない。でも、出来るかもしれないことを無視したら、それこそ俺は立ち直れなくなってしまう――だから、例え学園に居られなくなってしまうとしても、俺はバスウッドを助けるんだ」


 意思はハッキリしている。迷いはない。一見そう見える。しかしアーネットは見逃さなかった。小井戸の拳は力んでフルフルと震えている。迷っている、揺れている――。

 それを知って、アーネットは微笑んだ。


「再三言うようですが、言わせてください。私はコイド様に付いて行きます――そこがどこかは知りません、なにが待っているのかも――しかし、私の意志は変わりません」


 嬉しげだった。誇らしげだった。その根拠が自分という存在にあることを薄々感じて、小井戸は背中にむず痒いものを感じた。同時に、安心に似た心地よさを感じた。そんなつもりは端からないが、彼女を裏切ってはいけない。迷いながらも、意思をしっかり持たねばなるまい。

 小井戸は大きく息を吸って、それを鋭く吐き出した。


「よし、急ごう」


 主から迷いが消えた――アーネットは大きく頷いた。


「ところで、エイモスさんやバスウッドさんは学園に向かったということで合っていますか」

「うん、そうだと思うよ。箱は自治会室にあるからね」

「でしたら急がねばなりませんね――失礼します」

「え――おう!?」


 鎖でできたホルスターにハニータルトを固定し、背中に担いだアーネットは、突然小井戸の肩に手を回し、膝の裏に手を差し入れ体を持ち上げた。腹の中の胎児のような格好で少女に抱きあげられた小井戸は頬を赤くして慌てている。


「な、なにすんだよ」

「学校まで走って移動していたら朝になってしまいます。味覚と嗅覚を縛った状態の私の力であれば、コイド様を抱えたまま学校までひとっ飛びです」

「そうかもしれんが――で、でも、なにもこんな恰好で……まるっきりお姫様だっこじゃないか」

「オヒ――なんですかそれ」


 か弱げな少女に抱きあげられる男の無念など、彼女には分からないのだった。



 *



 リードが愛用していた机は跡形もなく蒸発した。その背後の壁、その向こうに続く中庭の噴水、その向こうの校舎――全てを貫通する風穴があいた。

 間一髪だった。自分自身を転移させる位置計算を瞬時に組み立て実行するまで、あと一瞬でも遅れていたら彼も血液の霧となり果て、直後に蒸発していただろう。


「――――」


 自治会室の隅に出現し、不様に尻もちをついたリード。その手にはとっさに手に取った“箱”が握られている。その体勢のまま廊下に立つ細身の男を見やる。

 熱線を放った恰好のまま硬直している戦車の背後、バスウッドは口の端を釣り上げて笑っている。


「くふふふ……不動の騎士が動いてしまいましたな。愉快愉快――どうです、この戦車が特別製だという理由がお分かりいただけましたか」


 リードはやれやれと頭を振りつつ立ち上がる。


「戦車の寸法に合わせた転移経路の演算は散々しておいたんだがね――まさか、魔法が効かないとは」

「希少なアイグレッグ鉱石を全身の装甲に使っています。量産できないのが欠点ですね」

「アイグレッグ鉱石――魔力の影響を受けず、通過させないという希少鉱石か。なるほど、であれば魔法が効かないのも納得できる――しかし、だとしたら、何故戦車は動くことができるのか――内部機構は魔力を動力としている筈だが」


 その疑問に答える理由は無い。二人は敵同士である。しかし、バスウッドという男は、聞かれれば答えたがる性分だった。研究者ならではの自己顕示欲からか、それとも戦況が有利だから余裕を見せたのか、そこは定かでないが、彼は惜しげもなく己の兵器について話す。


「そこですよ、そこ、敵の魔法に耐性を持つ魔道兵器は存在しえない。自身も魔法駆動であるがゆえ、魔力を無効化できないというジレンマを持ってしまう。しかし、この戦車はジレンマを解消する新たなる技術――そうですね“異次元魔術アナザーマジック”とでも名付けましょうか、それによって理不尽な力を実現したのです。

 この戦車を動かしているのは魔力回路ではありません。歯車、モーター、ピストン、などなどの複雑なパーツを特定の金属上を伝達するエレキの信号で制御しています。“あちら”では別の呼び方をしていましたが、私はエレキ回路と呼んでいます。これは魔法を一切使わない革新的な魔術です。魔法無効か装甲に包もうと何ら問題ないという訳です」


 お分かりいただけましたか――満足げな表情で問われ、リードは「分からん」と一蹴。バスウッドは心底残念そうに肩をすくめる。


「まあ、そうだな。僕ではそいつに勝てないことは分かった。さすがは世界最高峰の魔道技師といったところだ――たちどころにこちらの弱点を突いてきた」

「転移魔法のウィークポイントは、自身を転移させると、とたんに汎用性が落ちる点でしょう。通常、座標演算の際、自分の居る場所を起点とし、それを踏まえて演算します。ですから、自分が動いてしまうと、とたんに演算の精度が落ちる。

 貴方は強いから動かないのではない。動かずとも大抵のことができる程度の演算能力があったから強かった――そうでしょう」

「うむ、その通りかもしれない――まったく、勝手に“不動”などと名付けられただけなのに、買被られてしまって困っているのだよ」

「有名人の税というやつですよ。

 ところで、私に勝てないことが分かったでしょう。一つ提案なのですが、素直に箱を渡してくれませんか? というより、それ以外に生き残る道はないと思いますよ」


 リードは手の中の箱をチラリと一瞬見て、それから、


「いやあ、君が饒舌家で助かったよ。どうやら来てくれたようだ――」


 バスウッドはプッ――と吹き出した。


「またまた、そんな手には引っ掛かりません。この戦車には“レーダー”という探知機能が搭載されています。半径数キロにわたって熱反応をモニターしているのですよ。この学園内にある熱反応は五人分――私とあなたとローズウッド、後の二人は分かりませんが、どうやら学園から逃げ出す際中のようです。何故かローズウッドも一緒に移動していることは気にかかりますが……とにかく、助っ人など存在しません。よって、貴方の言動はハッタリにすぎない」


 勝ち誇った表情で言い切るバスウッド。

 しかし、リードはもはやそちらを見ていない。


「こんな時間まで働かせてスマンね、カタが付いたら休息をプレゼントしよう。ということで、今はそう急に、あの物騒な代物をどうにかしてくれ」


 ぼんやりと斜め上に呟くリード。

 ハッタリだ――しかし、疑惑を捨てきれない。ここにきて、世界一の魔道技師は初めて動揺していた……。


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