表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/253

タキオンの孤独 24



 夜の学園――中庭の木の陰から特別棟の方を見つめる少年が居た。

 彼には普通の人間より危険を敏感に察知する力がある。この夜、町の至る所で大きな危険を察知していた。・そのいくつかは一瞬で無くなったり遠くへ移動して行ったりと去っていったのだが、学園からは今でも強い危機を感じているのだった。

 こんな調子じゃいつか胃がダメになるなあ……。暗澹たる気分で、しかし、渦中に飛び込んだところで少年は無力であり役に立たないと諦めて、ただただ校舎を観察していた。


「ねえ、行かないの」


 そんな彼の肩を揺らす大人びた少女は、それほど危機感を持っていない。彼女には危険を感知する能力がない。それ以前に、おっとりとした性格である。

 急かしてくる少女を若干疎ましく思いながらも、彼女が居なければ緊張感に耐え切れず気絶していたに違いない――と、その有難さを再確認して、マイルドにたしなめる。


「いいか、ノーム。人間には役割ってやつがある――それを履き違えて無謀な行動に出るのはバカのすることだ。待つ時は待つ――それが勇気だ」


 もっともらしいことを……ノームが眉をひそめる。


「じゃあさ、私が悪者に捕まって殺されかけててもレターは待ち続けるの?」

「捕まる前に逃がす」

「もしよ、もし」

「……助けてくれそうな人に頼む」

「頼りないなあ」


 う、うるさい――話すだけ不利だと考え、レターは口を噤んだ。

 自分の行動が滅茶苦茶だってことは言われずとも分かっている。でも、仕方がないじゃないか、危険があるということが分かっているのに何もしない訳にはいかない。察知するだけで、それ以上のことはできないかもしれないけど、でも、まったく何もできない訳じゃないはずだ。俺にだって何かできる――はずだ。

 心が折れないよう脳内で持論を反芻するレターだったが、その時、彼の視界の隅を何かが横切った。


「――――?」

「なになに」


 レターの顔つきが変わったのを見てノームも体を乗り出す。そして、二人はほとんど同時に発見した。


「ねえ、レター女の子だよ」

「ああ――」


 みたことか――木々の間を縫うように設けられた通路をゆっくりと歩く黒いドレスの少女を見た瞬間、レターは密かにガッツポーズをした。明らかに一般人だ。まったく危険を感じない。偶然居合わせてしまったのだろう、避難させるべき人間だ。


「言ったろ、俺にだってちゃんと役割がある」


 嬉々として言うとレターは木の陰から出ていった。


「調子いいんだから――」


 ノームもそれを追いかける。



 *



「戦闘に置いて転移魔法以上に実戦向きの魔法はない。それも、あなたほどの完成度であれば、同じ転移魔法を更なる技術でもって行使するほかに凌駕する方法はないでしょう。この国――いや、この世界で最強の騎士が居るとすれば、それはあなたです。あるいは古代魔法をもってすれば超えることができるかもしれませんが、残念ながら私の専門は現代魔法に限る。それも研究が主であって、戦う手段はそれほど持っていない」


 バスウッドは箱が置かれたテーブルに近付くことを諦めたようだった。移動させられた廊下で腕組みをし、話し始めた。

 リードは不動の名を体現するかのように微動だにしない。


「僕が最強だとは思わんが、そう判断したのであれば潔く諦めてほしいものだ。ルドラカンドを去るというなら、追いはしない」

「そうはいきませんよ――もちろんね」


 勿体ぶったような動きで、バスウッドがシャツの胸元についていた金色のブローチを外した。そして、細々と文字の彫られた小さくまるいそれを、ぽいと前方に放り投げる。

 ブローチは空中で何度か回転し、二人のちょうど真ん中あたりで落下軌道に入った。変化が起きたのはその時だった。水面を揺らすかのような不自然なエフェクトと共にブローチの姿が消え――次の瞬間、それと入れ替わるように“女神”が現れた。

 天井に届きそうな全長のそれをリードは見上げた。


「これは、君お得意の戦車だね」


 本物の神が現れようと彼は動揺しないだろうが、それを差し引いてもリードの反応は薄い。それもそのはずである。ここ数日の調査により、バスウッドが製作した戦車についてのデータは把握しているのだった。彼の中では戦車と戦うシミュレーションが完璧にできている。例え、バスウッドが脅しで使った三百代の戦車に攻め込まれようと、リードは一人で倒しきることができるだろうと確信していた。

 目立った行動に出た時点でバスウッドも自分が調べられることなど覚悟しているはずであり、この局面で戦車が登場するとは思っていなかった。拍子抜けであり、リードの表情を動かすインパクトは無い。

 しかし、そんな余裕をもったリードに対してバスウッドも焦った様子はない。


「技で負け、力で負け、まったく――困ったものです。しかし、私は魔道技師であり、私自身があなたに勝つ必要はない。ということで、この戦車は特別な使用になっています。 ああ、いけませんね――クドクドと講釈垂れたいところですが、時間がありませんね――では、一つ行きましょう」


 パチン――魔道技師が指を鳴らした瞬間、女神像の閉じられた瞳の奥に淡い緑色の明かりが燈った。ウウウゥゥゥと堅いものがすれるような音、下半身にかかったカーテンのようなスカートの中心から縦に亀裂が入り、左右に割れる。足の先端が六つに分かれその全ての先端から小さく艶の無い黒色の車輪が現れる。

 最後に胸の前で合掌していた手が一度ダランと下に落ち、すぐさま右手だけが前に向けられる。その掌の先にはリードが居る。


「さて、未来のフィラカルティ公爵様はどう対処しますか?」


 子供のように好奇心を前面に出した満面の笑みで言うバスウッド――その言葉を合図に戦車の掌に眩い光が集まりだす。


「…………なんと」


 彼を知る人間であれば金を払ってでも見たがったことだろう。

 不動の騎士――それは、彼の戦い方からつけられた名前と思われがちである。半分は正しい。しかし、実のところ“誰も表情らしい表情を見たことがない”という逸話が元になっていたりする。

――しかし、今、そんなリード=ティラムントの顔に焦りが浮かんだのだ。ぽかんと口を開け、眼を見開いている。普通の人間に比べれば些細な変化なのだが、それがリードとなると話は別である。

 今、リードは焦っている……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ