魔法王スターウェイ=ランキャスターの復活
そこは、牢獄のようだった。
暗いせいで、どこまで空間が広がっているのかわからない。そこら中から漏れ出す地下水のせいで、カビの匂いが充満している。空気は張り詰めたように冷たく、籠っている。
永遠に閉ざされたような暗闇に、ランプの明かりが揺れた。黒いローブに身を包みフードを深くかぶった人物が行く先を照らすように掲げ持っているのだ。
その人物は、ある場所で立ち止まる。
そこには、箱があった。黒く変色した木で作られた大きな箱。ちょうど人が一人は入れる大きさだ。
「ついに……この日が来たのね――――」
箱の前でつぶやかれたその声は、あどけない少女のものだった。
*
俺の人生って何だったんだろうね。
なんとなく、流れに任せて生きて、気づけば三十代。それなりの会社で、それなりの給料をもらい、ネットとコンビニがあれば満足できてしまう。そんな人生。
でも、それは自己欺瞞だったんだなって、今になって、こんな時になってようやく気付いた。
あの時、こうしておけば――あっちを選んでいれば――少なくとも、今より良い未来が待ってたんじゃないかな。やりがいのある仕事とか、ただいまって言ってくれる家族とかさ。
俺は、一体どこで道を間違ったのか――なんて、白々しい疑問だ。そんなの分かりきってる。
何かに一生懸命な連中を陰で嘲笑ってた。そうすることが、本当に頭のいい人間なのだと思っていた。
面倒が増えるだけだ、だから恋人はいらない。誰にも相手にされなかった言い訳は、いつの間にか本心のように体に馴染んでしまっていた。
――思い返せば、すべての原因は学生時代にある。
ああ……なんて馬鹿だったんだろう。
あのころ、もう少し考えていれば――もう一歩だけでも恥を捨てて踏み出せていれば――こんなことにはならなかったに違いない!
もし、過去に戻ることができたら、俺は間違いなく学生に戻る。そんな機会があれば、どんなに良いか分からない。できなかったことを全部やろう。いつの間にか消えてしまった可能性ってやつを全部抱え込んでやろう。そして、明るく楽しい未来を手に入れるんだ……。
もしもの話ではあるが、俺は強く決意した。
ガードレールを乗り越えて突っ込んできたトラックを眼前に捉えながら――超加速した意識でのことだった。
*
突然のことだった――仄暗い地下室にバキッ! っという大きな音が響いた。
「っつああ! …………?」
上蓋を跳ね飛ばして箱の中から人間が現れた。
まだ若く、男とも女ともつかない顔をしているが、一糸纏わぬ体の特徴から、男であるようだ。闇と同じ色の髪は身長よりも長い。
ぼんやりとした面持ちで辺りを見回し、すぐ近くに誰かいることに気付いたようで、僅かに驚いた顔をした。
「だれ?」
膝をつき深々と頭を垂れていたローブの人物は、はきはきと答えた。
「私は、貴方様のしもべでございます。名はアーネット――ルガー家の名を継ぐ十三人目の子孫でございます」
「あの、ええと――状況が呑み込めないんですけど」
「無理からぬことです。永い眠りのせいで記憶が混乱しているのでしょう。差し出がましいようですが、説明させていただきます――よろしいでしょうか」
「お願いします」
アーネットと名乗ったローブの人物は長い説明を始めた。
*
かつて――はるかな昔、魔法都市という国が存在した。魔法都市は高度な魔法技術を持ち、長くにわたって世界の半分を支配してきた。”スターウェイ=ランキャスター”は魔法都市の王だった。
他国の追随を許さない強大な力を持った都市だったが、その支配が永遠に続くことはなかった。互いに争い合っていた他国の王たちが魔法都市討伐の名の元に結束したのだ。
五大国を中心に結成された同盟軍によって魔法都市は陥落する。
スターウェイは拘束され、処刑される予定だった。
しかし、彼は死ななかった。正確には、死ぬことのできない体だったのだ。
五大国の王たちは処刑をあきらめざる負えなかったが、代わりに封印を施した。五百年に及ぶ魂の隔離によって、魔法都市の王は実質的な死を迎えた。
魂を抜かれた魔法王の肉体は、五大国によって保管されていた。
――が、長い年月が過ぎるうちに、国々は再び争い始める。魔法都市にとって代わり、世界の支配者となっていた五大国も戦いに身を投じてゆく。
魔法都市との戦いを上回る、長く厳しい戦争の中でスターウェイの肉体は消息がつかめなくなる。そのころには、魔法都市のことなど忘れ去られ、代が変わったことで魔法王の脅威を皆忘れていたのだ。
スターウェイの肉体は、巡り巡って、いくつもの偶然が重なり、魔法都市出身者の生き残りであるルガ―家に転がり込む。ルガ―家の人間は、魔法王の肉体を隠し、守り続けた。
そして、今日――スターウェイ=ランキャスターは魂の隔離から解き放たれ、復活したのだった。
*
「なるほど、そうだったのか」
うんうんと頷いてみる。もちろんなんのこっちゃわからない。俺は王だったことはないし、不老不死でもない。
トラックに撥ねられて死んだはずなんだけどなあ。
「あの、アーネットさんだっけ」
「敬称など恐れ多い――アーネとお呼びください」
「そう? じゃあアーネ。長い説明してもらって悪いんだけど、たぶん勘違いだと思うよ。俺は、そのスターウェイって人じゃない。小井戸浩平って名前だ」
「ああ、やはり記憶が混乱しておられるのですね……あなたは正真正銘スターウェイ=ランキャスター様です。ご自分のお体をよくお確かめください」
うーん、そう言われるとなあ。
たしかに――今、俺の体は見慣れた三十代のゆるふわボディじゃない。肌は石膏像みたいに白くて綺麗だし、余計な脂肪が一切ない。明らかに元とは違うものだ。でもさ、俺は俺なんだよ。そうとしか思えないんだ。
どう説明したら分かってもらえるか考えていると、
「フフフフ……」
どっから笑い声が聞こえた。周りの壁に音が反響して正確な位置はわからない。
「ついに蘇ったようだな――古の王よ」
「誰だっ!」
アーネットがすごい速さで立ち上がり、俺を庇うように立つ。
「我が名はメシア=ストレーゼ――ブーズステューより五大国連合軍に派遣されし者の末裔なり」
音が反響してどこから聞こえているのか分からないが女物の声だ。
「なんだと……くそっ、なぜこんな時に」
「だれ? 知ってる人?」
「あなた様を封印した賢者の血縁者です。おそらく、封印が解けたことを察知して現れたのでしょう」
なるほど。
「血脈に刻まれし使命を全うさせて頂く……スターウェイ王よ。再び眠るがよい!」
その瞬間、背後に気配を感じる。
箱の中で突っ立ったままだった俺は、このままじゃヤバいと薄っすら察していたので、何とかしないと! と気合を入れてみたのだが、どうにもならないで、とりあえず気配のする方を振り返った。
すると、暗闇の中から飛ぶように突っ込んでくる人影が見えた。
やっぱり女の子だ。栗色の長い髪が見えた。
――いや、そんなこと考えてる場合じゃないだろ。
彼女は手に小さな刃物を持っている。
それが俺の体にブスッと――――、
「もらった! ――――お、おち!?」
刺さる寸前でメシアは急停止した。
そして、なぜだかポロッと刃物を落っことして両手で顔を覆いながら後ずさる。
その隙に、アーネが飛び出して行って、メシアの腹に正拳を叩き込む。
「そこかっ!」
「おふっ…………」
メシアは、フラッと倒れて意識を失った。
「無事ですか? スターウェイ様――申し訳ありません! 私が不甲斐ないばかりに」
「いやいや、俺は大丈夫だから」
「そうですか……危ないところでした、まさか感づかれているとは。しかし、こやつは何故途中で止まったのでしょうか。不自然な行動でした」
「ああ、それは――」
メシアはウブだったんだろう。
姿勢を低くして突っ込んできたもんだから、振り返った俺のむき出しのアレを正面から見てしまったんだ。驚いたんだね、きっと。
でも、分かったからってそのまま説明していいのかな。声からしてアーネも女だし、セクハラにならないか? ちょっと怖いから、マイルドな方向に変換して、
「俺の”強大な力”で精神に多大なショックを与えてやったのだ」
う、嘘は言ってないぞ。
「素晴らしい……さすがは魔法王様です!」
アーネは陶酔したように言った。




