213
ロアと俺は城に戻った。
今いる場所は、玄関、周りには誰もいない。
……と言うか、ここまで来るのにずっと引っ張られたので腕が痛い。
城に着いた時に掴んでた腕を離してくれたが、握られてた所がじんじんする。
「たくっ……いつもいつもやり過ぎなんだよ」
「いやぁ、すまんのぅ……くふふふふ」
「笑って誤魔化すな」
こつんっ、とロアの頭を小突く、そしたら「うっ……」と小さな悲鳴をあげた。
「で? 急に城に戻ってどうしたんだよ」
「え、あっ……その、今日はちと疲れたのでな……部屋で休みたいのじゃ」
なに? 部屋で休みたい……だと。
ちょっと驚きだ、ロアの事だから、また俺を連れ回して騒ぎを起こす物だと思ったが……違った。
「じゃぁ、俺をここに連れてきた理由は無いんじゃないか?」
「あっあぁ、そうじゃな、くははは」
いや、くはははじゃないだろう、無いならなんで連れてきたんだ。
「じゃぁの、わらわは自室に行くのじゃ」
「……そうか」
にっと笑ったロアは俺に背を向けて、歩いていった。
その時だ、その去り際に見たロアの顔が若干暗い顔をしていた様に見えた。
……これは俺の気のせいだろうか?
そんな疑問を感じつつ今の状況を察する。
「さて、どうしようか」
1人残された俺は、この後何をすれば良いんだろうな……取り合えず城の中をうろつくか? いや、そんなさみしい事はしたくない、何か別の案を考えよう。
あっ、そう言えば今日、雑貨屋開けてない……ヴァームの件ですっかり忘れてた。
と言うか、今になって気付いたが何か忘れてる気がする……まぁ、忘れてるって事は、それほど大事な事じゃ無いだろう。
……よしっ、この事を考えるのはやめだ。
今日は意味もなく城の中を彷徨こう、そしたら暇も潰せるだろう。
そう思った俺は、歩いていくのであった……。
所変わって、ロアの部屋。
「……」
シルクと別れて、直ぐに自室へとやって来たわらわは自分のベットの近くに立ち、ぼふっと倒れ込む。
「まさか気付かれるとはのぅ……口調も昔とは違うのに、何かを感じ取ったのじゃな」
倒れ込んだら、うつ伏せになって思った事を口にした。
長い独り言じゃが、スルーしてくれるとありがたい。
「はぁ……」
あの時、シルクに「ロアはナハトなのか?」と聞かれた時の事を思い出す。
そしたら、ため息が出た。
まさか、そんな事を聞かれるとは思わなかった。
あれを聞かれた時、わらわは心臓が止まりそうじゃった。
焦りと戸惑い、そして大きな嬉しさ。
気付いて貰った時の嬉しさ、思わず顔が綻んで笑顔を見せる所じゃった。
「まったく、シルクの奴め……」
うつ伏せのまま、わらわら微笑んだ。
嬉しいからじゃ、何が嬉しいって、シルクが昔、わらわと出会った頃を覚えてたからじゃ。
昔のわらわは、何やら堅苦しい喋り方をしておったのぅ。
そんな喋り方を気にせず、シルクは接してくれた。
短い期間じゃが、わらわに恋をしてくれた。
そして、共に約束事をした。
くふふふ、これが嬉しくないと言ったら、真っ赤な嘘になるのぅ。
しかもじゃ、わらわはシルクに聞いた。
「ナハトの事が好きか」と、そしたら……うつ向きながらじゃが、「好きだ」と答えてくれた。
くふふ、シルクの奴、わらわの反応を見て驚いておったのぅ。
向こうからしたら振ったように見えたんじゃろうが、それは大きな間違いじゃ。
ナハトと言う名前は偽名、なぜ偽名を使ったかと言うと……わらわが幼き頃に決めた決め事を守る為じゃからじゃ。
じゃから、シルクがあの時「ロアはナハトなのか?」と聞いた時、とぼけて見せた。
あれも全て、自分の決めた事を守る為、そしてシルクと誓い合った事を守る為じゃ。
わらわはまだそれを成し得ていない、じゃから……じゃからわらわはシルクに嘘をついた。
正直に言えば、あそこでどうなっていたじゃろう。
シルクは驚くか? いや、何を疑問に思う事がある。
きっと驚くに決まっておる、そして……深く悩むじゃろうな。
ずっと、わらわの事を別人と思っておったからのぅ。
いや……それとも本当にわらわがナハトなのかを 疑うかもしれんな。
まぁ、その時は過去の事を話してやれば信じるじゃろう。
じゃが、わらわは今……それをする事は許されない。
なぜなら、約束を果たせていないからじゃ。
そう、わらわのあの約束……。
それは、完璧な女性になる事じゃ。
これを成し得ぬ限り、わらわは正体を証さぬし、例えシルクが何らかの方法で気付いたとしても……また嘘をつく。
さて、ここで何故頑なに自分の決め事を守ると疑問に思ったじゃろう?
ならば説明してやろう。
それは……。
完璧な女性になれば、シルクに惚れられるからじゃ。
わらわはシルクが好きじゃ、女性似のあの顔、ツンツンしておるが優しい性格、そして声、シルクの全てが愛らしい。
そんなシルクにわらわは恋をした。
ならば、向こうもわらわの事を好きになって貰いたい。
いや、過去ではわらわの事を好きだと言っておったが、所詮少しの間の印象で決めた事……。
じゃから、もっと好きになって貰いたい。
じゃから、その為には完璧にならねばならぬ。
全ての分野で完璧になり、シルクにわらわの事を好きになって貰いたい。
今のわらわでは、完璧に程遠い……じゃから頑張らねばならぬ。
決めた事を果たした時のご褒美はまだ御預けにせねばならぬ。
ならぬのじゃが……。
「自分を偽ると言うのは……中々に辛いのぅ」
そう、辛い……そして痛い、心が痛い。
チクチク、ギスギスして張り裂けてしまいそうじゃ。
それを解放する為に、いっそのことシルクに全てを打ち明けてしまえば楽になれるかも知れん。
じゃが、それは出来ぬ。
決めた事があるし、それに何より……過去に好きだと言われたが、それでもシルクに嫌われるのが恐い。
今でもナハトの事が好きじゃと言ってくれたのじゃが、やはり恐い。
恐いから言えない……ならばその恐さを無くす為にはどうすれば良いか? 答えは明白じゃ、シルクに嫌われる恐怖が無くなるまで……わらわは女を磨く。
それしか方法は無い、わらわはそんな考えしか思い付かぬ。
「くふふふ、全く……わらわは不器用じゃな」
ぐすっ……。
わらわは鼻を啜る、そして、頬に涙が伝った、その涙がシーツを濡らす。
熱くて悲しくなる涙、その涙はやはり辛い、辛いが、頑張らねばならぬ。
辛いが、シルクに今よりもっと好きになって貰わねばならぬ。
じゃから……昔のナハト(わらわ)よりも好きになって貰う。
その為には努力は惜しまない。
じゃが、その努力は少しの間だけお休みじゃ……今は、泣きたい気分じゃからな。
くふふふ……全く、わらわは弱いな、今の弱いわらわは全く完璧ではない。
シルクよ、長く待たせてしまうかもしれんが……きっと惚れさせてやるからの。
そう誓いを立てたわらわは、声を圧し殺して泣いた。
その涙は、わらわが泣き付かれて眠るまで続いた。
シルク……大好きじゃよ、じゃから、シルクも今のわらわを好きになっておくれ。
不器用なのか、臆病なのか……。
今のロアはどちらに当てはまるんでしょう。
と、こんな感じに語った所で、次回からは新しい話になります。
お楽しみに!
今回も読んでいただきありがとうございました!
次の投稿日は明日ですよー。