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作者: 海山 遊歩

気持ちのいい作品じゃないよ。



【午前四時に、学校の体育倉庫まで来てくれませんか】


そんなメールでの誘いを受けた僕は、こんな早くに一体なんの用事だろうかと、クラス委員長を任されている彼女に限ってないであろう、艶かしく濃ゆい展開に淡い期待を胸に抱きながら、予定の一時間前に体育倉庫の中に入っていた。校舎とは細い渡り廊下で繋がっているこの倉庫は、体育の授業や陸上部の練習の時にしか開け放たれない。次いで言えば、僕の学校は部活動が盛んではなく、陸上部というのは名ばかりで練習は週に三回程度しか行われていない。今日は金曜日。火水木の放課後に練習が行われるため、必然的に授業が始まるまでこの倉庫には誰も来ない。点検は月曜に一回あるのみ。こんな好機、誰にも邪魔はさせまい。

それにしても、どうして委員長は僕をこんな時間のこんな場所に誘ったのだろう。彼女と僕の接点といえば、クラスメイトという他ない。クラス内の業務的な事柄以外に僕が彼女と話したのは指で数える程だ。

まさか、という予想が頭を過ったが、すぐに振り払う。あんなこと、誰にだって知られているわけがない。知りようがないのだから。でも、本当に夢見たいだな、委員長とこんな空間で二人きりになれるだなんて。記念日がまた増えた。

僕はこれから起こるであろう展開を妄想しながら、静かに待っていた。約束の三十分前、ついに倉庫の扉が開いた。手に太い縄を持った彼女が、目を見開いて僕のことを凝視した。ゾクリと背筋を走る感覚に高揚を覚えながら、僕は至って普通の表情を浮かべ、至って普通の口調を努めた。


「その縄、どうしたの?」

「それは……こ、ここの備品を返しにと思って」

「そっか。それで、僕にはなんの用だったの?」

「用…あ……もう、終わった…」

「変な委員長。まるで僕に会うのが目的だったみたいじゃないか」

「ある意味、そうかも…」


顔を真っ青にしながら、委員長は目に見えて落胆した様子でそう言った。少し僕を非難する目で見ながら、縄を空の段ボールの中に片付けて、僕にごめんねと言って倉庫から出て行った。謝る必要なんてないのに。でも、確かに落胆はするよね、仕方がない。大好きな先輩が死んじゃったらしいし。仕方がない、仕方がない。先輩が死んじゃったのは仕方がない。今更どうにもできない仕方のないことなんだしね。

僕は次の土曜日も、体育倉庫に来ていた。目を遣れば、段ボールの中に入っていた縄はなくなっていて、委員長はまた縄を持って体育倉庫にやって来た。また、僕を凝視して信じられないという顔をした。今日はお呼ばれされていないのだから当然だ。僕は仕方なしに、委員長のすぐ前に来て、腕を掴んで口を開いた。別に、シチュエーション役得とか思ってはいない。


「委員長さ、もしかしなくてもヤバいことしようとしてないよね」


僕の言葉に詰まったように俯く彼女を見て、やはりかと息をついた。

昨日、縄を持って現れた委員長を見た時から確信していたことだけど、非道いじゃないか。あんまりだ。委員長は僕になんの恨みがあるっていうんだ、酷じゃないか。彼女の手から縄を奪えば、支えを奪われたように愕然とした表情を浮かべ、僕の持つ縄をもう一度手にしようと手を伸ばしてきた。ダメだよ委員長、そんなことさせられないよ。渡したらどうなるかわかっているのに、みすみすそんなことするわけないだろう。何も知らなすぎる。あなたは何も知らなさすぎる。あまりに何も知らなさすぎる。もし知っていてもあなたはきっと変わらぬ判断を下していただろうけど、僕はあなたがいないとダメなんだよ。なんのために僕がここにいてあなたが僕の前にいて、なんのために僕が過ちを犯してあなたの前に立っていると思っているの。だけどそれも知らなくていい。今はただあなたをここに繋ぎ止める言葉だけを囁いてあげる。わかってるよ、委員長が何を欲しがっているか、何をして欲しいか。だって見てたから。


「委員長、深呼吸」


震えるような深い呼吸が僕の耳に届く心地よさに身震いしながら、それを少しの間繰り返させた。


「寂しい?」


頷く。


「悲しい?」


これにも頷く。


「辛い?」


頷く。


「恨みたい?」


間を空けて、小さく頷いた。


「でもまだ………好き?」


吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。

なのにあなたは涙をこぼして頷いた。知ってたけどね、別に。いいけどね、別に。


「なら、恨みたい気持ちが消えるまで、好きの気持ちが消えるまで、僕が傍にいるよ。僕は絶対に委員長の傍から離れないよ」


絶対に、絶対に。

それであなたが立ち直って、僕の隣を歩いてくれるならもうなんだっていいよ。


「委員長のこと、ずっと、ずっと好きだったんだ」


あなたと僕のためなら、なんだってできるよ。

次の日、体育倉庫で目が覚めて、数時間前のことを思い出しながら悦に入っていた。これだけ幸せなことはないだろうと口元が緩むのを抑えながら上着を探していると、マットの上から委員長がいなくなっていたことに気付く。辺りは暗く、夜になっていたことを知らせる。僕は委員長が心配で心配で堪らなくなって、倉庫の扉がある方へと手探りで向かった。すると、顔面に冷たいものがぶつかった。それはしっとりと吸い付くようで、人肌より冷たく、けれども覚えのある感触だった。僕は直後意識を飛ばしたが、その間に何かが起きたらしい。僕の目の前には白と赤に染まった委員長の肉塊だけが転がっていて、僕の意識は冴えた。

非道いよ委員長。僕がこんなになったのは委員長のせいなんだよ。なのに僕をこんなにしたまま絶対に届かない場所に行くだなんて、非道いよ。そんなの、おかしいよ。僕は委員長が、委員長と、委員長に、委員長を。好きだったのに好きだったのに好きだったのに好きだったのに好きだったのに好きだったのに好きだったのに好きだったのにこんなにも好きだったのに委員長は僕をおいて僕をおいてどこかに行っちゃうんだ、どこかに行っちゃったんだ。非道いよ委員長、非道いよあんまりだよ非道いよ非道い非道い非道い非道い非道い。非道いよ、寂しいよ、悲しいよ、辛いよ、委員長。ねえ僕を助けてよ委員長、助けてよ委員長、助けてよ。

ねえ。



.

死んじゃった。

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