ジョンの誕生
「セーラ。頑張ったね。元気な男の子だよ」
ニコラスが満面の笑みを浮かべながら、セーラに話しかける。
セーラは少しボーっとしながらそちらの方を向いた。
なんでニコラスがここに居るのだろうか。
いつから居たのだろうか。
セーラはふと疑問に思ったが、ニコラスの抱いている我が子の姿が目に入ったとたん、愛おしさがこみあげてきて、そんなことはどうでもよくなった。
「オイラの言った通り、男の子だったでしょ」
ニコラスは自慢げに言いながら、セーラの横に赤ん坊を寝かせた。
私の赤ちゃん……。
セーラは、たった今産まれたばかりの我が子に優しく笑いかける。
良かった、とセーラは思った。
この子に会えて良かった。
生きてて良かった。
あの時、こんな日が来るなんて、こんな気持ちになるなんて、想像すらできなかった。
『もうちょっとだけ生きてみればいい』
あの時、ニコラスがそう言ってくれなかったら、この子と一緒に死んでいたはずだった。
この子はこの世に産まれてくる事はできなかった。
「ニコラス先生」
セーラは視線をニコラスに向けた。
「なぁに?」
ニコラスは耳をセーラに近づけた。
「この子の名付け親になっていただけませんか?」
セーラはニコラスをじっと見つめながら言った。
「え? いいの?」
ニコラスは驚いてセーラの顔をまじまじと見る。
「はい。先生にはいろい……」
「やったぁ!!」
ニコラスはセーラの話をぶった切るように両手でガッツポーズを決めると、赤ん坊に鼻を近づけ「クンクン」とニオイをかいだ。
「うん。ジョンだ。ジョンだよ。ジョンしかない。そうだよね、ジョン」
ニコラスの言葉に反応するかのように、赤ん坊がにっこりと笑った。
「ジョン。オイラはニコラスって言うんだ。よろしくね」
ニコラスはニコニコしながらジョンに語りかける。
セーラはその様子を微笑みながら眺めていた。
「失礼しまぁす」
ダニエルたちが部屋に入ってきた。
「師匠。おめでとうございます」
ダニエルたちは声を揃えてお祝いの言葉を述べる。
セーラは眉間にしわを寄せた。
なんとなく、そうじゃないかとは思っていた。
それだから何度も何度もそれとなく否定してきたのだ。
それなのに、やっぱりみんな勘違いしている。
「ん? オイラじゃなくてセーラに言わないとね」
ニコラスの言葉に、一同はハッとした様子でセーラの方に視線を動かした。
「セーラさん。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
セーラはとりあえず微笑んでお礼を言った。
みんなはニコラスの一言で分かってくれたのだろうか。
いいや。分かってくれなかったような気がする。
セーラはきちんと訂正しなくてはいけないと思いながらも、自分の思い過ごしであるかもしれないと思うと、なんとなく言い出せなかった。
「うわぁ。かわいいですねぇ。目元が師匠にそっくりですよ」
ダニエルがジョンの顔を覗き込みながら言った。
セーラはドキリとし、息をつめた。
「オイラはそんな赤猿みたいな顔してる?」
ニコラスはジト目でダニエルを見る。
「え、いや……」
ダニエルの表情が固まる。
「ダニエル。オイラに社交辞令は通用しないよ。それにね、男の子は母親に似たほうが美男子になるんだよ。知らないの?」
ニコラスは小馬鹿にするように言った。
「すみません」
ダニエルはうつむいた。
「ジョンはセーラにそっくりなんだよ。この猿っぽいおでこなんか、瓜二つじゃん。ウキャキャキャ」
ニコラスはさも嬉しそうに珍妙な笑い声をたてた。
「ひどい……」
セーラは思わずニコラスをにらみつけた。
「怒っちゃやーよ。あひゃひゃひゃ」
ニコラスは楽しそうに笑いながら「シッシ」と手をふってダニエルたちをドアの向こうに追いやる。
「お祝いは『弟子一同』じゃダメだよ。一人ずつちゃんと包まないと受け取らないからね」
ニコラスはそう言うとドアをバタンと閉めた。
「先生。ごめんなさい」
セーラはベッドサイドに戻ってきたニコラスに向かって言った。
「ん?」
ニコラスはきょとんと首をかしげる。
「何度も言ったんですけど、みなさん、なんか勘違いしてるみたいで……」
セーラは視線を落としながら言った。
「なにが?」
「あの……。皆さん、この子の父親が、その……ニコラス先生だって思ってるみたいで……」
セーラはしどろもどろになりながら言った。
「ああ。そうみたいだね」
ニコラスはこともなげに言った。
「え?」
セーラは思わずニコラスの顔を見る。
「いいんじゃない? 誰もオイラに直接訊きに来なかったし。君にもそうだったんだよね?」
ニコラスの言葉にセーラは頷いた。
直接訊かれていたなら、きっぱりと否定していた。
しかし、誰も直接、父親が誰か訊いてこなかった。
直接訊かれないから、遠回しに否定するしかなかった。
「みんなが勝手にそう思ってるだけなんだから放っておけばいいよ。実際、オイラはジョンの親なんだし」
「え?」
セーラは首をかしげた。
「オイラ、ジョンの名付け親だからね。親に変わりはないでしょ? だから、ジョンはオイラの子だよ」
ニコラスはそう言うとジョンを覗き込んだ。
「ジョン。オイラは君のお父ちゃんだよ。仲良くしようね」
ニコラスは微笑みながら優しい声でジョンに語りかける。
セーラは首をひねりながら、それを眺めていた。