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若奥様と王子様

 少し汚れてはいますが、白い詰襟のお洋服に、黒地に金色の糸で細かく刺繍をされたローブを羽織っている彼は、実は王子です、と言われても信じられるくらい、王子様風でした。


「……ありがとうございます」


 私はとりあえず、助けてくれたことへの感謝の気持ちを伝えました。けれども王子様風美少年の表情はちっとも変わりません。硝子玉のように澄んだ目を見開いて、固まってしまっています。


 私の記憶によれば、ご近所さんに外国の方はいらっしゃらなかったはずですが……ゴミ集積所にいるということはご近所さんのはずですよね。


「最近引っ越しされてきた方ですか?」


 そう話しかけてもやはり反応はありません。もしかしたら日本語が分からないのかもしれません。


「きゃんゆーすぴーくじゃぱにーず?」


 英検4級の私の英語が通じるかは分かりませんが、とにかく会話をしようと頑張ります。ご近所さんと仲良くするのも主婦の務めですからね。


「あいあむ『ワカオクサマ』。……あれ? それじゃ日本語ですね。えーと、あいあむ『ニイヅマ』。……これでは同じですね。ええと、あいあむ『にゅーわいふ』? ああ、『にゅーわいふ』で良さそうですね。合っていますか?」


 懸命に言葉を伝えようとしていると、私の声など耳に入らないといった顔で王子様風美少年が私の肩を強く掴みました。


「お前が『勇者』か!」


 あら、日本語ですね。日本語で大丈夫でしたか。ほっと一安心です。


「いいえ、私はただの若奥様ですよ」


「は? いいや、お前は『勇者』のはずだ!」


「いいえ。私は確かに最近結婚したばかりのピチピチな人妻です」


「な、なんだとぉっ! お前のような子どもが結婚を許される国があるというのか!」


「失礼な方ですね。私は立派な成人女性ですよ。花も恥らう21歳ですよ」


「21だと! 俺より3つも上だというのか! 10歳そこそこの子どもにしか見えんぞ、嘘をつくな!」


 金髪碧眼の王子様風美少年は、恐い顔で私の肩を更に強く掴みました。


 うーん、ちょっと痛いです。おまけにこんな素敵なレディを捕まえて10歳の少女とか言うなんて、失礼極まりないです。これが貴臣さんだったら問答無用で愛の鉄拳を頬に食らわせていますよ? 流石に初対面の方にそんなことはしませんが。


「嘘ではありません。そして勇者でもありません。私は普通の主婦です」


 少し胸を張ってみると、金髪碧眼王子様風美少年の視線が私の胸にきました。


 何やらジッと見つめていたかと思うと、ほんのり頬を赤くして目を逸らしました。


「む……た、確かに、成人しているようだな……」


 エプロン越しでも私の胸はちゃんと膨らんで見えたようです。おかげで成人と認定してもらえました。良かった良かった。でもちょっと凝視し過ぎでした。これが高臣さんなら愛の腕ひしぎ十字固めが飛び出していましたよ。


「しかし、俺は『勇者』を召還したんだ、間違いなく。お前は普通の主婦などではない。絶対に『勇者』だ」


「はあ。そう言われましても、私はただの主婦です。ほらほら、ご覧になってください。私のどこから見ても若奥様な格好を」


 と、ゴミ袋を持ったままくるりと回ってみせました。フリルのたくさんついたエプロンの裾が、ふわりと広がります。


 エプロンの下は春らしい花柄のワンピースです。丈が膝上なのは貴臣さんの好みです。私の太腿を見て、かわいいよ、とニヤニヤする彼がかわいらしいのです。まあ私としては、足だけでなくちゃんと全体を満遍なく見て『かわいい』と言って欲しいところですが。


 今朝送り出した我が主人の顔を思い出しながら一回転した私は、おや、と首を傾げました。


 スチール製のゴミ集積所には半透明の黄色い袋が山積みになっていたはずですが、どこにも見当たりません。広さはそれほど変わりませんが、銀色のスチールは太い鉄格子に変わっていました。壁は岩っぽくゴツゴツしています。おまけに、暗いです。今日はとても良い天気で、太陽がさんさんと照って、憎きヒノキ花粉も猛威を振るっていたのに。……そういえば、鼻がムズムズしませんね?


 良く見れば私の足元には複雑な文様が描かれていて、暗闇の中にほんのりと青白く浮き上がっていました。私と王子様風美少年は、円形状に描かれた複雑な文様の真ん中に立っています。


「おや……ここはどこでしょうか。ゴミ集積所では?」


「ここは魔王の城の地下にある牢屋だ」


「牢屋? 魔王?」


「そうだ。三日前に戦場で魔王に捕らわれてしまったのだ」


「それは大変ですねぇ」


「他人事みたいに言うな。お前はここから俺を救い出すために召還されたんだぞ」


「はぁ……」


「だから、お前は俺を助ける『勇者』としてここに召還されたのだ。さあ、ここを出る準備をしろ」


「はぁ……?」


「おい、聞いているのか? ここを脱出するんだ!」


「ええと……どのようにしてでしょう」


「お前は勇者なのだから、武に優れているはずだ。もしくは魔力が高いとか。脱出の呪文を唱えて、見事俺をガルドゥラの城へ戻してみせよ!」


 私には美少年が何を言っているのか理解出来ませんでした。


 けれども真剣な表情を見る限り、嘘をついているようでもありません。魔王やら牢屋やらは本当のお話なのでしょうか。


 だとしても。


「無理ですね」


「なっ! 何もしないうちから何を言うか!」


「だって私は普通の主婦ですから。体力も力もそこそこにしかありませんし、呪文を唱えても周りから白い目で見られるだけですよ」


「いいや、お前は出来る! 俺が召喚した勇者なのだから!」


「ですから、私は勇者ではなく主婦なのです」


「シュフーという名の勇者なのだろう!」


「残念ですね、私の名前は九条椿姫です」


「どうでもいいから俺を城に帰せ!」


 と、大声で言い合っていましたら、牢の外からガシャガシャと、鎧を着て歩いているような重苦しい足音が聞こえてきました。途端に王子様風美少年が私にしがみ付いてきました。


 小学生でも通用する身長の私に、180センチはありそうな美少年がしがみ付く。さぞ滑稽な光景でしょうね。鏡がないから何とも言えませんが。


「ば、馬鹿者、煩くするから見張りに気付かれてしまったではないか!」


 美少年はブルブル震えています。


「煩くしていたのは貴方ですよ」


「お前が訳の分からないことを言うからだ!」


「私にしてみれば、貴方の方が訳の分からないことを言っていますよ」


「ああもう、いいから早くなんとかしろ!」


「そう言われましてもねぇ……」


 困りました。


 私はただゴミを捨てに来ただけなのに、美少年を魔王城から助け出せと言われましても、どうすることも出来ません。


 それにしても、しがみついてくる美少年が邪魔です。足音のする牢の外を覗きたいのですが、美少年が邪魔で顔が出せません。これが高臣さんだったら愛のジャーマンスプレックスが炸裂していますよ。さすがに初対面ですからしませんけれど。そうしたいくらいには邪魔です。


 仕方ないので王子様風美少年を引き摺りながら歩いていき、牢の外を覗きこみました。黒い鎧を着た狼が二足歩行でこちらへやって来るのが見えました。


「なんと……狼が二足歩行を。どこのサーカス団ですかここは」


「魔王城の地下だと言っているだろう! お前馬鹿なのか!」


「ええ。自慢じゃありませんが、学校の成績は下から二番目でした」


「本当に自慢にならないな!」


「でも私の下に一人もいたのですよ。凄いでしょう」


「一体何が凄いのか説明をしてみろ!」


 美少年と言い合いをしていたら、ガシャン、と音がしました。二足歩行の狼が持っていた槍を地面に突き立て、私たちを鋭い目で睨んでいます。


「ああん? なんで一人増えてんだ? ……まさか貴様、召喚獣を喚び出したのか!」


 驚き声を上げる狼さん。


「なんと、狼が日本語を! 狼が日本語を喋っていますよ! なんですか、狼も人類へと進化するのですか! サヘラントロプス・チャデンシスですか!」


 とんでもない大発見に私はちょっと興奮してしまいました。


「だからあれは魔王の手下の魔物だと言っているだろう!」


「いえ、そんな話は聞いていませんよ。言いもしないことで怒るなんて、貴方も馬鹿なのですか」


「自らを馬鹿と認めている者にそのようなことを言われる筋合いはない!」


「なんでもいいですけれど、狼さんが去っていきますよ」


「なにっ?」


 今さっき私たちの様子を見に来た狼の魔物は、ガシャガシャ音を鳴らしながら元の場所へ走って戻っていきます。


「まずい、仲間を呼びに行ったようだぞ、早くなんとかしろ勇者!」


「もう、ですから、私の名前は勇者ではなく九条椿姫なのですよ。何度言ったら分かるのですか。大概貴方もば……」


「煩い、早くここから出せええええええ!」


 なんて言い合いをしているうちに、先程の狼さんたちが大勢で押し寄せてきました。


「本当だ、なんだこの人間、何者だ!」


「ただの村人じゃないのか!」


 狼さんたちが鎧を煩く鳴らしながら慌てています。どうやらこの美少年が誰なのか分からずにに捕らえていたようですね。着ているお洋服はとても良い生地で出来ていますので、どう見てもただの村人には見えませんが……なんだか皆さん残念な方ばかりです。


 そんな風に騒がしい中、先程まで震えていたはずの金髪碧眼王子様風美少年が不敵な笑みを漏らしました。


「ふん、愚か者め。今頃気付いたのか!」


 美少年はわははは、と高笑いました。


「我こそはガルドゥラ国王が嫡子、アルヴィン・オージェ・ナント・ヘイディス・コマッタンネ・オー・マイ・ガルドゥラだ!」


「な、なんだとっ!」


「ガルドゥラの王子だと!」


「まさか城に入り込んで魔王様の寝首をかくつもりか!」


「大変だあっ!」


 狼さんたちがざわめいています。


 おやおや、王子様風だとは思っていましたが、本当に王子様でしたか。


 それにしても、先程まで私にしがみついて震えていたとは思えないほど踏ん反り返っていますね。何故ですか。王子だから弱みは見せられないとか、そういうことでしょうか。


「さあ勇者よ、今こそ反撃の狼煙を上げるとき! 一気に攻めに転じようぞ!」


 偉そうに美少年──アルヴィン・おー……アルヴィン……アルヴィン王子なんとヘタレで困ったねおーまいがー様が私に命令を下します。ちょっと名前を間違えている気がしますが、そんな長ったらしい名前私には覚えられませんので、これでいいでしょう。


「くそ、そんなことをさせるものか!」


「魔王様! 魔王様にお知らせしろ!」


 狼さんは慌てながらも魔王様を呼びに行ってしまいました。


 騒がしかった牢屋前が一気に静かになりました。


 チラリとアルヴィン王子なんとヘタレで困ったね様を見れば、綺麗なご尊顔を真っ青にしてまた震えていました。


「まずい、魔王を呼びに行かれてしまった!」


「そうですねぇ」


 無駄に踏ん反り返ったせいですね。


「おい勇者、早く脱出するぞ!」


「ですから、私は普通の主婦ですから無理ですよ」


「だって魔王が来るんだぞ! 早く逃げないとだろう!」


「この状況を招いたのはヘタレで困ったね王子のせいではありませんか。何故あんな下手な挑発をしたのですか。馬鹿ですか」


「なっ、ぶ、無礼者! 俺の名前はアルヴィン・オージェ・ナント・ヘイディス……!」


「記憶力が良くないので覚えられません」


「この馬鹿がああ!」


「貴方もですからね」


 私たちが意味のない言い争いをしている間にも、刻々と魔王は迫ってきているようです。


 困りましたね、一体どうしたらいいでしょうか。






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