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装飾系男子!  作者: 根谷司
草食系男子!
8/19

脆弱系男子と情弱系女子


 なんの参考にもならないご意見を頂いた俺は翌日、安達先輩に言われた通りには決してならないように気をつけた。


 少なくとも俺からは峰岸に声をかけないこと。声をかけられても返答が必要な時以外は無言を貫くこと。つまり今まで通りである。


 学校でこれを行なえば、見事友人ゼロを達成することが出来るのが社会の常だ。小学校の頃からずっと貫いてきた俺が言うのだから間違いない。


 しかし、その心配は杞憂(きゆう)と化した。何故なら、学校で峰岸から声を掛けてくる事が無かったからだ。


 思えば当然である。彼女は彼女の人間関係で忙しい。休み時間に話をする友人は予約でもしているのではなかろうかと思う程に決まっているうえ、授業中は割りと真面目に黒板を写している。ギャルに似つかわしくない真剣な眼差しでもって、しっかりと勉強しているようだ。


 つまり、いくら彼女が恵に会いたいと思っていても、そのために費やす時間はあまり取れないという事だ。ともすれば、多少は警戒を緩めてしまっても構わないということだろう。


 火曜日、つまり今日は委員会があるため、帰宅時間も遅くなる。ならば最も警戒すべき帰路のバスもまた、安寧は確定しているはずだ。


 ――そういうわけで俺は油断していた。


 日も沈んだ放課後。委員会を終えて学校前の坂道を下った先のバス停にて、峰岸は立っていたのだ。


 俺の姿を見かけるや否や仏頂面を引っさげて歩み寄ってきて「遅い!」と文句を言われた。「委員会があったから」と返したら「ならそれを早く言ってよ一時間も待ったじゃない」と言われた。これほどの理不尽が他にあるだろうか。一緒に帰る約束なんてしていないのに……。


 何故か二人でバスに乗り、当然のように俺の隣に座る峰岸。


 彼女は鞄からいくつかの冊子を取り出した。どれも見覚えのあるものだ。


「見せたいものがあるのよね」


 にやにやと嬉しそうに冊子を開く峰岸。覗き込むとそれはパンフレットで、ドッグイヤーまでされていた。


 彩鳥のパンフレットである。


 ドッグイヤーされているのは、恵(俺)が写っているページだ。


「今まで出たパンフレットは全て保存しているわ!」


 ……きんもい。


「恵さんって本当は何歳なの?」君と同い年ですけど「私が中学の頃には舞台に立っていたから、本当はもう二十歳を越えてるはずよね!」


 峰岸はいったいどういう計算をしたのだろう。俺には解らない。


 学校で立てた算段通り黙っていると峰岸はハッとして、口元に手を当てた。


「恵さんの年齢を教えて欲しければ当ててみろってことね。解ったわ。今考えるから」


 流石は異世界の住人。発想が斜め上である。


 考える事数十秒。峰岸は推理する探偵のように人差し指を立てた。


「彼女は……十七歳ね」


 さっき二十歳は越えてるはずだと言っていた気がするのだが、彼女はそのことを覚えていないのだろうか。


 しかし驚いたことに正解である。正確にはまだ十六歳なのだが、今年で十七歳になるのだから、あながち間違いではない。


「その顔……驚いてるってことは正解なのね! 流石は恵さん! やっぱり永遠の十七歳だったかー!」


 永遠じゃないです。君と一緒に年を取っていきます。ちなみにまだ十六歳です。


「ねぇ、恵さんってやっぱり、お化粧してなくてもかわいいの? それとも美人系だったりするの?」


 メイクしないとただの根暗系男子ですけど……。


「黙ってばっかりいないで教えてよ! どっちなのよ!」


 その二択では答えようが無いのだ。察して欲しい。


 ぐいっと詰め寄ってくる峰岸から少しでも離れるために背中を逸らす。しかしバスの中は俺達以外にも人が居て、避けるのにも限界があった。


 割と露骨な拒絶アピールをしているというのに、峰岸は一切気にかけず、さらに俺へと詰め寄ってくる。答えろ、教えろ、恵の情報を私に寄越せ、と、その瞳が語っているように思えた。事実、彼女はそのつもりなのだろう。


 屈する事なく黙っていたら、バスのアナウンスが響いた。次で峰岸が降りるバス停となる。


 峰岸は興ざめしたかのように嘆息すると、俺から離れて『降ります』のボタンを押して言った。


「ほんと、あんたって根暗よね」


 うるさい自覚はしてる。


 解っていても、他人に言われると腹が立つ。


 仕方ないじゃないか。他人は怖いんだ。何がともなく怖い。何を考えてるか解らないうえ、住んでる世界が違うのだから恐れるのは当然だ。


 そういう言い訳は浮かんでも、決して声にはならなかった。


 素顔を(さら)すのは恥だ。本性を曝すのは恥だ。俺の居場所は彩鳥とステージの上だけなのだ。そこ以外では仮面を付けなければやっていられない。


「はぁ」バスの扉が開くと同時に峰岸は溜息を吐き、俺の手を掴んだ「仕方ないから私があんたの根暗を治してあげる」


「!?」


 引っ張られて立ち上がるが、すぐさま後ろに飛び退いた。掴まれた手首は離れて、峰岸は驚愕の表情を浮かべている。


「……どうしたの?」


 当たり前のように聞かないで欲しい。普通、いきなり他人に手を掴まれたらこうなるだろ。それともこういう反応も、こいつらの世界では当たり前ではないのか?


「どうせ今日は稽古も無いんでしょ?」なんで知ってるんだ?「なら少し付き合いなさいよ」


 相変わらず、こいつの思考は解らない。いや、所詮は他人なのだから解らなくて当然なのだが、意図が全く読めない。むしろ、思考の順序がおかしくなっているように思える。稽古が無いから付き合えって、おかしくないか? おかしいよな?


 断らなければ、と言葉を探そうとするが見つからず、周りの視線が俺と峰岸へ集まっている事に気付いて余計に困惑してしまった。


 降りるなら早く降りろよ、バスが出ないだろ。そんな心の声が聞こえてくるような視線に耐え切れず、財布からバスの定期券を出し、運転手に見せてから逃げるようにバスを出た。


 すると俺のその行動をお誘いへの肯定と捉えたのか、峰岸は「最初からそうしてればよかったのよ」と偉ぶった口調で言って、歩き出す。


「良い感じの喫茶店があるから、そこに行きましょ」


 と言っているが、この辺りは住宅地となっているらしく、店らしい店は見当たらない。というか、俺も行くのか? 俺、このまま次のバスを待って帰りたいんですが……。


「何やってんのよ」振り向く峰岸「早く来なさい」


 拒否権とか無いんですか。そうですか。……まじですか。


 仕方なく着いて行くと、バス停からすぐの所に喫茶店があった。看板が小さかったため見逃していたようだ。


 峰岸はその店へと入っていこうとするが、俺はふと立ち止まる。俺は今、金を持っていないのだ。むしろ基本的には常に持っていない。一応は彩鳥のメイン役者の一人として収入はあるが、あの梶山さんでさえアルバイトと両立しなければならない程度の収入でしかない。雀の涙ほどしか無いのだ。


「何回も立ち止まらないでよ根暗」


 俺の名前は根暗じゃないぞ。とは突っ込まない。根暗であることは間違えていないからだ。


 しかしだからといって着いていくわけにもいかない。せめてもの拒絶を表すために首を横に振ると、峰岸はまた溜息を吐いた。


「お金が無いとか?」


 首を縦に振って肯定すると、峰岸は「仕方ないな」と、さらに深い溜息を重ねた。こいつ、今日だけで何回溜息を吐くつもりなんでしょうね。いや、吐かせてるのは俺なんですけどね。


「ここ安いから、奢ってあげるわよ」


 ガシっと、さっきより強く握られる腕。振りほどこうとするが、咄嗟には振り解けなかった。


 他人に奢ってもらう? いやいやいやいや、有り得ないでしょ、有り得ないだろ。


 俺は峰岸と友達なんかではないのだ。奢ってもらっていいような関係でもなければ、奢ってもらいたいと思える仲でもない。破綻してる。


「無駄な抵抗はやめなさい」


 俺は立て篭もり犯か! なんて心中でツッコんでいる内に、ずるずると店内へと引っ張られていた。


 いらっしゃいませ、とウェイターに言われれば、もう店を出る事は出来ない。川を流れる葉っぱになった気分で、峰岸が座ったテーブルの反対に腰を下ろした。


 内装は中々と言ったところか。全体が木で作られていて、テーブル席は四つ、あとはカウンターに六つの椅子がある、小さな喫茶店。


 差し障りの無いポップなBGMが流れていてアットホームに統一されたはずの店内はしかし、正面に峰岸が座っているというだけで俺にとっては処刑場である。死にたくなるくらい怖い。他人怖い。


「あんたねぇ……なんでそんな、生えたての双葉みたいに震えてるの」


 その言い回しは初めて聞いたが、確かにと思った。弱い風にも流される辺り俺にぴったしだ。


「とりあえず、私のお勧めでいいわよね。すみませーん、ショートケーキと紅茶を二つずつ下さーい」


 カウンターの向こうに居たおばさんに峰岸が言う。他に客が居ないからいいものを、そういう目立つ行動は止めていただきたい。


 少しの間沈黙が流れる。BGMだけが気を紛らわせるための頼りだった。


 五分くらいだろうか。さっきのおばさんがケーキとホットの紅茶を持ってくると、途端に甘い匂いが鼻腔を刺激する。


「安いけど美味しいんだから、残さず食べなさいよ」


 間違えてお母さんと呼んでしまいそうな言い方だった。


 しかし、ケーキ皿に立てかけられたフォークを手に取る気にはなれない。本当に食べていいのかが未だ解らずに居たからだ。


 対する峰岸はティーカップを持ち上げて、熱を冷まそうと息を吹きかけている。時折、上唇をお湯につけて「熱っ」と声を漏らしていた。


 ようやく一口だけすすれたらしい紅茶で喉を潤した峰岸は、その味に心酔するような、もしくは温かさに安心するかのような浅い息を漏らすと、ティーカップを置いて言った。


「あんたさ、女の子が怖いの?」


 俺は言葉に詰まる。詰まろうと詰まらなかろうと何かを言うつもりは無かったが、まさかいきなりそんなことを聞かれるとは思わなかった。


 怖いに決まっている。というのが、俺のすべき回答だ。なんなら全ての他人が怖いとまである。しかし受け答えをするつもりはないため、やはり黙った。


「なっさけないなー。それでも男?」


 嘲笑するような口調で言われ、膝の上に置いてある拳を握った。殴りたいと思ったわけではない。ただなんとなく、そうしたかっただけだ。


「そんなに怯えなくても、周りの皆はあんたが思ってる程、あんたに敵意を向けたりしてないわよ」


 そんな事は解っている。しかし、敵意など関係ないのだ。他人だから怖い。当たり前だ。


「それに、少なくとも私は大丈夫よ。友達は大事にしたいと思ってるから」


 そういうことを公言するやつほど信用出来ないんだ。言葉でしかそれを証明できないから言葉に託しているようにしか見えないし、聞こえない。


「私、考えたんだ。昨日はほら、恵さんに会いたい一心で結構暴走しちゃったけど、あれだとあんたに利が無いでしょ? だから、私もあんたに何かしてあげなきゃって」


 そんな関係を友達というのか? ただの利害の一致でしかなく、俺と峰岸では殆ど呉越同舟(ごえつどうしゅう)だ。勝手に約束を押し付けて、勝手に果たして勝手に期待する。勝手な事を勝手に強要しないで欲しい。


 峰岸の一人語りに心中で文句を付けるだけで、結局は何も言わない。俺も充分過ぎるくらい勝手だ。


「あんたの根暗を私がなんとかしてあげるっていうのはどう? 悪い話じゃないと思うけど」


 峰岸の提案は、はっきり言って寒気がした。


 押さえていた感情があふれ出す。見せまい聞かせまいとしていた俺の本音。


「俺は……」意を決して口を開いた。これだけは言わなければならない気がしたのだ「俺は、学校に友達が居ない事を、悪いことだとは思わない」


 俺の居場所は学校じゃないから。俺の居場所はひとつだけだ。


「でも、友達がいないとつまらなくない?」


「つまらないとは思わない」


 演劇さえ出来ればそれでいい。それだけでいい。演じ続けて思い続けて、本物以上に楽しくて辛くて悲しくて幸せな舞台の上で生きていければそれでいい。


 峰岸は唇をきつく結んで、「やっと口を開いたと思えば卑屈か」と呆れていた。


 勝手に呆れればいい。そして勝手に失望して、勝手に離れて行ってくれて構わない。


「じゃあ、あんたは私に何をして欲しい?」


「何もしなくていいよ」


 言った後でハッとする。口に出すつもりの無かった言葉。隠すつもりだったはずの本音が漏れてしまった。ここまで言うつもりは無かったというのに。


 しかし、峰岸の態度は変わらない。


「それじゃ恵さんに会えないじゃないの」


「だからっ」


 言いかけたところでなんとか押し留まる。物理的に会えないんですって言いそうになってしまった。


「だから?」峰岸は首を傾げた「だから、なによ」


 止まり方が不自然過ぎたのだから、聞きなおされるのが自然だろう。今のは俺の失態だ。さっきから失態ばかりだ。


「だからって、俺に頼まなくても会えるでしょ……、その、劇場とかで」


 なんとか言葉を繋ぎ合わせて適当に言うと、峰岸は「それじゃ駄目なのよ」と立ち上がった。


「ファンとしてじゃなくて、一人の人間として会って、言いたいことがあるのっ」


 まるで高尚な希望を語る騎士のように拳を掲げる峰岸だが、自分が結構痛いことを言っているのだと気付いているだろうか。


「なんでそんなに恵に……恵さんに会いたいんだ?」


 その問いに峰岸は、さも当然のように答えるのだ。


「言いたい事があるって言ったでしょ」


 二度も同じ事を言わせるな、とでも言いたげな鋭い目で睨まれた。やっぱ怖いよこいつ……。


 その目を見れば解る。伝わってきてしまう。こいつの気持ちは本物なのだと。


 しかし、本物であろうと偽物であろうと変わらない。恵という人物は実在しないのだから、峰岸が恵に会える日は未来永劫訪れない。峰岸の胸の中にあるのであろう言いたい事というのがどんなものであっても、例えば安達先輩曰くの同性愛を前提とした告白であったとしても、墓の中までお供せざるを得ない代物だ。


「と、いうわけでー」


 峰岸の表情が一変し、真面目な顔から気持ち悪いにやけ顔になった。


 テーブルの上に広げられるパンフレット達。十冊くらいはある全てが開かれており、全てが恵を写すページだった。一瞬でしたよ、その仕草。どこに恵が居るのか解ってるみたいなスピードでしたけど……。


「こうしましょうよそうしましょう。私は恵さんと会うためにあんたに付きまとうから」斬新なストーカー宣言ですね「その付きまとってる最中、ついでにあんたの根暗を矯正してあげるわ」


「待って。拒否権は」


「無いわよ」再び登場、二度も同じ事を言わせるな的な視線「強制って言ったじゃない」


 言ってませんけど……。いえ、矯正とは言ってましたけどね?


「そういうわけでこれからよろしくね、一之瀬くん」


 まさしく希望と出会ったかのような、幸せそうな笑みで言われてしまった。そんな顔で言われては何も言い返せなくなってしまう。


「まあ、あんたみたいな根暗でも恵さんと繋がってるなら、またここで奢ってあげるわよ。そのかわり、その時はちゃんと恵さんの情報を教えなさいよ。スリーサイズとか普段の性格とか生活習慣とか素顔とかスリーサイズとか」


「スリーサイズ二回言ってたけど……」


 というかあんたみたいなのって……。


「あらそう? じゃあもう一回言ってプラスマイナスゼロにしましょう。恵さんのブラのサイズと使ってるメーカーとかを教えて」


 条件が細かくなってる!?


「その計算は間違えてる……。マイナスを振り切ってる……」


 しかももしも俺が恵とは違う人間だったとしても、それらの情報は知らないだろう。スリーサイズとか普通知らないでしょ。


 とにかくこういう経緯でもって、俺と峰岸は友達になったらしい。


 手にとってすすった紅茶は生温くなっており、まるで俺と峰岸の繋がりを蔑むかのような苦味を伴っていた。

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