不愉快系男子と残念系女子
「付き合っちゃえばいいと思う」
その言葉を安達先輩に言われ、相談した事を後悔した。
「どこをどう聞いたらそんな回答になるんですか?」
念のために確認すると、安達先輩は握りこぶしを高々と掲げる。
「どっからどう聞いてもテンプレ的ラブコメではないか、少年! 実在しない少女に想いを寄せて焦がれる乙女! 胸アツ過ぎて黒こげになるほどの定番だよ、少、年!」
今になって思うのだが、どうして俺は安達先輩とプライベートでも絡んでいるのだろう。今の人間関係について、少々考え直さなければならない気がした。
ああそうか。安達先輩が居なくなったら俺、学校での知り合いが居なくなるからか。成る程納得である。
「ちょっと相談相手を間違えたみたいです。梶山さんに相談しよう」
「梶山さんはもう帰ったけど?」
「早っ!」
「ちなみに沢野さんももう帰った」
確かに、周りを見回しても二人の姿は無かった。まだこの稽古場に残っているのは伊藤さんぐらいだが、伊藤さんも結構対人関係への悩みは疎そうだ。今回の相談相手としては不向きかもしれない。
「で、だよ少年!」「その少年って呼び方、気に入ったんですか?」「話を逸らさないでくれたまえよ少年!」
気に入ったんですね、はいはい。もう諦めます。
「その、なんだっけ。み、峰……ミネルバ二年生は」
「間違い方が適当過ぎませんかね」
「ミネルバ一年生は可愛いのかい?」
「間違えてたのそこじゃないですけど……」
とはいえ彼女の呼び名はどうでもいいのだ。安達先輩が何をどう間違えていようと問題は無い。
「可愛いか可愛くないかでいうと……」
峰岸の顔を思い浮かべる。
客観的に見て、可愛いほうではあると思う。しかしその性格がどうにも好めない。といっても、性格が好めないのは当然だ。しつこいようだが、俺と彼女では住む世界が違うのだから。
「普通、じゃないですか?」
性格と合わせていい塩梅だ。嫌いになるほど嫌なやつだとは思わない。ただ少し苦手なだけである。俺の場合はその少しというのが致命的なわけだが。
「普通、ねぇ」安達先輩は考えるように顎に手を当てた「なら脈無しってわけじゃないんだ?」
思わず溜息が漏れる。本当に、この人の思考回路は理解し難い。
「脈なんてありませんよ」
致死と言っても過言では無い程の脈無しだ。脈を計る前に、そういったフラグが一切発生していない以上は産まれてさえいないとも言える。
「そもそも、峰岸が会いたがっているのは俺ではなくて恵です。峰岸からすれば同性ですよ? そこからどうして恋愛云々になるんですか」
「勘違いから恋が生まれる事もあると思うけどなー」
「な、い、で、す。むしろ向こうは、俺の事は嫌っているみたいですから」
蔑むような物言いは勿論のことながら、睨んできたり物投げてきたり。
しかし安達先輩はふと笑う。
「嫌いだったら、友達になんてならないと思うけど?」
きっと、普通ならそうなのだろう。
だが、俺が言う普通というのは所詮、俺が思う普通でしかない。
「そういう人間関係も、あるんじゃないですか?」
利用するための繋がり。現に峰岸は言っていた。恵に会うために友達になりたいと。
普通なら考えられない友達の定理。しかし、俺と峰岸の住む世界が違う以上はそういう事もありえるのだと考えなければならない。
安達先輩は何か腑に落ちないとでも言いたげに「ふーん」と鼻を鳴らすと、すぐさま取り繕うように舌を出した。
「そういえばあたしも学校では基本ぼっちだったぜっ。相談相手を間違えたようだね、少年!」
本当に間違いだったよちくしょう!
ふと、稽古場の入り口から声がした。
「おっつかれさんでーす」「おつかれさまー、遊沙、私達先に帰るわね」
梶山さんと沢野さんだ。さっきまで更衣室にでも居たのだろう、入り口から顔だけ出して、すぐに引っ込めた。
「お疲れさまです」
俺が二人に挨拶を返すと、安達先輩はすっと立ち上がり「あたしもすぐ行きます」と言ったため、その腕を掴んだ。
「……今夜は帰らせないぜ、的なノリかな……?」
顔を合わせまいとしてか、入り口のほうを見つめたまま安達先輩は言う。
「いえいえ、とりあえず安達先輩には早急に帰っていただきたいんですけどね。ほら、解りますよね?」
楽しいね、あはは、ほんと楽しい。愉快だよ。ええ愉快だ。思わず笑っちゃうっくらい愉快。
「解らないなー。なんてったってあたしらは以心伝心してないからね」
みなまで言わせないで欲しかったのだが、致し方あるまい。
俺はひとつ深呼吸してから、演劇で鍛えた最大限の声量でもって叫んだ。
「二人とも帰ってねぇじゃねぇか!」
真剣に、安達先輩との人間関係を考えなおそうかと思った。