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装飾系男子!  作者: 根谷司
草食系男子!
6/19

根暗系男子と暴走系女子~承

 劇団『彩鳥いろどり』が俺達劇団の名前だ。父さんが勝手に母の名前たる彩香あやかから捩ったのが由来である。そう考えると、俺の家庭は夫婦円満なのかもしれない。むしろ病的とさえ思える。自分の子供が本当は男なのに女役としか使わない辺り、かなり危険だと思う。父さんの思考回路の話である。


 ちなみにパンフレットでは、俺の役者名は『恵』になっており、メイン役者の一人とされている。稽古や本番には幼い頃から見学に行っていたが、劇に参加するようになったのは中学生の頃で、梶山さんも沢野さんもその時から居た。俺のお姉さんお兄さんみたいなポジションである。


 現役でOLの沢野さんはともかく、普段はフリーターの梶山さんには母さんも頭を抱えている。「そろそろ就職とか考えなくてもいいの?」と母さんが言うと「え、就職ってなんですか? 俺、そんな言葉授業で習った覚えが無いので解りません」と答えるのが常だ。たまに父さんが梶山さんに加勢して「彩鳥はそのうちもっと大きくなるから、ここで主役をやっていれば、五年後には仕事の掛け持ちなど必要無くなる」と言うのだ。ちなみにいつまで経っても「五年後」という言葉は変わらない。先々週も同じ事言ってたし、俺がこの劇団に本格参戦した時も五年後だった。


 そういうわけで俺はここ彩鳥で、いくつかの演目をこなしてきたわけだが、今回の新作である『約束』は結構な傑作だったと思う。演劇としては地味な部類かもしれないが、逃げ回るところのアクションはなかなかに派手で演劇らしくなっている。ように思う。


 少々バッドエンド感は否めないものの、父さんがシェイクスピアという昔の台本作家をリスペクトしている以上、そこは仕方ないのかもしれない。シェイクスピアの作品は割と悲劇が多いからだ。俺としては、たまにはジブ○をリスペクトした作品も書いてほしいものである。ものの○姫みたいなのやってみたいです……。


 登校中にそんな事を延々と考えていたのは、今日が演技明けの月曜日だからだ。演舞した後というのは興奮が冷めてくれず、新作なんかをやろうものなら数日は引きずってしまう。


 しかし梶山さんや沢野さんには仕事があり、俺や安達先輩には学校があるように、ずっと演劇の事を考えているわけにはいかない。小学校で散々言われた、けじめをつけろというやつだ。


 授業中には引きずらないよう、こうして登校中に必死こいて熱を燃やす。


「なーににやにやしてんだーい?」


 がつん、と後ろから何かで叩かれた。叩いた犯人は言わずもがな安達先輩である。


 振り向くと、安達先輩は楽しそうに、玩具を見つけた子供みたいな笑顔を引っさげて、鞄をぐるぐると回していた。それで殴ったわけですね……。


「にやにやもしますよ」俺は答える「だって今回の新作、なかなか好評だったじゃないですか」


 日曜、午前と午後で二回やって、二回とも大喝采を頂けた。見送りの時の観客の満足そうな顔ときたら、録画して家で延々と眺めていたいくらいだ。


「そりゃ」当たり前のように口を開く安達先輩「ポスターとかで『家族の絆』が云々って書いて宣伝してあの内容なら、家族の絆目当てで見に来た人はたいてい満足するでしょ」


 現実的な意見ではある。マーケティングがどうのの考え方だ。


 しかしつまり、宣伝効果はばっちりだったのだという事になる。それに安達先輩が言うところの「受けて当たり前」である作品を作り、そして演じることの難しさは、彼女だって知っているはずだ。


「なにか不満があったんですか?」


 正直俺に不満は無かった。しいて言うなら演技力だ。


 俺はまだまだ未熟だから、いつ梶山さん達の足を引っ張ってしまうか解らない。だから、もっと練習をしなければならない。


 安達先輩は言った。


「演出さ! 演出が物足りない!」


「そうですか? 音響も照明も丁度よかったと思いますけど」


「足りないね!」


 豪語してるけど、安達先輩は劇団に入って一年目の新人である。


「もっとこう……アニメ的な演出を! アニメリスペクトな演出を!」


「それをやったら演劇らしさが減っちゃうじゃないですか」


 ツッコミつつも自省した。俺もさっき、○ブリリスペクトして欲しいとかって思ってたからな。


「新境地を切り開くためには、らしさを削ってみるのもまた手なのだよ、少年」


「その口調、割と本気で鬱陶(うっとう)しいんでやめてもらえます?」


 こうね、小ばかにされてる感が尋常じゃない。


「そういえば聞き忘れてたけど、あの軍服どうだった?」


 いきなり話を変えられたため少しの間放心してしまったが、すぐにあれのことかと思い出す。


「どうだったもなにも、まだ着てませんよ」


「またまたー」安達先輩は大げさに手を振った「この間恵の部屋からあれを持ち出した時既に、着た痕跡が残ってたじゃないかー」


 あっけらかんと言われ、思考が止まりそうになった。え、そんなの解るんですかこの人。着た服と着てない服の見分けがつくんですか?


「いえ、でも俺は着てないですよ?」


 嘘は吐いていない。事実、俺はあのコスプレ衣装を一度も袋から出していない。


 だが、


「割としっかりアイロンかけてしっかり畳んだのにシワがついてたし、畳み方も変わってたじゃん? 着たに決まってるじゃないか」


 なんの話をしているんだ、と思ったが、すぐに思い当たる節がある事に気付いた。


「それ、俺じゃないです」


 あのコスプレ女こと峰岸薫瑠。確かに、彼女が一回だけ、あれを着ている。


 しかしあの事件は口外禁止となっている。俺からした約束なのだから、守らなければなるまい。男として。そう、男として!


「どういうこと?」


 さらに聞かれ、自分の失態を呪った。口外禁止であることを思い出すのが遅すぎた。俺じゃないなんて言い方をしたら、他の誰かが着たという考えに行き着くのが当然だ。失念していた。


「いえ、あの……」


「おっと」


 なんと言えばいいかと考えていたら、ふと、安達先輩が立ち止まった。もうすぐで校門だというのに、どうしたのだろうか。


「君のファンがお待ちだよ、ファンサービスファンサービス」


 楽しそうに言って、小走りで校門へ向かう先輩。その後ろ姿を見ていたら、先輩とすれ違うようにして、校門で立ち尽くす女子と目が合った。


「あ……」


 嫌な汗が額に滲んできた。


 峰岸薫瑠。友達の誘いを断ってまで演劇を見に来るという、ギャルでありながら現代ギャルらしくない行動を取った、いわゆる珍種がそこに居た。


 彼女は俺の姿を見るや否や俺の元へずかずかと歩み寄り、あったはずの距離は瞬く間に無くなる。


 そして、朝の邂逅一番、彼女は言った。


「あんた、劇団彩鳥の関係者よね」


 口ぶりからしてやはり、彼女は俺が恵であることに気付いていないらしい。気付いていたらあんな純粋な瞳は向けられず、今みたいに蔑むような目で見られていたはずだ。


「えっと、なんのこと?」


 ここは妥当にしらばっくれよう、と思っていたら、


「この間、彩鳥が練習に使ってるって場所の近くで、あんた降りてたよね。あのバス停で降りる人は彩鳥の関係者くらいだって、運転手が言ってたもの」


 あの日、バスの中で眠りこくっていた彼女をたたき起こさなかった自分を呪いたくなった。


 どうしよう、と考えていると、あろうことか峰岸は、俺の手を握った。


「皆には言わないで欲しいんだけど、実は私、彩鳥のファンなの」うん知ってるよ「ねぇ、あんたに頼めば、団員にリアルで会えたりしない?」


 リアルでって……そんなテレビの向こうの俳優みたいな言い方しなくてもよくないか?


 といっても、違う世界の住人であることに変わりはないのだが。


「無理、じゃないかな」


 会いたいと言っても、団員達が皆多忙なのも確かだ。仕事と劇団の両立なんて普通に難しい。沢野さんなんて、美人なのに時間とその気が無さ過ぎて婚期を逃しかけてるくらいだし。むしろ結婚の話を母さんが持ち出すと、就職の話を持ち出された時の梶山さんみたいな反応をする。その梶山さんならまだなんとか会えるかもしれないが……やめとこう。


「どうしても会いたい人が居るの!」


 嫌な予感が膨らんでいく。このまま膨らんだら風船みたいになって空に飛べそうだ。


「一回でいいの! 恵さんに会わせて!」


 無理。


 それは絶対に、無理。


 嫌な予感が的中した。あれですか、この人はレズなんですか。なんで設定上は同性であるはずの人にそこまで固執するの?


「あの人、かなりの演劇ばかだから、多分、他人に会いたがらないと思う……」


 適当に並べた言い訳がこれだ。言い訳の完成度はともかく、自分のことをあの人呼ばわりする日が来るとは思わなかった。


「ただの演劇好きじゃ、だめなの……?」


 戦慄したように呟く峰岸。ここは諦めてもらうために頷いておこう。


「見るのが好きなだけっていう人だと……」


 言った後で失態に気付く。これで彼女が「なら劇団に入りたい」とか言い出したらどうしよう、なんてばかみたいなことを考えていたら、


「そっか……」 


 峰岸は、意外なことにすんなりと諦めた。劇団に入りたいほど好き、というわけではないのかもしれない。だとしたら安心である。


 しかし、


「でも」


 峰岸の瞳には、いまだに希望があった。


「突破口は見えたわ」


 そして俺の手をさらに強く握ってくるもんだから、思わず鳥肌が立った。女性怖いよ他人怖い。


「友達になりましょう一之瀬くん」


 白々しい態度でわけの解らないことを言われた。トモダチ? なにそれ、俺はんな言葉を授業で習ってないから知らないんですけど……。


「あんたが恵さんと知り合いなら、あんたと一緒に居ればいつか恵さんに会えるかもしれないでしょ!?」


 いや、それは物理的に有り得ないよ、とは、当然だが言えなかった。






 友達の定義とはなんであるか、なんて議論は昔からなされているが、結局それらしい回答は未だに出ていないように思える。ただ今の俺としては、メナンドロスという昔の人が残した『都合のよき時、人にへつらう者は真の友に非ず。都合の友である』という定理を推したい。


 俺は朝の一件以来何事も無い日常を過ごし、学校前にある長い坂道を下りバスに乗って、家に向かっていた。すると同じバスに乗り込んできた峰岸が、なんと俺の隣に座ったのだ。また恵に会わせて、と言われるのかと思いきや、彼女が持ち出してきたのは惚気(のろけ)だった。


「私が恵さんのファンになったのは、『馬のたずな』からなの。あんた、それやってた頃って劇団に居た?」


 勿論居た。中学二年生の時にやっていたものだ。


『馬のたずな』は今ではやらなくなってしまった彩鳥オリジナルの演目で、父さんが初めて全部自分で書いた台本の話だ。俺が唯一主役をやった話でもあるためよく覚えている。


 大雑把に説明すると、飼っていた馬が逃げ出してしまいそれを悲しんだ女の子が両親に「あの馬を探して」と強請るが、両親が連れてくる馬はどれも偽者で本物には会えなかったというものだ。結局逃げ出した馬は実は死んでいて、両親はそれを隠そうとしていたという話。少女を悲しませたくなかったから、逃げたということにしてほしいと馬に頼まれた両親がその旨を少女に伝えると、少女は大泣きして終わり、といった具合だ。あの大泣きの演技は大変だった……。今でもちゃんと出来る気がしない。あの時はとにかく必死だった。


 ちなみにそれをやらなくなってしまった理由は「なんで馬が喋るの?」「創作の物語だからさ」という開き直ったクリエイターの境地に、当時の父さんは達する事が出来なかったからだ。


「もうあの涙が頭から離れなくて……かわいかったぁ……私が抱きしめてあげるって叫んでステージの上に上がりたくなるくらいかわいかったもん」


 うっとりする峰岸。こいつ危険だ。早く距離を置かないと……。


 嬉しくないわけではないのだ。自分の事が褒められているのだから当然だ。


 しかし残念ながら、峰岸が褒めているのは恵の外見であり、演技ではない。つまり峰岸は、俺が作り出した恵という偶像に心酔しているということだ。


「ほんと、世の中っておかしいわよね……」


 ふと、峰岸は突然、がっくりと肩を落とした。


「どうして私はこんなにも恵さんを想ってるっていうのに会うことも出来なくて、あんたみたいな根暗が知り合いになれるの?」


 なんといっても本人ですからね。会ってると言えば会ってるとも言えなくはないが、厳密に言えば俺と恵は一度たりとも邂逅を交わしていない。本人ですからねっ! ほんっと世の中っておかしい!


 しかし。


「でも私だって昨日握手しちゃったからね! 昨日からこの右手は一度も洗ってないからね。もう二度と洗わないくらいの覚悟は出来てるわ!」


 あえて沈黙を貫いているにも拘らず、勝手に盛り上がる峰岸。よし、次また恵として峰岸に握手を求められたら、全力で拒否しよう。


「ところで、あんたって舞台に上がったことあるの?」


 ふと問われ、苦虫を噛んだ。出てると答えたら、何に、どの役で出たのかと聞かれるだろう。そうなったら、峰岸が演目の登場人物を覚えていた場合、破綻する。嘘も通じないだろう。


「そうよね、出たことなんてないわよね。あんた、演技とか向かなそうだし」


 沈黙を否定とし、勝手な解釈で勝手に判断された。いえ、出たことありますよ? 未熟ながらもいくつかの作品に出てるし、僭越ながら貴女が憧れている人は俺ですよ? 何かが破綻してるよこの状況……。


 そもそも、こいつは俺の何を知って俺を語っているのだろう。学校での俺が根暗でぼっちだから演劇には向かないと言いたいのなら、それは大きな間違いだ。


 演劇は人を選ばない。


 ステージに立てば、役に入れば、演技を始めれば、元々の性格なんて関係ないのだ。


 そのことを解っていない峰岸に説教したくなったが、思い留まる。彼女は所詮違う世界の住人。何を言っても伝わらない。


 なら、ここは峰岸の話に合わせて頷いておこう。


「でも、ならあんた、あそこで何をやってるの?」


 演技はしていない、ともなれば、何故劇団に居るのかという疑問も生じるだろう。実際のところ裏方等も居るため演技をしない人も劇団には結構居るのだが、それを事細かに説明する気にはなれない。


「えっと、その……メイクとか?」


「メイクって、コスメ?」


 聞き返されてまた頷く。嘘は吐いていない。俺は基本的に、自分のメイクは自分でやっているからだ――演劇中に行なわれる衣装変えの時は他の人にやってもらうのだが、最初のは大体自力。劇団によっては、全て自力の場所も。


 それにしても、何故今、峰岸はメイクをコスメと言い直したのだろうか。


「じゃああんた、コスメ上手いんだ?」


 少なくともお前よりは上手いと思う。プロとしては半人前だけど、というコメントは勿論自重して頷くだけに済ませた。


「ならさ」峰岸は立ち上がりながら言った「今度、私に教えてよ」


 バスが止まる。思考も止まる。


 え、嫌ですけど、なんで俺がお前のためにそこまでしなきゃいけないの? そう思うのは当然の事だと思う。


 しかし、拒絶を表す前にバスの扉が開いた。


「じゃ、また明日」


 そう言って、手を振りながら降りていく峰岸。また明日? 明日も他人たる峰岸とこんなにお喋りしなくちゃいけないの? 嫌だよ怖いよ他人まじで怖い。まあ俺は殆ど無言だったんですけど……。


 今日の稽古が終わったら安達先輩辺りに相談してみようかな、と算段を付けつつ、バスに揺られる頭を抱えた。

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