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装飾系男子!  作者: 根谷司
草食系男子!
5/19

架空系少女と滑稽の約束

 学校では思った以上にやっかいなことになった。昨日はコスプレ女が睨んできただけだったのだが、今日は何故か睨んでくるのではなく、なにやら不穏な空気を伴って口をパクパクさせているのだ。しかも一人で。こっちを見ながら。


 俺に声を掛けようとしている、ようにも見える。しかし声は聞こえない。独り言だろうと判断するが、だとしたら少々、彼女の精神面が心配になってくる。なんなのあのコスプレ女。金魚かなんかなの?


 どうでもいいがあの女子は昨日、ちゃんと帰ることが出来たのだろうか。降りる場所を寝過ごして終点まで来てしまっていたが……。まぁ、あの運転手は結構優しいというか、お人よしだからな、もしかしたら、ある程度近くまでは送ってもらえたかもしれない。


 気にしないようにしても向こうが見てくるため気になってしまう。目を合わせないようにするのは得意だったはずなのに、ある種での運命共同体という事もあってか、どうしても目が合ってしまう。


 五時間目の授業が終わり、次が終われば放課後となる休み時間。もう少しでこの変な空気から開放されると自分に言い聞かせていた所でふと、その女子を取り巻くグループから声が漏れてきた。席が隣なので、聞こえてしまうのだ。


「かおちゃんさー、今週の日曜ひま?」


「うちらカラオケ行こうって事になってるんだけど、一緒に行かない?」


 いかにもギャルって感じの会話だ。ギャルはギャルであれ、と何かから強要されているんじゃないか、と思いたくなるほどのテンプレ。


「あー、ごめん、私、日曜は用事があるんだ」


 コスプレ女は申し訳無さそうに答える。


「あ、もしかしてデート?」「まじ? 薫瑠ってば彼氏居んの?」


「居ない居ない」


 笑いながらの受け答え。これもまたテンプレなのだろう。寒い台本劇をこなしているようにしか見えない。


 何が楽しくて、何を求めてこのようなやり取りをするのか。俺には解らない。


 ああ、またやってしまった、と、そこに至りようやく自分を(いまし)める。


 どうせ違う世界の住人なのだから、いくら考えても理解は出来ない。向こうも理解など求めちゃいない。


「用事ってなにさー」


「それは、えっと……」


「隠し事はなしでしょー? うちら友達なんだからー」


「友達でも、言えないことのひとつやふたつあるって」


 悪くない切り替えしをしたな、とは思ったが、コスプレ女の返答が上手いと思ったのは所詮別世界に住む俺でしかない。あちらの世界では通用しないらしい。


「ないない。ないよー? うちらに隠し事はなしだよー?」


 信頼というものを確立できていないから、だから、胸の内を全てさらす事で信頼の証とする。彼女達の人間関係は、そういう繋がり方をしているのかもしれない。本性をさらすという事イコール恥をさらす事だと考えている俺からすれば在り得ない繋がりである。信頼? ばかな。そういうのを鎖っていうんじゃないのか。


「えー、でもさ」


 執拗に競りよって来る友人達に誤魔化すような笑みを見せつけ、


「いや、なんでもない……」


 一瞬、コスプレ女がこっちを見た気がした。しかし目は合っていないため、俺は知らぬ存ぜぬを装った。


「なになにー? かおちゃん、歯切れ悪いよー?」


「そ、そんなことないわよ?」


「あ、噛んだー。絶対大切なこと隠してるよねー」


「うー……」


「まあまあ、そう薫瑠ばっかりいじめないであげよう。そろそろこの子泣きそう」


「な、ななな泣きそうじゃないわよ!?」


 いえ、結構本気で泣きそうな顔してますよ、君。






 目が合う以外のコンタクトは一切無く、週末となった。土曜日は殆どずっと演劇の練習をしていた。といっても、過酷な練習は金曜までで、土曜は本番に向けて、いつもより軽めの稽古となる。


 日曜日になった。リハーサルを終え、控え室にてメイクを進めている時はまだ落ち着いている。だが、客が入り始めてその声が何故か聞こえて来る瞬間というのがあり、その時をもって緊張感が競りあがってくるのだ。


 全身を支配するような緊張。心臓が凍りつくのではなかるおかというくらいに冷たくなり、深呼吸をすれば肺が震える。


 大丈夫だと言い聞かせる。


 もう何度も繰り返してきたステージ。失敗する時もあった。それでもなんとかなってきた。いつも通りやればいだけだ。


 しかし、そんな緊張が消える瞬間というのもある。




「パパ、ねぇパパ、最近ママが帰ってこないのはどうして?」


 真っ暗な世界をうろうろしながら私は尋ねる。


 真っ暗な世界を照らす光が、私ともう一人の男性に降り注いだ。


「アイリ。いいかい、よく聞くんだ。ママはもう居ないんだよ」


 私の前で膝を着くパパ。その目には憂いが浮かんでいる。


「嘘だよ。だってママは、私達はずっと一緒だって言ってたもの」


「そうだね、ずっと一緒なのは本当だ。でも、ママにはもう会えないんだよ」


「嘘だよ。だってママは、私のことが大好きだって言ってくれたもの」


「そうだね。彼女はアイリを愛していたし、僕もアイリを愛している。でも、ママはもう帰ってこれないところに行ってしまったんだ」


「嘘だよ。だって――」


 お母さんが死んだ事を理解するのには時間が掛かったけれど、私は理解しても泣かなかった。だって、泣いたらパパが困るもの。




「ワシの娘が君に惚れてしまって言うことを聞いてくれない。どうだろうか。悪い縁談ではないと思うのだがね」


 ある日、私とパパが生活している家に変なおじさんがやってきた。


「残念ですが、お断りさせていただきます。僕はこの家で、この子と暮らさないといけないのです」


 それは、私とパパが、ママと一緒に過ごした場所だから。大切な思い出が詰まった場所だから。


「ワシはこの辺りで名の知れた富豪じゃ。お主の望むものならなんでも用意出来るぞ? 勿論、娘さんが欲しいものも与えよう」


「ほんとにっ!? 私、ママが欲しい!」


「こら、やめなさいアイリ」


「ふぁっふぁっふぁ、元気な子じゃないか。んー? お母さんが欲しいのかい? それくらいならお安い御用じゃ」


「ほんとに!? パパ、この人良い人だよ!」


 どうしてパパが困った顔をしているのか解らない。だって、この人はママに会わせてくれるんだよ?


「パパ? どうして、怒った顔をしているの?」


 パパは目頭を押さえて、肩を落としながら深呼吸した。


「……なんでもないよ、アイリ。とにかく、この縁談は無かったことに」




 私がお外で遊んでいたら、ママに会わせてくれるって言ってた人が私のところに来た。


「お母さんに会いたくないかい?」


「会いたい!」


 二つ返事で答えると、私は大きなお屋敷に招待された。すごく大きくて、天井を見上げたら首が取れちゃいそうだ。


「……ほら、あれが、君のお母さんだよ」


 おじさんが指差したほうを見ると、そこには知らない女の人が立っていた。こっちを見て笑っている。


「? あの人はママじゃないよ?」


 おじさんのほうに向き直って言うと、おじさんは笑った。


「じきに、彼女が君のお母さんになる」


 目の前が真っ暗になった。布みたいなものが私に覆いかぶさったのだと解った時には、誰かが私を持ち上げていた。


「痛い、痛いよ!」


 目の前が真っ暗なまま放り投げられて、すごく痛かった。布が取れるとそこは何もない部屋だった。


「少しの間、ここが君の部屋だよ」


 おじさんが言う。


「違うよ、ここは私の家じゃないよ」


 首を横に振るけど、おじさんは扉を閉める。


「じきに、ここが君の家になる」




 場面の切り替わりで裏に引っ込んだ頃にはとっくに緊張は消えている。最初の一言を発した辺りから、もう緊張は無かった。


「恵、大丈夫だった? 投げる時、ちょっと失敗しちゃったかも」


 執事役の伊藤さんが言った。俺は微かに痛む腕を屈伸させながら確認すると、しっかり動くとアピールする。


「全然大丈夫です。むしろこれくらいでやってくれたほうが……なんていうか適当に扱われた演技に拍車がかかるので」


「え、それ、嫌味?」


「違いますよ、本気でそう思ってるんです。さっきの場面は、あれくらい適当な感じでやっちゃって下さい」


「ああ、恵がそれでいいなら」


 怪我を恐れていたら演劇なんて出来ないし、青あざ程度は怪我に入らない。


 気を引き締めるためにステージのほうを見ると、そこでは沢野さんとお父さん(現実での)と梶山さんが論議を交わしていて、それを村人達が囃し立てていた。




「娘をどこにやったんだ! 娘を返してくれ!」


「何を言っているのかしら、あの子は自分から望んでわたしの屋敷に来たのよ? ねぇ村人の皆さん? 皆さんも、あの子が自分から屋敷に遊びに来ているのを見てるわよね?」


 ああ、父さんが村人達を買収する時の演技はもう終わってしまったのか。あそこの父さんのいやしい演技は鳥肌が立つ程だから、しっかりと見たかった。打ち合わせなんて後でやるべきだったなと自省する。


「なああんた、そろそろ昔の女なんて忘れろよ」「そうそう、娘さんだって裕福な生活がしたいって思ってるはずだよ」「男手ひとつじゃ大変だったろ?」「これからはラクが出来るよ」村人達が梶山さんに迫る。


 そこで梶山さんはハッとしたような表情を浮かべ、


「まさか皆、あの男に買収されたのか!?」


 と、糾弾する。途端に村人達は顔を逸らした。


「買収なんてそんな……皆さんはただ、理解があるだけですわ」


 妖艶に微笑み、沢野さんはこっち、つまり舞台裏のほうを向く。


「あの子は今、わたしの屋敷に居る。あの子に会いたいかしら?」


 言い残して、沢野さんが引き上げてきた。付き従うように村人達やお父さんも舞台裏に下がってきて、ステージには梶山さんが一人、取り残される。


 さて、ここからだ。


 物語が佳境に差し掛かる場面。ここからが辛いところだ。役者としても、見てる側からしても。


「解っているんだ」


 取り残された梶山さんが暗い面持ちで言う。


「確かに、あの屋敷に入ればアイリは幸せになる。村の皆が言っていることもまた正しいのだと、僕だって解っている。だが!」


 顔を上げた梶山さん。舞台裏からもはっきり解る。彼は今、心の底からアイリの父親になりきっているのだと。


「あの子は、アイリは、ママに会いたいと言ったんだ! 会わせてやることなんて出来ないが、なら、せめてもうひとつの約束くらいは、それだけは果たさなければならない!」


 梶山さんは叫ぶ。全力で叫ぶ。


「私達はずっと一緒だと! 三人でなければならないのだと!」


 ステージがフェードアウトしていく。途端に湧き出してきたのは緊張ではなく、抑えられない高揚感だ。


 誰かが俺の背中を押した。


「頑張れ、アイリ」


 安達先輩だ。


 俺は相槌だけで答えて、ステージに向かった。


 閉じ込められて泣いていた『アイリ』を、屋敷に忍び込んだ『パパ』が救い出す。それを屋敷の人間や買収された村人達が追いかけてきて、『パパ』はアクションを繰り広げつつ、『アイリ』は魔の手を回避しつつ台詞も言う。


 しかし、こういう佳境に差し掛かるとよくやってしまうのが、冷静でいられなくなるということだ。


 自分で自分が台詞を言ったのかを思い出せない。感情移入しすぎな上に勢いにも乗らないといけないのだが、ほんの一握りの冷静さも忘れてはいけない。この調整が難しい。


 そして追手から逃げ切った『アイリ』と『パパ』はしかし、村には居られなくなってしまう。買収された村人達からも逃げなければならないからだ。




「人は、薄情だね」


 パパの手を握って私は言う。


「ああ、薄情さ」


 と、パパは答えて、悲しそうに笑った。


「だから、これは大切だ、と思う事が出来たものは、なにがなんでも守りきらないといけない。僕にとってアイリのようにね」


 そんな告白みたいな台詞を聞けて嬉しくなった私は、パパの手を離してパパの前に立つ。


「じゃあ、これからもずっと守ってくれる?」


 頷いてくれるだろうと思っていた。でも、パパは首を横に振る。


「いつかアイリにも守りたいものが出来るはずだよ。僕の役目は、その時までアイリを守り抜くことさ」


「そんな難しい事を言われても解らないよ」


「いつか、わかる時が来るよ」


 そんなものなのかな、と、私は首を傾げる。


 難しいことは解らないけど、でも、私が今、言いたいことははっきり解った。


「ねぇ、パパ。守ってくれて、ありがとう」


 するとパパは照れたように笑って、でもすぐに、真剣な顔になった。


「それは違うよアイリ。僕がアイリを守れたのは、アイリがここに居てくれたからだ。お礼を言うのは僕のほうさ」


 パパがそう言って前を見たから、私も前を見た。逆光で真っ暗なステージの下。そこにあるものに思いを馳せて、そして、パパの言葉に耳を傾ける。


「――産まれてきてくれて、ありがとう」


 ゆっくりと、ステージライトが消えていく。物語の終わりを告げるように、その余韻を愉しむように。


 真っ暗だったステージの下から、拍手と喝采が響き渡った。




 いつの間にか、俺と梶山さんの隣に団員達が並んでいた。いつもの事なのだが音も無く並ぶとかやめて欲しい。


 再び照らされるステージ。でも、今回は客席のほうも照らされる。


 満席とは程遠いけれど、元々大きな会場だったのだ。これだけ埋まっていれば上等だろう。


 前方に向かって一礼。団員の全員で斜め横を向いてまた一礼。反対を向いてさらに一礼。


 最後にもう一度前を向いて一礼――した先に、見知った顔があった。


 丸い輪郭。染められたくるくるの髪。下手糞な化粧は涙で大変な事になっている。


 コスプレ女がハンカチ片手に大粒の涙を流しながらこっちを見ていた。


 思わず噴き出しそうになるのをなんとかこらえる。なんで居るの? まじでなんで居るの!?


 礼を終えてステージ裏に向かう最中、もう一度客席を横目に見る。


 コスプレ女は涙を拭く事も忘れ、これでもかと言わんばかりの勢いで手を叩いていた。そんなに叩いたら手が痣だらけになるんじゃね? ってくらい叩いてる。


「カジさんかっこよかったよー!」「カジさーん!」「カジー! こっちにも手振ってー!」


 流石に毎回のように主役を任される梶山さんには、結構な固定ファンが着いている。梶山さんはその声援に応えるようにして手を振っていて、いつもなら俺もこうなりたいと思い嫉妬している場面だ。しかし、今に限ってはそうではなかった。なんなのあいつ、え、いや、え? この間、日曜は用事があるって言ってなかったか? もしかして用事ってこれ!?


 ステージ裏に姿を消す瞬間、もう一度そいつのほうを見た。するとばっちり目が合って――


「めぐみちゃあああああん! 今日もすごくよかったよおおおおおお!」


 ――貧血を起こして倒れそうになった。


 地域に密着して、小さな劇団の割には豆に舞台を開いているから、メインを張る面子にはそれぞれファンが着いていたりする。梶山さんは勿論、沢野さんや父さん、伊藤さんとかにもファンが居るし、実は俺にも居たりする。


 だが。


 でも。


 だけど!


 あの女、『今日も』と言ったぞ!


『も』だぞ!


 眩暈で倒れそうになったところを、後ろに居た沢野さんに支えられた。


「……ありがとうございます」


「よく頑張ったわね、と言いたいところだけど、今日はまだもう一回舞台が残ってるのよ? 倒れないでね?」


「……大丈夫です。体調とかじゃないので……」


「見送り、行ける?」


「はい……いけます」


 行きたくはないですけどね……。


 舞台袖に下がった俺達は、控え室ではなく、急いで廊下に出た。見に来てくれた観客にお礼をするためだ。


 他の劇団がどうかは知らないが、俺達の劇団は毎回必ず、演劇後は出入り口で見送りをする。「ありがとうございました」「また見に来てくださいねー」などなど。


 固定ファンと遭遇した人はその人と握手したりもする。


「楽しかったか坊主ー」「たのしかったー」「そうかそうかー。この子が前に言ってたお子さんですか?」「そうなのよ。カジさんのかっこいい姿を見せたくて連れて来ちゃったわ」


「ユメちゃんてああいうキャラもいけたんですね」「えー、割といつもあんなキャラですよ?」「いつもはもっと清楚可憐って感じじゃないですか! 同じ女として憧れる!」


「今回の新作も面白かったよ」「いつもありがとうございます」「今回の台本も団長の君が作ったんじゃったか? いやー、あれを見たらわしも孫に会いたくなったわい」「恐縮です」


 羨ましい、と俺は思う。父さんと梶山さんと沢野さんは、かなりの確率で固定ファンに遭遇する。毎回とまでは言わずとも、新作が出る度に必ず来てくれる人達が各々に着いているくらいだ。


 俺にだって居ないわけじゃないが、それでもあの三人には遠く及ばない。


 落ち込むのは筋が通っていない、なんて事は解っている。もっと努力しなければ……。


「恵さん! 握手してもらっていいですか!」


 言われて、視界が真っ暗になりかけた。


 振り向いた先に居たのは、かのコスプレ女である。え、まじなの? これ、まじなの?


「えっと、その……はい」


 おそるおそる手を伸ばすと、コスプレ女は無我夢中で俺の手を掴んだ。


「本当は前々からこうしたいなーって思ってたんです! 大ファンなんです!」


「あ、ありがとう、ございます……?」


「はあぁあぁかわいぃぃぃい」


 おい、気付いてないぞこいつ、俺が俺でありそして男である事に全く気付いてないぞ。いや、この劇団の演劇をよく見に来てくれてる人はほぼ全員気付いてないでしょうがね、俺が男だってこと。


 とはいえ、今はメイクもしているし、気付かれないのが当たり前と言えば当たり前なのだ。こいつのこの口ぶりからして、『恵』という人間が同じ高校生だと思っていないであろうことも伺える。すなわち、住む世界が違うのだと。


「これからも頑張って下さい! 応援してます!」


「あ、えっと、はい……」


 去りゆく背中を見送り、俺は控え室へと下がった。


 そこで最初に声をかけてきたのは安達先輩だ。


「恵って、さっきの人でファン何人目?」


 聞かれてふと考える。


 ああやって見送りに出て握手まですると、何故か名前を知る機会も増える。そこでファンですみたいな感じの事を言ってくれた人とすると、


「山下さん、杵島さん、久留巳さん……」「え、一人一人名前覚えてんの?」「普通覚えません?」


 そんなやり取りをしていたら、ご機嫌モードな梶山さんが割って入ってきた。


「俺は覚えてるぜ? つうか、嬉しすぎて勝手に覚えちまうだろ」


「俺もそんな感じです」


 途中で話が逸れたが、指折り数えて五人だと判明。梶山さんや沢野さんに比べたらなんでもない人数かもしれないが、そこまで大きくない劇団で固定ファンがついているというだけでも大手を振って喜ぶべき事なのだ。正直俺だって、現状で満足してしまいそうなくらい嬉しい。


「それで、ファンは何人くらいなの?」


 問い直してくる安達先輩。


「五人くらいです」


「名前は?」


「山下さん杵島さん、久留巳さんに遠藤さん、あと……」


 思い出す。


 名前を知る機会はあったはずだ。今までは興味が無かったから通り過ぎていた記憶のどこかに。


 確か……。


「峰岸薫瑠……かな?」


 またの名を、コスプレ女という。

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