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装飾系男子!  作者: 根谷司
草食系男子!
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根暗系男子と暴走系女子~プロローグ

 コメディーメインなのか純文風味なのか、自分でもよく解りません。あしからず。

 青春と黒歴史の構成成分は同じである。


 空の青は厳密に言うと青では無く黒に近い色とされており、夜の黒は過剰な深さに達した青色だと言われているが、つまりはそういうことだ。


 青が黒と呼ばれるならば、黒が青になりえるならば、青い春こと青春は濃くなる事で黒歴史へと姿を変える。


 故に、青春と黒歴史の構成成分は同じであると判断したのだが、いかがだろうか。


「『いかがだろうか、キリッ』じゃねっつの」


 丸めた教科書で叩かれてしまった。割と痛い。


「と、言われましても……」


 俺は叩かれた頭頂部を(さす)りながら、視線を泳がせた。正面に座している女性と目を合わせていられなかったからだ。


 ここは教室である。放課後。他の人は皆、部活動もしくは家路に着いているため、まだ教室に残っているのは俺と彼女だけ。


 開け放たれた窓からは夕日と運動部の掛け声が入ってきて、わざとらしい青春を演出しているかのように思えた。が、勿論そんな事は一切無い。風はただの自然現象でしかなく、運動部の彼ら彼女らは青春を感じ取る暇など無い程に必死なのだ。


「目を逸らすな、こっち見ろ」


 顎を掴まれ、無理矢理視線を戻させられる。すると、どうやら身を乗り出しているらしい彼女の顔が、さっき以上に近くなっていた。ちなみに俺からすれば半径一メートル以内は至近距離に属する。


 せめてもの抵抗として黒目を限界まで逸らし、顔だけは見ないようにした。しかし鼻腔に触れた女性的な匂いはいかんともしがたい。甘い香水のようにも思えるが、おそらくこれはシャンプーの香りだ。


「さて、聞いているのはこっちよ。目やら話やら背中やらを逸らしてないで、しっかり答えなさい。……どう?」


 どうと聞かれても困るのだ。目も話も腰も逸らさないとやってられない。


「いや、あの、その……」


 まず近い。何よりも近い。近すぎてちょっと震えてきた。少しでも距離を取ろうとして逸らした背中の筋肉がそろそろ限界らしい。


「煮え切らないわね。早く答えなさいよ」


 彼女は言うが、それは無理な相談だ。彼女を直視する事が出来ない現状で、彼女の外見における感想を述べろ、というのは流石に無理難題だろう。一休さんにでも頼んでいただきたい。


「ごめん」


 だから俺は謝るのだ。この謝罪には様々な思いが込められている。


 感想を言えなくてごめん。見て上げられなくてごめん。


 ――こんな状態にしてしまってごめん。


「はい、これ」


 俺は彼女のほうを見ない変わりに、自分の手鏡を二人の間に割り込ませた。


 こうすれば現状が変わると思ったのだが、俺の予想に反して、空間は沈黙に包まれる。


「…………?」


 心臓を圧迫するような違和感を感じ、それが疑問に変わると後はベルトコンベアーよろしくの流れ作業だ。一度産まれてしまった疑問は解消しなければなるまい。


 俺は彼女のほうを見た。


 栗色のくるくる髪は背中まで伸びており、今はヘアピンで前髪を左右にどかしてある。大人の女性的な髪型なのだが、丸い輪郭のせいか幼く見える。


 異常なまでに白い肌。血のように赤い頬とこめかみ。同じく血のように赤い唇は頬まで伸び、別々だったはずのパーツが一緒くたになっている。


 目は飛び出しているのではなかろうかと思う程に大きく、真っ黒に塗りつぶされた瞼の淵はブラックホールを連想させた。


 まぁ、つまり、ゾンビである。


「ぎゃあああぁあぁあぁぁぁあ!」


「ひああああああああああああああ!」


 彼女がいきなり叫ぶもんだから、俺まで釣られて叫んでしまった。やめて、そんな怖い顔で絶叫しないで!


 怖過ぎて椅子ごと後ろに倒れてしまった俺だが、同様に彼女も倒れたらしい、ふたつの落下音が重なった。


「な、ななな……なな」


 机の上に落ちたらしい手鏡を指差しながら後ずさる彼女の名前は峰岸薫瑠みねぎしかおる。俺と同じ高校二年生で、勿論本物のゾンビなんかでは無い。が、今はどっからどう見てもゾンビだ。地面を這っている仕草と、キッと俺を睨んだ瞳の鋭さと恐ろしさは、普通の人間に出せるものではないだろう。


「なによこれ! なんなのよこれ! 話と違うじゃないの!」


 俺と机の上を交互に指差す峰岸。話と違うのは当然だ。俺だって彼女をゾンビにするつもりは無かった。


 机の上にあるのは手鏡だけじゃない。俺が持参したメイクセットもあるのだが、おそらく今、峰岸が指差しているのはメイクセットのほうだろう。彼女をゾンビにしてしまった道具である。


「と、とにかく……」


 腰の抜けてしまった俺は机によじ登るようにして、メイクセットからメイク落とし用のペーパーを取り出す。


「まずはこれを使って……」


 言って渡そうとした瞬間、ガララ、と、教室の扉が開かれた。


「あーもうあたしってばなんでグローブを教室に置き忘れ――」


 不自然に途切れた声の主は、クラスメートの女子だ。確か名前は豊田と言ったか。


 豊田の顔は見る見る青ざめていき、蒼白と呼ぶに相応しいレベルに達する。しかし銅像のように反応が無い。


 変わりに、現状を先に理解したらしい峰岸が叫んだ。


「いやああああああああああ見ないでえええええええええええええ!」


「ふにゃああああああぁあああ来ないでええええええええええええ!」


 自らの顔を掌で覆った峰岸と、若干裏返った悲鳴を上げながら遠くへ走り出す豊田。よっぽど怖かったのだろうが安心して欲しい。峰岸は俺のメイクで大変な事になっているものの本物のゾンビというわけではない。理性の伴った生物である以上、廊下の奥へと消えた豊田をゾンビメイクのまま追いかけるなんて事はしないはずだ。


「逃ぃいがすかあああああああ!」


「あ、ちょ待っ!」


 追ったよ! ゾンビメイクのまま教室の外に出て行っちゃったよ!


 全力疾走するゾンビの背中を出入り口までは俺も追ったものの、その時には既に廊下から人影は消えていた。流石、ゾンビに追われると思って命からがら逃げ出そうとする運動部女子と、おそらく目撃者をなんとかしようとしているのであろう必死な峰岸。どちらも大切なものが賭かっているからか、とてつもなく速かった。


 果たしてこれが、青春の一ページと呼べるものだろうか。


 否、これは間違いなく、黒歴史である。

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