有栖川優は強がりたい。狭山皐月は支えたい。ジャネット・コリンズは騒ぎたい。
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さて、無残にも敗退した俺たち1組の面々であったが、テンションは勝ったときと同じようなものであった。
どうしてかっていうと、俺が5機撃破のエーススコアを叩き出したからだ。
うん。
女子に囲まれてチヤホヤされるというのは、とても心地良いものだ。
全員が頻りにスゴイスゴイと囃し立てるものだから、ついつい俺の鼻の下も伸びるというものである。
しかし俺はこの結果に満足しているわけじゃなかった。
俺が5機撃破しているということは、さっきの状況から考えても4機の差はできていたのである。
それに高速道路を占拠するという目標も達成し、局面的に見れば、俺たちは勝っていたのである。
それを一気に覆された。
これを大敗と言わずに何というだろうか。
「トイレじゃなかったの?」
ブリーフィングルームで反省会が開かれるのを待っていると、皐月が側に来て座っていた。
どうにも気まずくてトイレと言い訳して逃げてきたのだ。
反省会開始まではまだ10分くらい残っている。
今頃、みんなは個人個人で喋っているのだろう。
「ちょっとな」
「なにセンチメンタルに浸ってるわけ?」
皐月は笑っていた。
「いや、なんとなく、うーん、なんて言ったらいいのか。……悔しい、とはちょっと違うんだ」
「…………」
皐月は黙って聞いてくれている。
「なんつうか、俺が頑張ったってのは、わかる。確かに5機撃破ってのはスゴイことなんだと思う。でも、それで負けちまってたら意味が無いんだ」
俺は拳を強く握りしめた。
「俺がもっと敵を撹乱できていたら、勝てたのかもしれない。作戦の中に、ビルを爆破するって選択肢を入れていれば、もっと警戒できたかもしれない。なんつうか、そんなことばっかり考えちまうんだ。無駄にみんなに怖い思いをさせることもなかっただろうしさ」
言い切って、しばらく沈黙が2人を包んだ。
俺は言葉を探していた。
なんとなく自分が情けなくて、それを皐月の前に吐き出してしまったのが、少し恥ずかしかった。
「……ごめん。皐月に言うことじゃないかもな」
「べつにいいよ。幼馴染じゃない。男子1人だけって大変だろうし、弱音くらい吐きなよ」
「……ん。ありがと」
俺が礼を言うと、皐月は一瞬驚いた顔をして、すぐに嬉しそうな表情に変わった。
その頬は、なんだか赤いように見えた。
「ふふっ、でも嬉しいよ」
「なにが?」
「こうして弱いところを見せてくれるっていうのが。だって、それって私を信頼してくれてるってことでしょ?」
「ま、まあ……、そうだけど……」
そう考えると、とんでもなく恥ずかしく思えてきた。
俺の顔も熱を持って、赤くなっていくのがわかる。
「ユゥウウウウー!おめでとデース!」
バーン!と大きな音を立てて、ジャネットがブリーフィングルームに飛び込んできた。
それに驚いて、俺と皐月は飛び上がるように立ち上がった。
その立ち上がったところを狙い澄ましたかのように、ジャネットは俺に飛び掛ってきた。
そのまま倒れたくもないので、しっかり受け止めてやると、皐月が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのが見えた。
「さっすが私の嫁デース!」
「嫁って、お前そりゃ逆だろ……」
「いえ、そういうキャラ付けデース!キリッ」
キリッて口で言うな。
っつうか、お前口調が胡散臭い外人みたいになってんぞ。
「ちょ、ちょっと、優が嫌がってるでしょ!」
「ヘーイ、サツキー!嫉妬はカッコ悪いデース!」
「なあっ!?嫉妬じゃないわ!」
「ジャネット、なんでお前そんな口調になってんの?」
「キャラ付けデース!キリッ」
いや、だからキリッて口で言うなって。
面白いから。
笑っちゃうから。
「ホントはだんだん楽しくなってきて、なんだか癖になってしまいマシタ」
ジャネットはそのふわふわした金髪をもそもそと掻いた。
たぶんその仕草もアニメの影響なのだろう。
「でもこっちのほうが訛りを隠せるという利点もありマース!」
「中二病かなんかだと思ったわ」
「オゥ!サツキもこっちの人デスカー!?」
「「は?」」
俺と皐月が同時に言った。
「オォウ、間違いデシタ……。そういうアニメがあるんデース……。今度DVD持って行きマスネ」
何をちょっとテンション下がってんだよ。
ホントに面白いなこいつ。
ジャネットのいちいちの仕草は、まるではしゃぎ回る子犬みたいで、見ていて飽きそうにない。
「いつでもいいよ。基本的に放課後は暇だし」
俺がそう言うと、皐月が驚いた顔をした。
「わ、私も見る!」
「え、皐月ってアニメとかに興味あるの?」
「ノンノン!女心がわかってないデスネー!」
「あ、有栖川くんいるじゃん」
ジャネットがそう言って人差し指を立てたのとほぼ同時に、残りのクラスメイトが入ってきたので、彼女が何を言おうとしたのかは結局聞けずじまいだった。
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放課後、自分の部屋で、ダンベルを上げ下げしながらABC関連の演習動画を探していると、端末が鳴った。
「はいはーい」
返ってくるわけはないのだが、返事をしてしまう。
一人暮らしの弊害というやつだ。
そろそろテレビに返事をする段階も近いかもしれない……。
端末を見れば、メールが来ていた。
送り主はジャネットで、本文には「今から行きます」とだけ書いてあった。
「ああ、約束してたやつか」
まさか今日来るとは思っていなかったが、まあ、どうせ暇だったので問題はない。
すぐに端末を操作して「了解」と返す。
続いて皐月にもメールを入れておく。
少し文面に悩んだが「今からジャネット来るってさ」と送った。
「さーて、お菓子は何があったっけー?」
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ジャネットが騒々しく俺の部屋のドアを開け、その後ろから面倒くさそうに彼女と同室の茉莉が入ってきた。
続いて皐月と香織がやってきて、アニメの鑑賞会ということになった。
この5人で班を構成して、オリエンテーションを迎えることになる。
入学してから約一ヶ月……、も経ってないか。
感覚からすると、もう半年くらい経過しているようだ。
続く訓練訓練、そして訓練、ついでに訓練、ええい持ってけ泥棒!訓練!
てな感じで、ずっと訓練訓練の繰り返しだった。
もはや俺の青春は灰色だ。
……まあ、あんまり期待してなかったし?
べつに?
な、泣いてないし?
辛くないし?
てか、周り女の子ばっかりで?
ハーレムっていうか?そんな感じで?
心休まる瞬間がないっていうか?
……はあ。
ゆっくり休みたい……。
そう思っている俺に、5月のオリエンテーションが迫っているわけだ。
オリエンテーション。
中学の時もあったが、つまり1年生のときにオリエンテーション、2年で林間学校、3年で修学旅行、とランクアップしていくのだ。
つまり旅行!
息抜き!
聞くところによれば、……佐々木先輩によれば、北海道に行くらしかった。
北海道。
自由連盟の重要拠点の1つだ。
共産連邦からの防衛拠点として、帝国内でも、自由連盟としても重要なところである。
大型ABCが何十機も配備されていて、それだけでなく、90式戦車が数多く配備されている。
ABC乗りから『アンティーク』と馬鹿にされはするものの、戦車は未だに戦場において重要な役割を持っている。
ABCパイロットは適性が必要だし、いなくなったからといってすぐに補充できるわけでもない。
けして戦車兵が補充が容易いというわけではないが、ABC適性持ちの女性というのは探してもなかなか見つからないのだ。
まず適性持ちの女性は1万人に1人。
そこからさらにパイロット育成に適切な年齢を絞ると10万人に1人。
そしてさらに高い適性率を持っている場合を考慮すると、50万人に1人という確率になるのだという。
現在の世界人口が60億だか70億だかなので、1万か2万くらいしか潜在的なABCパイロットってのは存在しないことになる。
まあ、教科書に書いていたことだから、今は変わっているかもしれないけれど。
ちなみに男のABCパイロットはアメリカに2人、ソヴィエトに2人、中華連邦に1人、ECに3人いる。
2+2+1+3=8ってことは、つまり俺は9人目の男性パイロットということになる。
うーむ。
世界に9人しかいない、選ばれし者。
ふふふ、いいじゃないか。
なーんて気取ってみても、どうせ使い潰される部品の1つだ。
いかに自分が仕える人材であるかをアピールしなければ、無茶な作戦に投入されて犬死にすることになる。
誰だって死にたくはないのは事実だ。
死ぬことが怖くないなんて言うやつは、無理してるか、中二病入っちゃってるか、本当にそうするしか道がなくて決意を固めた人だけだ。
俺はその三者のどれでもない。
まだ生きていたいし、死ぬしか道がないわけでもないし、中二病はとっくに卒業した。
それに、俺には守らなければならない人たちがいるのだ。
死ぬわけにはいかない。
死んだ両親も、俺が死ぬことはきっと望んでいない。
「どうしたの?そんな真剣な顔して」
皐月が俺の顔を覗き込むようにして聞いた。
きょとんとした顔がかわいい。
ジャネットは見ていたアニメの画面から目線を外して、心配しているようだった。
「うん、オリエンテーションでどうやって女風呂を覗こうかって思って……」
ペチン、と皐月の手が俺を額を打った。
「心配して損した」
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