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局地的勝利を掴んだ有栖川優と、大きな態度の割には大局的敗北を防げなかった重松茉莉だけどそれは連帯責任なので言わない有栖川優

******


さて、そんなこんなで一度目の、初めての戦闘訓練は終わったのだが、かなりそれは生徒たちの間で引きずられていた。


座学もちゃんと受けていたのだが、教官に質問をする機会があれば、みんなこぞってABCの実戦に関しての質問をした。


大型のABCが無双したのだが、大型の方がいいのだろうか。


小型を選ぶ理由とはどんなものか。


武装は口径の大きなもののほうがいいのか。


機動力と防御力はどちらを優先すべきか。


などなど、ありとあらゆる質問が飛び交い、そしてその回答に対してみんながきっちりメモをとっていた。


教官たちは、すべての質問にちゃんと答えたが、すべて最初、もしくは最後にこう付け加えた。


状況(シチュエーション)によるけれど」


とにかく、教官曰く、すべての選択は状況によるのだ。


例えば、想定されたシチュエーションが市街地戦のような場合であれば、どこから撃たれるかわからないため、装甲を薄くすることは避けるべきだという教官がいた。


しかし別の教官は、こちらも市街地戦において、撃たれるときは撃たれるのだから、戦闘に入ったときに素早く回避行動をとれる方が好ましいと説明した。


最終的に装甲や火器の選択は個人の好みの問題だということになった。


それに大型ABCは戦闘力に優れるが、自分の体との差があるため、操作性が悪いので、それも個人の好みによるという結論に達した。


そしてもう1つの動きがあった。


それはクラスの雰囲気が変わったことだった。


何となく、自分たちは協力しなければならない、ということにみんなが気付いたようだった。


なので、俺は難なくクラスに溶け込むことができた。


そしてクラスの中にこんな目標ができた。


「あのガヴリーエールを倒せ!」


そして度々こういう作戦はどうだろうか、という話が出てきては検討された。



*******



そうして決戦の日がやってきた。


今日は一日がかりの授業となるらしかった。


2組との合同授業で、クラス対抗戦をするのだという。


一時間目から今までのおさらいと準備運動、そしてABCスーツの着用。


二時間目は各クラスに分かれてのブリーフィングが行われる。


そして三時間目から全員がシミュレーターに乗り込んで、授業の、いや作戦の開始となる。


俺は一時間目後の休憩時間に、自販機でココアを買って、隠れるように校舎裏で飲んでいた。


先日の一件から、ジャネットがやたらと俺に懐いてきていたのだ。


クラスの雰囲気を壊したくなかった俺は、頻繁に抱きついてくるジャネットに何回か言ったのだが、


「ふふーん?ユウってば照れてるんだネー?ただのスキンシップだヨー」


と取り付く島もなかった。


校舎裏で隠れてコンクリートにあぐらをかいて座って、あったかーいと表示されていたココアを啜っていると、何とも惨めな気持ちになってきた。


4月と言っても、もう5月に近い。


何で温かい陽気の中で熱いココアを啜らにゃならんのだ。


飲もう飲もうと思ってついつい飲まなかったココアを、いい機会なので飲もうとしたらこれだ。


冷たい方にすればよかった、と俺は熱いココアをちびちび啜りながら思った。


休み時間中に飲みきれるかわからない。


「やあ、有栖川くん」


ココアをちびちびと啜っていると、ふいに声をかけられた。


一瞬、ジャネットに見つかったかと思ったが、ジャネットは有栖川とは呼ばない。


目線を向けると、そこには制服姿の佐々木先輩がいた。


両手にスポーツドリンクを持っている先輩は、俺の手元のココアを見て、しまったという顔をした。


俺は恥ずかしそうな顔をしていたと思う。


「あちゃー、遅かったかー」


「ああ、いえ、あの、すいません……」


「いいのいいの。まあ、せっかくだからもらってよ」


先輩は俺の隣に、同じように地べたに座り込んだ。


先輩との間に、ペットボトルのスポーツドリンクが2本置かれた。


「この後、戦闘訓練でしょ?クラス対抗の」


「え、何で知ってるんですか?」


「ツテがあるのさー」


先輩はそう言って、ペットボトルを口に運んで1口飲んだ。


たぶんツテというのは教官のことなのだろう。


この前も仲が良さそうに話していたし。


「有栖川くんはさー、将来のこととか考えたことある?」


「え、将来ですか?」


「うん。私はさー、陸軍に就職が決まったんだよね。それで、何だか、周りの子はどこに行くんだろうって気になってね」


「はあ」


「どこか考えてる?」


「はい。何となくは、軍に入るんだろうなー、と」


すると先輩は目をきらきらと輝かせて、無邪気な笑顔になった。


「おお!じゃあぜひとも我らが陸軍に!海軍よりいいよー?まず船酔いする可能性がないからね!」


自慢げに人差し指を立てて、先輩は説明した。


「さらにカレーを毎週食べなくてもよくて、いつでも好きなときに好きなものが食べられることかなー。あ、あと、海外勤務……は陸軍もあるんだよねー。うーん。あ、もう無いのかって顔だね!?ちょっと待ってよ!今考えてるんだから!」


思わず笑ってしまう。


先輩はまるで話していないと死ぬかのように喋る人だった。


「おっと、もうこんな時間だ。ちょっと今日はいろいろ陸軍から頼まれていてね」


先輩が端末を見ながら言った。


「ま、陸軍はいいところだよ。汎用ABCがあるし。他のところは汎用のはあんまり乗れないしね。じゃあ!」


そう言って先輩は去っていった。


まるで突風のような人だ。


何だったんだろう。


俺は残されたスポーツドリンクを持って、遅刻しないようにブリーフィングルームに走った。



*******



今は二時間目。


薄暗い部屋に集まってパイプ椅子に座り、教官からのブリーフィングを受ける。


全員スースーするABCスーツに身を包み、その上から制服を着ている。


2組は男が、つまり俺がいないため、制服を誰も着ないで、このぴっちりしたABCスーツのままブリーフィングを受けているらしかった。


くっそ!俺はなんで2組の生徒じゃないんだ!


……あ、でも俺が2組にいたら、2組の生徒が制服を着て、1組の生徒がABCスーツになるじゃないか。


お、俺はどうしたらいいんだ……。


性転換か!性転換したら……。


あ、ダメだ。考えが破綻してきた。


「あんた、今どういうこと考えてるの……?」


隣の皐月がすごい目で俺の尻尾を見てる。


制服から出している俺の尻尾は、縦横無尽にぶるんぶるんと回っている。


……早く制御する方法を見つけよう。


さて、担任の教官が説明したシチュエーションは前回と同じ市街地戦。


しかし今回はビル群はなく、一般的な民家が建ち並ぶ町だった。


目立つのは作戦区域の中央にある高層マンションだ。


その隣には巨大なショッピングモールがあった。


……その看板には「eemon」とある。


ギャグのつもりなのか、著作権とかそういうものに配慮したのかは不明だが、デザインはどう見ても地方によくある某巨大ショッピングモールだ。


その横を、片側車線だけで4車線はある大きな幹線道路が走っている。


それから一区画離れた場所には高速道路が走っている。


高速道路はある程度頑丈な作りをしているということは市街地戦を行うときに聞いていたので、ここをどう活用するかが重要になってきそうに思えた。


今回は2組との対抗戦となる。


あのガヴリーエールは、佐々木先輩がいないので、おそらく出てこないだろう。


純粋な2組との対決になるわけだ。


…………。


……あ。


……あー、そういうこともできるわけか。


ちょっと面白いことを考えた。


これを作戦に組み込むのも面白そうだ。


ちなみに作戦は生徒全員で決めることになっていて、これには教官たちは口出ししないことになっていた。


シミュレーションで命に危険はないからだと思うし、自主性を育てるためだと思われた。


作戦会議のリーダーはクラス代表が務めることになっている。


そしてリーダーは、俺だ。


民主主義とは怖いもので、クラスの投票の結果、圧倒的な支持率で俺が代表になった。


うん。お前ら根回ししたよね。


怒らないから正直に言いなさい。


そんなわけで、作戦会議のリーダーは俺。


でも司令官は別に作戦ごとに決めることになっている。


これはなるべくたくさんの生徒に指揮を経験させるためだ。


……それって俺に旨味がないよね。


利益0だよね。


「はーい、作戦会議を始めまーす。各自マナーを守りながら自由に発言するように」


そういうわけで俺が前に立って説明をする。


黒板には今回の地図が浮き出ている。


黒板というより、これはディスプレイになっていて、専用のタッチペンを使って書き込めるようになっている。


うーん、随所に金がかかっているなあ、ABC学園。


こういう最新技術っぽいものは見るだけでわくわくしてくるので、個人的に嬉しい。


たぶん実際の軍隊でも使われている技術で、それに慣れさせる目的があるのだろうけれど。


そんな黒板型ディスプレイに書き込むのは、書記係の役目だ。


書記係も本来は投票によるものなのだが、これはクラスで揉めた。


そりゃもう揉めに揉めた。


俺はおっぱいを揉みたい。


最終的に毎日交代で請け負うという方法で、女子たちは概ね合意に達し、そういうことになった。


モテる男は辛いぜ。


まあ、アレだけどな。


どうせ男が珍しいからわーきゃー言ってるだけなんだろうけどな。


今日の書記係は出席番号順で畠山香織だった。


制服の下にABCスーツを覗かせる彼女は、実にセクシーである。


パイロットスーツっていいよね。


俺と目が合った香織は、すぐに目を伏せて赤面した。


うーん、仕事しづらい微妙な距離感である。


「はい」


クロエが手を挙げた。


彼女はこういった場面で毎回といっていい頻度で発言している。


いわゆる優等生である彼女は、しっかりと戦術論を勉強しているので、なかなか参考になる意見を言う。


というか、もうクロエがリーダーやったらいいんじゃないかなあ。


でもそれを言ったら書記に俺が回されて、そうなるとリーダーが持ち回りになるんだろうなあ。


あっちを立てればこっちが立たない。うーむ。


「高速道路の確保が最優先と思われるので、そちらを確保したのち、ショッピングモールを確保するのがよろしいかと考えます」


うん。クロエの言うことはもっともだ。


「高層マンションはどうするんだ?格好の狙撃ポイントになると考えられないか?」


パイプ椅子に深く腰掛けた女生徒が、極めて尊大に言った。


女生徒っつっても俺以外は全員女生徒なわけだけども。


彼女は重松茉莉といって、あのジャネットのルームメイトを務めている。


務めるっていうとちょっと変だけど、まあ、そういうことだ。


大変そうだよね、ってことだ。


当のジャネットは茉莉の隣で何だか楽しそうにニコニコしている。


茉莉はしょっちゅうこういう偉そうな態度をとるのだが、周囲は微笑ましく見ている。


なぜならその容姿が幼い子供にしか見えないからだった。


ツヤツヤの漆黒の長い髪に、細められた冷ややかな目と、冷笑をたたえた口元。


ここまではいい。


しかし俺の胸に届くか届かないかという身長は、贔屓目に見ても中学1年生くらい。


贔屓目に見なかったら小学5年、いや4年生くらいに見える。


四肢も女性的、というよりは所々がぷにぷにしていて幼いように見える。


成長が小学校で止まったような彼女は、今も足はパイプ椅子から宙ぶらりんである。


うん。かわいい。


だっこしてあげたい。


小学生が無理をして偉ぶっている感じが、最高に萌える。


あと、僕っ子なので、もういったい何個属性を詰め込むのかと問い質したい。


小一時間問い質したい。


密室で詰め寄りながら問い質したい。


強がった態度が折れて涙目になるまで問い質したい。


……そろそろ俺も犯罪者予備軍の仲間入りだろうか。


さて、茉莉の発言を考えると、どうも彼女はガヴリーエールを警戒しているようだった。


ちなみに前回のラッテのパイロットは茉莉であった。


聞くところによると、ガヴリーエールの狙撃で頭部を撃ち抜かれてメインカメラを損傷、痛みに耐えながら慌ててサブに切り替えている隙にコックピット部である胸を2発撃たれ、パイロット圧死によってゲームオーバーを食らったらしかった。


そのときに粗相をしたらしく、それで因縁を持っているのだと思われた。


見たわけではないので、本当なのかどうかはわからない。


本当だと嬉しい。


嬉しいけど、見れなかったのは腹立たしいので、どっちでもいい。


……いかん。本格的に犯罪者予備軍ではないか。


……さて、狙撃ポイントになると考えられる高層マンションだが


「そちらへの戦力は少量でかまわないと考えます。なぜなら視界が開けていて、そちらに登った場合、格好のマトになるからです」


クロエの反論は理路整然としたものだった。


日本語が丁寧だし、わかりやすい。


来るのがわかっていれば、スナイパーの存在は怖くない。


スナイパーが真価を発揮するのは、奇襲、足止め、その他スナイパー自体の位置が不明な状況に限られる。


そういうことなら、俺の考えていた作戦は効果半減ということになるが、どうだろうなあ。


とにかくみんなの意見を聞かねば。


「よし、じゃあこうしよう。部隊を3つに分ける。1つは高速道路の制圧部隊。これが一番大きな部隊にしたい。1つはショッピングモール制圧部隊。これが中くらいの規模。1つは援護部隊。これが火力重視の部隊で、ある程度の数があれば問題ない」


俺がつらつらと述べていく間に、香織が文章を黒板型ディスプレイに専用タッチペンですらすらと書き込んでいく。


ちなみに、留学生が半数を占めるABC学園だが、日本語の読めない学生は存在しない。


推薦枠の俺と違って、みんなエリート中のエリートなのである。


俺を除く日本の生徒も、最低限英語は話せるし、さらにそのうちの半分弱は第二外国語も習得している。


うーん、劣等感が……。


まあ、それは彼女らの積み重ねてきた努力の成果である。


積み重ねなかった者が、そう簡単に羨んでいいものではない。


彼女らはその積み重ねをするために多大なる時間を費やしたのだから。


しかし、俺も何も積み重ねていなかったわけじゃない。


そこは機転と実力でカバーしようじゃないか。


そこで、勿体つけて俺は作戦の内容を告げた。



*******



『各機、リンクを開始してください』


ヘルメットについたスピーカーから香織の声が響く。


今回の司令官役は香織に決まった。


書記をやった彼女なら細部まで把握しているだろうし、彼女の性格上適性があると判断したからだ。


俺はマスク型の軍用の酸素吸入器を付け、シミュレーターへのリンクを開始する。


すでに制服は脱ぎ、身につけているものはABCスーツのみだ。


テールケーブルをコックピットにある差し込み口に挿入し、左右の操縦桿を握る。


自動的に生体電気などによって生体認証がされ、俺の個人データが読み込まれる。


機体選択の画面に移り、その裏では生体電気を読み取り、その情報をフィードバックする処理が行われる。


俺の選択する機体は……っと。


国別項目、イスラエル。


呼び出された画面から、お目当てのABCを探す。


四大天使の名が表示され、俺はそこから一機を選択する。


預言者に神の言葉を伝えるといわれる大天使、ガヴリーエール。


その名を冠する、狙撃に優れたABC。


オプションは無し。


武装は右腕には戦車砲を改造した120mmABC狙撃砲。


それに比べて左腕には申し訳程度に付いた20mm機関砲。


腰には数発の対ABC用手榴弾。


機体選択が終わると、その機体に対してのフィッティングが開始される。


俺はこの感覚があまり好きではなかった。


まず、ずるりと何かが体の芯に侵入してくる感覚がきて、次にそれがじんわりと体の中に溶けて広がっていく。


その広がっていった何かは、留まることなくどんどん広がっていき、最終的には俺の体の範囲を超えてさらに広がっていく。


そして、大きくなった自分と、そのままの小さな自分の二つの感覚が同居する。


「うう、何度やっても慣れないな……」


この感覚の何が嫌かって、尻尾のあたりからだんだんと広がっていくのだ。


ケツの穴を犯されてる感じがして、最高に気分が悪い。


いやこの場合最低と言ったほうがいいのか?


まあ、その、そういう趣味は無いので、普通に嫌だ。


しばらくすると座薬が溶けていくように、大きい自分と小さい自分の差がだんだんなくなっていくように感じ、フィッティングは終了する。


気付けば、俺の視界は2つに増えている。


シミュレーターのコックピットを見る自分と、仮想世界のガヴリーエールの視界の自分だ。


今、目の前に広がるのは、緑色の線が等間隔に敷かれた世界だった。


少し離れた場所には、赤い縁取りがされた的がいくつも浮いている。


通常、シミュレーターで機体選択したあとは、試射室としての役割を持つこの部屋に送り込まれる。


最新の物理演算エンジンを搭載した最新のスーパーコンピューターを使った、高額で高度な訓練機器だと再認識させられる。


俺は体を大きく動かして、最終確認に入る。


腰を捻ってみたり、大きく体を反らしてみたりして、可動領域を確認していく。


はたから見れば、ベージュ色の4mほどのロボットが、ラジオ体操をしているように見えて滑稽だろうと思う。


うん。ある程度は確認できた。


あまり可動領域は広くないが、その代わり装甲が厚く、防御力に優れていることを、装甲に設置された多数のセンサーから来る感覚が教えてくれる。


まあ、シミュレーターだから擬似感覚だけど。


次に歩行と走行。


普通に足を動かして歩いてみたり、スキップしてみたり、脚部に装着されたタイヤを回してそれで動いてみたりを繰り返す。


次に走行したまま左腕を構えて射撃。


単発、3点バースト、フルオート。


問題はない。


脳波で、イメージで射撃の種類を選択して引き金をひくと、問題なくその通りに発射される。


射撃補助のプログラムがガヴリーエールは優れているように感じる。


次に120mmABC狙撃砲だ。


停止し、膝をついて、右腕を前に突き出し、それを左腕で支える。


遠くを見ようと意識を向けると、拡大された視界が脳に自動で流れ込んでくる。


それと同時に狙撃補助のプログラムが起動し、俺の腕をぐいっと見えない力で修正しようとする。


なるほど、これは狙撃しやすい。


専門の知識がなくとも、ただ止まっている敵を撃ち抜くくらいなら簡単そうだ。


イメージで、引き金をひく。


ズドン!と大きな音がして、砲弾が射出され、センサーによると1km離れた的に問題なく着弾した。


無風状態であるため、実際にこれがうまくいくかどうかは不明だが、ある程度は大丈夫だと思った。


脳波でこの射撃場から抜けることを選択。


続いて共同演習へのアクセスを許可。


しばらく視界が暗くなり、見えるのはぼんやりと浮かぶ読み込み中という文字と、シミュレーターのコックピットだけになる。


コックピットのメイン画面には読み込み中との文字が浮かんでいる。


俺は2つの視界で、2つの読み込み中という画面をぼんやりと見ていた。


直にそれが同期中となり、準備完了となった。


視界が開け、アスファルトの感触が脚部から脳に流れ込む。


すでにそこには他のABCが並んでいた。


ABCのセンサーによって広がった360度の視界と感覚を駆使して、周囲の状況を確認。


ほとんど全員が揃っている。


狙撃の確認に時間を使いすぎたかなあ。


『はい、そろそろ点呼を取りますので、試射を行っている方も順次終了してください』


ヘルメットについたスピーカーからと、脳に直接との2種類の方法で香織の声が聞こえる。


いつになっても慣れそうにない、この二重の感覚は本当に不思議な気分になる。


まるで幻聴のようにも感じる。


『開始まで残り5分となりました。みなさん、配置についてください』


配置に付けと言われたので、指示通り、全員が作戦通りの配置についた。


全員が闘志を漲らせているのが感じられる。


時折、誰かが作戦の確認のために通信を入れてくる以外は、非常に静かだった。


開戦前のぴりぴりした緊張感が辺りを包んでいる。


俺は以前にもこんな空気を感じたことがある。


ただ、威圧感があって、何だかわくわくして、それでいてどうしようもなく不安な気持ち。


クラス対抗リレーとか、そういう大舞台の直前。


……いや、今は集中すべきときだ。


あまり別の考えたくないので、俺は頭を振って考えを振り払う。


『どうかした?』


皐月から通信が入る。


おそらく俺のガヴリーエールも同じく頭を振ったのだろう。


ABCに乗り馴れていない場合、そういうことが多々ある。


制御できていないと、今の俺のように自分本体の動きが、ABCにまで伝わってしまう。


「大丈夫。何でもない」


『大丈夫ならいいんだけど……。あんまり緊張しないほうがいいよ?』


「うん。緊張はしてない。ちょっと集中したかっただけ。……心配してくれてありがとう」


『……へ?……あ、ああ、あり、ありがとうなんて言われても!!そ、そんな、えへへ』


……どうしたこいつ。


皐月の乗っている朱鶴の腕が頭部をゴリゴリと削っている。


緊張してるのは皐月のほうなんじゃないのか?


そうこうしている間に、シミュレーション開始時刻になった。



*******



シミュレーション開始と同時に、一斉に全機が動いた。


総勢35人。


一人がオペレーターなので34機で編成される1組大隊は、今回は3つの分隊で構成した。


まず、高速道路の制圧を担当するA分隊。


これには皐月のような高機動型のABCのパイロットを振り分けた、


これが最も戦力が大きく、16機。


次にイオンモール……ではなく、エエモンモールの制圧を担当するB分隊。


こちらにはクロエのような小回りの効くABCのパイロットが担当する。


これが11機。


最後に火力支援を担当するC分隊。


ここには茉莉のような高火力のABCを操るパイロットを集めた。


これが6機。


大きく分けるとこの3つの分隊で構成される。


ちなみに俺は今回、単独で行動している。


A・B・C分隊の全員、合計35機のすべてが、現在は高速道路を攻略中である。


作戦では、高速道路を全力で攻略した後、他の分隊の火力支援を受けたB分隊がモールを制圧する予定だ。


そして俺は……


「こちら"ラビッツ"!現在5機の敵カリバーンと交戦中!まだ増えそうだ!数が多すぎる!火力支援を要請する!オーバー!」


絶賛追いかけっこ中。


ちなみにラビッツってのは俺のコードネーム。


香織が嬉々としてつけてくれたので、ありがたく使わせてもらっている。


なんだか楽しいしね。


いや、いいか、とにかく落ち着くんだ、ユウ・アリスガワ。


あはははー、捕まえてごらーん、うふふー。


そう、そんな楽しい想像で精神を落ち着かせるんだ……。


そうだ、心頭滅却すれば火もまた涼し、ってやつだ。


女の子5人に追いかけられるという状況は非常に楽しい状況じゃないか。


ああ、世界中の男が泣いてうらやましがる状況だ。


そう、それがたとえ全員ABCという最新兵器に乗って、各種機関砲の砲口をこちらに向けていてもだ。


ドガガガガガガ!!


ババババババババ!!!


ビビビビビビビビビビ!!!!


うーん、いろいろな音の機関砲がまるでオーケストラでも奏でているようだなあ。


なんて呑気にしている場合じゃない!


俺は操縦桿を必死で握りながら、慣れないガヴリーエールを駆る。


相手は機動性が高く、装備を手で持つために戦術に幅を持たせることができる、イギリス製ABC「カリバーン」でほとんどを構成する作戦だったようだ。


イギリスの機体にイスラエルの機体が追われるなんて、シミュレーターでなければ見ることのできない光景だ。


なんて感慨に浸っている場合じゃない。


俺は右、左、右、左、左、右、右とパターンを掴ませないように民家の間を疾走する。


追手のカリバーンが撃つ機関砲は、民家の壁、ガラス、塀、また車や自転車などを粉々に砕く破壊の嵐となる。


しかし命中するのはそんなものばかりで、狭い道路ではガヴリーエールを追いきれない。


そんな状況に苛ついたのか、一機のカリバーンが民家の上に跳んだ。


民家から民家へ飛び移って、たぶん源平合戦の八艘飛びのようにしようとしたのだろう。


そいつは見事に屋根に大穴を開けてこちらの視界から消えた。


ただの民家が40tを超えるABCを支えられるはずがない。


「ぶわははははは!!!」


いやいや、笑っている場合じゃないっ!


「応答してくれ司令部!こちらラビッツ!《5人のアリスがウサギを追いかけている》!火力支援を要請する!座標を送る!オーバー!」


『こちら司令部。火力支援は行えない。あなたの任務はできるだけ敵を引きつけること。火力支援は作戦目的に反する。オーバー』


一方的に通信は切られてしまった。


……なんてこった。


香織のあんなに冷たい声は初めて聞いた。


くそっ、こうなったらとことんまでやってやろうじゃないか!


脳にありったけの力を込める。


たちまち無数とも言えるウィンドウが開き、機体データの詳細が表示される。


慌てそうになりながら、俺は冷静にデータを読み取る。


大丈夫、これなら20mm機関砲には耐えられそうだ。


27mmは微妙、30mmなら数発耐えてスクラップだ。


ピピピ!


電子音が警告を鳴らす。


俺はガヴリーエールで跳ぶ。


直後、俺のいた空間に数十発の弾丸が吸い込まれるように雪崩れ込む。


作戦は変更だ。


このまま引きつけつつ、各個撃破に持ち込むしかないっ!


残念ながら、俺はひどく負けず嫌いだ。


「おりゃあ!着いてこれるなら着いてこいっ!!」


ぐい、とスピードを上げる。


ギャリリリリリ!とタイヤがアスファルトを削る音を立てながら、ガヴリーエールは疾走する。


「手榴弾4発、信管0.5秒、1秒、1.5秒、2秒、セット!」


思わず口に出てしまうが、気にしている余裕はない。


システムが脳波と口語の2つの命令を読み取って、ABC用手榴弾に信管をセットする。


「手榴弾、爆発タイミング合わせてパージ!……今!」


炭酸飲料の蓋を開けたときのようなガスが噴出する音がして、腰に付いた手榴弾が次々にパージされていく。


それをセンサーで確認して、さらにスピードを上げる。


追手の機体は投下された手榴弾に何機かが気付き、回避行動をとる。


「にー、いち、ゼロ!」


瞬間、超電磁モーターを切って、くるりと反転。


慣性によって後方に滑る。


それからすぐに超電磁モーターの動力をバックに入れる。


後ろを見た俺の正面で、太い線になるように爆発が起き、逃遅れた2機の敵機が爆発に巻き込まれる。


だが、ダメージは十分ではないはずだ。


手榴弾の攻撃を受けた敵機が見るのは、120mm戦車砲を改造した、ガヴリーエールの右腕部に装備されたABC狙撃砲の砲口だ。


手榴弾は目隠しにすぎない。


「火星までぶっ飛べ!」


120mm対ABC砲を食らったカリバーンは、一撃で装甲を食い破られた。


よろめく間も与えられず、レーザー信管によって爆散。


それを尻目に、俺はさらに逃走を続ける。



*******



ガリガリとABC用の特殊タイヤがアスファルトを砕く。


その音がセンサーを通じて自分の脳に流れ込んでくる。


その環境音、駆動音、そして自分の鼓動も大きく聞こえる。


砲撃の音、銃撃の音は、まるで小川を流れるせせらぎのように聞こえる。


最初は耳がおかしくなったかと思った。


しかし、思考は澄んでいる。


《5時、敵1、30mm機関砲、ロック》


見える。


《2時、敵1、27mm機関砲、ロック》


わかる。


《9時、敵1、30mm機関砲、27mm機関砲、ロック》


感じる。


(跳べ!)


念じれば動く。


もう口で言うことはなくなっていた。


脳で動かそうと思えば動く。


それを当然のように認識すれば、まるで生き物のように、俺の身体であるようにABCは追従する。


脳内で描いたように、そのままABCはその脳内の軌道をなぞる。


これが最新鋭の兵器。


第三次世界大戦での主役。


これでも、その本領の、ほんの一部をシミュレーターで再現しただけだとは、恐れ入る。


”アンティーク”の戦車数機なら最新ABC1機だけですべて撃破できるというのは、あながち嘘ではなさそうだ。


脳内の神経伝達物質が、どんどん分泌されている気がする。


今、最高に気分がいい。


脚部ローラーが悲鳴を上げながら、ガヴリーエールがダンスを踊る。


《敵機撃破、敵機残り3》


感じる。


この戦場の流れが、俺の脳内に流れ込んでくる。


司令部を担っている香織からデータが送られてくる。


それを俺は瞬時に処理し、現在地データにオーバーレイする。


踊るようにガヴリーエールをスピンさせる。


バババババババ!!!


20mm機関砲を乱射して、周囲の敵機を威嚇する。


これで1秒は稼いだ。


それだけあれば十分だ。


空気を爆発が叩く。


120mmABC狙撃砲が発射され、民家に隠れて30mm機関砲を構えていたカリバーンを撃ち抜く。


バゴン!と金属が大きく凹む音が響き、カリバーンがよろめく。


そして砲弾が炸裂。


被弾したカリバーンは爆散した。


(次弾、榴弾装填!信管3秒!)


脳の命令に従って、ガヴリーエールは120mm狙撃砲に榴弾を装填する。


ガチャン、ガチャン、と右腕が音を立てる。


その間、バックで後退しつつ、20mm機関砲を掃射。


その場に敵機を釘付けにする。


『ラビッツ、そのまま撤退せよ!』


「できない相談だ!このまま敵を撃破したほうがいい!」


『撤退してモール制圧に向かって!命令です!』


「くそったれ!」


罵声と同時に120mm砲を地面に向けて撃つ。


ズドン!とアスファルトに食い込んで止まる。


「3、2……」


ガヴリーエールはくるりと反転する。


追おうとしたカリバーン2機だが、アスファルトを引ん剥くほどの榴弾の遅延炸裂に怯む。


それで、残りは十分だった。


再び反転し、一気に接近。


迎撃に機関砲を浴びせるが、それを身を低くしてかわす。


数発が装甲を掠る。


アラートがいくつも表示される。


「知るか!!徹甲弾装填!」


俺はカリバーンに衝突するくらいに近づいて、左腕を大きく振りかぶる。


接近を許したカリバーンが、腰の近接用ブレードに手を伸ばすが、手遅れだ。


俺は1機のカリバーンの腹部装甲に、全力で左腕を叩き付けた。


カリバーンとガヴリーエールでは機動性を優先したカリバーンの方が装甲が薄い。


左腕によるボディーブローは、コックピットを叩き潰すには十分だ。


しかしその代償として、俺の左腕が爆発したかと思うほどの痛みが走った。


お返しとばかりに左腕の、今はカリバーンに叩き込んで埋まっている20mm機関砲を、ありったけ叩き込む。


くぐもった爆発音が聞こえ、カリバーンの機体が2、3度跳ねるように痙攣した。


そのまま腕を振って、残り1機となったカリバーンからの盾にする。


『ラビッツ!無茶な戦闘は中止せよ!』


香織の声が脳で響く。


しかし、俺はそれを聞かない。


「これで!オール、クリア、だぁっ!」


機体を全体を震わす衝撃。


狙撃砲が近距離から徹甲弾を放ち、最後のカリバーンを撃ち抜いた。


胸部、つまりコックピット部を撃ち抜かれたカリバーンは、同じように胸を撃ち抜かれた人間のようによろめいて倒れた。


パイロット即死につき機能停止。


「勝った!」


第三部完!


俺は敵機の腹部に埋まっている左腕を引き抜き、モールへと向かう。


脳がハイになっているからか、痛みをあまり感じない。


しかし痺れるような痛みはある。


皮膚がめくれ、筋肉が剥き出しになっている感覚。


風が吹くだけで、炎が腕を舐めるような熱を持った痛みが襲う。


そりゃ鉄の塊に手を突っ込んでいたのだ。


ガラスの破片の山に腕を突っ込んでいたより酷いだろう。


『今のは命令違反ですよ!ラビッツ!』


「いや、あれは命令遂行のための手順だ。別に違反しちゃいない」


『もう!……ラビッツはバッテリー残量を考慮し、その場から節約して接近し、榴弾で火力支援。座標データ送ります』


データを受け取り、その指示通りに砲撃を加える。


ここからでは直接見ることが出来ないが、C4I2システムによって戦況は把握できている。


俺が派手に動いたおかげで大きな戦力差で戦うことになった2組は、十分な戦力の1組を止められず、高速道路を制圧できなかった。


そのまま撤退するようにショッピングモールに逃げ込んで、そこから膠着状態が続いている。


しかし、このままではジリ貧なのは誰が見ても明らかだった。


こちら側のC分隊が砲撃によってモールを破壊していき、ほとんど半壊状態だ。


そのまま、規定の7割の戦力喪失でこちらの勝ちだ。


あとは時間の問題だ。


そう思った瞬間、思わぬことが起きた。


ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!


高層マンションの根元、1階付近でとんでもない爆発が起きた。


高層マンションの底部が吹き飛び、ついでに周囲の建物数棟も吹っ飛んだ。


『え!?何?何が起きたの!?バグ……?』


バグという線はない。


たぶん意図的なものだ。


どうやって起こしたのか。


たぶん、カリバーンの特性を生かしたのだろう。


着脱可能な兵器のうち、榴弾、ロケット弾をかき集めて起爆させたのだ。


とんでもないことをしやがる。


『全機撤退!砲撃中止!撤退せよ!撤退!』


あー…、あー…、ああー…。


なるほど……。


これはやばい……。


負けたなあ……これは。


俺は思わず口をぽかんと開け、両腕をだらんと垂らしてしまった。


マンションが、高さ100m以上の超高層マンションが、倒れていく。


高速道路に向けて、味方機のほとんどがいる場所に向けて、大質量で迫っていくタワーマンション。


通信からはほぼ全員の悲鳴が聞こえる。


おそらく敵はすでに撤退済みだろう。


あー…、これは本当に、してやられたなぁ……。


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