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錯綜する情報を手繰る佐々木愛先輩と、キャラづくりが入学してからまだ定まってないジャネット・コリンズ

俺とクロエは無言で2人で歩いて、モニタールームに戻った。


エレベーターで降りて、下へ。


エレベーターの中という密室でも、俺たちは無言だった。


うーん、ちょっと気不味い。


しかしクロエはなんのその、というか、むしろ何にも感じていないようだった。


外人さんはどこか違う感性を持っているんだろう。


外人さんがお互いに無言でも気にしないし、空気を読むとか気を遣うとかをしないようなのは、ABC学園に入学してからもう一ヶ月近くになるので、なんとなーくわかっていたりする。


それでもこっちは気を遣うし、空気を読んでしまうのだ。


何というか、習性というか、本能というか、そういうDNAとかたぶんそんな感じの部分に刻まれたものが反応してしまう。


三つ子の魂百までって言うしね。


三つ子っつっても、双子の3人バージョンの方ではなく、3歳の子という意味だということを、俺はこの前知った。


小学校の時は仲良し三人組とかそういう感じの意味に捉えていたのだから、失笑モノだ。


さて、俺とクロエ。


美人の金髪の白人の、俺とはなんの縁もなさそうな人物。


対するは、女の園ABC学園に迷い込んだ珍獣、俺。


なんだかプレッシャーとかコンプレックスとかそういうものが質量を持って押し潰そうとしてくるように思えた。


原因はわかってる。


2人して歩いてたら彼氏彼女の関係に見えるんじゃないかという、思春期にありがちな妄想が原因だ。


釣り合って無さが半端ない。


なんか、金持ちの老人に遺産目当てで近寄った美女、とも考えられるかもしれない。


いや、それはクロエに対して失礼すぎるかもしれない。


とにかくこんな綺麗な人と歩いてていいのかっつうわけで。


隣にいると、ほのかにいい匂いが漂ってくるし。


女の子って俺のような男とはもう別次元の生き物なんだろうなー。


そういうことを考えていたら、あっという間にエレベーターは1階についた。


くそぉ、もっと他にあっただろう。


気の利いたこと言うとかさ!


「どうかしましたか?」


頭を抱えるようにして掻きむしっていた俺を、クロエは不審な目で見た。


「え、ああ、大丈夫大丈夫。別に何もないよ」


へらへらと笑って、俺はごまかした。


廊下にはまだぼんやりとしている生徒が何人かいた。


何をするでもなく、全員がぼんやりと空中を見つめている様子は、異様の一言に尽きる。


近未来的な白い扉は、俺たちの存在を感知してプシュッという音を立てて開いた。


宇宙船の中みたいだ。


モニタールームには何十台もの液晶モニターが、少し見上げるような位置に設置されていた。


部屋のど真ん中に輪になるように設置された巨大モニターには、緑色でレーダーの図のようなものが映し出されていて、それぞれの機体の仮想空間上での位置、状況、機体情報が読み取れた。


ちなみにこのシミュレーターにアクセスしたときに自動的に赤組と白組に振り分けられてシミュレーションが始まる。


俺は赤組だった。


最後の攻撃は、おそらく白組の誰かがクロエの位置情報から俺の位置を知って、撃ったんだろう。


うーむ、なかなかのチームワークじゃないか……。


敵ながら天晴な働き。


メインの巨大モニター以外のモニターも教室に宙吊りにされていて、各ABCパイロットの視界情報が映っていて、それは目まぐるしく動いていた。


中には明らかにパニックを起こしているかのように、滅茶苦茶に何かから逃げているのがわかるようなものもある。


……って、あれは香織じゃないか。


あいつは白組なんだな。


どうやら香織はドイツ機に追われていて、必死にそれから逃げているようだった。


香織の選択した機体は、皐月と同じく、国産ABC「朱鶴(しゅかく)」だ。


それも高機動パックを追加で選んでいるようで、元々運動性能がずば抜けている朱鶴に選ぶ追加パックとしては悪くない選択だった。


俺個人としては「朱鶴」の装甲は心許ないので、高機動パックより追加装甲の2、3枚は欲しいところであるのだが……。


しかしそうすると元々持っている機動性が失われるために、あまり好ましい選択ではないのだが、どうしても俺は装甲の厚さを重視してしまう。


まあ、そんな俺の好みは置いておこう。


対して朱鶴を追うのはドイツの「ラッテ」と呼ばれる重量型ABCだ。


前の前の世界大戦で計画だけがされた超巨大戦車の名を冠するABCは、全高約7mの規格外サイズである。


ちなみに朱鶴の全高は機動性重視の機体であるために4mちょっとで、やや小柄である。


なのでラッテと朱鶴では二倍ほどの差がある。


動く城塞と呼ばれるラッテは、いざ稼働すると駆動系にかなりの負担がかかるため、戦場ではまともに動くことは少ない。


主な任務はその巨体を生かした威圧的なパトロールと、強大な火力による防御陣突破だ。


ああいうふうに相手を追いかけるということは苦手としている。


ちなみに俺の選択した「黒燕」は、元々は非常に運動能力の高い機体だ。


うちの国のABCはすべてが高機動で低装甲だというのは、お国柄なのだろう。


しかし追加装甲した黒燕が、あんなビルの壁を走るなんて曲芸じみた機動を実際の戦場でやれば、駆動系が一発でお釈迦になっていい的になること請け合いである。


「黒燕」自体が失敗兵器扱いされてるしね。


うーん。それにしても恐ろしい。


カタログスペックがそのまま発揮されるということがここまで恐怖の塊になるとは……。


さすが変態兵器といったところか。


さっきから香織の駆る朱鶴は、ビルの間を俺がしたようにワイヤーアンカーを駆使して、時にはABCの脚力だけで飛び回っている。


「……あの「朱鶴」、すごいですね」


クロエが香織のモニターを見ながら、ぼそりとつぶやいた。


さっきからずっと、その四角いモニターは上下するビルとビルの間を映していた。


たまにノイズが走るように真後ろが映され、ラッテの凶悪な30mmガトリング砲の砲口を確認しているようだった。


30mmガトリング砲がこちらを向いた瞬間、ワイヤーアンカーを急速に巻き取り、一定の挙動から外れる。


また左右にワイヤーを張り、交互に巻き取って左右に揺れる機動をしてみせる。


香織のモニターは上下左右にガクンガクンと揺れ、まるで絶叫マシンに乗っているかのようであった。


「あんな機動したら普通酔うぜ……」


ちなみにここのシミュレーターはある程度のGも再現してくれるのだが、今の香織の機動はシミュレーターが壊れないか心配になるほどだ。


というか、香織の内蔵や血管も心配だ。


俺のやった無茶な機動ですら目ん玉が飛び出るかと思ったくらいだったので、今の香織がどれほどの苦痛に耐えているのかはわからない。


モニターにはパイロットの心拍数、血圧、脳波なども映っている。


俺には何がどうなのかはさっぱりわからないが、明らかにそのグラフは振り切れているようにしか見えない。


「あの心拍数とかって大丈夫な範囲なの?」


俺は、すでに他のモニターを眺めているクロエに聞いた。


クロエは香織のモニターを探し、しばらく数値を見た。


「ええ、大丈夫な範囲です。まあ、極度の緊張状態かパニックに近い状態だというのはわかります。でもABCスーツも着ていますし、大丈夫でしょう」


なるほど。


そういえば俺もABCスーツは着ていたんだった。


こいつ、なんだか着ている心地がしないのである。


ぴっちりと自分の体に張り付いているのだが、まったく窮屈さを感じない。


それどころか、今俺は服を着ているのか?という疑問が湧いてしまうほどだ。


なので俺はその上から制服を着ている。


周囲の女の子たちも制服のシャツとスカートを着ている。


ちなみにこのABCスーツ、腰のあたりから精神接続のためのコードが尻尾のように伸びている。


これが何ともコスプレっぽくて何とも男心をくすぐる。


実際、ABCパイロットのコスプレ用スーツを、入学する前にたくさん見たのでそういう先入観があるのかもしれないが。


しかも何がいいかって、本物のABCスーツの尻尾は動くのである。


本人の脳波に反応するABCに接続するためのものなのだ。


こいつがABCスーツについている電極から生体電気を読み取って動くのである。


ちなみに、こいつの制御に慣れていない俺たちは、これを着ているときは精神状態がバレバレだ。


慣れれば無意識下でシッポを動かさないということもできるらしいのだが、俺たちはまだそんな段階に入っていない。


なので、シッポ……正式名称「テールケーブル」の状態を見ているとだいたいどんな精神状態なのかがわかる。


……これがポイントで、スカートの中に尻尾を入れると、感情に任せて動くこいつのおかげで、スカートがめくれるのである。


……最高、最高だ。


何が最高かって、もう言葉にできないくらい最高なのだ。


スカートがめくれた先にあるものがABCスーツだとしてもだ。


そんなわけなので、彼女たちは必然的にスカートを低い位置で止めなければならない。


さもなければ俺に視姦される……せいなのかは不明だけれど、みんなスカートの上から尻尾が出るようにして履いている。


最初にスーツを着たときの一瞬の萌えの煌めきだった。


人の夢と書いて儚い……。


さて、さらにこのABCスーツ、生命維持と生体電気の読み取りのためにぴっちりしている。


つまり、体のラインがはっきりと出るのだ。


俺はそういうものを見せられて、俺自身もそんなスーツを着せられている状態で、そこでズボンを履かなければ、まあ、そういうことになる。


すべての女子生徒に俺のあのサイズが知られ、間違いなく一ヶ月以上は話のタネにされるのだろう。


そして最低、最低と罵られるのである。


そこから「お、大きい……ドキドキ」からの「さ、触ってもいいかな……」というむふふな展開になればいいが、現実は往々にして非情であるので、俺はそういう賭けはしない。


もしかしたら、そんな展開があるかもしれないのだが、賭けに負けた場合、俺は塀の向こうで臭い飯を食うはめになるのでしない。


それに西洋人のサイズは東洋人と比べて、平均サイズが大きいらしいじゃないか。


見られて「小さいね」とか「え、それで大きくなったわけ?」とか言われたら、たぶんトラウマでEDになると思う。


というかなる。間違いなくEDになる。


押すなよ、絶対に押すなよ的なノリでもない。


股に挟むという手段も考えたが、どうもポジションが落ち着かなかったので止めた。


素直に制服を着るのが一番だ。


ちなみに俺も当然のごとく腰履きである。


シッポを出すためだ。


でなければ30cm程度のもっこりとした何かが俺のズボンの後ろに出現して、かなり無惨な絵面になる。


この前、制服をちゃんと着た状態で、このシッポを前に回してもっこりさせて、皐月の目の前で「黒人サイズ」とか言ったら顔を真っ赤にしてぶん殴られた。


あと、クロエはちゃんとシャツのボタンを留めているのだが、そうでない女子生徒もいる。


おぉ、やばい。


あの斜め前の向かい側で腕組みしてモニターを見ている、シャツのボタンを一切留めていない、やや胸の大きな子とか、……ヤバい。


何がヤバいって、腕組みすることによってその胸が強調されるように押し上げられていて、それがもう……ぐふふっ。


いやあ、これだけ強調しているってことは、俺に対しての揉んでくださいアピールということで脳内議会は満場一致で憲法改正ですなあ、ぐへへ。


この不埒なエロテロリストにはじじじ尋問しなくてはなりませぬなあ、これは、ええ。


これもね、世界のね、平和のためだから。


テロとの脅威に立ち向かう勇敢な、あの、あれだから、そう、検閲、検閲だから。


だからその、不審物をね、確認しなきゃダメだから、義務だから、その、国民の。


国家の安全は、まず地域レヴェルで守られるアレだから、仕方ないことなの。うん。


うおおおお、揉みたい!


心ゆくまで揉みほぐしたい!


あー、お客さんこってますねぇ。お仕事は何されているんですか?え、学生さんで?ああ、勉強とか大変ですもんね、そりゃこりますよ、ええ。どうです?気持ちいいでしょう?どうです?だんだん変な、へ、変な気分になってきませんか?変ってそりゃ、こう、体が熱くですよ、こう、ね。え、熱くなってきてる?そりゃ大変だ。脱ごう。うん、脱ごう。直接ね、変なところがないか確かめますから。ええ、触診ってやつですね。はい。


「……さっきから誰のモニターを見ているのですか?」


腕組みしている少女の胸を見つめていると、クロエが尋ねてきた。


「ああ、あの、ラッテのパイロットのモニターをね、探してたんだけどね、ちょっと他の動きに気がいっちゃっててさ」


うーん。


我ながら苦しい言い訳である。


完全に俺の動く尻尾見てるし。


「み、見るなよ……」


俺は尻尾を隠すように後ろ手に回した。


はあ、とクロエはため息を1つ。


呆れられたようだ。


……こいつにも皐月に見せたようなもっこりを見せてやろうか。


「あー、ラッテのパイロットってどれ?」


そんな下卑た考えを押し込めて、愛想笑いを浮かべながらも、俺はクロエに聞いた。


「あのモニターのやつですね。もう「朱鶴」は諦めたようですけれど」


クロエが指差す先を見ると、他のABCより高い場所からの視界が映ったモニターがあった。


それがラッテのパイロットのモニターだった。


見ればすでにラッテは朱鶴を諦めたのか、別のABCと撃ち合っていた。


ラッテは30mmガトリング砲をビルごと破砕するようにぶっ放しながら、徐々に後退している。


そもそもあれは反動がジェットエンジン並みといわれるほどのバケモノ兵器だ。


後退しながら撃たなければ、コックピットが酷く揺れて仕方がないのだろう。


戦車が一瞬で蜂の巣になる、といえばその威力が伝わるだろうか。


もしくは、生身の人間なら掠っただけでバラバラになる、といったほうが伝わりやすいか。


とにかく、そんなバケモノ兵器を搭載したバケモノABCは、イギリスのABC、カリバーンを相手に圧倒的な火力を見せつけていた。


カリバーンはビルの角に隠れて、撃ち返そうとするが、そのビルごと蜂の巣にされそうになって退却、……ということを繰り返していた。


カリバーンは特殊部隊向けに開発されたとかいう逸話のあるABCだ。


もちろんABCなんていう大きな兵器を使うような任務が特殊部隊に回るかといえば、たぶん存在しないのだろうけれど。


カリバーンで特徴的なのが、武装を取り付けるスロットが存在しない点である。


その代わりにABCが手に持つものとして開発された巨大化された兵器を、その手で持つという方法で武装する。


そのため、他のABCに比べて手の可動部分が精密に作られており、緻密な作業にも向いているとされる。


そして今モニターに映し出されているカリバーンの武装は20mm機関砲だ。


ラッテの装甲をぶち抜くのであれば携帯ミサイル程度は欲しいのだが、あいにく持っていないようだ。


あとは手榴弾が3つはあるようだが、使用する様子はない。


投げても効果的ではないと判断したのか、それとも元々4つ持っていてすでに1つ投げてみたのかもしれない。


ビルの間を、脚部のタイヤを唸らせながら疾走しつつ、後ろに腕を伸ばして20mm機関砲を撃ち続けるカリバーンだったが、ついに「ラッテ」の牙に捕らえられた。


足を打ち抜かれたと思った次の瞬間には、スクラップと化していた。


保っていた運動状態から地面を転がり、最終的には手榴弾に引火したようで、大爆発を起こした。


「たーまやー…」


「かーぎやー。ってアホなこと言ってんじゃないわよ」


皐月がいつの間にか近くに来ていた。


今までどこにいたんだろう。


榴弾の雨に晒されてリタイアした彼女だが、俺のくだらない呟きに乗っかってくれたことから考えるに、わりと元気そうだ。


こいつ、メンタル強いなあ。


もしかしてクロエみたいにどこかで泣いていたのだろうか。


「こんにちわ」


クロエが俺の上からひょっこり顔を出して、皐月が驚いたような顔をした。


身長低いの気にしてるんでやめていただけますかねえ。


「え、あ、うん。こんにちわ」


皐月はの尻尾がぴくんと強ばる。


そんな彼女のために、俺とクロエが和解した旨を伝える。


「ああ、そんなことで……。こいつ、こう見えて案外マジメくんよ?」


そう見られていたのか。


皐月の前では結構ふざけていることの方が多かったので、そう思われているとは思わなかった。


「ええ、そのようですね」


「てか、こっちの言葉上手よね。どこで習ったの?」


「それは家庭教師がですね――――」


ああ、俺をそっちのけで女子だけで話し始めたよ……。


でもまあ、ちょっとクラスから浮いてたクロエが、こうしてだんだんとクラスに馴染んでくるということはいいことだと思う。


でも俺を除け者みたいにして話し込むのは寂しいなー。


寂しいなー。


……ん?


目線をモニターにぶらぶらさせていると、ラッテのモニターが消えていることに気づいた。


どうやったのか、ラッテは撃破されたらしい。


誰がどうやったんだろう……。


見ていると、次々にモニターが消えていくのがわかった。


「あー、あいつかぁ。無双してくれちゃってまあ」


皐月がまるで強敵を見つけた格闘家のような表情で言った。


尻尾がピンと張っている。


というかこいつ女の子にあるまじき表情ばっかりするよな、ほんと。


せっかく元はかわいいのにもったいないと思う。


「誰だ?知ってるのか?」


「あたしを撃った白組のやつよ。ほら、あれ。あのイスラエル製のに乗ってるやつ」


皐月が指差した先のモニターには、照準といくつもの数値が表示されたものがあった。


一目でそれはABCのスナイプモードだということがわかった。


ABCの中でも狙撃に優れたものは、英雄の名前を付けられたフィンランド製の真っ白な機体「ハユハ」と、大天使の名前から付けられたイスラエル製の「ガヴリーエール」のどちらかといわれている。


両方ともABCの中ではセンサーの数が二倍近く取り付けられているため、狙撃向きに設計された機体だ。


また、隠れて狙撃するというコンセプトの元に、他のABCより小柄に設計されている。


どちらが上だと明確に競われたことはないらしいが、若干の方が狙撃に関してはハユハの方が強いという話を聞いたことがある。


どうにも、イスラエル製の兵器の特徴で、パイロットの生命を保障することを優先しているせいで装甲が厚く、ハユハよりほんの少しセンサー類の数が少ないのだとか。


しかし総合的な能力でいうと「ガヴリーエール」の方に軍配が上がるという。


さて、そんな「ガヴリーエール」が装備しているのは戦車砲を流用したもので、右腕と融合するように装備されたそれは、120mm滑腔砲だった。


メルカバから流用されたそれを狙撃ライフルのように構えている。


この部屋の中央に設置されている大きなレーダー図のようなメインモニターから見ると、そのガヴリーエールの高度は50m以上を示していた。


おそらくビルの上にいるのだろう。


そこから走る敵ABCに向かって砲撃を加えているのだろう。


しかしそんな目立つところにいれば、誰か気付きそうなものであるが……。


「……なるほど、俺も皐月もこいつにやられたのか」


「たぶんそうね。あのへんから榴弾砲を撃つのを見たって別の子からの報告があったわ」


「ふーん」


しかし何かが引っかかっていた。


何だろう。


何が違和感になっているのか。


狙撃が上手すぎるという点だろうか。


それは確かに不思議である。


俺たち新入生はこれが初めてのシミュレーターを使った交戦訓練だった。


予め、何度かの操作訓練はしたが、ここまでの動きができるとは思えない。


俺もワイヤーアンカーを使うという発想は、スパイダーマンから考えついて、ネット上でABCの演習動画を探して、それで今日初めてやってみたものだった。


クロエと交戦する前に、何回も失敗したけれど。


まあ、そういう細かいところが何となくの感覚でできてしまうのが、ABCの強みであり、恐ろしさでもある。


ああ、そういえば留学生はもしかしたらシミュレーターには触ったこともあるのかもしれない。


クロエは初めてみたいだったけれど。


しかし、運動ということは簡単にできるけれども、狙撃となると各種計算が必要になる特殊技能だ。


そう簡単に新入生ができる芸当じゃない。


そうなると、話はだんだんと見えてくる気がする。


「なあ、皐月って何組だった?」


「白組だったけど、それがどうかした?」


なるほど、やっぱりそうだ。


そうなると話はおかしいんだ。


でもある条件を考慮すると辻褄が合う。


「じゃあ、あの「ラッテ」は何組だ?」


「……赤組ってことになるわね」


皐月も何かに気付いたようだった。


「で、皐月は誰にやられた?」


「おそらく、あの「ガブリエル」。狙撃で気付いたらゲームオーバーよ」


「なるほど。ではワトソン君、「ラッテ」は誰にやられたかな?」


おお、楽しい!


なんか名探偵になった気分だ!


「誰がワトソン君よ。だったらあんたがホームズ?柄じゃなくない?」


あ、地味に傷ついた。


いや、普通に傷ついた。


いやいや、結構傷ついた。


泣くぞ、こら。


「なるほど、あんたの言いたいことがわかったわ。あのガブリエル、サクラね。たぶん上級生か教官でしょうね」


「まー、あれだろ。「ラッテ」みたいなやつが無双しないようにってことじゃねえの。今回のは実戦で死ぬ体験をするためっぽいしさ」


「結構な人数の生徒がダメージを受けてるんだけど……、いいのかなあ」


そう言って、皐月は周囲を見回した。


モニターを力無く、ぼーっと見つめていたり、じっと床を見つめていたりと様々であるが、全員の目は死んだ魚のような濁った色に見えた。


なんというか、覇気がないというか、元気がないというか、まるで葬式にでも来たような感覚だった。


そりゃだいぶ怖かったけれど、実際には怪我1つ負ってないのだから、そこまで落ち込まなくてもと俺は思ってしまう。


俺は今では元通り、とまでは言わないが、元気を取り戻してきている。


むしろもう一度シミュレーターに乗って、あの「ガヴリーエール」に一泡吹かせてやりたいとも思っているくらいだ。


しばらくして、死人のような顔色の香織がやってきて、皐月の横で体育座りで丸まった。


そしてそれからあまり間を空けず、クロエのルームメイトのリタが来て、壁に寄りかかって座った。


こちらも死んだ目をしている。


クロエはそんなリタを心配してか、そっちの方へ行った。


しばらくモニターを眺めていると「あ、終わった」と誰かが呟いた。


最後の一機となったABCが、「ガヴリーエール」に狙撃されて、機能停止したところだった。


教官が前に進み出て、生徒に指示を出す。


俺たちは慌てて整列し、直立姿勢をとる。


元気がなかったやつも、いつもよりは覇気が無いが、まあちゃんと整列している。


訓練校ということなので、そのへんはみんなしっかりと弁えている。


「諸君、お疲れ様。今日の訓練は以上だ」


どこからか、ため息がいくつか聞こえてきた。


それだけ、今日の訓練が精神的に苦痛だったということだろう。


いつものように10kmの行軍練習をした後に、ABCについての座学を行うより、断然楽だったと俺は思うのだけれど。


教官はしばらく説明をしていた。


何人かの映像を呼び出して、それを多角的に評価していった。


いくつか表示して、その生徒に質問して、という流れで生徒の操作を修正していく。


「次」


そう言って、教官は次の映像を呼び出した。


ゴテゴテと追加装甲の付けられた「黒燕」が浮かび上がる。


……俺の映像だ。


「有栖川、なぜ追加装甲をつけた?」


その質問はくると思っていた。


「はい!えー、戦場の状況がわからなかったためです。不明な戦場であるため、着脱式の追加装甲を使用することで、不測の事態を避ける目的がありました。逆に追加装甲が不要な状況に陥った時にはパージすることを想定しておりました」


「よろしい。教本どおりの答えだが、十分だ。しかしこれを見ると……」


教官は黒燕とスノウレオの戦闘映像を流した。


ABCのスケールで見れば細い路地のような1車線の道路。


そこから、黒燕がアンカーを軸にして滑りこむように、スノウレオの正面に踊り出る。


突然のことにスノウレオの反応が一瞬だけ遅れる。


躍り出た直後、黒燕はアンカーを巻き取りながら回避運動。


それにやっと追いつくようにスノウレオが両腕の機関砲を向けて撃つ。


その砲撃を回避し、当たってもものともせず、黒燕はビルにアンカーを射出。


伸びる炭素ワイヤーを巻き取って、ビルの壁面を駆け上がる。


その挙動に迷いはなく、一切の減速は見られなかった。


おお、と何人かの生徒から歓声が上がる。


我ながら、見事なまでの曲芸機動である。


ここで、教官が映像を止めた。


画面の中の時間が停止し、黒燕はビルの壁面で静止した。


「このとき、追加装甲を外さなかったのはなぜだ。外せば、より高度な運動ができたはずだ」


「はい!反撃の可能性を考え、駆動系よりも機体へのダメージ軽減を優先したためです」


「実戦ではこのような機動はかなりのギャンブルになる。自分の命をベットするような状況に陥らないように気をつけろ」


「はい!」


「次」


俺は冷や汗を拭った。


たしかに追加装甲をパージしなかったのは致命的なミスだったかもしれない。


隣の皐月がこっちを見て、「残念だったね」と口だけを動かした。


「パージした装甲を相手にぶつければよかったと思うヨー」


皐月とは反対側の隣に立っていた、ふわふわしたボリュームのある金髪の生徒が小声で話しかけてきた。


ちょっと訛りのある言葉。


ジャネットという名で、アメリカからの留学生だ。


こいつは覚えている。


このそばかす美人の自己紹介は強烈だった。


最初の自己紹介の時に放った「ただの人間には興味が云々」というセリフが、まだ記憶に残っている。


アメリカ人ってのは変な奴、という偏見をクラスに一瞬にして植えつけた犯人だ。


たぶん何人かは元ネタを知っていたと思うが、それを現実世界でやる馬鹿は初めて見た。


「飛びながらプァージしたら相手も撃破できて一石三鳥」


パージがえらく発音いいな。


母国語だからか。


「1羽多くない?」


皐月が俺もツッコミを入れようとしていたことを言った。


「ノー。軽くなって、相手を倒せて、BlackSelenaみたいで、スリーでーす!」


「俺はアキトじゃねーよ」


小声で応えた瞬間、時間が止まったように感じた。


「Ooooooh! Fuckin' Jeeeeesus! ユウ、話わかるノー!?」


白い顔を真っ赤にして、鼓膜が破けるかと思うくらいの大声。


教官がすっごい顔で睨んでも、ジャネットは英語でわあわあ騒いだ。


そして感極まったのか俺に抱きついてきた。


それでもまだ耳元でわあわあと英語で何か言っているが、まったくわからない。


これでも少しはヒアリングに自信があったのだが、まったくわからない。


嬉しい、とかいう意味くらいしか聞き取れない。


というか、これは言葉になってないんじゃないのか?


「……私、とっても嬉シー!ユウ、わかってくれル!?」


ジャネットはハグの状態から俺の肩を掴んで、やっと開放した。


……なんだなんだ。


潤んだ目に上気した顔で、俺を熱っぽく見るのはなんなんだ。


すっごい満面の笑みで、やっと日本語で話してくれけど、ごめん、無視させてもらう。


アメリカンサイズの胸が当たって、すっげーーー嬉しかったけど、無視させてもらう。


俺は頭の中で素数を数えながら、整列した直立不動の姿勢にすぐに戻った。


俺は関係ありません、という態度だ。


アピールだ。


あ、これ無理だ。


教官がむしろ何かに驚いたような表情だもん。


……いや、逆に怒られないで済むか?


精神的に不安定な生徒が錯乱状態になりましたって(てい)でいけるか?


あと、皐月がすっごい顔でこっちを睨んでる。


というか、全員が俺のことを見てる。


いや正確には俺とジャネットなんだろうけどさ。


あー、教官が近付いてくる。


いやあ、俺は悪くないっすよ?。


あー…、無理か。


「私が、話している、ときは、しゃべるな!」


俺とジャネットは交互にリズムよく頭をバインダーを縦にして叩かれた。


「はいっ!」


「イエスマーム!」


俺とジャネットは気をつけの姿勢で返事をした。


頭がズキズキと痛いが、罰則が与えられなかっただけ幸運だった。


周りの女の子たちがクスクスと俺とジャネットを見て笑った。


俺がジャネットを睨むと、ジャネットは幼稚園生や小学生がするような満面の笑みを向けてきた。


それで、なんだか気が抜けてしまい、俺も笑うしかなかった。


なんなんだこいつ。


自由人すぎるだろ。


帝国軍人舐めてやがるな……。


「りっちゃん、うちの出番まだー?」


呑気な声が、外から聞こえてきた。


「その名前で呼ぶんじゃない!」


りっちゃんと呼ばれた教官は、ドアの向こうの廊下にいるであろう人に向かって怒鳴った。


「あー、もういい、入ってこい」


はーい、と気の抜けた返事と共に、プシュッと自動ドアが開き、1人の生徒が入ってきた。


パイロットスーツに身を包んだ彼女は、堂々と俺たちの前を歩き、教官の横に並んだ。


剥き出しのパイロットスーツに、思わず目線が吸い付けられる。


おっと、まずい。


俺は無理矢理に視線を引き剥がして、前に立った彼女の顔に向けた。


それはもう、相当な努力が必要だった。


血の涙が流れそうだった。


たぶん流れていた。


「こいつが先ほどのシミュレーションで、お前らに混じっていた3年生だ」


教官の発した「3年生」という言葉に1年生に動揺が走る。


ABC学園の3年生といえば、泣く子も黙る超特殊戦闘集団だ。


小国程度であれば、一夜で壊滅させられると言われる存在。


授業内容を入学時にちらっと聞いたのだが、国外の治安維持活動、暴徒鎮圧、敵対勢力への妨害工作、間諜から土木作業まで。


ABC学園在学中にありとあらゆる技術を叩き込まれたエリート中のエリート。


「はい、自己紹介」


「うちは佐々木愛。3年生で、もう陸軍に就職決まったんで、こうして後輩の育成に当たらせてもらってまーす。先輩なので、何でもわからないことがあったら聞いてねー」


俺たち1年坊主たち……、失礼、小娘たち+坊主1名にとっては恐怖の存在である3年生の先輩は、非常に気軽な調子で挨拶をした。


先輩、佐々木愛は自己紹介を終え、非常に愛嬌のある笑顔で、ニコニコしていた。


隣でまだニコニコしているジャネットの自己紹介とは大違いだ。


俺たち1年生はまばらな拍手を送った。


「んー、元気がないねー。今日のシミュレーションが原因かな?」


佐々木先輩は、教官の方を向いて言った。


顎に手を当てている仕草がなんともかわいい。


教官は小さく「たぶんな」と応じた。


3年生にビビッてるって要素も大きいと思うけどな。


「では今日の訓練はここまでとする」


教官のその言葉を聞いた瞬間、ほとんど全員が小さくため息をついた。


あまりに一斉にため息をついたせいで、大きな1つのため息に聞こえて、教官と先輩は顔を見合わせて笑った。


「気分の悪い者はいないか?いたら保健室に行け」


「あー、そこまででもないって子は、ホットチョコレートを飲むといいよー。体が温まるよー」


ちなみにホットチョコレートってのはココアのことだ。


その後、ぞろぞろと、まるでゾンビの群れのような足取りで、生徒たちはモニタールームから出た。


俺や皐月、クロエ、ジャネットなど、一部の生徒は何ともない様子だった。


強がっているのかもしれないが、まあ、見た目は大丈夫そうだった。


しかしほとんどの生徒が、自販機のココアのホットを片っ端から買っていったので、きっとみんな強がっていたのだろうと思う。


俺は売り切れで買えなかった。



******



「へー、アレが有栖川家の秘蔵っ子かー。りっちゃん的にはどう?」


「まだ何とも言えん。特別な訓練を受けたような様子は、今のところ見られないな。しかし、素質は十分にある」


「どれどれー?初めての戦闘訓練で4機撃破、か。かなりの大物なんじゃない?」


「陸軍からの動きは?」


「そりゃもう判明した1年前から狙っていたしね。欲しいよ。彼を引き入れられれば、予算も通りやすくなるし」


「御前会議は?」


「順調、って言いたいけど、上がねぇ……」


「しかし海軍との連携も上手くいっていないのだろう?」


「いやいや、それはこっちの方で水面下で動いてるよー。ジジイどもにはそろそろ退いてもらわないと。そのためにも有栖川くんはどうしても欲しいんだよね」


「二・二六の真似事か?やめておけ。私が特警にチクらないとも限らないぞ」


「まあそこはりっちゃんを信頼してるのさ。それにそこまで過激なもんじゃない。変化の時代が来てるだけ。私たちは時計の針を進めるだけさー」



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