生還と泣き虫お嬢さんクロエ・ジュベールと尿意に耐える有栖川優女子トイレへダッシュ
「ぅはっ!!?」
かっ!と両目を開き、現実に意識が戻った。
どうやら俺は気絶していたようだった。
目の前のモニターは、赤一色に染まっている。
そしてその赤い画面には黒で「Game Over」という文字が踊る。
下には戦績・死因などが細かく書かれていた。
「死因:爆死(120mm対ABC狙撃砲による)
撃破数:4
チェンタウロ(モニカ・ビアンキ)
ヴィルトシュヴァイン(セリーナ・シュタイン)
ヴィルトシュヴァイン(ユリア・ウェーバー)
スノウレオ(クロエ・ジュベール)
撃墜者:ガヴリーエール(佐々木愛)」
俺は狭い宇宙船のコクピットのようなABCシミュレーターに座り、パイロットスーツを着ていた。
周りのシミュレーターの何らかの機械たちがちかちかと明滅している。
それと画面の光だけが、暗いシミュレーター内部を照らしている。
俺は全身に汗をかき、疲労困憊で、満身創痍で……、あと、ええと、何だろう。
虚無感というか、生きていることに感謝というか、そんな感情に包まれた。
とにかく、これがシミュレーターでよかったと心の底から思う。
外部の特定の電気信号を脳波として感知できるという、ABCパイロット適正を、これほど恨めしく思ったときはなかった。
恐怖と安堵感で、指一本も動かせない。
まだ脳はシミュレーターと繋がっているので、脳波だけで生命維持システムのモニターを呼び出す。
自分が本当に生きているかを知りたかった。
腕が動くならば直接胸に手を当てて鼓動を確認したかったが、あいにくピクリとも動かない。
呼び出されたモニターが心電図を描く。
心電図が、そのまま想像通りの、医療ドラマでよく見る緑色のそれが、俺の心臓が動いていることを確認させる。
もちろん、脳波で制御できている時点で生きているんだということがわかるのだが、そんなことに気がつく余裕もなかった。
死んで魂だけになってるとか、そういう可能性もあるじゃん。うん。
とりあえず俺は呼吸を整えることにした。
しばらく深呼吸を繰り返していると、だんだんと落ち着いてきた。
指先に力を入れると、しっかりと拳を握ることができた。
その手を左胸に持っていって、鼓動を確かめるように押し当てる。
心臓が、動いていた。
それが何より安心を与えてくれた。
自分の体温が心地いい。
緊急脱出用レバーを引くと、プシュッという音が鳴った。
ゆっくりと目の前のモニターごと壁が上がっていって、シミュレーターのコックピットのドアが開いた。
眩しい。
閃光のように、外の明かりが俺の目を刺す。
「……本当に死んだかと思った」
よっこいしょ、とシミュレーターのコクピットから立ち上がる。
コックピットの椅子に繋がっていたシッポは自動的に抜けて、ゆらゆらと俺の腰の下で揺れる。
この生体ケーブルは装着者の脳波を感知して、勝手に動く。
基本的には力無く、ぷらーんと垂れ下がっているだけなのだが、脳波が乱れるとそれに反応して動く。
俺は身を屈めながら外に出た。
シミュレーターはその部屋の両側にずらっと並んでいた。
数は100はあるだろうか。
俺の使ったシミュレーターはちょうど部屋の真ん中ぐらいにあった。
こうして白いシミュレーターがいくつも並ぶ光景は、まるで培養器が並んでいるかのようで、培養器の中で俺がぷかぷかと浮いているアホな光景を想像してしまった。
まあ、病室みたいな雰囲気だから仕方がない。
何人かの生徒が、ぴっちりとしたパイロットスーツのまま、体育座りをしている。
その暗い表情も相まって、病室みたいに感じる。
……というか、パイロットスーツは何度見てもエロいな。
紺色のスク水みたいな色のパイロットスーツは、かなり体の曲線が出る。
体表から電気信号を送受するためなのだが、もはや科学的とか軍事的とかいう言い訳で、女の子にこういうスーツを着せてるんじゃないだろうかと疑ってしまうほどにエロい。
別にこれは俺だけがそういう性癖を持っているわけじゃなくて、ごく一般的な考えだと思う。
なぜなら、このパイロットスーツのコスプレ衣装は、結構出回っている。
ABCパイロットはこのスーツを着て、メディアに出るので、知名度は抜群である。
そして破壊力も抜群である。
「有栖川、調子はどうだ?気分が悪かったりしないか?痛みは?」
俺がパイロットスーツの上に制服を着ていると、パイロットスーツではない普通の黒いスーツを着た女性教官がやってきて、矢継ぎ早に質問してきた。
シミュレーターでの戦闘訓練は、全員初めてだった。
中には体調が悪くなった子もいたらしかった。
たしかに、あんな強烈な痛みを叩きこまれたら、体調も悪くなるというものだ。
下手すりゃトラウマだぞ。
まだ俺の皮膚は焦げたりしてんじゃねえかと思う。
直撃した砲弾が、紅蓮の炎を撒き散らし、俺の皮膚の全部を無理矢理剥ぎ取っていく感覚。
それが肌にこびりついているように感じる。
まるで今の俺の体は実体を持っていないかのようだった。
「ええ、大丈夫です。気絶してたみたいですけど」
俺は教官に笑って答えた。
空元気だけど、カッコつけたがるのが男の子だろ。
「そうか。よかった。体調不良を訴える者も結構いてな……」
そりゃそうだろう、と心の中でツッコミを入れる。
質問事項が終わって、17時までは自由行動だと言って教官は次の生徒の方へ歩いて行った。
真っ白の卵みたいなシミュレーターが低い音を立てて稼働しているのがわかる。
この前でぽかんとしていても仕方がない。
俺はシミュレーターのデータを見ることのできる、巨大なモニターがある隣の部屋に行くことにする。
シミュレーター室のドアは(というかこの建物の扉は)すべて自動ドアで、俺が近づくとプシュッという音を立てて、勢い良く開いた。
すげえ!近未来みたい!とか入るときは思う余裕があったのだが、今は微塵も無い。
ただただ気分が悪い。
うぇ。
心の中でえずいて、俺は自分を抱くようにして両腕をさすった。
部屋の外の廊下も近未来的なデザインで、無機質だけどほんのり暖かそうな白で染まっている。
そんな廊下でも何人かの生徒がぼうっとしていた。
まるで野戦病院みたいだ。
ある生徒は両手をじっと見ながら、ずっと握って開いてを繰り返している。
ある生徒は天井を見つめたまま、深呼吸を繰り返している。
ある生徒は体育座りをして、膝に顔を埋めて微動だにしない。
それぞれがそれぞれの方法で、さっきのシミュレーターで受けた心の傷を癒しているようだった。
俺の目線に気付いているような女子は1人もいない。
ある程度ショックが加減された感覚らしいが、さすがに一度死ぬ体験はキツい。
かなり痛かったしな。
そういう俺はぼーっとそんな彼女たちを見ていた。
彼女たちは制服を着る精神的な余裕もなかったのか、パイロットスーツのままだった。
そう、そのぴっちりとしたダイバーが着るようなスーツだ。
まあ、それよりは機能的で、ちゃんと最先端の生体工学とかに基づいて考えられているんだと思うけどなあ。
なんでなのかわからないけれど、これ蒸れないし。
「いやいやいやいやそこは蒸れるのがいいんじゃないかわかってないな開発者は!」と憤慨したのはきっと俺だけではないだろう。
この地球上50億人の半分くらい、つまり男性は憤慨したと思う。
でも「このデザインってセクハラじゃない?」という皐月の言葉に同意しかできなかった。
蒸れてても蒸れてなくてもぴっちりとしたそのスーツはいいものである。
雲に陰る月も、煌々と照る月も、どちらも美しいのには変わりないように、だ。
うん、いいこと言ったぞ俺。
そういうわけで、俺はパイロットスーツ姿の彼女たちを網膜に焼き付けることにした。
それはつまり学術的に考えて貴重なシーンだという判断と、俺の股間、じゃなかった、俺の精神的な安定に繋がるという判断の結果だ。
そういうことなので、俺も精神に傷を負ったふうに見せかけて、じっくりと観察しよう。
いや傷を負ってないわけではないけれど、つまり、その、そういうことだった。
そういうふうにしてぼーっと突っ立っていると、背後でプシュッという音が鳴って、ドアが開くことを知らせた。
俺はとっさに退いた。
開いたドアから、吐瀉物に塗れた女の子が出てきて、泣きながらトイレに走っていった。
甘酸っぱい、吐瀉物の臭いが辺りに漂う。
思わず鼻をつまみそうになった。
……が、紳士はそういうことはしないのである。
そういう臭いも楽しんでこその紳士だからだ。
……あ、無理、普通に臭い。
紳士の道は遠い。
紳士の道は遠いが、鼻をつまむことだけは回避した。
頑張ったぞ、俺。
変な顔はしてたと思うけど。
しかしまあ、高校生の年齢の女子に一度死ぬ体験をしてもらうなんてのは、だいぶ酷な話である。
男子だからといって酷じゃないということでもないけど。
でも、これから訓練生としてこのABC学園で生活をしていくのだから、死ぬ覚悟というものはしておかなければならないのだろう。
死。
FPSのゲームを友達の家でやったことがあるが、そんなものとは比べ物にならない臨場感と、そして恐怖だった。
感覚が、皮膚にまだこびりついている。
脳の奥が焼けて、変な臭いを放っているように、鼻の奥が熱い。
自分が肉の集合体で作られているということを嫌でも自覚させられる。
タンパク質が焼ける臭い。
焼肉の臭いは当分の間は遠慮したい。
俺はその感覚を払い落とすように、再び自分を抱くようにして腕を擦った。
少し寒気が和らいだように感じた。
擦ったせいで暖まったからか、時間が経ったから薄らいだのかはわからない。
しかし人間の体っていうのは不思議なもので、普段の調子に戻ると、今までの緊張感で感じなかったものが明確に感じられるようになる。
明敏に研ぎ澄まされた感覚が、体に巡る。
冷や汗がじんわりと滲む。
呼吸が浅くなる。
鼓動が早まる。
やばい。
頭の中が1つのことでいっぱいになる。
手が震え出す。
足元がおぼつかなくなる。
焦点が合わない。
気付けば俺は走り出していた。
俺は……。
俺は……!
トイレに行きたい!
トイレ!おしっこ!小便!
湧き上がる尿意を抑えながら、俺はトイレまで走った。
テスト残り10分とか、待ち合わせに遅れそうとか、そういうときに脳内で流れるどこかで聞いた題名の知らないクラシック音楽が、いつの間にか頭の中に鳴り響いていた。
男性トイレは、このABC学園の特性上、数が極端に少ない。
教官も全員女性だ。
必要ないものは作らない。
なんと効率的なのだろう。
その効率化の弊害が、今まさに俺の股間に迫っている問題だった。
一番近い男性用トイレは……。
……あ、駄目だ。
一番近くても目算で500mはある。
……無理じゃね?
いやいやいやいや!!
諦めたら試合終了だって昔の人は言いましたっ!
人生の試合が終わりそうなんだよこっちは!
諦めんなよ!
もっと熱くなれよ!
間に合え!頼む!
頼む!
女の子の前で漏らすという行為だけは勘弁願いたい!!
そんなもんどんなプレイだっつうの!
……プレイか。
そう考えるとアリかもしれない、という考えが掠めるが、無視!
無視!
無気力!無関心!無感動!
周囲が馬鹿にするから感情を表に出さないだけだ!
違う!
無遅刻!無欠席!
優等生!違う、そうじゃない!
無病息災!
いかん、混乱してきた。
俺は半分泣きながら走った。
***********
最初は憧れだった。
1955年。
ベトナム戦争の5年前。
初めてABCが戦場に駆り出される前。
そのときにフランス軍に新設されたABC部隊。
ABCは祖父の仕事場に突然参入した新兵器だった。
当時、陸軍の少佐で、同期の中でも出世頭だった祖父に任されたのは、新設されるその部隊の隊長だった。
祖父はそこでABCと、そして祖母と出会ったそうだ。
そして母も、同じ道を歩んだ。
私は母と祖母の話が好きだった。
ABCを駆る感覚、まるで自分が大きくなって、自分が跳んでいるかのような感覚。
ABCに備わっている精神感応システムがどういうものか。
2人はABCについてとても魅力的に語ってくれた。
そして父は、……仕事で家を空けがちだったけど、母がどれだけ魅力的だったかを語ってくれた。
私の中で、ABCとは夢の乗り物だった。
その幻想は、今日のシミュレーターで完全に打ち壊された。
私は精一杯ABCの勉強をしてきたし、そして留学のために日本語もちゃんと勉強した。
なのに。
なのにあの調子に乗ったユウとかいう男。
あいつに負けた。
ありえない。
悔しくてたまらない。
40mm機関銃でボコボコに撃ち抜かれた衝撃と、何より悔しさと。
他にもいろんな感情がごちゃ混ぜになり、私はシミュレーターを降りて走りだした。
そして誰も使っていないであろう、シミュレーター室の、何階分の階段を登ったか分からないが、上の方の階のトイレに駆け込んで、泣いた。
他の生徒が吐いたり、漏らしたりしたせいで、一階のトイレは使えなさそうだった。
もし空いていても、私はきっとそこには行かなかっただろう。
誰にもこんな姿は見られたくない。
正直に告白すると、今も泣いている。
涙が止まらない。
悔しかったからか、怖かったからか、夢に現実を叩き付けられて驚いたからか。
私は唇を噛み締めながら、静かに、音も立てずトイレの一室で泣いていた。
「ママ……、悔しいよ……」
首に下げたロケットを握りしめて、母国語、フランス語で呟く。
母は第三次世界大戦で戦死していた。
敵の最後の第四世代ABCと相打ちになって、エジプトで死んだと伝えられた。
遺体は帰ってきていない。
きっと何処かで生きている。
そんな望みはもう薄い。
自分でも理解している。
でもそれでも私は認めたくない。
それは母に対する冒涜だと思うからだ。
再婚した父を責めるつもりもない。
だが、この私の心の問題は、ずっと守っていくものなのだ。
いつか自分で母とのことに決着をつけるまでは。
それまでは私は誰にも負けたくない。
悔しさを振り払うように、涙を腕で拭った。
ほとんどそれと同じタイミングで、どたばたと騒がしい足音と、トイレのドアが開く音が聞こえてきた。
誰だろう。
私と同じように、隠れて泣くつもりで来たのだろうか。
そう思うと、なんだか親近感が湧いた。
ここに通っている生徒で、第三次世界大戦で親族を亡くしたという人は少なくない。
私は一人じゃないんだという思いが、どこからか背中を押してくれた気がした。
***********
結論から言おう。
トイレには間に合った。
バレなきゃいい、という単純で馬鹿な思考回路から導き出された答えは、誰も使ってなさそうな女子トイレに行くというものだった。
「はあ~、間に合った……」
作戦は成功した。
走りながらパイロットスーツのジッパーを下げた作戦も結果的に功を奏した。
途中で人に見られていたら間違いなく通報モンだったけれど。
やらないか、とかそういう単語が浮かんできたけど気にしないことにした。
いやたしかにトイレを求めて全力疾走していたけどさぁ。
まあ、それは置いておこう。
というかあまり考えたくない。
あと、一階にちょうどエレベーターが一階に来ていたのも大きい。
とにかく幾多の幸運の上に、俺は安堵感と共に盛大な独り言を放ったのだった。
今日はツイてる。
いくらシミュレーターで何度も練習したとはいえ、初めての戦闘訓練で4機撃破はなかなかのものだろう。
……しかし、この独り言がまずかった。
「だ、誰ですか!?今の声、まさか……!?」
カッカッカッ、という硬い足音が聞こえ、それが俺のトイレの個室に近づいてくる。
嘘だろ!?誰もいないと思ってたのに!!
まずい。
鍵なんてかけてないぞ!
「ちょ、待って!」
反射的に横開きのドアの取っ手を握る。
素早く鍵を閉めるという発想は、パニックになった役立たずの俺の脳みそが弾き出すには荷が重すぎた。
さらに不幸なことに、俺はズボンをずり下ろした状態で、つまり足が十分に動かせなかった。
上半身だけがドアに間に合う。
結果、一瞬だけ持ちこたえた。
俺のささやかな抵抗のせいで意外に重かったドアは、しっかりと力を入れて開けようとした彼女にいとも簡単に開けられた。
とっさに作戦変更。
俺は股間に手を伸ばして隠す。
そう、もはや抵抗は無駄と諦めた。
「ちょっとあなた!ここでな、……に、を……」
もう最悪。
不幸中の幸いってのが、彼女、クロエは叫んだりしなかったことか。
「きゃー!!」
あ、叫びやがった。
********
不幸中の、不幸中の幸いはあった。
ここ最上階からの叫び声は、トイレと廊下の間にはドアがあったので聞こえなかったようだった。
そしてクロエは逃げ出したりせず、俺がいた個室の前で呆然と立ち尽くしていたことも幸いだった。
なので、何とか言い訳することができた。
駆け出されて、わーわー喚き散らされたら、完全に俺は社会的に死んでいたことだろう。
ああ、神様ありがとう……。
「…………」
「…………」
神様、ついでにこの苦しい状況もどうにかしてくれないですかねえ。
クロエが「そうだったんですか……」と俺の言い訳に一応の納得を見せてから、2人は女子トイレの前で無言で向かい合っていた。
傍から見れば何とも奇妙な光景だろう。
誰もいない廊下で向かい合う男女。
おお、まるで告白のシチュエーションじゃないか!
クロエは顔を赤らめているし、……うん?
なんだかクロエは泣き腫らしたように目が赤い。
それに鼻水をすすったのか、鼻も赤い。
肌が透き通るように白いので、それが顕著だ。
「……泣いてたのか?」
あまりの気まずい空気に耐えられず、俺はつい思ったことを口に出してしまった。
どこに行ったデリカシー!
ちょっと待って!プレイバック!
今の言葉プレイバック!
クロエはびくっと体を震わせ、俯いた。
しまった!最悪だ!
空気を読めよユウ・アリスガワ!お前は日本人だろうが!
Noと言えない国民性はどこに置いてきた!
「あ、その、ごめん……なさい……」
そう、それでいい。
謝ることは大切だ。
誠心誠意、心から謝れば、……まあたぶん許してくれるだろう。
許してくれるんじゃないかな?
許してくれたらいいな。
「……いえ、事実ですから」
……心の底からごめんなさい。
くそっ、かわいい女の子を泣かせるなんて、俺はなんてクズなんだ。
死ね!俺、死ね!
「あの黒燕はあなたが乗っていたのですよね?」
クロエは俯いたまま、急にこんなことを言い出した。
あの、ってことはアレか。
たしか俺が撃破したスノウレオのパイロットは、クロエ・ジュベールとあった。
ああ、見たときは気付かなかったけど、そういえばクロエって書いてあったなあ。
撃破されたことが衝撃的すぎて忘れてたけど。
「うん。ということはあのスノウレオは……」
表示されていたし、同姓同名ってこともないだろう。
それでも俺は聞いた。
いくらか言葉のキャッチボールをしておきたかったってのもあるけど。
「ええ。私です」
…………。
さて、ここで会話が終わってしまった。
うーん。
どうすればいいんだ、この状況。
俺は他の人のシミュレーターの様子も知りたいぞ!
帰りたいと思っていると、クロエが顔を上げた。
「悔しかったです」
「……はい?」
「とても悔しくてたまりません。今度は負けません。今度は、私が、勝ちます!」
青い瞳は俺の両眼を射抜くように、挑戦的な視線を放っていた。
睨む彼女は、美しかった。
俺はそれを笑って迎え撃つ。
「いいや、今度も俺が勝つね」
「ふん!望むところです!」
彼女もにやりと笑った。
********