アラブ系美人シーラ・シェメルと、入学後早くもレズバレしてるセリーナ・フリードリヒ・フォン・シュルツと、ライムとカエル
シーラのその蠱惑的な目線の先には、セリーナがいた。
瞬間、セリーナは箸を置き、料理を残したまま席を立った。
気まずい雰囲気が流れる。
……セリーナがなぜ席を立たなければいけないのだろうか。
当のシーラは「え、何あの態度?何?」みたいな顔をしている。
「……クロエ、セリーナってどこ出身?」
「旧東ドイツです」
「あー、それで……ね」
東ドイツは共産圏の国だ。
いや「だった」と表現するのが正しい。
すでにドイツは統一され、今ではEUトップの経済力を持っている。
EU内で担当している軍事力もトップクラスだし、クロエの出身国フランスとのツートップと言っても過言ではないだろう。
むしろフランスの方が一歩劣るかもしれない。
とにかく、歴史的に見て、セリーナとシーラには確執があるわけだ。
主に第二次世界大戦の最中にあった、ユダヤ人虐殺という大きな問題についてだ。
「でも、もういいんじゃねーの?もう七十年以上も経ってるんだぜ?」
「単純な時間経過で終わる問題でもありません」
クロエの目と口調は厳しかった。
「あなた方と私たちのように剣を交えた結果であれば、禍根はお互いのもので、笑い話にもなりましょう。ですが、彼女たちの場合は一方的なものでしたから」
何を言うか。
お前らんとこはただドイツにボコボコにされて、ヴィシーとドゴールで内部分裂起こしてただけじゃねえか。
うちとは一瞬たりとも交えてねえっつうの。
とは言えんので黙っておく。
一応、植民地云々でほんの少しだけささやかな交戦があったのは事実だし。
ぼくは勉強ができない。けど空気は読める。
「……たしかに、お前んとことシャーロットんとこくらいの関係なら、喧嘩するほど中がいいって感じだからなぁ」
「そうですね。でも正直に言って、本当に虐殺とか関係ない世代になっているわけですし、笑い飛ばせないといけないと思うのですが……」
なるほど。
たしかにシーラも「え、何?」って感じの顔をしてたし、そうなのかもしれない。
シーラにとっては自虐風の煽りだったのかもしれんが、それがセリーナにとっては違うように受け取ったってことか?
まさかいじめられてる?
いや、そんなことはないと信じたい。
それにいじめはたぶん無いだろう。
もしいじめられているなら班長にはなれないはずだし、もしなったとしても機能不全になっているだろう。
こないだの山での模擬戦で健闘できたことから、その線は外れる。
「うーん。まあ、苦手なやつとかノリとかってあるからなぁ……、変に孤立しなきゃいいけど」
「私はシャーロットさんは苦手です。何かと突っかかってきますし」
クロエが片頬に手を当てて言った。
主婦みたいな仕草だ。
シャーロットを流し目で挑発さえしていなければ。
いや、むしろ挑発してるほうが主婦っぽさが出てるかもね。
井戸端会議から発展する主婦同士のドロドロとした確執とか。
「突っかかってきてるのはあんたの方でしょっ!」
まんまと挑発に乗ったシャーロットがクロエに突っかかる。
ちょろい。
どうだろう、このままチョロインとして俺のヒロインキャラになってはくれないだろうか?
「えー?そんなつもりはなかったのですけど。まあ心の中に劣等感を抱えていては、普通の言葉も挑発に聞こえてしまうのですね」
「はあ?あんた超ムカつくっ!つーかカエル食ってる連中が超ムカつく!帰結的にクロエ超ムカつく!」
「私、カエルなんて食べたことないんですが、まあ、シャーロットさんの郷土料理に比べれば……、ねえ?」
「比べれば何だっていうの!?」
「……楽しそうだよな、こいつら」
俺が香織に目線をやると、困ったように苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。
騒いでいる2人を尻目に、俺はさっさと残りの刺し身を口の中に放り込んで、外へと抜け出す。
皐月だけが俺を目線で追っていたが、追いかけてくるつもりはなさそうだった。
食堂として使われている宴会場の外は、廊下にあたる。
廊下は一本で、片方は外に面していて窓ガラスがズラーっと並んでいる。
突き当りは出口になっていて、ガラスの嵌ったアルミの扉で閉じられている。
セリーナはその一方のアルミ扉から出るところだった。
俺はそれを追う。
アルミ扉を出れば外だ。
セリーナはアルミ扉を出たところにいて、俺を待ち構えていた。
「……何の用だ」
ぶっきらぼうにセリーナが言った。
澄んだ青い瞳が、俺の心を突き刺す。
そりゃもうブスブスと穴だらけに。
「あ、いやぁ、外の空気を吸おうかと……」
「……そうか」
「そうそう。すぅー、はぁー。うーん、北海道の空気は美味しいなあ!」
「…………」
いたたまれない。
何ともいたたまれない空気が流れている。
ええい!空気の味なんぞわかってたまるか!
俺は空気ソムリエか!
ノリツッコミか!
ちくしょう!
「あー、えーっと、セリーナってすごいよね?スーツの機能を引き出せたらしいじゃん?」
「…………」
返事はない。ただの無視……、いやいや、まだわからん。
俺の真意をはかりかねてて、ちょっと言葉に出てないだけかもしれん。
諦めんな!北京だって頑張ってるんだから!
「いやあ、俺も引き出せたっちゃ引き出せたらしいんだけど、よくわかんなくてさー。コツとかあったら教えてくれる?」
「…………」
返事はない。ただの無視……、いやいやいやいや。
まだわからんよ?全然まだ余裕あるよ?
てか?むしろこっからっていうか?
マイナス10度でもシジミとか全然取るし。
もっと熱くなるし。
な、泣いてないし。
「あー…、も、もちろんタダでとは言わないよ!何か、えーっと、ジュースとか奢るよ。マジで」
「…………」
「…………」
はいっ今死んだ!今俺の気持ち死んだよ!
いっそ殺せ!!!!
なんだこの空気は!
なぜ俺が気を使わねばならんのだ!
むしろこいつの方が俺の好意をありがたく受け取って、はにかみつつ「ごめんね、気を使わせちゃったみたいで……」とか言うべきだろ!
そこからお悩み相談になる流れだろ!?
くそっ!亜梨沙を助けたからって調子に乗るんじゃなかった!
いやほんとアレはいい感じに進んだんだけど、その流れがいけるかっていうと無理やん。
てかあんときもよくいけたなぁ。
完全に勢いしかなかったわ。うん。
むしろ何をもってしていけると思ったのか1分前の自分を問いただしたい。
小一時間問いただしたい。
逆に亜梨沙のときはよくいけたわホンマ。
何が要因でいけたんやろか?
「す、すまない。何か気を使わせたようだ……」
さすがに俺がしゃがみ込んで暗い雰囲気を放ちながらブツブツ言っていると、セリーナが声をかけてきた。
よっしゃ!作戦勝ちや!
一緒にいろんなものを捨てていた気がするが、ここは素直に局地的勝利を喜ぼう。うん。
ふっふっふ。
さすがの「無視の冬季戦」も、俺の「気分が斜行戦術」には勝てんかったようやな……!
「ああ、その、あー…」
しかし、何と言って切り出そうか。
今回の問題はどうも根がかなり深そうに思える。
七十年前のこととはいえ、気にしているやつは気にしているだろうし、気にしないやつは昨日のことだって気にしないだろう。
「シーラも、なんつうか、嫌がらせで言ったわけじゃないぜ?」
「……で?」
「え?」
「で?それだけか?」
「あー…、まあ、そんだけだけど」
ここで「で?」とか言われるとは思わなかった。
何これ?
ウザいナンパを断る感じのその、つまり、俺がまるでナンパしてるかのようなその雰囲気!
俺が悪いのか?
やめて!いたたまれない!
まるで「かーらーの?」を連呼される感じいたたまれなさだよ!
やめて!もう俺のライフは0よ!
何が気分の斜行戦術だよクソが!
カッコつけても何の意味もねえよボケ!
「そうか。君は彼女に、その……、シーラに頼まれて来たのか?」
セリーナが頬をほんのり赤く染めて言った。
色素が薄いので目立つ。
「え?あ、いや、自分の意志で来たけど……」
え、てかなんでそこで頬を赤らめんの?
そこはアレやろ。
俺が追いかけてきた時から染めるべきちゃうの?
「……チッ」
し、舌打ちいいいいい!?
ななななななんで舌打ち!?
何?何か俺悪いことしたん?
ウザいッスかね?
いきなり話しかけてウザいッスかね?
「ご、ごめん、何か機嫌悪いみたいだし、俺は戻るよ……」
「ああ」
ああ、て!
ああ、って!
機嫌悪いこと全面肯定やんけ!
くそっ、三十六計逃げるに如かずや!
******
宴会場に戻ると、俺の席にはすでに他の人が座っていたので、適当に空いている席に座る。
くそぅ……、セリーナ……。
俺が何をしたっていうんだ……。
俺はそりゃあもう死んだ魚の眼で適当なところに腰をおろした。
「ゆ、優、何があったの?」
体育座りでいじけていると、亜梨沙が心配して声をかけてくれた。
嬉しいヤッター!
でもこんなに簡単にこちらの策にハマる彼女を見て、将来が心配になる。
将来、ミュージシャン目指してるとかいうDVフリーターと別れたいとかなんだかんだとか思うけど、結局「彼には私がついてなきゃ」とか思って別れられなそう。
完全にお節介な上に下世話ですね。はい。
でもその彼女の母性が、好意が素直に嬉しい。
泣きそう。
「いや、別にぃ?何もないですけどぉー?」
でも俺は強がった。
あともうちょっと構って欲しかった。
たぶん後者のほうが8割くらい本音である。
「それ100パー何かあったセリフじゃん」
亜梨沙がくすくすと笑いながらツッコミをいれた。
かわいい。
亜梨沙、俺のこと誘惑してんのかな。
今晩いけるかな。
「なあ、セリーナってどんな子?」
「えー?何?あの子狙ってんの?私にしときなよー」
「狙うってなんだよ」
笑い飛ばして、最後の言葉は聞かなかったことにする。
難聴系主人公万歳!
というよりアレだからね。
ここで具体的な返事をすると、停学食らう行為を致すことになるからね。
間違いなく致すことになるからね。
俺、間違いなく据え膳食うからね。
かき込む勢いで食うからね。
あと突撃一番がないからね。
あったらね。
そりゃもう突撃するんだけどさ。
ないからね。
責任取れないしね。
身体を欲望に任せた時に、貧乏クジを引くことになるのは女の子の方だしね。
だからこそ、男の俺は責任と自制心と、あとちょっとの涙をもって、暗い欲望を心に押し沈めるのである。
でも口なら……。
……いや、ダメだ。
絶対にズルズルと悪化していくパターンや。
最終的に妊娠が原因で学生辞めることになるやつや。
そうなるのはマズイ。
そういうのはちゃんと合意の上でリスク管理した上で……。
ん?
じゃあリスク管理できたらいいのか?
いやいや……。
「セリーナってあれだよね、ドイツの」
「え?」
おっと。
完全に聞いてなかった。
有史以来、女性は男性を惑わすものと言われているが、確かにそれは正しいかもしれん。
聖書にも書いてあるし。
……ん?蛇だっけ?
まあ、ただ単に俺に雑念が多すぎるだけのような気もするが、それは考えないことにしよう。うん。
「だから、さっき不機嫌そうに出て行ったのを追いかけてったでしょ?」
「あ、ああ、なんか孤立してるっぽいし、なんとかしてやりたいなーって思ってさ」
「何?優って人助けが趣味なわけ?」
非常に不機嫌そうに亜梨沙が言った。
「趣味ってわけじゃないけど、孤立するのって辛いだろ」
俺の言葉に、亜梨沙が目を上に泳がせる。
何か思い当たることがあるのだろう。
具体的にはこないだの山のアレとかね。
「……まあ、わかんないわけじゃないけど」
「結果的に人助けになってんのかもしれないけど、基本的に俺はいじめとか嫌いだからさ」
「はいはい。わかったわ。優がしたいっていうなら、私は何も文句言わないけど」
亜梨沙がやれやれ、といった感じに力なく笑った。
彼女は何が不満なのだろう。
もっと文句があるなら言ってもいいのだと思うのだが。
……まあ、彼女が言わないと決めたことに口を出すつもりはない。
きっと俺の信頼度が低いから、その本心を教えてくれないのだろう。
精進せねば。
「……忍びねえな」
「構わんよ……、だっけ?」
俺は亜梨沙とハイタッチをした。
ネタが通じるって嬉しいよね!
「あ、でもセリーナは絶対やめといた方がいいよ」
「なんで?」
「あっ、これ言ってもいいのかな……?」
亜梨沙が誰かに助けを求めるように視線を泳がせる。
「えっ、何それ。結構マズイ系?」
「えー…、そういうわけじゃないけど……」
どうも歯切れが悪い。
湿った海苔みたいな歯切れの悪さだ。
今俺が、誰かが残した鉄火巻きをつまみ食いしてるから、そう感じるのかもしれんが。
「言ってもいいんじゃないー?」
そう言ったのはシーラだった。
「うーん……、いいのかなぁ」
「いいわよー。別に隠しててもいずれバレるでしょー?」
「そうよね。……あのね、優。引いたりしないでほしいんだけど、セリーナってね、あの……」
ここまで言われれば、すでにピースはすべて揃ったようなもんだ。
「女の子が、好きみたいなの……」
その非常にリアクションに困る回答に、俺は「ああー…」程度のことしか言えなかった。