~序章~
夏の7月の末に近いというのに、夜は少し肌寒く、強い風がマンションの周りを吹き抜けた。
空には真っ赤な月。
真ん丸な満月…
その光に星達は霞み、月は毒々しくも鮮やかに輝きを誇っている。
そんな夏の月夜。
ある高層ビルのマンション。
その最上階の一室。カーテンはキッチリと閉まっている。
そのため、外からのまばゆいネオンの光は遮断され薄暗い部屋になっている。
家具はソファのみで、人が生活したような生活感はない。
寝起き出来ればいい。そんな気持ちが表れたかのような一室…
風で靡くカーテンの隙間から、わずかにネオンの光が、中にいる者を映し出した。カーテンは閉じてはいるが、窓は全開の部屋の中。
一人の人影が立っている。
深く被ったフード。長いローブが全身を覆っているため、男女どちらかはわからない。
ヒラヒラと、はためくローブの中に包まれた人影がポツンと一室の真ん中に立っていた。
その人らしき者が、ゆっくりと…腕を揚げ壁に向かって人差し指を示す。
そして、近づくかねば全くわからないぐらい…小さな小さな声で何事かを呟いた。
その声に反応し、人差し指に付けられた指輪の宝石が輝きだす。
美しい翡翠のような宝玉の中心から徐々に徐々に、淡い優しい翠色の光が漏れだした。
人影が更に何かを呟くと、瞬く間に光は指先に集中する。
その光を使って長方形を壁に描くと、その形にモニターが浮かび上った。
モニターの光は薄暗い部屋を照らし何もない部屋が浮き彫りになる。
そして、ザーッザーッとノイズ混じりだが、壁にテレビの様に映像が映しだされる。
何度も不快音が続き、部屋に響いた後
唐突に
『プツン』
という音と共に、画面が切り替わり、歪んだ女性アナウンサーが映しだされた。
途切れ途切れになりつつ、アナウンサーの声が暗い部屋に響く。
『以前から……されていた………地層から……の遺跡が見つか…ました。
…………と、とても貴重な………遺跡の宝物が発見され………
今度………博物館に展示される事が決まりました。
……』
一瞬、本当に一瞬だったがそのお宝や遺跡の映像が流れた。
その瞬間……見ていた何者かがほくそ笑み呟く。
『………………』
その声はマンションの周りを吹く風に掻き消された。
しかし、その影は確かに笑っていた。
時間は夜中の0時。
夜空は晴れて月が輝いて見えている。
それなのに、遠くから雷の音が響いてきた。
何かが起きる前兆のような、…そんな夜…
その部屋だけが、異様な雰囲気を漂わせていた…
――――――――
朝の光が散々と輝き今日も一日が始まる。輝く太陽!青々と天に葉を伸ばす草花。地面は生き生きとした植物達に埋めつくされていた。
そんな気持ちのいい夏の朝。
『新しい朝がきた♪
き~ぼうのっあさ~だ♪』
「希望ってなんだっけ?」
そんな社畜にも成り下がれない男は呟いた。
夏の暑い最中、バイク乗り特有の長袖の真っ黒な服を装備している。
見た目はとっても暑そうだ。
そんな社畜にも成り下がれない彼にとっては、糞っ喰らえな歌詞が遠くから響いてくる。
きっと誰かが朝からラジオ体操でもするのだろう。
ブラック企業の社畜達にとっては、この朝の光が差し込む度にウ゛ァンパイアの如く悲鳴が込みあげてくる。
このまま砂になれれば……なんて、つい考えてしまう。
しかし今日の彼は違う。
いつもなら、
今日も始まる通勤ラッシュ…
圧縮された布団の如く潰されて、押し上げられ足は浮き、停車駅で宙を飛びかける恐怖を味わう。
ジャパニーズTUKINラッシュは正に地獄。
男なのに男に痴漢される。痴女も困るが……
通勤ラッシュを乗り越えて、ようやく着いた会社。
仕事は、狂ったクレーマーからの毎日の様にかかる電話。
クズった上司は自分のミスを責任転嫁し定時帰宅。
そして鬼のサービス残業…
毎日が…何を頼りに生きているかわからない……
生きがいがないんだ……
そんな日々とも今日でお別れ♪
日の光に輝く美しいバイク。
男気を感じさせる車体。
中型?いいえ。私はスピード狂。
愛する…大型バイクを見つめ、一人の青年が忙しなくバイクを磨いていた。
ツヤツヤと、まるで新車のように輝くバイク。
とても大切にしているのが良く分かる。
そっと、その冷たい機体に手を乗せ撫でる。
うっとりと、ため息をついた。
正直この為に生きてきた、なんて思うぐらい愛している。
アメリカンバリバリのこの機体…
ずっと貯金してようやく手に入れたマイ愛車。
むしろ嫁…奥さん…マイハニー色々呼び名はあるが…まぁ奥さんでいっか。
一人頬を赤らめた。
バイクを撫でながら頬を赤らめている青年なんて、傍から見たら変人以外の何者でもないが…
見た目よければだいたいドウトデモナル。
まぁそんな事は、一切この青年の頭にない。
愛する車体のことでいっぱいだ。
いつもならば、会社の社畜に成り下がりに行く事でいっぱいで口を開けば愚痴しかでない。
社長なんて糞喰らえ。
あの見た目KONISHIKIの内弁慶が…っと愚痴しかでない。
まぁいま愛する奥さんいるしいっか♪とほお擦りをしだした。
「鼻の下が伸びてるぜ…」
何か人っぽいものの声が聞こえた気がするが、鍵を挿し、エンジンをかける。
『ブォン!!』
素晴らしい爆音が周りに響いた。
Mr.近所迷惑の称号が貰える勢いの音に聞き惚れる。
正にヲトコのロマン…。
「素晴らすぃ。」
「いや…悦に入ってるところ申し訳ないんだけど……オーイ兄貴?」
トントンと肩を叩かれるが気にしない。
目の前で手を振られるが
「いや…気にして…」
「やだ」
「やだって……やだじゃないって!今日は遅番だから学校まで乗せてってくれるんだろ?今日は坂口先生にも兄貴が来るって伝えてんだぜ!」
そう言って紺色のブレザーを着崩し、タバコをプカプカとふかせた不良生徒が喋っている。
「猫のように大きな漆黒の瞳に、長く重なりあったバシバシの睫毛。
掘りの深い顔。男らしい引き締まった筋肉。その上、生徒会長で人気があってファンクラブがあるんだから糞喰らえだ。リア充爆発しろ。むしろもげろ!」
カッと見開いた目が憎しみを顕にしている。
「いや兄貴だってモテんじゃん!」
「この…リア充が…」
我が弟が、何やらふざけきった事を抜かしているが…
カッと更に大きな目が開かれる。
「周りにいる女が女と呼べないゴリラもしくは異常者!!
目がねにGPSがついてて、
居場所がバレた日の恐怖よ!!
携帯電話はハックされ、内容はダダモレ…な上に
『アタシ……トモエ。今…貴方の後ろにいるの…』
なんて後ろに居られたんだぜ!即座に警察にお持ち帰りしてもらったが……」
ズーンとテンションがガツンと落ちる兄貴。
見た目は結構モテる系なんだが……絶望的に女運が悪い。
そうモテるが変人かキチ〇イ以外で、何故かモテんという悲惨な事態を繰りひろげ絶賛女性不信だ…
憐れみも感じるけれど巻き添えはお断りします♪
以前など兄貴は、家を調べられて
『私と貴方の出会いは運命なの♪』
と初対面な上に真顔で言われた日には、正直寒気しかしない。
なんの設定だよ……
マジで…
俺にも飛び火して包丁で刺されかけたので、丁重に警察にお持ち帰りして頂いき、今頃は檻付きの病院だろう…
しかも旦那と子供がいたそうだ…
まぁそんな事はいい…ここで、そんな戯れをしていたら遅刻する…
遅刻したら鬼の先輩のシゴキ待ち…
恐怖しかねぇ…
「ともかく兄貴!、早く行こうぜ」
後ろに勝手に跨がると危ないので、少し離れた位置から行動を促した。
「まぁそうだな…せっかくの晴天だ…きっと峠を攻めたら気持ちいいだろうなぁ」
まぁた、うっとりした目でバイクを撫でだした。
俺存在空気……
エンジンをかけたまんま…
だから爆音は鳴り響いたまんま。
朝っぱらから、なんて喧しいのだろう…
そう思ってボーっと立って待っていたら、兄貴は満足したのだろう。
「行くか…」
後ろに跨がるよう指を指された。
「待ってました!」
俺はようやく乗れる事と、後部座席に座れることにワクワクした。
少し不安定で、前の席より高い位置の席は、それだけで見える世界が変わる。
大型なので、人以外に他にも掴むところはあるが、敢えて兄貴の腰に腕を回そうとする。
だって足つかねぇんだもん。
こえぇんだよ…わりぃか!
そんな事は、ともかくと腕を伸ばすと兄貴にかわされる。
ハテサテ?何故だ?
グルリと血走った目で、兄貴が振り返る。
「脇に触んな…」
「ハイ…」
目線で殺されるかと思った…
徐に兄貴はフルフェースのヘルメットを手にとった。
そして兄貴は俺を見つめ、こう言う。
「バイクに乗る前に♪良い子のみんな♪
ヘルメットはもちろん☆フルフェースで☆
ノーヘル、もしくはちゃんと装着しないヤツラ☆
首吊って『●ね』
ってわけでフルフェースを装着しろ。」
ガポッという音と共に、俺の頭はヘルメットに包まれる。
きっと、セットした髪はペッタンコになり蒸れて少しずつハゲるのだろう…
グッバイ俺の毛根☆
そんな俺の心情を無視してバイクは走り出した。
爆音をたてながら…
―――――――
気づくと俺は、冷や汗がダラダラと流れた状態で学校についた。
兄貴は風のようにバイクで、
『峠せめてくるぜ☆ヒャッハー☆』
なんて言いながら俺を降ろして走りさっていった。
卒業生だから顔ぐらい見せていけばいいのに…
なんて思う余裕もなかった。
今日がテスト明けの部活のみの日だから…まだマシだが…
普通の平日じゃなくってマジでよかった……
俺は全身を脱力させて座り込んだ。
兄貴は、とてつもなく荒い運転で俺を振り回し、前の車を煽りまくり…
チンタラ走る原付きを追い回して抜かし…
…そして俺達は…パトカーに追われた。
もちろん部活は遅刻。
先輩方から(先輩達が)楽しいシゴキを約束された。
ため息をつき汗を拭っている。
まぁ校門までの鬼のような坂道を登らなくて済んだだけ良しとしよう。
震える身体を強引に起こして立ち上がる。
「あれ?みー兄?」
背後から聞き慣れた男の声がした。
誰かわかっているが敢えて知らないフリをした。
『ヒュン』
頭の上を何か通り過ぎた。
「チッ」
短い舌打ちが聞こえた気がした。
振り返ると、一つ年下の弟の伸が立っている。
暑い中なのに、体操服長ズボンに上は半袖の格好で、2mぐらいの長さの棒を持って立っていた。
「よう…伸…どうしたんだ…」
弟は俺に指を指し
「狡いぜ!みー兄…あきら兄のバイクに乗せてもらって来ただろ!」
ブンブンとその長い棒を振りながら迫る弟。
「ちょッ!?マジあぶねぇって!!」
俺の顔スレスレの所を、寸前のところでかわす。
「大丈夫!弓で本気でドツいたら頭が割れるだけさ☆」
舌をペロッとだしてウィンクしてきた。
「まあ、そんなことより……」
「そんなことって流すんじゃねぇ!」
俺は弟に突っ込む。
「何してんだ?部活は?サボり?」
完全にシカトされた。まぁいい……
「ふふん…兄貴様に振り回されて絶賛遅刻だ…」
腕を組んでニヤリと笑ってやった。
内心では冷や汗しかでてねぇ。
「大丈夫かよ?みー兄のところの剣道部って、陸自並にキツイんじゃね?
うちも大概だけどさ…」
手をヒラヒラさせながら弟がいう。
「いうな……」
俺はうなだれるしかなかった。
「しかも生徒会の方は?」
「あぁ、あっちは柔道部の顧問とバトルだな…部費増やせやら…なんやかんやで結構揉めてる最中…
まぁ強いからなあのゴリラ」
口にした瞬間ヒラリと俺は宙を舞った。
そして続く衝撃。
『ドゴン!』
「誰がゴリラだ!佐藤!」
噂をすれば影って奴だ。身体が叩き付けられた。体育で柔道が必須科目だから受け身で、マシだがこんなの普通に受けたら骨折れる!っつうの!!
うちの高校は鬼教員ばかりだが、その中で特に5人ヤバい先生がいる。
一人はこの柔道部の鬼ゴリラ。
川口先生。35歳、独身。
体育で柔道の指導もしている。
何人か不意打ちで挑み、返り討ちにあい骨を折られるなど…危険極まりない。
危険度は星4☆☆☆☆だ。
「すいません…ゲホッ失礼しました…」
痛みで息がしずらい…
「次はないからな」
ノシノシと先生がさっていく。
ふぅ…っとため息をつくと
「おい、佐藤!集合だぞ!」
弟を呼ぶ声がした。
「ヤベー!じゃあみー兄!またな!」
弟は焦った様子で全力で走り去っていく。
ツルッ
柔道部がこぼした洗剤で弟は、滑って転びかけるが、即座に態勢を立て直し側転した後にポーズを決め、全力で走っていった。
致し方ない。
なんてったって5強の一人が奴の顧問……
まぁ俺のところもだけど…
あそこは強い+で精神破壊が半端ない。
悪魔のような先生だ。
ぼーっと後ろ姿を見つめていると
『ブィーーン』
後ろから、なにか音がする。
ハッと気づいて、なんとか避ける。
少し掠った。大事な髪が散る。
後ろを振り返ると、我が部活の顧問にして、5強の最強と呼ばれる教師。
体長は二メートル弱にして、体重100kg、全て筋肉。
体脂肪率は一桁で元陸上自衛隊出身。
そのオーラだけで気圧される。
星10☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆だ。
勝てる気しねぇ……
「佐藤、髪伸びたな…刈ろうぜ☆」
ウィンクとグーッのポーズで、バリカンを片手に持つ教師。
他の学校もこうなのか??
誰か違うと言ってくれ……
まぁガチでヤバいくらい強いが性格が温和な分まだマシかな??どうかな?
「いやいや!イヤッス!イヤッス!無理スッよ!髪刈って遊ぶ気でしょ!前なんかめっちゃ酷かったじゃないッスか!」
以前、後輩の髪が落ち武者や矢印になってうなだれていた時は背筋が凍った……
この人はやると言ったらやる人だ…
逃げたい!と思うが、前に何人か脱走した奴らが、髪が無くなって帰還した。
まぁ不良っていう不良は、蔓延らないし真面目にさえしてたら楽っちゃ楽な校風だ。
俺のタバコやらはバレなきゃ問題ない☆
「むぅ…まぁ生徒会やら色々頑張ってくれているしな…仕方ない…チェ…」
心底不服そうだ……
「チェっじゃないッスよぉもう…」
こんな感じでとってもフレンドリーなので問題無用で刈ったり狩ったりする先生よりは幾分マシな面がある。最強だけど……
まぁそれより今一番煩いのは先輩だったりする……
「おい三咲!さっさとこい!遅刻小僧!」
考えていたらすぐこれだ。
先輩の怒鳴り声が響く。
「今、行きます!では先生また!」
ビシッと手をあげ先生と別れた。
ヒラヒラと手を振り返して先生がその場を去る。
道場までは坂道の登りになっており、道場の入口で先輩が待っていた。
「おい佐藤!遅刻だぞ!遅刻するならする前に連絡くれよ!心配するだろ。」
一発目の小言。声が高いから響くし…
まぁ世話焼で、ちょっとオカン臭がする先輩だ。
ちなみに男で眼鏡が輝いている。
頭の髪はない。自発的に刈ったそうだ。
学校でならカット代金かからないし、経済的に良いらしい。
ちなみに、うちの学校は共学だが女子のマネージャーはいない。
女子選手はいるし割と強い。
うちの学校の決まりで異性のマネージャーは、すぐに恋愛関係になって邪魔になるから要らないそうだ。
なので同性の人で、選手を兼任できる人から数名決めている。
道場内を見渡すと、先輩や後輩達が清掃を終え、ウォーミングアップ兼、道具の整備をしていた。
真ん中には、もう一人の顧問にして5強の一人である榛原先生が座っている。
真っ白になりかけのフサフサの髪に、張り付いた優しそうな笑顔。
小柄で初老の雰囲気を感じさせる風貌だが…
油断してはいけない。
この人は、奇襲をかけた生徒複数人を、一人で、ボッコボコにして病院送りした経歴がある。
他にも突けばいくらでも出そうだが怖いから聞かない。
聞いたらヤバいきがする。
星は……不明。
謎が多過ぎる。情報不足だ。
チラリと先生と目が合う。
「おぉ佐藤。遅刻か?」
「すみません…兄貴に送ってもらってたんすけど…渋滞やらに巻き混まれて…」
本当はパトカーに終われていた、なんて口が裂けても言えない。
口から出まかせでお茶を濁す。
兄貴め…
「まぁ、ともかく着替えてこい。」
案外アッサリと終わる問答。
淡々とした調子で先生は鍵を渡した。
もう一度、坂道を登り降りするのは、メンドクセっと思いつつ、着替えと道具を取りに部室に向おうとした。
その前にポンっ肩を叩かれた感触がした。
「佐藤ちゃん、その前に部費をちょっとでも上乗せ出来るよう頑張ってな☆」
ニカ☆といい笑顔で先生は笑う。
目が笑ってないけどね…
「ぜ…善処します」
「頼んだよ☆」
この学校の先生は、割と守銭奴が多いと思う。
俺は坂道を一気にかけおり、部室に向かった。
部屋につくと、相変わらず異臭って言うか臭い。
鼻がもげそうっていうか、カビ生えてね?狭いし臭いし悲惨な部室…
さっさと着替えて外にでる。
荷物を点検すると、これから始まる先輩のシゴキを想像して、脱力しながら、また道場まで走りだした。
―――――――
弟達が部活で汗を流している。
その頃、兄貴は?といえば峠を攻めていた。
会社は有給休暇を使用。
特に、仕事を抱えておらず、会社も比較的に忙しくなかったので、アッサリと許可がでた。
予想外だったので未だにドキドキしている。同僚に対して果てしない罪悪感を、バイクに乗ることで薙ぎ払っていた。
質のポンタ実のヤマダ剛のカサギ変のススノキと言われる中。
俺の趣味は剛のカサギ。
見た目や友人に勧められて初めて乗った時の感覚が今も忘れられない。
コケたショックもデカカッタ……
まだまだ色々乗ってみたいバイクはあるが、如何せん金はない。
次は何にしようかヨダレを垂らしながらみるのも趣味の一つだ。
強い風圧を受けながら、鬱蒼とした山道を駆け抜ける。
道の隣には川が流れており、ガードレールもないから、事故をすれば川の中。
もしくは崖に落ちて死ぬだろう。
それも本望かな…と思いながら峠を走った。
平日のせいか、言うほど車等の通りが少ない。
とても静かだ。
山の中のためか、もう夏なのに少しヒヤリとした空気が心地好い。
ウネウネとしたカーブを滑らかに降って行く。
体を地面と擦れるくらい倒し、華麗に曲がる。
また反対からカーブがくる。
曲がり道を美しく走れた時、得もしない充実感を味わう事ができる。
だから峠攻めはやめられない。
下り坂では、スピード出しすぎて、ちょっと飛んだりもしたが、それも一興。
風と一体化。
その一言を身体で表したかのような走りだった。
いつもの、コースを走りきると、眼前に広がる大きなダム。
木々は風に靡き花の匂いを運んでくる。高い空の上では鳶が自由気ままに飛びかい、草の上では、蝶等の虫達が飛んでいた。
日差しはギラギラと輝き夏を感じさせる。
しかし、山の上の方なので、自然と吹く風がとても気持ちいい。
休息所のベンチに腰掛け、持ってきた弁当を広げる。
男らしい茶色の弁当の中から、先ずはタップリとシャケが入ったおにぎりを戴く。もちろん自分作だ。作ってくれる彼女はいない。
寂しいかって?バイクっていう嫁がいるからいい……
澄み切った天を見上げながらの、メシの美味いこと。
ちょっと目から水が零れた。
気にせず……お茶をすする。
「うめぇ……」
ここはきっと天国なのだろう。安い天国だ。
誰も居ないので、少しも思い出したくないことが出てくる。
日々、タプンタプンした肉を震わしながら臭い息を吐き散らす営業&社長。
マジくせぇよ。
しかも何?データを作るの簡単?
てめぇ作ってみろや…お前が、な~んにも考えずにとってきて仕事は材料一切ないのに、1時間で作れとか……おかしいだろうが!
せめて納期ずらすなり、出来なくてもせめて材料もらってくれよ!!
っていうか予定組み方おかしいっての!勉強しやがれ!お前の脳みそはスポンジか!!
マジで●ね。
しかも残業しても……残業代つかねぇし……
ナニソレマジでありえない……っていうか何て言うか……
まぁよくある事だが、ちょっと虚しくなった。
チラリと俺の嫁さんをみる。
黒く美しくイカツイアメリカンの車体に青く煌めくマフラー…
まるでルージュのように引かれたダークレッドのラインがイカシテいる。
何て言うかもう褒め言葉しかでねぇ。
なんだかんだで、結局コイツで俺は癒されている。
むしろ生かされている。
ともかく!もっと実力つけてあんなクズ会社とはオサラバしてやるぜ!
そんで、この嫁さんを、もっとハードにカスタムするんだ。
そんな妄想を抱きながら卵焼きを口に含んだ。
卵焼きは……ちょっと失敗したかもしれない。甘すぎた…
一人の時間と山の気持ちいい空気をたっぷり吸い込み、毒を吐きまくった後。
綺麗に整備された道を軽やかに走っていた。
うちの嫁さん最高!
そんな絶好調で有頂天の時。
後ろから凄まじい唸るような音が響く。
なんの音だ?
とミラーを見ると、後ろから大型バイクが追いかけてきている。
平日休みの奴が、同じように走っているのだろうか?
ふと…ミラーを見て血の気が引く。スピードを上げて全力で目的地まで走った。
見えてしまった……
後ろのバイクにはヘルメットがない……
むしろ首が………なかった……
この峠で……有名な首無しライダーと遭遇したようだ。
頭の中で
ヤバい!ヤバい!
と警鐘が鳴り響く。
首ナシライダーと出会い、追い付かれると首をもって行かれる。
ただの都市伝説と思っていたんだ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。
全力でスピードを上げる。
いつもなら、スピードを落として走る下り坂で急カーブが多い坂もドリフトを効かせ、全力で走った。
ウッポ!俺の運転技術!!神なんて調子こいた事も考えられない!
だってどんどんどんどん追い付かれている!
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
頭の中では、その言葉で埋まり、遂に真横に付かれた。
そして……
横を見る………
いたはずのバイクは…消えていた…
真横に走っていたはずなのに
気づいたら村まで来ていた。もう時刻は6時。夕日が見えはじめ空は暗くなっていた。
遠くで雷がなった気がした。
―――――――
時刻は戻って昼の3時。
道場内は暑さのピークを迎える。
『パン!!』
的が矢に貫かれ、弾けたような音が響く。
その度に道場内外から
『ヨシ!!』
大きな声が響いた。矢が的にあたると、こう言った掛け声をかけるのだ。
国体選考会やインターハイの団体予選が終わり、少しのんびりした雰囲気で練習をしている。
まぁ一年生には、地獄のシゴキが待ち構えているのだが…
夏の日差しにより熱を帯びたコンクリート。
そこに手をついて腕立てを200回、腹筋を300回、背筋を600回と。
何かの訓練?と思われるくらい繰り返し筋トレをする。
弓道はそんなに力はいらないんじゃね?あんなの簡単にひけるだろ!と思いがちだが…
実際一番軽い弓でも素人には、とてつもなく固い。
何故なら普段の私生活では使う事のない筋肉を使わなければならないからだ。
なおかつ、素人のよくやる弓のポーズは、ひいている人からみたら、いやそれアーチェリーッス!っていうかアーチェリーでもひでぇし!
違うッスっていうかそんな簡単にあたんねぇし弓舐めんな!なんていいたくなる時がある。
口には出さないが…
まぁ何より、とっても危ない。
矢は重い弓ならバケツくらい貫くし、60mくらいなら簡単に飛んでいく。
死にたくなければ近寄んな!っだ。
まぁ私情をはさんじまったが、練習中の俺。
まだ型を覚えたり擦り足を覚えたりとでてんてこ舞いだ。
「おい佐藤」
「はい」
「問題だ。これはなんの状態だ。」
先輩が両腕を斜め上に高く掲げる。
「え~っと…とり…じゃなくって…うち……?」
「うち?なんだ?惜しいぞ」
「うち……なんだっけ」
「がんばれ佐藤!」
「う…ち…うち…」
「これだよ!!これがんばれ!」
先輩が、必死でジェスチャーしてくれる。それをみて、俺は自信まんまんに答た!
「打ち上げ!!」
「チゲぇよ!お砂糖が!惜しいけど違うって打ち上げってロケットかよ!!」
先輩が一人でツッコミをしている。
「正解は、うち起こしだ。お前…型は綺麗でゴム弓も弓でも綺麗なのに…なんで名前覚えれねぇんだ……」
先輩はうなだれた後、すぐに復活し
「ウッシ!連帯責任だ!もう一回サバイバル腕立てだ!」
みんな腕立ての構えになりだした。
「みんな!わりぃ!」
同期の連中みんなに謝ると
「しゃあねぇよ!次がんばれ!」
と、なかなかみんないい奴らだ。
先輩も構える。
後輩だけにやらせるなんて真似はしない主義だそうだ。
いい先輩に同期って大事だな。
そう思いながら腕立てをはじめた。
~~2時間経過~~
「お前はワザとやってんのか!!」
先輩の怒声が響いた。
気がつくと腕立ての回数が500回を超えていた。
俺が間違えたりする度にみんなフォローしてくれるが…
型の名前がテンパって飛ぶ。
俺は、まだまだ腕立てに余裕がある状態。なので先輩もちょっとキレた。
暑いしな。
「ともかく全員休憩!水飲んで汗拭きな。そんで直ぐに陰に移動しろ」
先輩の指示が飛ぶ。
結局おれは最初の名前すら覚えられなかった。
そんな俺を見かね先輩が何やらメモ書きを渡してくれた。
「ホイ。宿題な!型の名前書いてあるからしっかり覚えろよ!お前体力あるのにマジで頭わりぃな。笑い死にするっての」
っと思い出し笑いを抑えながら言ってきた。
「すみません…」
少し、しょぼくれそうだ。
「まぁゆっくりいこうぜ。しっかりとした身体造っておかねぇと先々苦労するしな」
ニヤリと先輩は笑った。
ガチでいい先輩だ。
「俺も明日は筋肉痛だわ。ハッハッハッ」
「そうっすね…」
「落ち込むなって!大丈夫だから、明日も頑張っていこうぜ!お前もう少しで的前なんだからよ…まぁ射法全然…覚えてないなんて前代未聞だけど…」
ちょっと苦笑する先輩。
俺は、名前はともかく。型とかそういうのは綺麗にでき、巻き藁に、棒矢という羽のない矢を弓でひいては放つという練習を繰り返しているのだが…
如何せん型の名前が覚えられなかったため、筋力トレーニング+で覚えるよう特訓されてる。
「それにしても、お前の兄貴は頭良いみたいだけど脳みそ吸い取られたのか?コンコンコン入ってますか?」
ポカポカと頭を叩く先輩。
「入ってます」
「うむ入ってるみたいだな。さてそろそろ集合だ」
『集合!!!』
道場から離れたところから部長の声が聞こえる。
「「「「ハイ」」」」
部員全員がデカイ声で返事をして全力で走って集まる。
ここは軍隊なのだろうか?
たまに思ってしまう。
皆きれいに整列している。
そして登場。
5強にして神と呼ばれる先生。
ティーチャー坂口。
その見た目は普通の人。
しかし、この見た目なのにオーラがヤバい。
何て言うか気圧される。いや本当に!
他の5強は、鬼の強さを誇り、やる事悪魔だが、この先生は生徒を思って色々教えてくれたりする。
ただし、オーラで生徒引く。
ますます頑張る。
オーラでやられる生徒増える。
別名がゴッド。
もちろん格闘技ができ強いが、それ以上にオーラで人を殺せるようだ。
まぁともかくヤバいのだ。
「暑いが全員体調は大丈夫か?きちんと水分をとり熱中症には十分注意しろよ。もう一年生は的前に入る奴が出そうやけど安全。これにしっかり注意すること。
それと今回成績が著しくないものが多い。」
ビクリと全員が反応し目線を泳がせた。
「なので今回勉強の合宿を行うのでそのつもりで。持ち物はまた明日報告する。じゃあ今日は終わろうか。いいか」
「はい。じゃあ全員射場に整列」
「「「ハイ!!」」」
素早く定位置にはしった。
「みんな並んだな。的みて、ありがとうございました!」
的に向かって部長がお辞儀すると
全員で
「「「ありがとうございました」」」
的に向かって頭を下げた。
「全員自主トレしたい奴は残って!!帰りたい奴は気をつけてな!!」
「「「ハイ!」」」
そんな感じで今日の部活が終わった。
俺はまだ練習がしたいがために先輩に報告し居残り練習に参加する。
まだまだ、ユガケ(弓を引くための道具)は綺麗で、鹿のなめし革は柔らかくて甘い芳香を漂わせている。
親指の部分が硬く、しっかりとした硬ガケは、俺の手にピッタリとフィットしている。
本来固いカケは上級者が使う物らしいが、先生の意向で一年生から固カケになったらしい。
呼び方も流派や場所によってまるで違う当たりがとても面白いが……
如何せん俺の脳みそはCD‐RW。
テスト時は覚えているが…テスト終われば削除だ。そのせいか、なかなか型の名前やらが覚えられない。取り弓がトイウミとか、とんりとか…
弓とり、なんて言った日には殴られた。
先輩のメモをチラリと見てみた。
射の流れ
執弓の姿勢。
足踏み。
胴造り。
弓構え。
物見。
うちおこし
大三
引き分け
会
離れ
残心(身でもいい)
弓倒し
足踏み閉じる
射法八節以外に流れも書いているから、きちんと覚えること。
段の審査でも筆記試験あるからキッチリ覚えとけよ☆
ん~マジでオカンみたいな先輩だ……
世話焼きすぎて、たまにうざがられてるが…みんなからは、人気みたいだ。
俺は運動神経にはかなり自信がある。
他にも運動部に誘われたが、なんでこんなインドア系の部活に入ったかっていうと部活見学の時に、飛んで行く矢がドラゴンの様に回転したり…エライところに飛んだりと面白そうだったからだ。
入部後に先輩にいうとアレは良くないらしい。
なんでかは射場に入れば分かるそうだ。 変なの……
そんなこんなで、数十本程練習したら気づいたら夜になっていた。
遠くから蜩の鳴き声が響く中、今日の練習は終わった。