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千器  作者: 渡鳥
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後編「凶祓い」

後編・凶祓い


ギリにはごっそりと抜け落ちた記憶がある。それは、桐絵が彼を執拗に求めることと関係があるのだが、何が起こったか彼はその全てを思い出せないでいた。

ギリは桐絵が自ら入水したことを断片的に覚えているのだが、“なぜ”入水してしまったのか、それを思い出せない。そして、何故自分にそのときの記憶が無いのかも、分からなかった。桐絵――――彼女のことは覚えている。しかし、誰なのかがわからない。悲しいかな彼は、桐絵という名前以外に彼女のことを忘れてしまっていた。そう―――この時までは。彼は全てを思い出したのである。



――――凶祓い。村に何らかの災いが起こったときに、年端の行かぬ娘を生贄に神に慈悲を乞う。

今は無くなってしまったギリと桐絵の住んでいた村に、そんな風習が残っていた。何を全時代的な―――そんな声が聞こえてきそうであるが、山奥の村にはそんな風習がずっと続けられていたのである。

ある時、他に類を見ない程の豪雨が村周辺の一帯を襲った。その雨は河を氾濫させ、田畑を壊滅させ、村に壊滅的打撃を与えた。村長はこれを神の怒りと感じ取り、凶祓いを行うことにした。そこで白羽の矢を立てたのが、村唯一の娘である桐絵であった。当然、恋人同士であったギリは反発した。しかし、時はすでに遅く桐絵は河の氾濫を止めるために、中洲に立たされていた。ギリは皆の制止もきかず、激しい濁流の中に船を出す。しかし、当然のように船は転覆、ギリは濁流の中に飲み込まれてしまった。桐絵もギリの後を追い、入水する。


「―――貴方のいない世界に意味はないわ。だから、私も一緒に――――」



―――――数日後ギリは濁流に流されて、奇跡的に海の近くの村に流されていた。そこで絢という女性に拾われ、今に至る。そしてギリは絢と結ばれ、しばしその村で過ごすが、自分の村がどうなったかが気がかりだったギリは、絢を連れて村に戻る。村に戻ったギリは、絢と共に新たな生活を始めるが、そこで鬼依が発呪する。

これが、彼の思い出した全てであった。



全てを思い出したギリは、桐絵の肩を抱きしめた。そっと頬に触れ、桐絵の頬の涙を手でぬぐう。


「そうかーーーーーやっと思い出したよ、桐絵。」


「酷イジャナイ、何故忘シマッタノ?私ハココデズットマッテイタノヨ?」「すまん。俺は、死ぬことが出来なかった。その挙句にお前も忘れてしまっていたとはな。だが―――――もう遅すぎる。そう、何もかもな。」


「イイエ――――今カラデモ遅クハ無イワ。私ト一緒ニ逝キマショウ?」

そこまで言うと、桐絵は抱きしめた腕により一層の力を加えた。するとギリの右腕は骨の折れる音と共に、垂れ下がった。腕以外にも体の至る所から、骨の軋む音が聞こえてくる。しかし、ギリは悲鳴もあげずに耐えている。まるで、贖罪をしようとせんばかりである。

このまま、死んでしまおうかと思ったギリは静かに目をつぶった。しかし、その時である。


“生きて――――”


確かにそう聞こえた。聞き覚えのある声だ。しかし長らく聞いていない、昔懐かしい声のように聞こえる。只の聞き間違いかも入れない、死の淵に立って走馬灯を聞いただけかもしれない。しかし、それでもあきらめかけた心は奮い立った。自分のやるべきことを思い出すには十分すぎるほどの力が体にみなぎる。


「今だぜ、ギリ!!」

聞き覚えのある声と同時に、背後から短刀が飛んできた。それは桐絵の右手に刺さり、短刀を生やした腕からは血が吹き出る。ギリは、短刀を引き抜き握り締めた。


「ギャアアぁああァァァあ!!」

突然の痛みに叫びを上げる桐絵。すかさず右手をギリから離し、左手の力も僅かに緩まる。その隙を突いて左手から抜け出したギリは、折れた右手から左手に短刀を持ち替えた。


「桐絵――――すまん。」

桐絵の額を狙って一閃。桐絵に生えていた角は空中で一回転し、地面に転がった。と、同時に桐絵から出ていた禍々しい気配は姿を消し、桐絵は絢に戻った。気を失っている絢は、意識を失い膝から崩れ落ちる寸前に、ギリが左手で抱え上げた。

一方、クニツナは角を拾い上げ、笑みをこぼしながら呟いた。


「やるじゃねーか。」


――――――ここに、解呪は成功したのである。



一年が過ぎた頃、クニツナ宛に一通の手紙が届いた。宛名にはギリとあり、内容は婚姻したとあった。クニツナは解呪したときに関わった人間とは、あまり関わらないようにしているのだが、放っておくのも野暮かなと思い様子のみを見ることにした。

再び慣れた道を歩み、クニツナはある場所へとたどり着いた。そこは解呪した場所、例の廃村であった。


「またここに来るとはな――――因果なもんだ。」

クニツナがタバコを咥えながら呟いた。相変わらず灰色のコートを着込み、背後には木箱を背負っている。


「あん時、これが無かったらやばかったな。鎬んトコに売らなくてよかったぜ。」

そう言うと、クニツナはコートのポケットから掌大の球を取り出した。


「なあ?桐絵さんよ。」

クニツナがそう呟くと、目の前に靄のような物が現れた。それは次第に形を成し、人型となってゆく。


『ふふ、そうですね。』

そこには、髪の長い少女が現れた。齢にして十七、八ぐらいであろう。


「しかし、驚いたぜ。まさか、“命体”から依頼が届くとはな。」

命体とは恨み、憎しみから構成される呪体とは違い、想いが意識を持った存在である。命体の発生条件はまだ分かっていないが、何かを成す為に生まれ、存在しているらしい。元来、命体は他人と会話することが出来ないのだが、クニツナの持っている球、“反魂球”を利用することによって肉体の具現化と会話が可能となる。しかし反魂球の力は強すぎるため、そんなに頻繁には使えない。


『貴方ならギリを救ってくれると思いましたから。それに、ギリと同じような境遇の貴方なら―――ハッ!!』

あわてて口を紡ぐ桐絵。しまったという表情が見える。


「――――そこまでだ。俺にはそんな境遇などない。ただ、珍しい呪器があった。只それだけだ。」

クニツナは鋭い目つきで桐絵を睨み付けた。


『すいません。無神経で――――。』

桐絵は頭を下げた。透けた体がクニツナを通り抜ける。命体は体が透ける故に、距離感が無くなるのは本当らしい。


「気にするな。お前はどうなんだ、あいつが他の女とくっつくのは悔しくないのか?」

クニツナはわざと意地の悪い質問をした。だが鬼依の再発症を防ぐために、未練があるかどうか聞かねばならない。


『正直言うとちょっと妬けちゃいますね。でも―――』


「でも――――なんだ?」


『もうあの人には絢さんしか映っていない。もう私の出る幕はないんです。』

桐絵はそう言うと悲しげな表情を浮かべた。すると、クニツナは桐絵から目を反らした。クニツナといっても人の子、女の涙には弱い。


「あーその、なんだ。」

クニツナがかける言葉を捜し、戸惑っていると、背後から人の気配を感じた。桐絵も今は目視できるため、知り合いに見られるとちょっとした騒ぎになる。あわててクニツナと桐絵は廃墟の陰に身を隠した。


「こんなトコに一体誰が―――ッ!!」

クニツナの視線の先には見覚えのある人影があった。


「桐絵―――すまなかった。」


「桐絵さん――――。」

ギリと絢だ。ふたり合わせて合掌している。クニツナの顔には微かな笑みが浮かぶ。

―――奴らは桐絵を忘れちゃいなかった。只その事実がクニツナにはうれしく感じられた。


「――――何か言うことはあるか?」


『―――いいえ。』

そういう桐絵の顔には涙が溢れている。しかし、表情も笑みで溢れていた。そのまましばしの時間がたち二人が去ると、クニツナと桐絵は廃墟の陰から姿を現した。


「あんたは自分の出る幕はないと言ったな?だが、それは間違いだ。あんたはこれから、あの二人を見守っていくという仕事が出来た。」

クニツナが反魂球を空中に投げると、球は桐絵に吸い込まれるように消えていった。


「あんたはこれで消えちまうが、大丈夫だ。お前は奴らと共に生き、奴らの行く末を見てやれ。―――地獄の閻魔には話をつけておいてやる。頼んだぜ?」

クニツナがそう言うと、次第に桐絵の体が透けていった。


『ありがとうございます。クニツナさん。またいつか会いましょう。』


「なに、角の礼代わりだ。―――縁があったらまた会おう。」

そう言った瞬間、クニツナの前から桐絵の姿が消えてしまった。風で木の葉が擦れる音以外にはもう何も聞こえない。廃墟を吹き抜ける風はどこまでも冷たかった。しかし、クニツナの顔には笑みが浮かんでいる。そして、呟いた。


「お前らに祝福があらんことを」


季節は秋。空には枯葉が舞っていた。



―――ある村にて大層中のいい夫婦に子供が生まれたそうだ。

その子は、大層かわいらしい聡明な子供らしく、夫婦も大層かわいがっているらしい。

たしか・・・名前は―――――


(ある旅人の旅日記より)


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