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千器  作者: 渡鳥
2/3

「前編 鬼綴り」

千器 鬼綴り


季節は秋、山も緑の衣から赤い衣に衣替え季節である。

しかしこの頃美しい山の近隣にある村々には、ある噂が流れていた。“満月の晩、それはそれは恐ろしい鬼女が人を喰う”と。

只の風評かと思われたその噂は、その山の近辺の村のみだったが、最近になって山を一つ二つ越えた先にまで広がるようになった。

只、噂は噂に過ぎないのかその鬼女の被害にあった者はおろか、見た者すらいないという有様である。当然のように噂は風化し、いつしか消えゆくかと思われた。

しかし、最近になって新たな事件が起る。

山のふもとのある村が鬼によって壊滅された、と。



どこまでも広がる廃墟。もともとは人の往来があったであろう山道も今や通れないほどである。地獄のような光景、その表現がぴったりである。知らなければそこには村があったなどと信じられないほどに壊滅的だ。


「・・・これは自然現象なんかじゃねえな。」

灰色のコートを着た男が呟いた。脇には山伏が背負うような木箱、口には紙タバコを咥えている。一見すると旅人のような風体をしている男、クニツナである。


「とにかく話を聞かにゃあ始まらん、一度依頼者に会って・・・。」

そう言うとクニツナは何かを感じ取り、チラッと廃墟に目をやった。すると、廃墟の中にゆらりと動く影が見えた。クニツナは音を立てないようにそっと廃墟の影に寄り、腰に挿した短刀を取り出した。廃墟の中へそっと耳を立てると、怪我でも負っているのか荒れた息遣いが聞こえてくる。


(三・・・二・・一。)

頭の中で飛び出すタイミングを測る。村をここまで破壊できるのだ、短刀ごときでは到底かなわないことはクニツナも十分承知している。しかし破魔師である以上、呪器に関するであろう事柄からは目をそらす訳にはいかない。クニツナは短刀を握り締め、素早く廃墟の中に飛び込み、身構えた。すると、そのなかには


「うわぁぁぁぁぁあ!!」


齢にして二十四、五の男が腰を抜かしていた。


「・・・誰だ、お前ェ。」

クニツナが呆れたような声を上げた。


「あ、あああ貴方こそ誰ですか?!」

泣きそうな声でクニツナに叫ぶ。


「俺は――――、!!」

クニツナはそこまで言いかけると、背後からゾクリと殺気を感じ取った。かなり強い殺意である。


「・・・。」

クニツナが背後を向くと、そこには齢にして十九ぐらいの美しい女が立っている。気品を感じさせる顔立ち、肩まで伸びた長い髪は男なら見ずにはいられぬほどである。しかし、信じられないことに野生の獣のような殺意はこの女から発せられているのだ。外見は華奢だというのに、まるで狼のようである。また、端麗な容姿に似つかわしくない無表情さが、殺気と相まってまた一段と恐怖を掻き立てた。


「・・・。」

女が右腕をクニツナに向ける。すると、女の右手を中心に空気が渦巻き、壊れた木窓がガタガタと震えだした。ただならぬ気配に、クニツナは危険を感じ取ったのか、短刀を身構える手に力が入る。そして次の瞬間、それは放たれた。


「ぐう!!」

ズドンという音と共に、空気の壁のような物に叩きつけられた。すさまじい威力にクニツナは廃屋の外へ飛ばされ、草むらの上に落下する。

しかし女はクニツナを追わず、男の前に立った。無表情に男を見つめる様は、まるで野獣が獲物を狙っているようだ。


「ギリ―――何故逃げるの?」

女が口を開く。相変わらず無表情であるが、クニツナのときとは違い、微妙に口が緩んでいる。


「あ、あや。べ、別に逃げたわけじゃ・・・。」

 


「そう―――じゃあ帰りましょう?私達、恋人同士じゃない。」

不気味、そんな感想を率直に感じさせる笑みである。和み、ホッとさせるような微笑ましさは無くどちらかというと相手を震えさせる狂喜が満ちている。

絢はギリに手を差し伸べる。


「ヒッ!!」

ギリは顔を背ける。そんなギリの様子に絢は顔をしかめた。


「――――まだお仕置きが足りなかった様ね。」

するとである、今まで何も付いていなかった絢の額が盛り上がり始めた。その額のしこりのような物は、徐々に長くなり、角のような形となる。角を生やしたその姿はまるで鬼のようだ。絢はそのままギリを掴もうと、更に腕を伸ばした。

その時、ヒュウという音と共に絢の体へ緋緋色の鎖が巻きついた。鎖の絡む音と、骨が軋むような音と共に絢の体が拘束される。


「兄さん!!早く逃げろ!」

声と共に建物の影からクニツナが現れた。腕からは鎖が伸びている、鎖はそのまま絢に巻きついているようだ。


「こ、腰が・・・。」

ギリは情けない声を上げた。


「馬鹿、それでも男か!!・・・くそっ、眼をふさげ!!」

そういうとクニツナは木箱からガラス製の小瓶を取り出した。片手で蓋を開け、口に咥えたタバコを押し込むと、すぐさま廃屋に投げ入れる。すると、激しい閃光と共に廃屋内に爆発音が鳴り響いた。両手が自由であるギリとは違い、鎖で拘束された絢は眼を塞ぐことが出来ない。まともに光を受けた絢は苦しそうにうめき声を上げた。

そして時間がたち光が消えると、もうそこにギリの姿は無かった。絢の体を拘束していた鎖もいつしか姿を消している。拘束を解かれた絢は両手で眼を覆い、悔しそうに叫び声を上げたのだった。



絢から逃げることに成功したクニツナは、山道にある洞窟に逃げ込んでいた。クニツナはコートから紙タバコを取り出し、火を付けた。淡い光と共に、暗い洞窟の中に小さな光が灯る。


「ようやく撒いたか・・・。」

大きくタバコを吸い込み、ふぅぅと煙を吐き出した。


「ん―――ここは。」

クニツナの隣でのんきに気を失っていたギリが眼を開けた。


「よお、気付いたか。」


クニツナは煙を吐き出しながら答えた。


「ここは廃村の近くにあった洞窟さ。―――――紹介が遅れたな、俺はクニツナ、破魔師をやってる。」


「破魔師だって?!」

ギリは立ち上がり、大きな声を上げた。洞窟内に声が響き渡る。


「あー、うるせェな。んなデカイ声を出さんでも聞こえてるよ。」

クニツナは耳を塞ぎながら答えた。


「ご、御免。」

ギリは座り込み、二人の間に沈黙が流れた。嫌な空気である。

とりあえずクニツナは話を聞くために、絢にかかった呪いについて説明することにした。


「――――お前さん、“鬼依きえ”って知ってるか?」

数秒の間の後、クニツナがボソッと呟いた。


「え?いいや――――なんだい?」

うな垂れていたギリは頭を上げ、クニツナを見た。


「彼女に影響している呪いさ。この呪いがかかった物を身に着けると、心と肉体が鬼に支配される。この呪いにかかるのは専ら恋人同士で、男に捨てられた女が今の女の肉体と魂を支配する。当然、逆もまた然りだ。――――言うならば未練がましい恋人の想いが、今の恋人を妬む分かりやすい呪いだな。」

そこまで言うと、クニツナはギリを睨み付けた。間髪いれずに話を続ける。


「だがな、この呪いは滅多にかかることが無いんだ。何故ならば、この“鬼依”って呪いの発動条件は、捨てられた恋人がこの世にいないことが条件だからな。」


「―――――!!」

ギリの眼が一瞬変わった。明らかに動揺を隠せないようである。

今のギリの態度を見て、クニツナは半信半疑だった“鬼依”を確信した。

するとクニツナは素早くギリの襟首を掴み、声を荒げた。


「やはりそうか、ならば女の死に方はなんだ?―――言え!!」

ギリの着物を締め上げるクニツナ。このままでは窒息してしまう可能性があるが、ここで追及を止めるとギリは黙ってしまう可能性がある。力づくであるが、口を割らすにはこれが一番手っ取り早い。クニツナは襟を閉める手の力を、徐々に強めていった。


「入水・・しました・・で・・も・・僕・・は何も・・覚えては・・。」

ギリは声を絞り出した。相当苦しいのだろう、文章がちぐはぐである。


「本当に入水だろうな?――――お前が殺したんじゃないな?」


「は・・い。間違い・・ありません。」

ギリが答えると、クニツナは着物を持つ手をゆっくりと緩めた。気絶寸前まで締め上げたせいであろうか、ぐったりと地面に倒れこむ。


「そうか――――良かった。」


「え?」


「彼女を救う手段はまだあるということだ。」

クニツナは木箱から短刀を取り出し、ギリの方へ投げた。短刀はカラカラと音を立てて、地面に倒れこんでいるギリの傍へ転がった。


「仮にお前が桐絵を殺したとするならば、このままお前を殺し死体を晒すつもりだった。しかし、彼女は“殺意”ではなく、お前への“想い”を胸に死んだということになる。」

クニツナは短刀を取り出しギリに向けた。ギリは一瞬怯えたような顔になったが、クニツナが短刀を下ろすとすぐさまホッとした様な顔になる。


「いいか?今の絢を救うには、桐絵の想いを完全に断ち切る必要がある。そのためには、今の恋人である絢への想いを桐絵にぶつけ、桐絵の想いに打ち勝たねばならん。――――わかるだろ?」

クニツナはそこまで言うと、ギリへ手を差し出した。


「お前にしかできんことだ、やってくれるな。」

クニツナの手を掴み、ギリは立ち上がった。ちらと短刀を見ると、困ったようにクニツナに視線を向けた。


「そんな、僕には無理ですよ・・。クニツナさんみたいに強くも無いですし、何よりもこわ―――。」。


「お前にしか出来ねえって言ってんだろ!!!絢を助けたくねぇのか!!」

ギリが言い終わる寸前に、クニツナが一喝した。あまりに激しい剣幕に、ギリは呆然となる。


「それにこれはお前だけの問題じゃない、桐絵に対する救済でもあるんだ。――――いいか?お前の過去に何があったかは知らんし、聞く気もない。しかし、彼女はお前を想ったまま入水したんだ。その気持ちだけは酌んでやれよ。」

クニツナがそう言うと、ギリは少し吹っ切れたようだ。表情は相変わらず不安そうだが、瞳の奥に決意の色がはっきり見える。ゆっくりと足元に転がった短刀を拾い上げ、クニツナを睨み付けた。そして、そのまま握り締めた短刀に眼をやるとコクリと首を縦に振り、着物に挿し込んだのであった。

その様子にクニツナは、軽い笑みを浮かべた。そして最後に、こうも付け加えた。


「一つだけ言っておく。桐絵はありとあらゆる手段でお前を手に入れようとするが、何一つとして同意するなよ。奴は鬼の力を持っている、少しでも気を抜くと奴に取り込まれるだろう。」

クニツナの言葉に、ギリは神妙な面持ちで頷いたのであった。



赤い満月が、不気味に雲の間から顔を覗かせている。いかにも何かが起こりそうな、不吉な夜だ。ざわざわと生暖かい風が不気味に廃墟を吹き抜ける。その廃墟の中心部、前までは広場と呼ばれていた場所に人影が立っている。


「桐絵!!僕だ、出てきてくれ!!」

ギリが声を上げ、絢(桐絵)を呼ぶ。――――クニツナはギリに只それだけを指示していた。まず、鬼依に呪われた者を解呪するためには、弱点でもあり力の源である額の角を切り落とさなければならない。そのためにギリが大声で桐絵を呼び、クニツナが緋緋色鎖ヒヒイログサリにて拘束する。その隙にギリが説得し、桐絵の額の角を切り落とす。これが主だった作戦である。ただ額の角は鬼の本性が現れない限り生えてこないため、そこではギリによる説得が非常に重要になってくる。


「ギリ――――ようやく分かってくれたのね。うれしいわ。」

闇の中に声が聞こえた。桐絵はギリの呼びかけに応じ、廃墟の影から姿を見せた。更に今回は昼間のような禍々しい笑みではなく、今回は自分を理解してくれたということからくる自然な笑みを浮かべている。ギリは絢の顔で微笑んでくる桐絵を見て、少し複雑な心境を感じた。


「今だ、行くぜ!!」

その時である、廃墟の屋根に潜んでいたクニツナが声を上げた。桐絵が廃墟から出てきた瞬間を見計らって幾多もの鎖が桐絵に襲い掛かる。ギリだけに気を取られていたせいであろう、身構える暇も無く一気に全身を拘束され、動きを止められる。さすがにこうなると、身動きは不可能だと思われた。――――しかしである。


「賢しい真似ヲ――――邪魔ダ!!」

さっきまでの穏やかな表情から一変、一気に鬼の本性が露になる。額からは皮を一気に突き破り、見るも禍々しい大きな角が生えてきた。また、眼は血走り、全身から血管が浮き出てきている。その状態のまま、桐絵は腕を引っ張った。その力は女の細腕であることが信じられないほどの強さだ。

一方クニツナはあまりの怪力に、苦悶の表情を浮かべた。いくら桐絵が女でも、鬼との力の差は歴然だ。メキメキと骨が軋む嫌な音が、腕を通して自分自身に伝わってくる。


「ギリ、角を切り落とせ!!」

クニツナは激痛の走る腕で桐絵の力を必死に押さえ込む。少しでも油断すると、腕が引きちぎられそうだ。

ギリは、首を縦に振り、腰に挿している短刀を引き抜いた。そのまま、桐絵に向かって駆けだす。


「うおおおお!!」

短刀を握り締め、叫びをあげるギリ。角を落とされまいと、必死で抵抗する桐絵に徐々に近づいていく。

しかし桐絵まで後もう少しというところで突如、ギリは決意を曇らせた。ついさっき見た絢の笑顔が、彼の罪悪感を増させたのだ。徐々に足の動く早さが落ちだし、ついにギリの足は動きを止めてしまった。

しまった――――ギリは先刻のクニツナの言葉を思い出した。


“奴は鬼の力を持っている。少しでも気を抜くと、奴に取り込まれるだろう。”


いまさらながら、脳裏に浮かび上がるクニツナの警告。ギリは自分自身の意志の弱さに後悔した。

つい先程見た絢の笑顔が、彼の刃を鈍らせたのだろう。彼の握る短刀は、後もう少しで届くというところで動きを止めた。


「ククク――――アハハハハハハ!!」

そんなギリの様子に、桐絵は狂ったように笑い出した。恐らく神通力の類であろう、ついにギリの下半身は石のように重く、動かなくなった。それでもギリはかろうじて動く上半身をバタつかせ、桐絵の角を切ろうとする。しかし後もう少しというところで切っ先が当たらない。


「コンナ物デ、私ヲ止メヨウトハ――――浅ハカダナ、破魔師ヨ!!」

そういうと、桐絵の腕を拘束している鎖がバキンという音を上げ砕かれた。それを引き金に、桐絵の全身を拘束している鎖も徐々に破壊されてゆく。


「馬鹿な!!」

鎖が破壊され、反動で後ろに吹っ飛ばされた。そのまま廃墟の屋根から落下してしまう。


「クニツナさん!!」

身動きが取れない状態で、廃墟を見上げるギリ。しかしクニツナは周囲におらず、周りの草むらにも人影らしい物は無かった。

クニツナが消えたことにより、一気に無力感がギリの心を塗りつぶす。


「ウフフ――――ヨウヤク邪魔者ハ消エタ。」

ギリの目の前に顔を近づける桐絵。無慈悲にも恋人の姿で笑みを浮かべる桐絵に、ギリはどうすれば言いか分からず肩を落とす。目の前にいるのはもはや絢でも桐絵でもない、只の鬼なのだ。しかし彼の罪悪感が、目の前の鬼に刃を向けることを躊躇させる。手を伸ばせば届きそうな距離に勝ちが見えているというのに、その一歩を踏み出せない自分が腹ただしかった。


「コレデ、ヨウヤクアノ時ノ様ニ・・・。」

うな垂れるギリに、桐絵が抱きついた。鬼の力で強く抱きしめられているせいか、体中にメキメキという音と共に、激痛が走る。体中の骨が悲鳴をあげ、肉体が壊れ出し、意識が遠のく。


(もう―――駄目なのか?―――俺は絢どころか、桐絵すら救えないのか?)

遠のく意識の中で、ふとギリがあることに気付いた。桐絵の目から涙が流れている。その涙が何を意味するか分からないが、ギリだけはあることを思い出していた。

俺は前にも同じ光景を見た――――ギリは、もう忘れてしまった思い出を蘇らせる。

それは、儚くも悲しい過去の記憶。ギリがもう二度と思い出すまいと固く誓った記憶でもある。失った記憶が、次第に彼の頭の中を埋めていった。




(前編・完)


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