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千器  作者: 渡鳥
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「軍刀」

千器


目の前に広がる暗い緑色。森の中に広がるのは無数に枝分かれした真っ暗な闇である。一寸先は闇―――そんな表現がふさわしい闇の中に関わらず一人の男が枝を掻き分け、歩いている。


「やれやれ、道に迷ったかな?」

ぶつくさと文句を言いながら男は不満げに前に進む。


「大体こんなへんぴな場所に“呪器”なんぞあるのか?」

しかし、進むごとに徐々に枝の数が減ってきている、出口が近い証拠であろう。やがて、目の前に光の玉が見え始めた。


「やっと出口か。」

安堵感の混ざった溜息を吐き、男は苦笑いをした。


「ガセネタでないことを祈るぜ?」

そういうと男の体は徐々に光の玉に溶けるように吸い込まれていった。



奇妙であった。村だというのに人の気配がない。いや、確かに人はいるのだがまるで生気を感じとれない。そう、言うならば生ける屍のようだ。

今しがた着いた旅人に警戒しているのだろうか?いや、それにしてはあまりにも静か過ぎる。


「・・・どういうことだ?こりゃ。」

男は不機嫌そうに周りを睨み付けた。避けられていると言うより、まるで眼中にないという感じだ。話しかけても返ってくる返事はなく、肩を叩いても無視される。さっきからずっとその繰り返しである。


「破魔師のクニツナさんですね?」

背後から細く澄んだ声が聞こえてきた。クニツナが声のしたほうに振り返ると、そこには十七、八ぐらいの若い女が立っていた。


「お待ちしておりました。私が依頼人のイメでございます。」


「・・・これは一体どういうことですかな?」

クニツナの声には多少の怒気が混ざっている。まあ、村の人間の態度があまりにもそっけないからであろう。無論、何か原因があることは容易に想像がつく。多少なりともイラつくのは仕方がないとも言える。


「申し訳ありません。・・・詳しい話は私の家にお越しください。」

そういって夢はクニツナを手招きした。木の階段を登り、丘の上にある木造の家屋。そこが夢の家である。



「戦争から持ち帰った軍刀?」


「はい・・・、あれです」

夢は棚の上にある細く、反りの大きい刀を指差した。


「手にとっても?」

こくりと頭を振る夢。クニツナは立ち上がり、棚の上の刀を手に取った。鞘を引き抜き、抜き身をじっと見つめる。そのままクニツナはそっと刃に手を触れた。じわっと手に浮かび上がる赤い直線と液体。しかし、次の瞬間には傷がふさがり水の球であった血も消えた。


「成程、これは憑かれていますな。それもかなりの強さだ。」

クニツナは軍刀の抜き身を鞘に戻し、元の位置に戻した。


「どこでこれを?」

そういってクニツナは夢に眼をやった。


「父の形見なんです。」

そう言うと夢はポツリポツリと思い出すように語り始めた。


話の内容はこうだ――――昔、野盗の一派とそれに対抗して作られた義勇軍との全面戦争があった。数の上では圧倒的に不利な義勇軍は少しでも戦力をかき集めようと、近くの村に寄っては男たちを徴兵していったのである。当然、この村でも男たちが徴兵された。貧しい村であるために、多額の報酬に目が眩んだ町の者達は当然のように戦争に身を売った。そうして様々な町から徴収した結果、義勇軍は元の兵力の数倍も膨れ上がった。そうして、数千という強大な兵力を持った義勇軍は瞬く間に野盗一派を蹴散らしたのである。


「有名な話じゃないか。お前さんの親父さんもその戦に参戦していたのか。」

クニツナはニヤリと笑いながら答えた。


「はい、ですが――――」

夢がそこまで言うと、表情が微妙に歪んだ。その表情の微妙な変化をクニツナは見逃さなかった。


「ここまでは、有名な話です。」

夢の表情は相変わらず無表情であるが、微妙に手元が震えている。


「そうだな。ここまでは、だ。」

クニツナは自分のコートのポケットからタバコを取り出した。クニツナはタバコに火を着けると大きく息を吸い込んだ。そのまま窓際により、木製の窓を開け空を見上げる。


「・・・。」

窓から外を見上げるクニツナにゆっくりと顔を向ける夢。


「数千まで膨れ上がった義勇軍が報酬を払える訳ねえもんな。」

ふぅうう、と煙を口から吐きながらクニツナは窓から外を眺める。


「なぜ・・・それを?」


「なに仕事柄でね、嫌でもそういった情報は入ってくるのさ。」

信じられないと言った面持ちで見る夢に、クニツナは苦笑いする。


「本当の話はこうだろう―――」


――――野党一派を殲滅した義勇軍は増えすぎた兵に払う報酬がなかった。当然、報酬目当てで集まった兵達は激しく抗議した。しかし無い物をいくらねだっても手に入るわけがない。男達は僅かばかりの報酬で村に帰らなくてはならなくなった。


「当然、報酬頼りだった村の人間達は納得するわけがなかった。そして、一念発起し義勇軍の総大将に抗議することを決意した。しかしだ―――」

そこまで言うとクニツナはもう一歩タバコを取り出し、火をつけた。再度大きく息を吸い込み、外の景色に向かって煙を吐き出す。


「業を煮やした総大将は代表の村人達を皆殺しにし、全てを無かった事にした。野盗も、義勇軍の存在もな。」

そこまで言うとクニツナは途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。語るのも忌々しそうである。タバコに歯を立て、ギリギリと音を立てる。


「・・・。」

夢は悲しげに下を向いている。こぶしを硬く握り締め、涙をこらえているようにも見える。


「お前さんの親父さんも殺されたんだな。」

クニツナは夢に向き直る。


「・・・はい。」

夢は首を縦に振った。


「恐らく、親父さんは殺される寸前にそいつを強く恨んだんだろうな。その刀からは親父さんの無念さが伝わってくるぜ。」

クニツナは棚に置かれた刀を指さした。


「その刀の呪いを一刻も早くとかない限りこの村はいずれ死ぬだろう。・・・いや、もうその兆候はでてきている。」


「兆候・・・?」


「ああ。」

するとクニツナは家の外に出るように夢を促した。外に出たクニツナは自分の背負っている木箱から一枚の鏡を取り出し、歩いている村人に鏡面をむける。


「夢、自分の姿が移らないように鏡を見てみろ。」

夢はクニツナに促されるがまま脇から鏡を覗き込んだ。鏡を覗き込んだ夢はハッと目を丸くする。


「村の人たちが・・・写ってない?!」


「これがその兆候だ。恐らくあの刀の呪いはお前さん以外の全ての人間の“消滅”だろうな。」

そういうとクニツナは村人を睨み付けた。


「これは厄介な事件だぜ・・・。」



夢の家に戻ったクニツナは夢に呪いについて説明することにした。クニツナの説明によると、刀に宿った呪いは“消華”と呼ばれる類の呪いらしい。ある一定の条件下で殺された人間の恨みが武具を媒介に発生し、ある一定区域内の対象の消滅を謀る。呪いの判別法としては、初期症状として他人に関して無関心(人間性の消滅)になる。症状が重くなると肉体の半透明化(肉体の消滅)、最後には消滅(魂の消滅)する。そしてその媒介となった武具が破壊、若しくは解呪されるまで呪いの効果が続くと言う。


「ならば、すぐに解呪を・・・」

そこまで夢が言うと、クニツナは話を止めた。


「待て・・・。この呪いは簡単に消せるような物じゃあない。」

クニツナは棚の上から取り上げた刀に、先ほどの鏡を向けた。するとである、


『ギシャアアアア!!』

獣の咆哮にも似た声が上がった。突然の不気味な声に、夢は怯えたように後ろへ下がった。


「これは“看破鏡”といってな。呪器に関するあらゆる事象を見抜くことができるんだ。・・・これは、かなり根が深いぞ。」

クニツナは木箱に看破鏡を戻すと夢に再び視線を戻した。


「はっきり言うと、このままではあと一年と経たずに村は死ぬだろう。呪いをとくにはこの刀自身を破壊する必要がある。」

クニツナがそういうと夢は血相を変えて近寄ってきた。


「そんな、困ります!!これが父の残した唯一の形見なのですよ!」

夢はクニツナの襟元を掴み、今にも噛み付きそうである。しかし、クニツナは夢の手を振りほどきこう返した。


「その刀をどうしようがあんたの勝手だ。・・・ただ、その刀のために今にもこの村は死に掛けている。それを忘れるな。」

クニツナは夢にそう言い放った。がっくりと膝を崩し、うな垂れる夢。


「肉体が透明化しだしたら治療する手立てはない、決心がついたら早めに連絡をくれ。・・・俺もその時までもっと良い解呪法を見つけてきてやる。」

一人うな垂れる夢を残しクニツナは家を出て行った。かなり強い力を持つ呪器を放っておくのは気が重いが、自分がいたところでどうにもならないだろう。クニツナは後ろ髪を引かれるように村を後にしたのであった。



数ヵ月後、夢から手紙が届いた。


『拝啓、クニツナ様。父の形見の刀の解呪の決心が付きました。至急、解呪をお願いいたします。』



「どういうことだ・・・。これは。」

久しぶりに村に戻ったクニツナは、その惨状に愕然とした。村の建物という建物は廃墟と化し、畑や田は雑草が伸びっぱなしになっている。しかし、何よりもおかしいのはあれだけいた村の人間が一人残らず消えてしまっている事だ。


「くそ、時を見誤ったか?!」

クニツナは急いで木の階段を駆け上がり、夢の家の玄関を勢いよく開けた。


「夢!!」

クニツナが部屋の中を見ると暗く、一見すると空き家にも見える。しかし、クニツナは木箱から看破鏡を取り出した。部屋の中に太陽の光を反射させ、何かを探そうとする動きを見せた。すると、光に反応した何かがゆっくりと動きを見せた。


「クニ・・ツナさん。」

夢である。しかし、その体は半透明というより透明に近く、消華による影響のためか半分消えかかっている。クニツナは夢に近寄り、体を抱え起こした。


「何故・・・私は消えていないのですか?」


「それは、お前が呪いの対象ではないからだ。」

なぜ夢が消えていないかは、きちんとした理由がある。まず第一に、呪いをかけた者の肉親は呪殺対象から外れるという「肉親外れ」の法則と、呪われていることを知る「呪器の認知」法則による影響である。完全に呪いの影響下から外れるわけではないが、呪いによる死や消滅から逃れることが出来る。無論、その状態のまま衰弱死という可能性は大いにあるため即刻呪器の解呪が必要となる。今回も呪いの影響下から外れたはずであった。・・・しかしである、今回は条件が悪すぎた。あまりにも強い呪いであるために、その影響は実の娘にも僅かに及ぼしていたのである。今はかろうじて魂が現世につながれているが、このままでは後数刻もしないうちに肉体が完全に消滅し、魂のみの存在となってしまうだろう。かといってこの状態を治療する手立ては無いために、もはや八方塞である。


「そうです・・か。」

夢は焦点の定まらない目でクニツナを見つめた。夢はそのままクニツナの顔を撫でる様に手を触れた。


「残念・・です。これで私も逝くことができると思ったんですけどね。」

そう言うと夢はふふっと笑った。


「すまん・・・。あの時無理矢理にでも解呪しておけば良かった。」

クニツナは悔しそうに呟いた。


「いいんですよ・・・。」

夢はそっと目を閉じる。


「私は死んでしまうというわけではないのですね・・・。」


「ああ・・・。この状態では後数刻で完全に透明化し、他人の目には見えなくなるだろう。」

クニツナは木箱から小さな袋を取り出した。クニツナがその袋を開けると、多種多様な丸薬が入っている。


「今のうちに、死ぬか生き続けるか選べ。お前は寿命を全うするまで何ににも触れられず、寝ることも出来ん。生き続ける苦しみを選ぶのが苦痛ならば、今ここで死んだほうが楽かも知れんぞ・・・。」

クニツナは夢に話しかけるが、夢は首を横に振る。そして、夢は笑みを浮かべた。


「私が・・・皆を殺してしまったのも同じ。ならばこれが私の贖罪。私は皆の分まで生きてゆきます。」

そう言うと、夢の目から一筋の涙が流れた。その刹那、徐々に夢の体が透けていく。足から体にかけて徐々に消えてゆき、やがて全身が見えなくなった。


「父の軍刀を・・・お願いします。・・・クニ・ナさ・・・がと・ござ・・・た。」

それっきり一切夢の声が聞こえなくなった。まるで、最初から存在しなかったかのように、一切の音がそこから消滅してしまった。厳かな闇と、耳が痛くなるほどの静寂がその場を支配したのであった。



「なるほど・・・、それが今回の得物か?」

クニツナの前には一人の男が座っている。その男は齢にして二十四、五ぐらいであろうか左目には片眼鏡モノクルをかけている。


「その通りだよ、しのぎ。」

クニツナの前には一本の抜き身の刀が置いてある。


「しかし、変わった刀だな。こんなに反りが大きいポン刀見たこと無いぞ?本当に日本刀だったのか?」

鎬はクニツナの前においてある刀を取り上げ、抜き身をじっくりと見た。


「疑うなら別に売らんでも良いぞ、呪器蒐集家は幾らでもいる。お前、貴重な友人を失ったな。」

クニツナは鎬の手から刀を取り上げようとした。


「ああっ!!冗談だって、ほんの洒落だよ。」

伸びてくる手から刀を遠ざけると、鎬はクニツナに笑いかけた。


「まぁ、長い付き合いだからな。今回は目をつぶってやるさ。」


「・・・何のことだ?」


「ん?独り言だよ。」

そういいながら、鎬は楽しそうに笑ったのであった。クニツナもフフッと笑みをこぼし、茶碗に入っている酒を飲み干したのだった。



・・・ある所に昔、村があった。その村は度重なる不幸に見舞われ、壊滅という憂き目に会ったという。しかし、そこには今でも何らかの意志が働いているかのように村の形がそのまま残っているらしい。そして、木の階段の上にある家には、誰もいないはずなのに時折花が添えてあるそうだ。家のすぐ傍、刃が無い軍刀の刺さっているまるで墓標のような場所に・・・。


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