第八話:決意
「好きだな、ここ」
「ん、ボクも割と好きだよ」
放課後サナに連れてこられたのは、秘密の丘への階段を少し降りたところにある森林公園。
その名の通り木々で覆われていて昼でも薄暗い。
さらにそこの遊具はかなり古く、立ち入り禁止区域も設けられている為、『死体が埋ってそう』『薄気味悪い』等と近辺の人からの評判は悪い。
ボクは静かでいいと思うけど、真帆が恐がりだった為あまり来る機会はなかった。
「じゃあ今度キモ試しでも――って、今度はないか」
「……明日だから」
「――と」
「え?」
サナとの間に吹いた強い風が言葉を掻き消した。
そして、その風は意志を持っているかの様に、今度は周りの音を完全に消し去る。
「ずっと、こうしてたかったな」
いつもの躍動感に溢れた声とは全く別の、絞り出した様な声が静かに響いた。
「サナ?」
俯き加減で表情は読み取れないが、心なしか身体が震えている。
それは見ている方も不安になる程頼りなく、今にも壊れてしまいそうにさえ感じる。
「私、いやだよ。もう北斗に会えなくなるなんて」
「……サナなら知ってると思うけど、ボクの予知夢は絶対に外れないんだ」
「わかってるけどっ……北斗に、死んでほしくない……」
「サナ……」
「だって私ね――」
強い意志を秘めている瞳がボクを捉える。
そして再び吹いた風に乗せる様に口を開いた。
「――北斗の事が好きだから」
言葉が出なかった。
全身が動かない。
「……あははっ、やっと言えた」
必死の思いで口を動かしても声が出ない。
視界に映るサナは、どこかホッとした様に笑顔を取り戻している。
「こういう風に言えばよかったんだね」
「あ……」
笑顔になったはずのサナの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
その表情を崩さないまま、依然動けないでいるボクの胸に軽く頭を預ける。
「ボクは……」
「ごめんね? いいんだ。結果なんて最初から分かってたから」
言いながら身体を離し、背を向ける。
そして微かに残る温もりを胸に感じながら、真っ直ぐにその姿を見据える。
「私ね? 北斗が真帆と別れるって聞いた時、心のどこかで『嬉しい』って思っちゃったんだ。真帆と別れたら、北斗が私に振り向いてくれるかもって。最低だよね? そんな事を考えちゃうなんて。北斗の置かれてる立場だって、運命だって知ってるのに……」
サナが友情とは違う感情を抱いていたのは、何となく分かっていた。
真帆と付き合っていた頃はその感情を抑え、良き友を演じていたのも薄々感じていた。
それがここ数日――真帆と別れて恋人役を頼んだ時から、徐々に気持ちが抑えられなくなっているのも分かっていた。
その気持ちを知っていながら、都合良く好意を利用してしまった。
真帆と向き合うことも、サナの気持ちに応える事も出来なかった。
最低なのはボクの方だ。
「ごめん……全部ボクが悪かったんだ。ホントにごめん……」
「ううん、謝らなくていいんだよ? 恋人のフリでも嬉しかった。
限られた時間を一緒に過ごしてくれて、ありがとう」
「サナ……」
『ありがとう』という一言で、不思議と心が軽くなった。
しかしそれに続き、何もしてやれない事に対する悲しさも湧き上がる。
「ホクト」
「ん?」
「真帆のところに行ってあげて」
「で、でも……」
相変わらず優柔不断なボクに、親しみを込めた様な清々しい笑顔を向けてくれる。
今まで何度この笑顔に勇気付けられただろうか。
「大丈夫、真帆は今でもホクトを待ってるよ。ホクトだって――」
「ボクだって?」
「ず〜っと、真帆の事考えてた」
「え……?」
「全部分かってたよ。私といる時も真帆の事ばっかり考えてた。ホクトの目に私は映ってなかったんだよね」
サナの言う通りかもしれない。
どこで何をしていても真帆を想い出していた。
目の前のサナを通り越して真帆を見ていた。
それが分かってても、ずっと明るく振る舞っていてくれていたのか……。
「お願い、真帆のところに行って」
「でもサナが――」
「私は大丈夫だから。……ほら、シャキッとしてっ!」
そういいながら背中をバンッと叩く。
――サナが戻っていく。良き友であったあの頃に――
「ごめん」
「もう謝らないで。私が惨めになっちゃうでしょ?」
「そっか……ありがとう」
「うん、それでよし。ビシッと決めておいで」
「ん、行ってくる」
踵を反し立ち去ろうとするが、袖にささやかな抵抗を感じ停止する。
振り返るとサナの指がそっと袖を掴んでいるのが分かった。
「サナ?」
「あ……あははっ……ごめん、言ってるそばからこれじゃ――」
「ボクさ、何とか生き延びる道を探してみるよ。未来を変えるんだ。
そしたら……キモ試し、一緒に来ようね?」
「あ……うん!」
会心の笑みで見送りだされ真帆の元へと走り出す。
どこにいるのかは知らないけど『分かる』。
――もう振り返らない――




