第六話:本音と演技
「ふぅ、もうすぐ死ぬのに学校来るってゆーのはなぁ……」
昼休みの屋上は今日も例外なく蒸し暑かった。
いや、昨日の夕立が災いしてか、何時にも増して蒸し暑い気がする。
「しょうがないでしょ? 学校来ないと真帆に嫌われるチャンスがないんだから」
いつもの様に屋上で昼食を取ってはいるが、昨日までとは違い、隣に真帆がいない。
真帆がいた場所には彼女代理のサナがちょこんと座り、律儀にも作ってきてくれた弁当を一緒に頬張っている。
「……ん、サナって料理上手いんだね」
「え、ホント? あんまり北斗の好みが分からなかったから、私の好物ばっかりなんだけどね。
私と北斗の味覚は似てるのかな?」
珍しく興奮気味で喋ってるな。いつもボクより上手なサナが動揺する姿……ちょっと面白いかも。
「そうかもね。とにかくどれも美味しいよ」
「あ、ありがとう」
心なしかサナの頬が赤く染まっている。
サナがこんなに女の子らしい反応をするとは……。
そういえば真帆にも「美味しい」なんて感想言ったことなかったな。
「はいっ、じゃあア〜ンして?」
「ええっ!? 何でいきなり!?」
「いいじゃん、ほら早く〜」
「や〜め〜て〜――あ」
今ボクとサナが座っているのは、ドアから数メートル離れたベンチ。
当然ドアから出てきた人物とも数メートルの距離になる。
「……真帆」
たちまち重い空気が辺りを包み込み、三人とも石像の様に動けないでいる。
「……何しに来たの?」
「え? えっと……」
ずっとこのままの状態が続くと思いきや、突然隣にいたサナが口を開く。
ボクと同様、意表を付かれた真帆はオロオロしている。
「私と北斗はお食事中なんだよ? 真帆は何しにきたの?」
そう冷たく言い放つサナは、日常では考えられないほど厳しい口調だ。
表情からは真帆への敵意が見て取れる。
「えっ……と。ほ、北斗にお弁当を作ってきたんだけど……」
「いらないよ。私が作ってきたから。ね? 北斗?」
「え? ……うん、もう弁当はいらないよ」
サナはボクから真帆を遠ざけるために厳しい口調で話しているが、肝心のボクは気の抜けた事しか言えていない。
真帆を遠ざけるには生半可な対応じゃ意味がない。
それはボクが一番知ってるはずなのに……。
「そ、そっか。北斗はサナちゃんと付き合ってるんだね」
「ん……」
「そう、真帆はもう北斗とは何ともないんだから、あんまり近づかないでよ?」
「う、うん。ごめんね……」
以前は仲良しだった二人が、ボクのせいで険悪なムードになっている。
二人はどんな気持ちなんだろうか?
サナは演技だろうけど、何も知らない真帆は――
「……じゃあ、私は教室に戻るね。邪魔してごめんなさい」
「あ……」
最後に一度ボクに視線を送り、ドアの向こうへ消えていく。
涙こそ浮かんでいなかったが、悲しい光を放つ瞳が頭から離れない。
「……サナにも迷惑かけてごめんね」
「ホントだよ。北斗がもっと非情にならないと、私がドンドン悪者になっちゃう」
「うう、ホントにごめん」
このままだとボクがいなくなった後、サナが真帆に嫌われてしまう。
ボクと真帆の関係は壊す必要があるが、真帆とサナの関係までは壊したくない。
……いや、もう遅いのだろうか?
「今さらだけど、本当に嫌なら彼女役やめてもいいよ?」
「ホントに今さらだよ。もう乗り掛かった船なんだから、最後までやり抜くしかないよ」
「そっか。……ありがとう、あと数日頼むね」
「あいあい、沙苗さんに任せなさい」
サナもここまでやってくれてるんだ。ボクも半端な気持ちは捨てよう。
「あの……北斗?」
帰りのホームルーム終了直後、努めて笑顔――もちろん以前に比べると、かなりぎこちない笑顔――の真帆がボクの机にやってきた。
言葉にこそしていないが、目が『一緒に帰ろう』と言っている。
「……悪いけどパス。サナと帰るから」
「あ……そっか。じゃあ、またね」
落胆したのを必死に隠そうと、飽くまで笑顔を作りその場を去ろうとする。
『またね』と言っているからには、また来るつもりだろう。
まだ足りないのか……。
「真帆」
「え? なに?」
呼び止められるとは思っていなかったのか、驚きと期待を込めた目でボクを見ている。
それを見据えながら、小さく唾を飲み込み声を絞り出す。
「……もう来なくていいよ」
「え?」
「ボクと真帆はもう何にも繋がりはないでしょ? それに昨日『真帆とは会わない』って言ったはずだけど」
「――っ」
下唇を噛み締め、涙を必死に堪えているのが分かる。
そんな真帆を前にして、ボクはどんな表情をしてるんだろう?
「うん……そうだよね。ごめんね、しつこかったよね? じゃあ、さよ……ならっ」
最後は溢れだす涙を我慢出来ず、完全な泣き顔を見せ教室を後にする。
真帆とはクラスが違うから、こう言っておけば会う機会は極端に減るはずだ。
今の出来事にクラスメートは何事かとボクに視線を送っている。
そしてその中の一人、大地が歩み寄って来る。
「おい北斗、今のはなんだよ? お前ら喧嘩でもしたのか?」
いつも通りの口調だが、滅多に見せることのない険しい表情をしている。
「別れた」
「は?」
「真帆とは……別れたんだ」
「な!?」
ボクの言葉に心底驚いた様な大地は、
しばらくボクの顔を覗き込んだ後『まあ、お前にも色々あるんだろうな』と言い残して去っていった。
一応大地なりに気を遣ってくれたらしい。こういう気遣いが大地のいいところだ。
と、感傷に浸っていると、突然目の前が真っ暗になる。
あれ? また夢の中?
「だ〜れだ?」
光が失われた直後、色っぽい声が耳元で囁かれる。
「……サナ?」
「せいか〜い。よくわかったね?」
「こんなことするのはサナくらいしかいないよ」
本当は微かに香った香水で分かった。
サナからはいつもいい香りが……って今のボクってちょっと変態?
「……えっち」
「ええ!?」
しまった! サナの前じゃ口に出したも同然だ! 顔を真っ赤にして睨んでる……。
「ご、ごめん」
「もうっ。……まっ、正解した事に免じて許しましょう。そしてさらに沙苗さんが一緒に帰ってあげます」
「わ〜い」
わざと大袈裟に喜んでみせる。またいつものツッコミが来るかな、と思ったが特に気にした様子はなく、むしろご機嫌な様だ。
「じゃ、今日は駅前のアイス食べに行こう? もちろん北斗のおごりで」
「ん、わかった」
今の流れでは『おごり』という言葉に反論は出来ない。
サナのこういうところには感服するな。
それはそうと駅前のアイスか。
あそこはよく真帆と――考えるのは止めよう。
思考を停止させ、差し出されたサナの手を握った。




