第三話:秘密の丘
「あ、そうだ。今日もあの場所に行こう?」
「ん、いいよ」
いつもの通学路に入ろうかという所で、突然真帆が振り向く。
真帆が言う『あの場所』というのは、学校の裏にあるボクと真帆の秘密の丘だ。
秘密とは言ってもその場所を知る人は多い。
しかし、そこに至までにある地獄の階段が他のみんなから敬遠され、秘密――他の誰も知らない――と言っても過言でないような場所になっている。
ちなみに車道はないため足だけが頼りだ。比較的運動が得意なボクは難なく越えられるが、発案者の真帆はよく行きたがる割に「ま、待ってよ〜」と、死にそうになって登っている。
スポーツ万能に見えるスレンダーな体型の真帆だが、人は見かけによらないもので運動全般が苦手らしい。
「よし、今日はサービス。後向きで登るボクに勝ったらジュースを奢ってあげよう」
「え? ホント?」
「ん」
「じゃあ、よ〜い、ど〜ん!!」
掛け声だけは頼もしく階段を登り始めた。ウサギが跳ねるようにぴょんぴょんと登っていくが、それも長くは続かず、十秒後にはカメの歩みに変わる。まあ、いつも通りだけど。
そろそろボクもスタートしよう。
「真帆、お先に〜」
「はぁ、はぁっ、ま、待ってよ〜」
あっという間に追い抜くと、いつものセリフが出た。毎度のことながら今にも死にそうな表情だ。
しかし、手は貸せない。以前手を貸そうか? と訊いた時は、自分の力で登ってこそ、あの景色は綺麗なんだよ、と拒まれてしまった。本当に芯が強いんだよな……。
――っと、もう真帆が豆粒の様になってる。これだけ差があれば大丈夫かな。
そう思い地獄の階段の途中にある細い道に入っていく。
目当てはその先にある小さな池だ。
森林の中にも関わらず、台風の目の様に木々が開けているそこは、今日も変わらず光が降り注いでいた。ここにだったら何時間でもいられるな……。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「……昔話みたいになっちゃったな……」
丘の上でガックリと項垂れるボクと、半分死に掛けている真帆。
先程の勝負は真帆の大勝利に終わった。
理由は言うまでもなく、池に居る時間が長すぎた為だ。ホントにウサギとカメだよ……。
「はぁ、はぁ、はぁ〜……北斗って何で息切れないの?」
「ん? さっきの昼寝でスタミナは満タンだからね。そんなことより、いつもの所に行こう」
「はぁ、はぁ……うん」
「はい、ジュース。りんごでいいよね?」
「うん、ありがとう」
ボクと真帆の指定席――丘の上に唯一あるベンチ――に座り、いつものように景色を眺める。
ちなみに真帆はりんごジュース、ボクはアップルティーを飲みながらというのも定番だ。
「やっぱりいつ見ても綺麗だね〜」
「ああ」
キザな人ならここで『君の方が綺麗だよ』とか言うんだろうな……。
もちろんボクは言わないけど。
正確には言えない、かな。
「どうしたの?」
「へっ? あ、いや……。あまりに景色がいいから眠くなってきちゃったな〜っと」
「毎度の事ながら早いね」
焦って適当に誤魔化したかの様だが、実際ボクはここにくるといつも熟睡する。
専用の枕を使って――
「まあまあ、それが瀧本北斗たる所以なんだし。というわけで、おやすみ〜」
コテッと真帆の太腿に頭をあずけ、目を閉じる。
俗に言う膝枕だ。
「はいはい、おやすみなさい」
真帆の優しい声を聞いた数秒後、ボクは深い闇へと落ちた――




