第二話:不思議な力
青く澄んだ空とプカプカと浮かぶ入道雲、吹き抜ける風――は文句のつけようがない。
しかし、春の暖かい日差しとは言い難い、六月特有の暑さと湿気の屋上。
春や秋ならグループで昼食をとる生徒もいるが、今の時期は幸か不幸かボク達以外に人の姿はなかった。
「はい、北斗。あ〜んして」
「……」
去年の秋、 ボクが金欠で死にそうになった頃からこの昼食はずっと続いている。
真帆は料理が上手いから手作り弁当はありがたいけど、さすがにこれは周りの視線を関係なしに恥ずかしい。
当の真帆は嬉しそうにオカズを掴んだ箸をボクの口元に運んでくるけど……何が楽しいんだろう?
自分で食べた方が明らかに早いし時間もかからない。それに昼休みも食事だけで潰れるなんて事はないはずだ。
そんな事を考えてるボクに「どうしたの?」と小首を傾げ顔を覗き込んでくる。
「そ、そろそろその『あ〜ん』は止めない?」
「え? でも箸は一膳しかないし」
努めて笑顔で提案するボクに、真帆は素で返してくる。いつもこの調子だから、ちょっと天然なのかもしれない。
「いや、箸くらい持ってくればいいでしょ? なんだったらボクが持ってくるけど」
「……北斗はこういうのイヤなの?」
う……何でそこで泣きそうな顔に? そんな顔されたら返答に困るじゃないか。本当は嫌じゃないんだけど羞恥心が……。
「でも本当は嫌じゃない」
「へ?」
横に居る真帆とは違う位置から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。今のってボクの声の真似かな?
「むしろちょっと嬉しかったり、って思ったでしょ?」
「あ、サナちゃん。こんにちわ」
先程までの泣きそうな顔から一転して、花が咲いたような笑顔を先程の声の主へ送っている。
……あれ? さっきの表情は演技?
「シャッス、お二人さん。相変わらずラブラブだね」
「サナ、またそれ?」
「へっへ〜、合ってたでしょ?」
わざと大きく溜め息をついたボクにふふん、と得意気に胸を張っている。
「え? そうだったの?」
「……」
和泉沙苗、何故かいつもボクの心の中の言葉を、精確に読み取る。
本人は『女の勘』とか言ってるけど、そんなレベルじゃない。本当は読心術か何かが出来るんじゃ……。
「何? 私のナイスバディに見とれちゃってるの?」
「ち、違うよ」
「確かにサナは背が低いのを除けばモデル並のプロポーションだ。真帆は……。だってさ?」
「うぇっ!? どこから読んでた!?」
「大体最初から」
「北斗?」
まずい、凄く怒ってる。サナみたいに心が読めなくてもこれは簡単に分かる。
「あ、いや、ほら、真帆はスレンダーな感じが魅力的だと思うよ?
それにそのショートカットにした髪も、スポーティな感じがして……」
ボクと真帆の視線が絡み合う。数秒間そうした後、一人だけマイペースなサナが口を開く。
「本心みたいだよ?」
「北斗」
ほっ、真帆に笑顔が戻った。
……絶対読心術だ。
「ところでサナは何しにきたの?」
「え? あ、忘れてた。真帆、教頭が呼んでたよ?」
「え、ホント? ありがと、すぐ行くね」
身の回りをテキパキと片付け食べかけの弁当をボクに手渡し、足早に扉の向こうへ向かった。
去り際に「ごめんね、あとは自分で食べてね」と言い残して。
「この前の論文かな?」
「ん、多分そうだろうね。いや、英語のスピーチ・コンテストの話かも」
「ま〜ったく、天は二物も三物も与えるものね」
「そうだね」
我ながら何でボクなんかと付き合ってるかが分からない。まさか他にも彼氏がいっぱいいるとか? いや、でも真帆に限ってそんなことは……。
「何? ホクトの他に彼氏がいないか心配だってゆーの?」
「だから人の心を読まないでよ!」
サナの前での思考は自殺行為だというのを再認識させられる。間違ってもサナに対する悪口を頭に浮かべてはならない。
「まあまあ、でも全然心配いらないと思うよ?」
「え、何で?」
「何でって……。分からないの?」
素直に頷いたボクの顔を食い入るように見つめ、ふう、と大きな溜め息をつく。
そして呆れ返った様に一言。
「ま、自分で考えなさい」
「考えなさいって……」
人の心なんて考えても解らない。心理学とかの知識があったらちょっとは分かるかも知れないけど、生憎ボクはその分野の知識は持ち合わせていない。そんなボクに含みのある笑みを浮かべ、踵を返す。
「ほいじゃ、私は退散しま〜す。アオフ・ヴィーダーゼーエン」
「ん、じゃあね」
アオフ・ヴィ? なんて言ったかよく分からない言葉を残し、颯爽と扉の向こうへと消えた。
いつも思うけど相手が分からない言語を使っても意味無いよ……。




