最終話:ミエナイチカラ
手を伸ばしたままの真帆が、不思議そうに小首を傾げている。
「あれ? はは、オカシイな」
そんな真帆にもう一度手を伸ばすが、何故か手に触れる事が出来ない。
「ほく……と?」
何度手を伸ばしても手が届かない。
差し出された真帆の手が遠ざかっていく。
「え?」
――違った。
遠ざかっているのは――
ボクノホウダッタ。
「!?」
そう認識した途端、全身に恐ろしい力が掛かった。
尋常ではない力で後方へと引っ張られている――かと思うと、突然身体が前方に引っ張られ、真帆の直ぐ横を通り過ぎる。
「北斗!?」
一瞬で青ざめる真帆を横目見た瞬間、何とか反転し踏ん張ったが、ボクの身体はズルズルと崖の方へ引き摺られていく。
「ううっ」
全身の骨がミシミシと軋んでいる。
これは一体――
「北斗!」
恐怖と驚愕の入り混じった表情の真帆が、ボクにしがみ付く様に引っ張るが、それでも見えない何かの力には遠く及ばない。
「だ、ダメだよ真帆! 離れて!」
「いや! 北斗は死なせない!」
そんなボク達を他所に、背中では金属製のフェンスが嫌な音を立て、その耐久力の限界を知らせている。
「放してよ真帆! このままじゃ真帆まで――」
――死ぬ。
「ダメ! 置いて行かないで!」
「っ!」
さらに力は増し、声も出せなくなる。
そして、全身の骨が軋む耳障りな音が恐怖を掻き立てる中、一つの結論が頭に浮かんだ。
――そうか。
真帆が死ぬのは明日。
でも……
ボクが死ぬのは――
「あ、真帆。こっちこっち」
「はぁ、はぁ……遅れて、ごめんね……はぁ」
いつもの様に約束の時間を五分程遅れて、待ち合わせ場所に到着する真帆。
毎度の事ながら肩で息をして苦しそうだ。
「あのさ、一応聞くけど今日はどうしたの?」
「うん。いつもより十分早く出たんだけど、来る途中に転んじゃって……」
「家に帰って着替えて来たら遅れちゃったの?」
「うん。……ごめんなさい」
ショボンと肩を撫で下ろす。
そんな真帆を見て『可愛い』と思ってしまうのは不謹慎だろうか?
「ん、気にしないで。ほら、映画始まっちゃうよ?」
「うん。……ありがと」
ポン、と頭を叩いて笑顔を向ける。
すると真帆もいつもの様に笑顔を返してくれる。
こんな何気ないやり取りに幸せを感じる。
真帆と一緒なら、どんな事だって乗り越えられる。
これからも、ずっと一緒に笑っていたい――
ずっと――
――目を開けた。
視界には一面に灰色が広がっている。
音は何も聞こえない。
僅かに感じるのは液体の感触。
……あ。
「――! ――!」
真帆? ……真帆だ。
必死に口を動かしてるが何も聞こえない。
『何を言ってるの?』
そう言ったつもりだったが、声は出なかった。
「――」
何で泣いてるの?
真帆? 聞こえないよ。
…………。
………。
……。
あれ? 急に眠くなってきた。
泣き止んでよ、真帆。
そんな顔されちゃ、安心して眠れないよ。
……ああ、ダメだ。眠い。
ごめんね、真帆。
ちょっと寝たら話を聞くから。
――オヤスミ――




