赤い静寂【一話完結】
産まれた時から、僕は周りより少し落ち着いていた。
そのせいか小学校ではノリが合わず、あまり友達ができなかった。
今日から僕は中学一年生。新しいクラス、新しい教室で、自己紹介をする。
ぼんやり他人の自己紹介を聞いていると、ついに僕の番が来た。
「…僕の名前は松山 怜司です。趣味は読書です。好きな本は、『○○』シリーズです。」
「宜しくお願いします。」
「パチパチパチ」
その後もいくつか拍手が起こり、自己紹介の時間が終わる。
僕の席は廊下側の一番後ろ、の左の席だ。
自分の席で、クラスの雰囲気をぼんやり眺めていると、右隣の席の子に話しかけられた。
「ねえ、松山君だよね。」
その可愛らしい声の方向に、僕は顔を向ける。
いい意味で予想外の外見に、僕は一瞬驚いた。
可愛い、というよりは美しい。姿勢も綺麗で、なんだか上品な女の子だった。
「私もあのシリーズ好きなんだ。良かったら、友達になろう。」
その笑顔に、僕は少しドキッとした。
「…うん。」
僕も笑顔を返し、色々と話をした。
初対面にして、好きな本の話で随分盛り上がった。
こんな子は初めてだった。本の趣味が合う子も、こんなに大人びている子も。
おそらく、それは相手も同じのようだ。
楽しく話しながら、この子の魅力に少しずつ引き込まれていった。
学校も終わり、放課後。
「「ねえ。」」
僕たちは、連絡先を交換した。
僕は帰り道で、新しい連絡先を確認する。
「和泉 凛華」
なんだか名前まで美しい気がする。名は体を表すとは、このことか。
くだらない考え事をして、ぼんやり歩く。
いつもの長い帰りも、今日はあっという間だ。
「ただいまー」
僕は元気にドアを開ける。
「おかえり怜司、夕飯できてるよー」
母は優しく出迎える。
「はーい」
「…今日はさ、こんなことがあってー!……」
いつものように食卓で、学校での出来事を報告する。
僕が話をすると、母は笑顔で話を聞いてくれる。
とても優しくて、無邪気な笑顔。
僕は母の笑顔が好きだ。
「ごちそうさま。美味しかった!」
夕飯を食べ、お風呂から上がると、父が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり、ご飯できてるよ」
「ああ、ありがとう!」
そう言うと父は、すぐに食卓についた。
「やっぱりお前の飯は、美味しいな!ははは」
母も嬉しそうに笑う。今日も家族仲は良好だ。
僕は微笑みながら階段を上り、自室に入る。
寝る前に少しだけ本を読み、あの子のことを思い出す。
来週の楽しみを胸に、深く眠りについた。
――土日が終わり、また一週間が始まる。いつも早めだが、今日は早く着きすぎた。教室に入ると、まだクラスメイトは誰もいない。
仕方なくカバンから本を取り出し、ゆっくり読む。
教室の中には、ページをめくる音だけが響く。
僕は、この静かな空間がとても好きだ。
しばらくして本に没頭していると、クラスメイトが少しずつやってくる。
「おはよー」
隣の席は、まだ空いている。
顔の向きを戻し、また本に向けると、肩をポンと叩かれた。
「ふふ、おはよう。」
「…おはよう、和泉さん」
互いににこやかな笑顔を交わす。
和泉さんは、なんだか元気そうだ。
「その本、昨日発売のシリーズ最新版だよね…!?」
僕の本を指して言った。
「私、昨日は家にずっといて、買えなかったんだ。」
「……良かったら、後で貸してくれないかな?」
「…ああ。僕は二周目だから、今貸すよ」
僕はすんなり渡した。
彼女のテンションも珍しく上がっていて、少し驚いた。
「…ありがとう!」
いつものクールさからは想像できないような、無邪気な笑顔。
昨日すぐ買っておいてよかったと、心の底から思った。
――授業を挟み、休み時間の合間に本の感想を話し合う。
「このシーン、凄く良いよね。物語の背景が伝わってくる。」
「そうだね。それで言うと、僕はここも好きだな。」
会話が弾み今日もまた、あっという間に放課後に。
クラスメイトが教室から出ていく中、僕たちはまだ教室にいた。
まだ帰りたくない。もっと話していたい。
そしてその気持ちは、彼女も一緒のようだった。
「お前らー。もう帰れー」
…結局見回りの先生に見つかり、今日は暗い道を歩いて帰った。
話して、本を読み、また話す。
そんな楽しい日々を過ごし、二週間が経つ。
僕たちは既に、親友のような存在になっていた。
今日は二人で図書室に来た。
よく読むシリーズを読破してしまった僕たちは、新しく読む良作を探していた。
図書室は大好きだ。
大好物の本が沢山並べられている。これほどの絶景はない。
「これはどうだろう」
「あの本は…」
二人で手分けして色んな場所を見漁った。
「これは、いいな」
パラパラと中身を見て、良さげな本を見つけた。また新たな話ができそうだ。
真っ直ぐ和泉さんの方へ向かう。
「ねえ、…」
僕は彼女を呼ぼうとしたが、途中で辞めてしまった。
これほどの絶景を目にしたからだ。
彼女は背伸びし、届かない本に手を伸ばしている。
日差しが反射して、サラサラの黒髪が際立つ。
彼女の輪郭も明瞭になる。
綺麗な顔立ちがはっきりと見える。
……長いまつ毛だ。
美しい横顔に、しばらく僕は目を奪われていた。
少し経つと、彼女は僕に気づき、笑った。
「もう、早く助けてよ。」
胸を叩かれたからか、はたまた別の理由かで、心臓の鼓動が跳ね上がる。
それから、見つけた本を紹介して話し合った。
とことん話し合い、話題も尽きて静かになった頃、彼女が話す。
「……私さ、この静かな空間が大好きなんだ。」
「エアコンの音とか、鳥の声とか、ページをめくる音とか、そういう音だけ聞こえる空間。」
「分かる?笑」
ああ、凄く分かる。
すぐに言葉が出なかったが、後でちゃんと口に出した。
「本当!?……」
日も暮れて、家に帰りしばらくしてから、僕はある感情を自覚した。
自覚した感情に悩まされ、僕たちは夏休みを迎えた。
今日は花火大会。
僕は和泉さんを誘ってみた。
「いいよ。行こう」
メールの通知を見ながら歩く。
夕方になり、花火もそろそろ上がる時間。
僕は会場に着いたと同時に、彼女を見つけた。
いつもの儚い雰囲気、綺麗な赤い浴衣、簪を身に纏う。
僕の気分は高揚したが、表には出さなかった。
落ち着いて、ゆっくりと近づく。
「浴衣、凄く似合ってるね。綺麗だ」
浴衣の色に同化する彼女の横顔を見て、僕は小さく深呼吸した。
それから、二人でたくさん屋台を回った。
綿菓子の甘い匂いも、焼きそばの煙も、
全部が少しだけ赤く感じた。
それに夢中になっていると、空も暗くなる。
もうすぐ花火も上がる。
人も集まってきた。
なんだか騒がしい。
そんなことを考えていると、不意に花火が上がる。
花火の音に同調するように、心臓が跳ね上がる。
それに対して、僕の心の中は割と落ち着いていた。
……ここじゃ、ないな。
「…ちょっと、こっち来て」
僕は彼女の腕を掴んで、ゆっくり歩いた。
前へ進むにつれ段々と、賑やかな声が遠ざかっていく。
花火ももう見えなくなったとき、僕たちはそこに着いた。
車道の傍らの草原だ。
下り坂の先には、湖に映る月がよく見える。
少し吹く風が、小鳥たちの声を届けに来る。
僕より先に、彼女は腰を下ろした。
「…私、賑やかな場所、あまり好きじゃないんだよね。」
「怜司君が連れてきてくれて、ちょっと安心した。」
知ってるよ。
そう思いながら、空に顔を向ける。
少し迷って、何気ないトーンで僕は言う。
「……月が綺麗だね。」
「…もしかして、口説いてる?笑」
馬鹿にするように、君は無邪気に笑う。
何度も見た、僕の大好きな笑顔。
もう迷いのない僕は、少し微笑んだ。
「うん。」
空気が一気に静かになった。
いつの間にか、もう風は吹いていない。
子鳥はどこにもいない。
湖は微動だにしない。
ただ月の冷たい明かりが、僕たち二人を照らしていた。
「……」
僕はまだ月を見ている。
なんて返されるんだろう。
隣を見るのが怖い。
「……ぃ…」
「え?」
か細い声につられて、思わず振り返る。
「ははははははっ」
予想外の光景を見て、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。
君はまた、赤い浴衣に同化している。
終
最近執筆に興味を持ち、長編を暫く書いていたのですが、やはり初心者には難しく、一旦、それの一部を改良し短編として出すことにしました。ごく普通の物語ですが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。




