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2.兵器工場

 ガツーン・ガツーン


 小川信行はハンマーを振って魚雷の形を整えている。信行は学徒動員でこの工場で働き始め、もう一年以上になる。

 鋭い金属音が工場の中のあちらこちらでおこり、建物の外では蝉がけたたましく鳴いている。

 長崎では地形のせいで港の対岸の蝉の声も良く聞こえる。それに、数も多い。

 ハンマーの音と夏の暑さに蝉の鳴き声のせいで、季節としての夏の密度というかそう言うものが濃い様に思える。


 信行の腕は毎日のハンマリングのせいで筋肉隆々な状態で、ランニングシャツ姿で汗だくになって重いハンマーを丸い筒に打ち付けている。

 時間が昼に近くなり、気温はぐんぐんと上昇している。


 そんな時、空襲警報が鳴った。

 8月になって工場付近に爆弾が落とされたばかりで、工場の中は空襲警報に緊張し、作業の手がとまり工場内は静かになり、ただただサイレンと蝉の声が響いていた。




 気が付いたら信行はがれきの中に倒れていた。何が起こったのか分からない。周りの建物はボロボロに破壊され、一緒に働いていた人たちが倒れている。

 あちこちでうめき声が聞こえる。


 爆弾が爆発したらしい事は分かった。


 信行は起き上がろうとしたが、背中全体に激痛が走り、立ち上がれなかった。

 それでも、痛みに耐えて四つん這いになると、周りを見渡した。うめき声がする方を見てもがれきの中から聞こえて来る。

 死がそこら中にあった。


 長い時間をかけ、背中中に痛みを感じながら壁にすがりながら立ち上がった。腰から下に血が流れているのを感じる。

 あちこちから聞こえるうめき声、背中の痛み。

 一体どうなっているのか、壁伝いに歩いて信行は建物から外に出たが、そこには破壊された町があるのみだった。

 工場の近くに小高い丘の様な所があり、そこに長い時間をかけて登った。


 長崎の街は吹き飛ばされていた。


 丘に先に着いていた服装から判断するにおそらく軍人と思われる人物が煙草をほぐして傷の止血をしていた。


「長崎はもうダメばい。こげんなってしもうて」

(なん)があったとですか」

「わからん」

 軍人は遠い目をして、きれいに吹き飛んで地形だけになった街を見ながら言った。

「浦上天主堂もやられとるばい」

 信行が視線を向けると、信者が手作りでレンガを積んで作った美しい教会は、見る影もなく破壊されていた。


 しばらく二人とも黙って吹き飛んだ町を見ていたが、信行は気になっている事を確認してもらおうと軍人に尋ねた。

「すんませんばってんが、背中ば見てもらえんですか。どげんなっとるでしょうか」

 そう言われた軍人は信行の背中を見てこう言った。

「あんた、背中ボロボロばい」

 この人はとても助からない。そう思ったのだろう、何とも言えない気の毒そうな表情で言った。

「そうですか……」


「汽車の止まっとる」

 軍人は信行の肩越しに遠くを見て言った。

 確かに、黒い煙を吐いている列車が止まっていた。

「あそこまで行けば何とかなるかもしれんばい」

「そうですなー」

 信行は気の無い返事を返した。

「どうぞ。おい(おれ)の事は気にせんで行って下さい」

「……」

 軍人は無言で信行を見つめ、そして何かを決意して「では」と言って立ち去った。




 何という事だろうか。もう自分はダメか。死ぬのか。




 信行は無表情に丘の上からがれきとなった町を眺めていた。

 後は死を待つだけ。

 

 その時、遠くに煙が見えた。

 長崎駅まではとても入れないが、道ノ尾あたりまでは入っている。

 行って見るか。

 そこまで自分の命が持つものかもわからないが、このままと言うのも悔しい。何れにしても、ここにこのまま居ては死ぬ。

 信行はゆっくりと立ち上がると歩き始めた。背中じゅうに鋭い痛みがあるがゆっくりとなら歩けない事はない。




 駅までの道中は見たくないものばかりだった。熱線で焼かれて皮膚がはがれてしまっている遺体。ほかには遺体から腕時計を盗もうとしている者。

 背中の皮膚をふんどしの様に垂らしてふらふらと歩いている者。リアカーに乗せられて運ばれている人もいた。遠くで助けを求める声が聞こえたが信行にはとても何かをしてあげれる状況ではない。

 ここは地獄ではない、もっとひどい所だ。



 どれくらい歩いただろうか。

 やっと駅にたどり着いた。駅では多くの人が一人でも多く負傷者を列車に乗せようと奮闘していた。

 他の人たちの火傷のひどさはひどいもので恐怖を感じるほどだった。

 皆上半身は裸だった。

「はよー乗れ!」

 信行は声を掛けられ、腕を押されて列車に押し込まれた。

 列車の中は誰かを呼び続けている人、泣いている人、うめいている人などで埋め尽くされていた。信行は廊下に座り込んだ。すぐ隣の席の人は全身を熱線で焼かれており、うめき声をあげていたが、しばらくして息を引き取った。




 信行は大村で列車から降りた。

 ここからは自力で病院へ向かうしかない。

 ふらふらと、時折意識がなくなりそうになりながら歩いて病院へ向かって歩く。そのうちに一人また一人と合流して数人で病院へ向かうことになった。

 だが、この集団が病院へたどり着けるのか怪しい。

 意識も薄弱になりながら歩いていると、目の前に交番が現れた。

「なんか食べもんはなかですか?」

 気力を振り絞って交番まで歩くと、信行は思わず声を掛けた。

 駐在さんはやや驚いていたが、信行たちの血まみれの姿を見ても動揺する感じではなかった。おそらくもう爆弾の連絡は来ているのだろう。

 駐在さんは一旦奥へ引っ込むと、鍋を持って現れた。

「こいでよかなら」

 信行は思わず二、三口掻き込んだが、ハッとして

「一緒に食べんですか?」

 と同行の皆に声を掛け、皆久しぶりに食べ物を口にした。皆むさぼり食った。


 一行は駐在さんにお礼を述べて交番を後にした。

 

 鍋の中にあったのはおじやの様なものだったが、それでも、極限状態の肉体に食べ物と水分は活力を与え、気力まで湧いて来た。

 そうして信行ら一行は何とか病院へたどり着くことが出来た。


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