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1.プロローグ サラ・スミスの思い

 この話は特別な思想信条を持って書いている話ではありません。


 私の両親は被爆者ですでに二人とも亡くなっています。

 私はその両親の話を聞いて育ちました。

 そして、私は両親の人生(私が産まれる前の)を垣間見ただけです。

 この話は両親から聞いた事を元にして私が話を作っている創作物です。

 両親の供養になればいいなと思って書きます。


 決して楽しい内容ではありません。

 不快に思われる方もいると思いますので、その点はご了承ください。


 この話は完全にフィクションです。


 海に面した広い公園がある。

 きれいに整備され、憩いの場所として多くの人が利用している。

 青い空が港の海面に移り込んでとてもきれいな港町をまぶしくしている。

 この町には平地はほとんどないためこの公園は海岸を埋め立てて造られた。

 昔は倉庫街だった所だ。


            ◆


 「こういう海からすぐに山になっている所は良い港の証拠だよ。海に深く切れ込んでいるから水深が深い」

 小さい頃、お父様が私の頭を撫でながら教えてくれたわ。

 お父様もこの港町の事が好きだった。


 サラの座っているベンチの前を高校生のカップルが楽しそうに笑いながら歩いて行く。

 その姿を見送りながらサラはふっと微笑んだ。


 すっかり景色の変わってしまったこの港町に私はもうどれくらいいるのかしら。

 ふと昔の事が思い出された。


            ◆

 

「何とも景色の良い港町だな」

 お父様の町を見ての第一声だった。

 私たちは車の後部座席に並んで座って長崎の街並みを見ながら話していた。

「お父様、気に入りました?」

「ああ、気に入った。空もきれいで最高だ」

「私もこの港町が気に入りました」

「そうか、それは良かった。さ、領事館へ行こうか」

「はい」


 私はイギリス領事館の職員だったお父様に連れられて長崎にやって来た。

「さ、行こう」

 お父様は領事館へ寄って着任の挨拶などを済ませてから私に声を掛けた。

「もう住むところは用意されてるって」

 お父様は顔の前でプラプラと鍵を揺らしたわ。


 その家は何とも言えないたたずまいだった。

 西洋風の造りの家だが、木造だった。柱の意匠はかなり手間をかけてある。

 似たような建物が7、8件並んで立っている。しかも急な斜面の途中に。サラは日々の坂の上り下りを考えると気分が憂鬱になった。


 けれど、その分景色は最高だった。港が一望できて、船の出入りが良く見える。そして、船の汽笛が鳴って、それが山にこだまして独特の雰囲気があった。

 海風がサラの長い髪を揺らす。 

 サラも長崎が好きになった。


 それからしばらくの間、手続きや何かでサラも父も忙しく過ごしていたが、やがて生活は落ち着いた。


 


 楽しかったな。

 サラは青い空を見上げながらつぶやいた。


 その後、お父様が病気で亡くなってしまって…


 サラは一生懸命父の看病をしたが、3か月ほどであっという間に旅立ってしまった。

 サラは帰国するしかなくなった。


 そう思っていた時に、修道院からサラに声がかかり、迷った挙句にお世話になることにした。


 元々長崎には歴史的に教会が多く、知り合いになったシスターも多かった。

 その中の一人がサラの境遇を知っており、たとえ帰国したとしてもサラが天蓋孤独であることを気の毒に思い、声を掛けて来たのだ。


 あまり信心深い方ではないサラだったが、長崎の生活は気に入っていたし、日本語も少しは話せるようになって来ていたところだ。


 生活は厳しいだろうけど最低限の生活は保障されている。


 だが、手続きは簡単ではなかった。

 領事館職員の子供という事でスパイ容疑がかけられた。時代は風雲急を告げていた。

 世話をしてくれたシスターが粘り強く交渉してくれたおかげで何とか許可が下りたが、日々の監視は厳しかった。


 やがて…戦争が始まった。


 監視はさらに厳しくなり、生活も苦しくなっていった。

 サラは早く戦争が早く終わるように祈りをささげる日々を過ごした。


 だが、戦況はどんどん悪くなり、とうとうアメリカの戦闘機が長崎へも飛来するようになって来た。

 人々の疲弊は明らかだった。


 その日、サラは用があって長崎大学の医学部を訪ねようとしていた。

 夏の日差しがとても強く暑い。サラの乗った路面電車は窓がすべて開け放たれている。その窓の外からは盛んに蝉の鳴き声がする。

 サラは長崎大学の前の電停で降りた。


 道路を渡って大学のの建物に入り、医学部を訪ねると若い看護婦さんが迎えてくれた。

 いろいろと話をしているうちに打ち解けて、彼女が隣の市から着ている事など教えてくれた。サラが日本語が上手だと言って少し驚いてもいた。


 突然空襲警報が鳴り響いた。


「早く地下に…」

 そこまで彼女の声を聞いたところで、鋭い光線が見えたと思ったら吹き飛ばされていた。窓ガラスがあちらこちらで割れる音がした。


 原子爆弾が爆発した。


 サラの遺体は荼毘に付される前に、修道院の面々と対面が叶った。シスターの服を着ており、なおかつ外国人であったため修道院の者と特定できたからだ。


            ◆


 意識のはっきりしないままサラは建物の中に立っていた。


 あれ、私……

 さっき


 えっ


 目の前に先ほど話をしていた看護婦が血まみれで倒れていた。いや、彼女だけじゃないあらゆるものが壊れて散らばっていて、床には割れたガラスが散らばり、他の人もみんな血まみれで倒れている。

 看護婦はまだ息があった。助けを呼ぼうとして振り向くと見覚えのある姿の人が倒れている。


 ……


 その時、血まみれの男性がやって来て彼女を発見した。

「おい、息があるぞ」

 彼女は無事運ばれて行った。


 よかった……


 サラは見覚えのある姿をした人をしばらく見つめてから建物を後にした。


 修道院にたどり着くまでの町は地獄そのものだった。

 がれきだらけの街をあるき、皮膚がただれた人がそこら中をふらふらと歩いている。みんな水を欲しがっていた。    

 たくさんの死体もとても見れた状態ではなかった。


 誰一人普通の状態の人間がいない。


 夏の暑い日差しの中、サラは修道院へたどり着いた。ここはほぼ無傷だったが、けが人がどんどん運び込まれてごった返していた。

 建物に入る。

 誰もサラに気が付かない。

 サラは自分の部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。

 そうして深い深い眠りについた。

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