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ゴースト・ライセンス―その「殺人」は、被害者を救う―  作者: あおいろぱりお


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第六話 感染したシナリオ

 2014年、8月17日 午後7時。

 県警本部、捜査一課フロア。


 怒号と電話のベルが飛び交う喧騒の中、一ノ瀬玲奈はホワイトボードの前に立ち尽くしていた。

 そこに貼り出されたDNA鑑定書のコピー。

 それが意味する絶望的な事実に、彼女は指先が震えるのを止められなかった。


「……ありえない」


 アパートの現場から検出された「第三のDNA」。

 それは、警察庁のデータベースにある『特異重要指定被疑者』の型と完全に一致していた。


 ――通称『8月の吸血鬼』。

 10年前の夏、県内で3人の女性を惨殺し、煙のように消えた未解決事件の犯人だ。


「おい一ノ瀬! 何をしている!」


 上司である係長の怒声が飛んだ。

 玲奈はハッと我に返る。


「係長……! これはどういうことですか? 10年前の犯人が、昨日のアパート事件に関与していると?」

「その可能性が高い。捜査方針を切り替えるぞ。『ストーカー殺人』から『連続猟奇殺人』への格上げだ」

「待ってください! じゃあ、権田家の神隠し事件はどうするんですか? 防犯カメラに映った『筒を担ぐ男』の解析は……」


 玲奈が食い下がると、係長は苦虫を噛み潰したような顔で手を振った。


「そっちは一旦凍結だ」

「凍結!? 子供がいなくなってるんですよ!」

「権田先生から横槍が入ったんだよ。『息子の家出を誘拐事件にするな』とな。世間体が悪いそうだ。……それに、あの防犯カメラの男、雨でナンバーが読めん。これ以上リソースは割けん」


 玲奈は拳を握りしめた。

 権力者の圧力と、過去の亡霊(連続殺人鬼)の出現。

 二つの大きな力が、目の前の小さな命(優太くん)の捜査を握り潰そうとしている。


 (……違う)


 玲奈の刑事としての勘が警鐘を鳴らす。

 アパートの事件と、権田家の事件。

 一見無関係に見える二つだが、何かが繋がっている気がする。

 そして、その中心にいるのは――。


 『リフォームなら、壊れたものを直す仕事よね』


 あの時、葛城湊は寂しげに笑っていた。

 もし彼が、権田家の子供を救うために「誘拐」をしたのだとしたら?

 そして、もし彼が……アパートの事件にも関わっているとしたら?


 (葛城くん、あなたは一体何者なの?)


 玲奈は迷いを断ち切るように、ジャケットを羽織った。

 組織が動かないなら、単独で動くしかない。

 彼女は誰にも告げず、裏口から本部を飛び出した。


----------×--------------------×--------------------×


 同日、午後8時。

 市内某所、産業廃棄物処理場の裏手。


 俺、葛城湊は、積み上げられたドラム缶の影で、一人の男の胸ぐらを掴み上げていた。

 相手は須藤(すどう)。この処理場の夜勤スタッフであり、俺に「期限切れ血液」を横流ししている協力者だ。


「……おい、どういうことだ」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷え切っていた。


「あのアパートに撒いた血の中に、『混ぜ物』が入っていたぞ」

「ぐ、苦しい……! 離せよ葛城!」


 須藤は脂汗を流しながら、俺の手を振りほどいた。

 彼は咳き込みながら、怯えた目で俺を見る。


「ま、混ぜ物? なんのことだよ。俺はいつも通り、廃棄処分になった輸血パックを渡しただけだぞ」

「嘘をつくな。警察の鑑定で、10年前の連続殺人犯のDNAが出たんだ。俺が混ぜたのは依頼人の血と、お前から買ったA型のパックだけだ。……あのパック、どこから仕入れた?」


 俺の問いに、須藤の視線が泳いだ。

 やはり、何か隠している。


「言え。言わないなら、お前の裏帳簿を警察に流す」

「ま、待て! 言う! 言うから!」


 須藤は慌てて手を合わせた。


「……実は、今回のロットの中に、病院ルートじゃないやつが混ざってたんだ」

「病院じゃない?」

「ああ。『闇診療所』だ。……港湾地区にある、不法滞在者やヤクザ専門のモグリの医者だよ。そこから出た医療廃棄物を、俺が小遣い稼ぎで引き受けてるんだ」


 俺は愕然とした。

 正規の病院の廃棄血ではなく、裏社会の人間が治療を受けた際に出た血。

 それが、あのパックに含まれていたというのか。


「つまり……その闇診療所に、客として『奴』が来たってことか」


 10年前の殺人鬼。

 警察も捕まえられなかった正体不明の怪物が、今もこの街で生きていて、怪我か病気の治療のために血を流した。

 その血が巡り巡って、俺の手元に来た。

 そして俺は、それを知らずに偽装現場にブチまけてしまった。


「……なんてことだ」


 俺は頭を抱えた。

 これでは、警察の目を欺くどころか、警察の全戦力を呼び寄せる狼煙のろしを上げてしまったようなものだ。

 しかも、「リフォーム屋の葛城」と「10年前の殺人鬼」が、警察の中で一本の線で繋がろうとしている。


「葛城、俺も知らなかったんだよ……悪気はなかったんだ」

「……もういい。その診療所の場所を教えろ」


 俺は須藤からメモをひったくった。

 震える拳を握りしめる。


 十年間、俺は“職人”として「決して人は殺さない」というルールで裏社会を生きてきた。死を与えるのは救済だからだ。生かして、全てを奪うのが俺の罰だ。

 だが、相手があの『吸血鬼』だとしたら?

 美咲(みさき)を虫ケラのように殺したあの怪物を、俺は「生かして」おけるのか?


 (……いや、だめだ。感情に流されるな。俺は職人だ。殺人鬼じゃない)


 俺は自分に言い聞かせた。だが、体の奥底で(くすぶ)る黒い炎は、俺の理性を焼き尽くそうとしていた。

 「社会的な死」などという生ぬるい罰で、あいつを許せるのか――と。


 そして現状は最悪だ。

 だが、見方を変えればチャンスでもある。

 10年間、誰も掴めなかった「奴」の尻尾が、今、俺の手の中にある。


 俺の幼馴染を殺した犯人。

 俺をこんな「ゴースト」に変えた元凶。

 そいつが、すぐ近くにいる。


 ブブブ……。

 ポケットの中の携帯が震えた。

 一ノ瀬玲奈からだ。


 俺は深呼吸をして、通話ボタンを押した。


「……はい、葛城リフォームです」

『葛城くん。今、どこにいるの?』


 彼女の声は硬い。

 だが、その声の裏に、微かな「助けを求める響き」があるのを俺は感じ取った。


『ちょっと……相談したいことがあるの。仕事じゃなくて、個人的なことで』


 俺は夜空を見上げた。

 星は見えない。街の光が空を濁らせている。


「奇遇ですね。俺も今、コーヒーが飲みたい気分だったんですよ」

 

 この街に、10年前のあの血の匂いが漂い始めた――

 そして、その中心に俺はいる。


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