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ゴースト・ライセンス―その「殺人」は、被害者を救う―  作者: あおいろぱりお
第一章 License

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第十六話 悪魔の工作

 2014年、8月19日 午後6時30分。

 郊外の大型ホームセンター『DIYスクエア』。


 自動ドアを抜けると、冷房の効いた空気と共に、製材された木材とゴムの匂いが鼻孔をくすぐった。

 店内は、夕食の買い出しついでに立ち寄った家族連れや、趣味の日曜大工に勤しむ老人たちで賑わっていた。

 平和な火曜日の夕暮れ。

 その日常的な風景の中に、俺という「異物」が混ざり込む。


 俺は大型のカートを押し、迷いのない足取りで資材売り場を回った。

 ポケットからメモを取り出す。

 そこには、これから「人間一人を社会的に消滅させる」ためのレシピが記されていた。


 まずは園芸コーナー。

 『アルミニウム粉末(1kg)』。本来は土壌改良や塗料に使われるものだ。

 次に陶芸・工芸コーナー。

 『弁柄べんがら(3kg)』。成分は酸化鉄。赤色の顔料だ。


 続いて塗料・接着剤コーナーへ。

 『発泡スチロールの板』と『灯油用ポリタンク』。

 そして、ここが重要だ。『業務用のゴム系接着剤(G17ボンド)』を5缶。

 さらに建材コーナーで、『パテ埋め材』と『強力ネオジム磁石フック(耐荷重20kg)』をカゴに入れる。


 レジに並ぶと、パートの女性店員が商品をスキャンしながら、怪訝な顔で俺を見た。

 無理もない。脈絡のない、不気味な品揃えだ。

 特に、大量の酸化鉄とアルミ粉末は、知識がある人間が見れば危険極まりない組み合わせだ。


 俺は人の良さそうな「街の工務店」の笑みを貼り付けた。


「夏休みの工作と、家の補修が重なっちゃってね。いやぁ、子供にせがまれまして」


 嘘ではない。

 俺はこれから、人生で最大級の「工作」をするのだから。

 店員は愛想笑いを返し、レシートを渡してくれた。

 その紙切れが、これから起きる爆炎の領収書だ。


----------×--------------------×--------------------×


 午後6時50分。

 葛城リフォーム、作業場。


 シャッターを下ろし、外からの視線を遮断する。

 俺は換気扇を「強」に設定し、作業台の上に買ってきた材料を広げた。

 ここからは時間との勝負だ。

 俺はリフォーム屋の作業着を脱ぎ、化学防護用のエプロンとゴーグルを装着した。


 まずは「火力」の調合。

 ステンレスのボウルにアルミ粉と酸化鉄を出し、重量比3対8で慎重に混ぜ合わせる。

 銀色と赤色が混ざり合い、鈍い茶色の粉末へと変わっていく。

 高校化学でも習う「テルミット反応」。

 だが、その威力を甘く見てはいけない。適切に調合されたこの粉末は、着火すれば一瞬で摂氏2500度――鉄が蒸発するほどの超高温を生み出す。


 俺はこの粉末を塩ビパイプにぎっしりと詰め込み、中心にマグネシウムリボンを導火線として差し込んだ。

 即席の「焼夷筒(しょういとう)」の完成だ。

 これを現場の天井に仕掛ける。

 狙いは「死体」と「GPS端末」の物理的破壊。

 骨まで消す魔法の杖ではないが、現場を崩落させ、DNA鑑定のための細胞核を焼き尽くし、特定を数週間遅らせるには十分な熱量だ。


 次に、燃料の作成。

 ガソリン携行缶を開け、そこに細かくちぎった発泡スチロールを投入していく。

 シュワシュワという音と共に、スチロールが溶けていく。

 そこに『ゴム系接着剤』を流し込み、撹拌(かくはん)棒で練り上げる。


 鼻をつく揮発臭。

 サラサラだったガソリンが、ドロドロの黒いゲル状物質へと変化していく。

 即席のナパーム剤だ。

 ただのガソリンは爆発的に燃えてすぐに消えるが、こいつは違う。対象にへばりつき、執拗に、骨の髄まで焼き尽くすまで燃え続ける。

 俺はこの悪魔のジャムを、灯油用のポリタンクに詰め込んだ。


 そして最後に、主役の準備。

 事務所の奥から、かつてアパレル店舗の改装時に引き取った「等身大マネキン」を引っ張り出す。

 関節の動く、リアルなタイプだ。

 俺は電動ドリルを手に取ると、マネキンの左胸部分を削り取り、スマートフォン一台がすっぽり入る空洞を作った。


 仕上げに、冷蔵庫から「輸血用パック」を取り出す。

 数日前にあらかじめ頼んで用意しておいた玲奈の血液。

 俺はパックにナイフを入れ、マネキンの腹部の詰め物と、着せる予定のスーツにたっぷりと染み込ませた。


 鉄の臭いと、血の臭いが混じり合う。

 薄暗い作業場に、首のない血塗れの女が座っている光景は、狂気そのものだ。

 だが、これが俺の描くシナリオの主演女優になる。


 俺は血塗れのマネキンを防水シートで包み、軽バンの荷台に積み込んだ。

 準備は整った。


----------×--------------------×--------------------×


 午後7時20分。

 港湾地区、第9倉庫。


 日は完全に落ち、倉庫街は鉛色の闇に沈んでいた。

 潮風が錆びついたトタンを叩き、キイキイと悲鳴のような音を立てている。

 俺は裏口の鍵をピッキングで開け、誰もいない倉庫へ侵入した。


 カビと油の腐った匂い。

 広大な空間の中央には、誰かが持ち込んだボロボロの革ソファが一つだけ置かれている。

 あそこが祭壇だ。


 俺は暗視ゴーグルを装着し、手早く「舞台装置」のセッティングにかかった。


 まずは天井。

 地上8メートルの鉄骨梁。

 通常なら梯子が必要な高さだが、足場が悪く時間はかけられない。

 俺はパイプ状の「焼夷筒」に取り付けた『強力マグネットフック』を確認した。

 梁の下まで移動し、一気に放り投げるようにして鉄骨の裏側に近づける。


 ガチン!


 硬質な音が響き、焼夷筒が鉄骨に吸着した。耐荷重20kgの磁力は伊達ではない。

 位置は完璧。ソファの真上だ。

 起爆スイッチはない。俺がここからネイルガンで導火線を撃ち抜けば、それが合図になる。


 次に、壁際に立てかけられたベニヤ板の裏。

 地下ダストシューター。

 かつて木材の木屑を地下焼却場へ落としていた穴だ。

 俺はシューターの内側に、業務用のシリコンスプレーを一本丸ごと噴射した。

 摩擦を極限まで減らし、音もなく滑り落ちるための潤滑剤。


 それから、俺はソファに「血塗れのマネキン」を座らせ、その上から毛布を被せた。

 薄暗い倉庫の中では、恐怖に震えてうなだれる女性にしか見えない。

 足元には、ナパーム剤入りのポリタンクを隠す。

 

 最後に、裏口の鉄扉。

 ここが一番の仕掛け所だ。

 犯人(吸血鬼)は、犯行後に必ず人目のつかない裏口から逃げようとする。

 俺はインパクトドライバーを取り出し、蝶番(ちょうつがい)を固定している太いビスを全て抜き取った。


 鉄扉がグラリと揺れる。

 俺はビス穴に『パテ埋め材』を詰め込み、その表面に「ビスの頭(切断したもの)」を接着剤で貼り付けた。

 見た目は頑丈な鉄扉。

 だが、その実態は砂の城だ。

 大人の男が全力で体当たりすれば、パテが砕け、扉は枠ごと外れて倒れ込む。

 そして支えを失った周囲の瓦礫が崩落し、出口を完全に塞ぐ仕掛けだ。


 (逃げ道は塞いだぞ、吸血鬼)


 裏口が使えなくなれば、奴はパニックに陥り、唯一の出口である正面玄関へ走るしかない。

 そこには、GPSを追ってきた警察(西園寺)が待ち構えている手はずだ。

 

 直接手はくださない。美咲はそれを望んでいないだろうから。

 失踪請負人(ゴースト)としての『やり方』で、お前を捕まえて、一ノ瀬さんを守り抜く。


 思えば今まで長かった。10年もかかってしまった。

 だが今夜、やっと美咲の仇を討てる。

 阿久津さんの無念を晴らせる。


 「終わらせてくる。——見ていてくれ、美咲、阿久津さん」

 

 午後7時45分。

 全ての準備が完了した。


 その時。

 倉庫の外で、砂利を踏みしめる靴音がした。

 ヒールの音。玲奈だ。

 そして遠くには、複数の車両が潜む気配――西園寺たちの監視の目も感じる。


 俺は天井の梁の上に身を隠し、息を殺した。

 心拍数を落とす。体温を下げる。

 俺は今、倉庫の一部になる。


 ガチャリ。

 正面の鉄扉が軋みながら開き、一ノ瀬玲奈が入ってきた。

 逆光のシルエットが、不安げに揺れている。


「……誰か、いますか?」


 震える声が、空っぽの倉庫に反響した。

 俺は音もなく梁から飛び降り、彼女の背後に着地した。

 ハッとして振り返ろうとする彼女の口を、手袋をした手で塞ぐ。


「しっ。……俺だ」


 玲奈の目が驚きに見開かれる。

 俺は拘束を解き、彼女の耳元で囁いた。


「時間がない。スマホを貸してください」

「え……?」

「西園寺のGPS。これを『彼女』に持たせる」


 俺は玲奈のポケットからスマホを抜き取ると、ソファの上のマネキンの胸――ドリルで空けた穴に深く差し込んだ。

 これで、西園寺のモニター上では「一ノ瀬玲奈はソファで待機している」ことになる。


「葛城くん、これは……」

 玲奈がマネキンを見て息を呑む。

 闇に浮かぶ、自分と同じ服を着た、血塗れの分身。


「身代わりです。……隠れてください」


 俺は玲奈の手を引き、ベニヤ板の裏、ダストシューターの入り口へ誘導した。


「ここに入って待機してください。いいですか、犯人が来て火をつける。その瞬間まで、絶対に動かないでください」

「でも、あなたは……」

「俺は上で演出をします。……信じてください」


 彼女の冷たい手を一度だけ強く握り、俺は再び天井の梁へと身を躍らせた。

 玲奈がベニヤ板の裏に消えるのを見届ける。


 直後。

 倉庫の外に、別の車のエンジン音が近づいてきた。

 荒々しいブレーキ音。盗難車の排気音。

 

 来た。主賓の到着だ。

 俺はネイルガンの安全装置を解除し、照準を「焼夷筒」の底に合わせた。


 さあ、派手な葬式(リフォーム)の始まりだ。

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