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第9話 システムを壊したその日、

 僕は、破壊の道に手を伸ばした。


 その瞬間、空間全体が震えた。


 球体が、激しく明滅する。


「待て」


 白い僕が、僕の腕を掴んだ。


「破壊を選ぶということは、お前も消えるということだ。分かっているのか?」


「分かってる」


 僕は、白い僕の手を振りほどいた。


「でも、祖父の記憶を受け取って理解した。このシステムは、間違ってる」


 僕は、球体を見つめた。


「人は、自分の意志で生きるべきだ。先駆者の回収装置として存在するんじゃなく」


 球体の中から、複数の声が響いた。


 怒りの声。悲しみの声。懇願の声。


「やめろ」


「システムを壊すな」


「我々の永遠を奪うな」


 それは、これまでに原点に帰還した、無数の意識の声だった。


 しかし、その中に、一つだけ違う声があった。


「やれ」


 祖父の声。


「わしを消してくれ。そして、この間違ったシステムを終わらせてくれ」


 僕は、破壊の道へ踏み出した。


 その道は、光でできた橋のようだった。一歩踏み出すと、橋が崩れ始めた。


 戻れない。


 もう、戻れない。


 橋を進むにつれて、周囲の線が消え始めた。


 無数にあった人生の軌跡が、一本ずつ消えていく。


「何をしている!」


 球体から、怒声が響いた。


「お前は、すべてを破壊するつもりか!」


 違う。


 僕は理解していた。


 線が消えているのではない。線が、「解放」されているのだ。


 先駆者の支配から。


 数字の呪縛から。


 橋の半分まで来たとき、球体の表面が割れ始めた。


 亀裂が走り、そこから光が漏れ出す。


 綾瀬さんが、球体の中から出てきた。


 いや、吐き出された。


 彼女は、床に倒れた。その目に、再び光が宿っていた。


「何が……」


 綾瀬さんが、混乱した表情で周囲を見回す。


「私は、守護者になったはずなのに」


「システムが崩壊し始めてる」


 白い僕が言った。


「破壊の道を選んだ者が橋を渡りきると、原点は消滅する。そして、すべての守護者は解放される」


 綾瀬さんの手首を見ると、000000だった数字が変化していた。


 000001に戻っている。


「私、戻れるの?」


 綾瀬さんの声に、初めて感情が戻っていた。


 恐怖と、希望が混ざった声。


「分からない」


 白い僕が答えた。


「原点が消滅したとき、何が起きるのか、誰も知らない。なぜなら、これまで誰も破壊を選ばなかったから」


 僕は、橋を進み続けた。


 あと少し。あと少しで、橋の終点に到達する。


 その時、橋の先に、人影が現れた。


 母だった。


「お母さん」


 母は、橋の終点に立っていた。その手首には、111111が光っている。


「ここから先には、行かせない」


 母の声は、冷たかった。


「私は、守護者。システムを守る者。あなたが破壊を選ぶなら、私はあなたを止める」


「お母さん、どうして」


「私は、あなたを愛してる。でも、それ以上に、私にはシステムを守る責任がある」


 母の周囲に、赤い光が集まり始めた。


「111111は、記憶の始まり。すべての記録の起点。私は、消灯教が始まった瞬間から、ずっとここにいた」


 僕は立ち止まった。


「お母さんは、ずっと?」


「そう。私は、何千年も前から存在している。形を変え、時代を変え、でもずっと守護者として」


 母の姿が歪んだ。


 その姿が、変化していく。


 若い女性に。老婆に。少女に。


 様々な時代の、様々な姿。


「私は、システムの最初の守護者。先駆者たちが、最初に意識を埋め込んだ人間の一人」


 母が、元の姿に戻った。


「あなたを産んだのは、偶然じゃない。私は、次の破壊者が現れることを予測していた。そして、その者を止めるために、あなたの母親になった」


 僕の心臓が、激しく打った。


「じゃあ、母さんは僕を愛してなんかいなかった、ってこと……?」


 母の表情が、初めて揺らいだ。


「違う。最初は、任務だった。でも、あなたを育てるうちに、本当に愛するようになった」


 母の目から、涙が流れた。


「だから、苦しい。あなたを止めなければならないことが」


 母が手を上げた。


 赤い光が、僕に向かって放たれた。


 しかし、その光は、僕の手前で止まった。


 誰かが、光を防いでいた。


 父だった。


「お母さん、やめろ」


 父が、母の前に立ちはだかった。その手首には、800000が光っている。


「あなた、どうして」


「俺は、二十年間、この時を待っていた」


 父が、僕を振り返った。


「俺が数字を止めたのは、恐怖からだけじゃない。このシステムに疑問を持っていたからだ」


 父が、母を見つめた。


「お前は、良き妻だった。良き母だった。でも、お前は守護者だった。俺は、ずっとそれを知っていた」


 母の目が見開かれた。


「いつから……」


「最初からだ。お前が俺に近づいてきた時、俺は気づいていた。お前の目が、何千年も生きた者の目だって」


 父が、橋の上の僕に向かって叫んだ。


「行け! 母さんは俺が止める!」


「お父さん!」


「いいから行け! お前は、やるべきことをやれ!」


 父が、母を抱きしめた。


 母の体から、赤い光が噴き出す。しかし、父はそれを全身で受け止めた。


「あなた、死んでしまうわ!」


「構わない。俺は、もう二十年も夢を見ていない。生きているのか死んでいるのか、分からない状態だった」


 父の体が、光に包まれていく。


「せめて最後くらい、父親らしいことをさせてくれ」


 父が、僕に笑いかけた。


 その笑顔は、僕が生まれて初めて見る、父の本当の笑顔だった。


 僕は、橋を走った。


 父と母の横を通り過ぎる。


 母の声が聞こえた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 泣いている母。


 初めて見る、母の本当の涙。


 橋の終点に到達した。


 そこには、黒い球体があった。


 原点の核。


 僕は、それに手を触れた。


 瞬間、すべてが理解できた。


 消灯教の全て。


 先駆者たちの意図。


 システムの仕組み。


 そして、破壊がもたらすもの。


「これを壊せば、全ての数字が消える」


 白い僕の声が聞こえた。


「人間は、先駆者の支配から解放される。でも、同時に、原点に存在する全ての意識が消滅する」


「何人だ」


 僕は尋ねた。


「何人の意識が、消えるんだ」


「百万を超える」


 白い僕が答えた。


「何千年もの間に、原点に帰還した全ての人間。そして、先駆者たち」


 僕は、黒い球体を見つめた。


「でも、これを壊さなければ、これからも人々は数字に苦しみ続ける」


「そうだ」


「じゃあ、答えは決まってる」


 僕は、球体に力を込めた。


 しかし、壊れない。


「なぜだ」


「お前の決意が、まだ足りないからだ」


 白い僕が、僕の隣に立った。


「破壊を完遂するには、お前自身を完全に捧げなければならない。お前の存在の全てを」


「どうすれば」


「八回目の変化だ」


 白い僕が、僕の手首を指差した。


 748298。


「もう一度変化し、748299になれ。そして、最後に000000に到達するんだ」


「でも、原点に到達したら……」


「そこで、お前は破壊を選択できる。今度こそ、完全に」


 僕は、深呼吸をした。


 そして、黒い球体に、額を押し当てた。


「八回目の変化を求める」


 球体が応答した。


「何を差し出す」


「僕の存在の全てを」


「受理した」


 球体が光り始めた。


 僕の体が、分解されていく。


 細胞レベルで。分子レベルで。原子レベルで。


 そして、僕は理解した。


 八回目の変化とは、物質的存在を手放すことだ。


 僕は、もう人間ではなくなる。


 純粋な意識だけになる。


 分解が進む。


 痛みはない。ただ、自分が薄れていく感覚。


 最後に、僕の視界に映ったのは、綾瀬さんの顔だった。


 彼女が、橋の手前で僕を見つめていた。


 その目には、涙があった。


「ありがとう」


 彼女の唇が動いた。


 そして、僕の意識は、球体の中に吸い込まれた。


 ◇◇◇


 原点の内部。


 そこは、無限の白だった。


 僕は、もう体を持っていない。


 ただ、意識だけが存在している。


 周囲には、無数の意識があった。


 百万を超える人間の意識。


 そして、数十の先駆者の意識。


 彼らが、僕を見ていた。


「来たか、破壊者」


 先駆者の一つが、僕に語りかけた。


「お前は、我々を消すつもりか」


「そうだ」


 僕の意識が答えた。


「お前たちの実験は、終わりにする」


 先駆者たちが、ざわめいた。


「我々は、何千年もかけて、この完璧なシステムを作り上げた」


「完璧?」


 僕は、怒りを込めた。


「人々を苦しめるシステムのどこが完璧だ」


「苦しみは、成長の糧だ」


 別の先駆者が言った。


「我々は、退屈から逃れるために、このシステムを作った。そして、お前たち人間も、このシステムによって成長している」


「いらない」


 僕は断言した。


「そんな成長はいらない」


 僕は、原点の核心に手を伸ばした。


 いや、意識を伸ばした。


 そして、そこに触れた。


 瞬間、選択肢が現れた。


 最後の、本当の選択肢。


 破壊。


 僕は、それを選んだ。


 原点が、崩壊を始めた。


(続く)

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