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第10話 消灯教を壊したその日、

 原点が、崩壊する。


 それは、静かな崩壊だった。


 爆発も、轟音もない。ただ、白い光が、ゆっくりと暗くなっていく。


 百万の意識が、悲鳴を上げた。


「やめろ」


「我々を消すな」


「永遠が、終わってしまう」


 しかし、僕の決意は揺るがなかった。


 祖父から受け取った記憶が、僕を支えていた。


 母が僕を抱きしめた、あの温かさ。


 父が僕に笑いかけた、あの優しさ。


 綾瀬さんが僕を導いてくれた、あの勇気。


 それらは、全て人間らしい、不完全で、でも美しいものだった。


 先駆者たちの完璧な調和よりも、遥かに価値があるものだった。


「破壊を開始する」


 僕の意識が宣言した。


 原点の核心が、光を失っていく。


 その光が失われるたびに、一つの意識が消えていく。


 最初に消えたのは、最も古い意識たちだった。


 何千年も前に原点に到達した、名もなき人々。


 彼らは、静かに消えていった。抵抗することもなく。


 次に消えたのは、先駆者たちだった。


「我々は、後悔していない」


 先駆者の一つが、最後に言った。


「このシステムは、美しかった」


 彼らが消える。


 そして、より新しい意識たちが消えていく。


 百年前に到達した者。五十年前に到達した者。十年前に到達した者。


 一人、また一人。


 その中に、知っている意識があった。


「孫よ」


 祖父の意識だった。


「よくやった」


 祖父の意識が、僕に語りかけた。


「お前は、わしにできなかったことを成し遂げた」


「おじいちゃん……」


「怖がることはない。消えることは、終わりじゃない。ただ、形が変わるだけだ」


 祖父の意識が、温かい光を放った。


「わしは、お前の記憶の中で生き続ける。そして、お前が誰かに語り継ぐことで、わしは永遠になる」


「でも、僕も消えるんだ」


「そうだな」


 祖父の意識が笑った。


「なら、わしたちは一緒に消えよう。祖父と孫として」


 祖父の意識が消えた。


 僕は、一人残された。


 いや、一人ではなかった。


 まだ、いくつかの意識が残っていた。


 最も新しく到達した者たち。


 その中に、一つの意識があった。


 それは、母だった。


「お母さん?」


「ええ」


 母の意識が答えた。


「私も、原点に来たわ」


「どうやって」


「お父さんが、私を道連れにした。彼の800000と、私の111111が融合して、私たちは一緒に000000に到達した」


 母の意識の隣に、父の意識があった。


「驚いたか」


 父の意識が笑った。


「俺も驚いたよ。まさか、こんな形で原点に来ることになるとは」


 両親の意識が、温かい光を放っている。


「お母さん、お父さん、ごめん」


「謝ることはないわ」


 母の意識が言った。


「私は、守護者としての記憶を取り戻した。何千年もの記憶を。そして理解したの」


「何を?」


「あなたが正しいって。このシステムは、間違っていた」


 母の意識が、僕を包み込んだ。


「私は、守護者として、システムを守ろうとした。でも、母親として、あなたを守りたかった。その二つの間で、ずっと苦しんでいた」


「お母さん……」


「でも、今は分かる。母親としての私が、本当の私だった。何千年の記憶よりも、あなたと過ごした十七年の方が、遥かに大切だった」


 父の意識が続けた。


「俺たちは、お前の選択を支持する。だから、遠慮なくやれ」


 両親の意識が、僕に力を与えた。


 それは、愛の力だった。


 僕は、その力で、原点の破壊を加速させた。


 光が、さらに速く消えていく。


 そして、ついに両親の意識も消える時が来た。


「さようなら」


 母の意識が言った。


「また会いましょう。どこかで、いつか」


「待って、お母さん」


 僕は叫んだ。


「僕も消えるのに、どうやってまた会えるんだ」


「分からない」


 母の意識が微笑んだ。


「でも、信じてる。意識は、完全には消えないって。形を変えて、どこかに残るって」


 両親の意識が消えた。


 僕は、完全に一人になった。


 原点の中で、唯一残った意識。


 そして、原点そのものも、もう消えかけていた。


「これで、終わりだ」


 僕は、最後の力を振り絞った。


 原点を、完全に破壊する。


 その瞬間、視界が爆発した。


 ◇◇◇


 気がつくと、僕は白い空間にいた。


 いや、空間ではない。


 これは、狭間だった。


 存在と非存在の狭間。


 僕の意識は、まだ消えていなかった。


「なぜだ」


 僕は困惑した。


 原点を破壊した。だから、僕も消えるはずだった。


「それは、君がイレギュラーだからだよ」


 声がした。


 振り向くと、白い僕がいた。


 いや、違う。


 それは、もう僕ではなかった。


 それは、システムそのものだった。


「君は、消灯教を破壊した。でも、君自身は破壊できなかった」


 システムが言った。


「なぜなら、君は既にシステムの一部になっていたから」


「どういう意味だ」


「君が八回目の変化を遂げた時、君はシステムと融合した。君の意識は、原点の核心と一つになった」


 システムが、僕の周囲を回った。


「だから、君が原点を破壊した時、君は自分自身を破壊した。でも、完全には消えなかった。君の意識の断片が、ここに残った」


「じゃあ、僕は……」


「そう。君は、新しい原点だ」


 僕は愕然とした。


「待て、僕はシステムを終わらせるために……」


「終わらせたよ。古いシステムは消えた。でも、君という新しいシステムが生まれた」


 システムが微笑んだ。


「これが、破壊の真の意味だ。古いものを壊し、新しいものを生み出す」


「僕は、新しいシステムになりたくない」


「なら、君には選択肢がある」


 システムが、三つの光を示した。


「一つ目。君は、このまま新しい原点として存在し続ける。でも、君は古いシステムとは違う原点を作れる。強制ではなく、選択の原点を」


「二つ目。君は、完全に消える。その場合、数字のシステムは永遠に消滅する」


「三つ目。君は、人間に戻る。でも、その場合、君は全ての記憶を失う」


 僕は、三つの選択肢を見つめた。


 そして、気づいた。


「これ、祖父が直面した選択肢と同じだ」


「そう。でも、君の選択肢には、一つ違いがある」


 システムが、三つ目の光を指差した。


「君の祖父は、記憶を保ったまま継承することしかできなかった。でも、君は記憶を失って人間に戻れる」


「なぜ?」


「君が、他者との繋がりを一度失ったからだ。そして、それを取り戻したから」


 システムが説明した。


「繋がりを失い、取り戻すという経験は、君に特別な力を与えた。システムから完全に離れる力を」


 僕は、しばらく考えた。


 一つ目の選択。新しい原点になる。


 それは、責任が重い。でも、人々を強制ではなく、選択で導けるなら……。


 二つ目の選択。完全に消える。


 それは、最も簡単だ。でも、祖父や両親が望んだのは、これではない気がする。


 三つ目の選択。人間に戻る。


 記憶を失う。消灯教のことも、数字のことも、原点のことも、全て忘れる。


 そして、普通の人生を送る。


「僕は……」


 その時、声が聞こえた。


 綾瀬さんの声だった。


「あなた、聞こえる?」


 僕は、声の方向を探した。


 システムが、空間に窓を開いた。


 その向こうに、現実世界が見えた。


 地上。消灯教のビルの前。


 綾瀬さんが、そこに立っていた。


 彼女の手首には、数字がなかった。


「消えたんだ」


 システムが言った。


「原点が破壊された瞬間、全ての数字が消えた。世界中の、すべての人から」


 綾瀬さんは、空を見上げていた。


「ありがとう」


 彼女が呟いた。


「あなたが、私たちを解放してくれた」


 彼女の目には、光が戻っていた。


 視覚が戻っている。


「原点の崩壊によって、失われた感覚も戻ったんだ」


 システムが言った。


「味覚、嗅覚、視覚、聴覚。代償として失ったものが、全て戻った」


 窓が、別の場所を映した。


 僕の家。


 母と父が、居間に座っていた。


 二人とも、手首に数字はない。


 そして、二人とも生きていた。


「どうして」


「原点の中で消えた意識は、破壊と同時に解放された」


 システムが説明した。


「君の両親は、物質的な体をまだ持っていたから、意識が体に戻った」


 父が、母の手を握っていた。


 母が、泣いていた。


「お父さん、夢を見られる?」


 母が尋ねた。


「ああ」


 父が微笑んだ。


「さっき、夢を見た。息子と、三人で笑っている夢を」


 母が、父に抱きついた。


「良かった」


 窓が、さらに別の場所を映した。


 学校。


 クラスメイトたちが、教室で困惑していた。


「数字が、消えた」


「本当だ、消えてる」


「これ、どういうこと?」


 彼らは、混乱しているが、同時に安堵の表情も浮かべていた。


 窓が、世界中を映していく。


 あらゆる場所で、人々が自分の手首を見て、驚いている。


 数字が消えた世界。


 消灯教から解放された世界。


「これが、君が作った世界だ」


 システムが言った。


「君は、成功した」


 僕は、窓を見つめた。


 そして、決めた。


「僕は、三つ目を選ぶ」


「人間に戻るのか」


「ああ」


 僕は頷いた。


「新しい原点になることもできる。でも、それは新しい支配だ。たとえ選択の自由があっても、原点が存在する限り、人々は囚われる」


「だから、完全に終わらせる。原点も、システムも、全て」


 システムが、悲しそうに微笑んだ。


「そうか。では、君は全てを忘れる」


「一つだけ、覚えていてもいいか」


「何を?」


「誰かを愛するということ」


 システムが、少し考えた。


「いいだろう。その感情だけは、残してあげる」


 システムが、僕に手を伸ばした。


「さようなら、破壊者。そして、ありがとう」


 僕は、その手を取った。


 瞬間、全てが消えた。


 記憶が、一つずつ消えていく。


 消灯教のこと。


 数字のこと。


 原点のこと。


 祖父のこと。


 変化のこと。


 綾瀬さんと過ごした時間。


 両親の真実。


 全て。


 全てが、消えていく。


 でも、最後に一つだけ残った。


 温かい感覚。


 誰かを愛する、という感覚。


 それだけが、僕の中に残った。


 ◇◇◇


 目を覚ますと、僕は自分の部屋にいた。


 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。


「ん……」


 僕は体を起こした。


 妙に、ぐっすり眠った気がする。


 でも、夢の内容は覚えていない。


 時計を見ると、午前七時。


「やば、遅刻する」


 僕は慌てて着替えた。


 階段を駆け降りると、居間から良い匂いがした。


「おはよう」


 母が、朝食を作っていた。


「おはよう、お母さん」


「今日、誕生日でしょ? 特別に、好きなものを作ったわよ」


「ありがとう」


 僕は席に着いた。


 父が、新聞を読みながら笑った。


「十七歳か。もう大人だな」


「お父さんも、もう少し大人になってよ」


 母が冗談を言った。


 三人で笑う。


 なぜか、すごく幸せな気分だった。


 朝食を食べ終え、僕は学校に向かった。


 通学路を歩いていると、見覚えのある女の子とすれ違った。


 長い黒髪の、静かそうな女の子。


「おはよう」


 僕は、なぜか声をかけていた。


 彼女は驚いた顔をした。


「あ、おはよう……」


 彼女は、少し頬を赤らめて、会釈した。


 そして、足早に去っていった。


 僕は、彼女の後ろ姿を見送った。


 なぜか、彼女のことが気になった。


 名前は知らない。


 クラスも知らない。


 でも、大切な人のような気がした。


 不思議だ。


 僕は首を傾げながら、学校へ向かった。


 教室に入ると、クラスメイトたちが騒いでいた。


「なあ、聞いた?」


「何を?」


「昨日の夜、すごい夢を見たんだ。手首に変な数字が出る夢」


「俺も! 俺も同じ夢見た!」


「まじで? 俺もだよ!」


 教室中が、同じ話題で盛り上がっていた。


 みんな、同じ夢を見たらしい。


 手首に数字が出て、何かを選択して、最後には数字が消えるという夢。


「集団夢現象ってやつかな」


 誰かが言った。


「でも、なんか意味ありそうだよね」


「数字が消えるって、解放って意味じゃない?」


 みんなが、それぞれの解釈を語り合っている。


 僕は、自分の手首を見た。


 何もない。


 ただの、普通の手首。


 でも、なぜか僕も、同じ夢を見た気がした。


 詳細は思い出せない。


 でも、確かに何か大切なことを経験した気がする。


「おい、お前も夢見た?」


 クラスメイトが尋ねてきた。


「うん、たぶん」


「だよな! やっぱりみんな見てるんだ」


 昼休み。


 僕は、屋上に行った。


 なぜか、この場所に来たくなった。


 屋上には、誰もいなかった。


 いや、一人だけいた。


 あの、朝すれ違った女の子。


 彼女は、フェンスに寄りかかって、街を見下ろしていた。


「あ……」


 彼女が、僕に気づいた。


「ごめん、邪魔した?」


「いえ、大丈夫です」


 彼女が、小さく笑った。


 僕は、なぜか彼女の隣に立った。


「夢、見た?」


 僕は尋ねた。


「夢?」


「手首に数字が出る夢」


 彼女の目が、わずかに見開かれた。


「……見ました」


「やっぱり。みんな見てるみたい」


「でも」


 彼女が言った。


「私の夢は、少し違いました」


「どう違うの?」


「夢の中で、誰かが私を助けてくれました。その人の顔は、思い出せないけど」


 彼女が、空を見上げた。


「でも、その人に、ありがとうって言いたい」


 僕の胸が、温かくなった。


 なぜだろう。


 彼女の言葉が、すごく大切な気がする。


「僕も」


 僕は言った。


「誰かに、ありがとうって言いたい気分」


 彼女が、僕を見た。


「不思議ですね」


「うん」


 二人で、しばらく空を見上げた。


 雲が流れていく。


 風が吹く。


 全てが、普通で、平和で、美しかった。


「あの」


 彼女が言った。


「私、綾瀬美咲って言います」


「僕は……」


 僕は、自分の名前を言った。


 彼女が微笑んだ。


「また、ここで会えますか?」


「うん、また」


 綾瀬さんが、屋上を去っていった。


 僕は、一人残された。


 手首を見る。


 何もない。


 でも、何かがあった気がする。


 大切な何かが。


 もう思い出せない何かが。


 でも、それでいい。


 忘れたから、僕は今ここにいる。


 忘れたから、僕は自由だ。


 忘れたから、僕は生きていける。


 そして、忘れても残ったものがある。


 この温かい感覚。


 誰かを愛する、という感覚。


 それだけで、十分だ。


 僕は、空を見上げた。


 雲の向こうに、何かが見えた気がした。


 でも、それもすぐに消えた。


 きっと、気のせいだろう。


 僕は、階段を降りた。


 教室に戻る。


 午後の授業を受ける。


 友達と笑う。


 帰り道、綾瀬さんとまたすれ違う。


「また明日」


 彼女が言った。


「うん、また明日」


 家に帰る。


 母が、夕食を作っている。


 父が、テレビを見て笑っている。


「ただいま」


「おかえり」


 普通の日常。


 でも、それが一番幸せだ。


 夜、ベッドに入る。


 眠りにつく前、僕は思った。


 今日、十七歳になった。


 何か特別なことが起きるかと思ったけど、何も起きなかった。


 ただ、普通の一日だった。


 でも、なぜか満たされている。


 なぜか、大きな何かを成し遂げた気分だ。


 そして、僕は眠りについた。


 夢は見なかった。


 ただ、深く、静かな眠り。


 そして、朝が来る。


 新しい朝が。


 自由な朝が。


【完】

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