この世界は生き辛い-やりたくないけどやらないといけないこととやりたいけどやらなくていいこと-
今回は非常に前向きに、この人生を何とかする方法を模索していきます。
世の中には、「やりたくないこと」と「やりたいこと」が両方ある。
そして同様に、「やらなくていいこと」と「やらなくてはいけないこと」も両方ある。
今回はそれらを整理するところから始めよう。
ペンと紙を用意し、実際にこんな風に図を描いてみる。
やらなきゃいけない
↑
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やりたい←― ― ― ― ― ―→やりたく
| ない
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↓
やらなくていい
※スマホ版の文字サイズ中に合わせているのでバラバラになっている恐れがあります。
右下のゾーンはゴミなので無視するとして、結局嫌なのは右上と左下である。こいつらをどうにかしてゴミゾーンか、左上の最高のゾーンに移し替えたい。
ちなみに、今現在の左上ゾーンは睡眠と呼吸だけである。おかしい。なんなら、睡眠は左下と迷って左上にした。睡眠時間が足りていない。
正直時間は有限なので、左半分にあるものを全部やるのは不可能である。だから、理想はこうである。
やらなきゃいけない
↑ /
| /
| /
| /
やりたい←― ― ― ― ― ―→やりたく
/ | ない
/ |
◯ / |
/ ✕ ↓
やらなくていい
このx=yの直線の上側だけをやっていければ、QOLがかなり上がる気がする。
つまり、私で言えば、左下ゾーンの右側(✕で示した)にあるYouTubeを観るのは、辞めたほうがいいかもしれない。
◯は私にとってはポ◯モンをすることである。両方とも本当にやらなくていいが、✕をするくらいなら◯をしたほうが、時間の使い方としてはましに思える。
ということで、何度YouTubeを観るのを辞めようと思ったことか数えることもできない。つまり、別にこんなことしても意味無いといえば意味無いのである。
そもそも、やらなきゃいけないことを、やりたいことや、やらなくていいことにするのは、できるならやってるわ!ぐらいのことなので、今回はそこではなく左下の微妙な部分について考えていく。
どうして、合理的に考えて不自然な「やりたいしやらなくちゃいけないこと」よりも、「やりたくないしやらなくていいこと」を実際に行ってしまうのか。つまり、このグラフで言う、◯でなくて✕を行ってしまうのか。
私は、それは「身体的快楽」と「精神的快楽」の違いであると思う。
確かに私にとっては、ゲームをすることは圧倒的にYouTubeを観るよりも楽しい。しかし、ゲームをするのは疲れるのだ。それに対してYouTubeを観るのは圧倒的に楽である。
こういう風に、身体的に楽な方へ楽な方へ無意識のうちに行ってしまうから、人生を楽しめていないのではないか、という風に思ってしまう。真に人生を楽しむには、もっと高次元な「精神的快楽」のほうに目を向けなくてはならない気がする。努力をして疲れるけれど、何か達成感や満足感を得られることをもっとやるべきなのだ。
そして再びYouTubeを観ないことを決心し、また3日後にはYouTubeを観てダラダラ過ごしているのである・・・。




