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綺咲の願い

文化祭2日目。

俺は登校してすぐ、自分が部長を務めてる天文部の部室へと足を運んでいた。


展示品の異変が起きてないかのチェックしに来たのだ。まさか夜のうちに荒らされたりしてないだろうなと心配になりつつ、そんな治安の悪いことはもちろん無かったので俺はほっとした。


俺のシフトは午後だから、ちょうどいいし自分の荷物を置いておこう。

鞄を床の隅に下ろしたところで、ガラガラとドアが開く音がした。


いつもと違って左右を三つ編みにした彼女は、俺を見て、ギョッとした顔をしていた。

酷いな、幽霊でも見た顔して。


「ん、ああ、花園か。おはよう」

「お、おはようございます……」


天文部の唯一の後輩である、花園綺咲(きさき)だ。

こんなに朝早いのに綺麗に編み込まれた髪は、花園の意外と几帳面な一面がよく現れている。

……意外と、とか言ったら、怒られるな。

でも、普段は大雑把そうだし……


「誰が大雑把ですかぁー!失礼しちゃいますね」

「あ、ごめん。口に出てた?」


ぷりぷりと怒っている花園。俺がしまったと口を押さえると、花園はむっと腕を組んだ。


「いいですか神宮先輩?目は口ほどにものを言うんですよ」

「なるほど」


見過ぎてたらしい。

気をつけよう。花園相手だと、どうも染みついた気楽さというものが出てしまうから、良くない。


花園は椅子をカタリと引いて、腰を下ろした。

パタパタと花園が手で顔のまわりを仰ぐので、暑いのかと思って窓を開けてやると、涼しくなったのか、目を閉じてリラックスした表情をしていた。

確かに、もう夏だな……


俺も言われてみると暑くなってきたので、避暑のために窓辺で涼しい風を浴びた。


「あっ。ていうか、こんなところ居ていいんですか神宮先輩〜?柚花先輩との約束は?」

「ん、9時待ち合わせだから、あと45分くらい」


腕時計は7時58分だったので、15分前行動と考えてまだ余裕はある。

あまり早く学校に来ても俺の性格上そわそわするだろうと思ったので、家で代わりにそわそわしてきた。


ああ、やべ……緊張する。

柚花と文化祭デート……失敗できない……。


なんとか、付き合ってた頃のように戻りたいんだが、それが一番難しいよなぁ……。


ていうか、俺のどこをどう改善したらいいのか分からないままここに来てしまった……って、


あいやいや違う違う、「俺に直すところなんてないぜ」的なナルシスト発言ではなく!

単純に!

柚花の中で、恋人がしてたら嫌なこととか、許せないラインとか、そういうのが何なのかよく分からないまま今日を迎えてしまったわけで……


柚花って、何でもいいよってうちに溜め込むタイプだから、それを見極めるの難しいんだよな……


でもフラれたってことは、確実に俺の言動と振る舞いの中に引っかかるモノはあったわけで……



んなああ……!俺はどうしたらいいんだ……!



俺が頭を抱えていると、花園は心配するでもなく文化祭のパンフレットを読んでいた。またこの人柚花先輩のことで頭パンクしてるぅ…という呆れた空気が、ひしひしと俺に刺さっている。


花園は自分からはちょいちょいダル絡みしてくるくせに、こういう時冷たいのだ。

まあ、別に気にせず放置してくれてて別にいいんだが、呆れられると、俺の先輩としてのプライドが……。


「あっ、そうだ、花園ありがとな。昨日は柚花のこと教えてくれて」

「はーい、どういたしまして」


昨日柚花に避けられてたのでどうしようかと思っていたら、花園が俺を電話で呼び出して、柚花とひき会わせてくれたのだ。

おかげで、本日の柚花との午前の約束を取り付けることが出来たのだ。

花園のファインプレーなくしては、柚花と話さないまま文化祭の2日間を終えていたと思うと、この後輩に今度甘いものでも貢いだほうがいいかもしれない。


「助かったよ、ほんと」

「そーですか?なら良かったです。私もおかげでちょっと罪悪感が減りました!」


花園が歯を見せて、ニコリと笑う。

俺は、一瞬、言葉に詰まった。


それは、やや無理をしているようにも見えたが、彼女が触れられたくないがゆえに武装しているのを、わざわざ剥がす気にもなれない。


花園は、文化祭が始まる直前に、こう言っていた。


俺と柚花が別れた直後、わざと柚花の前で、露骨に俺との仲を見せつけるような振る舞いをしていた、と。


いつものダル絡みの延長かと思っていた俺としては、その発言に驚いた。

花園の行動が、柚花を意識してのものだったと聞いて、頭から冷水をぶっかけられた気分になった。


俺と柚花の仲を引き裂いて嫌がらせしようという意味ではなく、じゃあ花園がそんなことをする意図は何だろうと気付いて、俺は困った。


だけど、花園ははっきりとは言ってないから、さらに困って、同時に楽だった。


知らないフリをするのは、きっと楽だった。


でも……



「神宮先輩……ごめんなさい、私のせいで、困ってますよね?」


見抜かれていたのだろうか。


花園がパンフレットを机に置いて、俺の方をじいっと眺めた。彼女のアーモンドの瞳が、強く問いかけた。


俺は、たじろいだ。


俺と花園の方針は、今まで通り振る舞って気まずさが風化するのを待つ、そういうものだと勝手に思っていたから。


その均衡を突然崩されて、俺は反応に困った。


「そんな、ことは……」

「ありますよね」

「いや……」

「あーりーまーすよね!」


花園に強く咎められてしまえば、なす術もない。

俺は、がくりと首を落とした。


「いや、ハイ……」


正直、ぶっちゃけ、接し方に悩んでます。


大所帯の部活だったらお互い大勢いるうちの先輩と後輩の一人で、気まずさが風化するまで待つんだろうが。

生憎と、2人きりの部活なんで、そもそも一旦距離を取るとか他者を間に挟むという選択肢とかも、ないわけで。


「なんか逆に気まずいんで、もうこの際はっきり言います!神宮先輩のこと好きでした!」

「今ぁ!?」

「でも付き合いたいとかじゃないです!神宮先輩の好きなところの8割は顔です!」

「あの、それ、俺はどう反応すればいいわけぇ…?」


顔がいいことを喜ぶべきか、顔しか取り柄がないと嘆くべきか……。


渋い表情を浮かべる俺に、花園は笑い飛ばした。

愉快な笑みだった。

でも、悪い気はしなかった。


「最初は、本当にミーハー心だったんですよ。イケメンが居るから一緒の部活入りたいな〜的な」

「え?」


嘘だろ、星好きが高じてじゃなくて?

俺の同志じゃなくて…?


俺の暗い表情に気付いたのか、花園は手を振った。


「あっ、違います違います!ちゃんと天文ガールですよ?全天88星座言えますから!」

「あ、ならいいけど」


良かった、なんだ天文詐欺かと疑ったじゃないか。


「そしたら、神宮先輩が色々と部活のこと教えてくれたじゃないですか。口調は優しいし、私が部活と関係ないこと質問しても丁寧に答えてくれるし……夜の屋上で天体観測してた時も温かい紅茶配ってくれて……なのに、星の話する時だけ子供みたいにはしゃいじって、『花園が入部してくれて楽しい』って言ってくれて……」


花園はうつむいて、少し肩を震わせた。

ぽたり、と目から涙をこぼして、しゃくりを上げて、それを一生懸命に拭う。


「あ……あはは……最初から負けヒロインなんて、酷いじゃない、ですかぁ…っ、…初めて、この完璧美少女の花園綺咲ちゃんが好きになった、のに」


誤魔化すように、自分のいつも通りを保とうとして、花園は大胆不敵に微笑んだ。


こんな時まで自分のキャラを貫いて、俺に負担をかけまいとする後輩を思うと、俺はちくりと胸が傷んだ。


「ごめん」


それが、泣いている花園に追い打ちをかけるのは、分かっていた。

だけど、それを言わせるために、花園があえて俺たちに漂う曖昧な空気に浸るのをやめて、自分の思いをはっきりとさせたんだと思ってるから。


花園は、にっと笑った。

ぼろぼろと溢れる目元とは、あまりに対照的だ。


「はいっ、分かってます。最初から、ずっと……ずっ、と……神宮先輩の中には、どうしても柚花先輩しか居ないんだから……」


花園が、小さく息を吸った。


「でも、いいんです。神宮先輩には、幸せになって欲しい……柚花先輩と、幸せになって欲しいって、私、願ってますから……」


花園は、顔を上げて、最後に今日一番の笑顔を浮かべた。

涙は、もう溢れてはこない。迷いのない、晴れやかな表情で、花園は俺の背中をドンと押した。


「この綺咲ちゃんをフるんですからね!たっぷりと幸せになってもらわなくちゃっ、割に合いません!」



頑張って先輩、と花園が俺を送り出して、俺は彼女に精一杯頷き返した。

誰かの想いに応えられないことが、こんなにも苦しいことを俺は初めて自覚していた。




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