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緊急集会

『………蒼がその考えを改めない限り、明日もきっと上手くいかないよ』


兄貴の不穏な言葉の意味を尋ねても、兄貴ははぐらかすばかりで教えてはくれなかった。

『どうせ()()言ったところで蒼は理解できないと思うよ』、と。


俺は兄貴のことは好きでも嫌いでもないが、誰よりも信頼はしている。

父親譲りで、俺なんかより何でも出来る男。


例えば、テストで俺と兄貴が同じ量を一夜漬けしたとしても、俺はその場しのぎの知識しか得られずにその後は継続しなければすぐに忘れる。ごく当たり前のことだ。


ただ、異様に"その場しのぎ"が上手いから、まるで俺がスペックが高いとかいう幻想を周りに与えることも多い。

友人に「一日頂戴の化け物」なんて呼ばれてると知った時はびっくりしたし失礼だなと思ったが、的を得てはいる。


だけど、兄貴は違う。あの人は本物の天才だ。一夜漬けの知識もあの人にとっては、その場しのぎではなく、復習しなくとも永遠と記憶し続ける。

それは、記憶力が良いという単純な話ではない。


神宮紫貴は、圧倒的な才能(センス)を持ってして生まれた男なのだ。

やらせれば何でもできる。初見でも一般人の何倍も器用にこなす。


まあ、とにかく俺がもはや嫉妬心も湧かないレベルでやべー人なので、そういった意味で、兄貴の言葉には絶対的な信頼を置いている。

兄貴が正しいと言ったことは正しいし、間違ってると言うのならそれは間違っている。

これは盲信ではなく、経験則だ。


だから兄貴によって発せられた、その不穏な言葉が、俺を何より不安にさせるのだ───。





家に帰った後。

久しぶりに家族全員揃って夕食を取って、長男の帰省に嬉しそうな両親と兄貴が酒を飲み、妹がリビングでスマホ片手にニヤついていた頃。


いつものグループラインが動いたので、覗いてみると、友人の風早(そら)からで、『今から集まろうぜ』とのことだった。


もう夜遅いし急だなぁと思いつつも、俺は気を紛らわせたかったので、宙の誘いに乗ることにした。


両親に一言告げて、俺は上に何も羽織らず、外へ出た。春ももうじき終わりだ。

初夏の少しむわっとした空気が髪と頰を撫でる。


今年の夏も地球温暖化のせいで、随分と暑くなりそうだ。俺は暑いのはあまり好きではないので、困ったなと独りで勝手にぼやいた。


自転車を走らせて、指定された公園へと着いた。

ベンチの近くに人影が見える。

街灯の下で、頭を下げている真面目そうな男と、地面に座り込んでガラの悪い男。

どう見ても対極すぎて、真面目な学生がチャラい奴にカツアゲされているようにしか見えない。

制服を着ているので、同級生とは分かるのだが。


俺は自転車をそばに止めて、「こらこら」とチャラ男に近付く。


「はい、そこカツアゲしない」

「お巡りさーん。コイツ、財布の中身に38円しかないです〜」


冗談だったのに、勝手に財布すってるんですけどこのチャラ男。しかもすられた本人は気付いてないし、なんかスマホ片手に唸ってるし。


「ナチュラルに人の財布の中身見てんの引くわ」

「いや、オレはちゃんと許可取った」

「どう見ても今の被害者にまともな判断能力があるようには見えないな」

「ねえー、駿?オレちゃんと見ていいか聞いたよね」

「……ああ。俺の財布から自販機で好きなの買っていいぞ」

「ゴチと思ったけど、君の財布の38円で買えないんだわ」

「ほらな宙。被害者の判断能力が低下してるだろ」


そこにつけ込むなんて、詐欺の始まりですね風早宙容疑者。

たかる金がないと判明するや否や、駿のシャツの胸ポケットに財布をねじ込む宙。


しゃーねーな、と自販機で宙は2本の缶コーヒーを買い、こっちに戻ってきた。


俺は手を差し出した。


「ありがとう宙くん」

「蒼は自分で買いな?」


もちろんもう一本は俺のではなく、駿のだった。

しかし恵んでもらった本人は、相変わらず上の空だ。


「実は、俺も財布100円しかない。多分この物価高だと買えないぜ」

「安心しな。変なジュースなら100円で売ってた。サバジュースだって」

「マジで言ってる?」


自販機のラインナップを見るが、当然のごとくサバジュースなどなく、最低額が140円だったので仕方なく最高額の210円の生搾りジュースをICカードで購入した。

電子決済って、使った感覚が無いから良くないと思う。


「ていうか、祐介は?」

「寝てるんじゃね?」


誘っておいて華麗にスルーする宙に、じゃあ何故我々は呼ばれた?と言いたい。

あ、いや、言えばいいのか。


「てか、いきなり呼んでどうした?」

「あー、……んと、人生初の春に悩んでる駿を笑おうの会?」


趣味悪っ。


元々知ってたけど、コイツ趣味悪っ。


自分がモテるからって、俺や駿みたいな恋愛初心者を笑ってるのどうかと思うよ。


俺が疑いの目を向けていたからか、宙はコーヒーのプルタブを開けながら、違う違うと弁明した。


「文化祭終わった後、駿に声かけられてさ。何か文化祭に来てた女の子と連絡先交換したけど、返事悩むからアドバイスくれって」

「ふむふむ」

「かれこれずっと悩んでんの。あまりに真剣だから面白くて。蒼と祐介にも見せてあげようと思って」

「最低だ」


こんな時間まで付き合ってやって良い奴……と一瞬でも思った俺が馬鹿だった。

ただの性格悪い奴だった。


「ていうか、駿にナンパしてきた女子の方が気になる。顔可愛いらしいんだけど、駿が言うってことは相当のレベルだよね?」


それ、うちの妹です。


と言うかを、迷った。


今日の文化祭で俺の友人の駿に恋に落ちたらしい。何でもいじめっ子から庇ってくれたとか。


正直、妹がそんな普通の女の子らしい感性を持っていたことに驚きだが、更生してくれたのなら兄として願ったり叶ったりだ。

ヤリチンのクズとか極道とかやべー奴にしか惹かれてなかった妹が、真面目な好青年の良さにやっと気付いてくれたのかと思うと目からナイアガラの滝が流れそうなほどの感無量さがある。


「いいなぁ。オレは、今日話しかけられた女子の顔面レベルうんまあ…可愛いかったけど、普通だったんだよなぁ」

「うわマジで最低」


いつか女に背中刺されても仕方ないと思う男ランキングの殿堂入りだよお前。


「でもオレ優しくない?この人がこのベンチに座ってスマホ片手に唸ってる間ずっと見守ってあげてんの。コーヒーまで買ってあげたし」

「それ言っちゃうところがマイナス」


言わなければ優しいのに、言っちゃうところがまあコイツらしいといえばコイツらしい。


「でもこんな時間まで悩むって、うちのいもう……じゃない、その女子はなんてメッセージ送ってきたんだ?」

「ねぇ、今、妹って言った?うそ、駿の相手って、蒼の妹?桜ちゃん?めっちゃ可愛いじゃん!オレ狙ってたのに!」

「うるさいし、人の妹のこと狙うな……あ、いや、宙にならあげたいな、あんな手に負えない妹は駿には勿体無い」

「マジ?でもなんか地雷臭するから、やっぱりいいや」

「ほんとお前いつか女に刺されても俺は知らない」


インタビューで『いつかアイツはやられると思ってました』って言おう。


でも地雷臭は正解だから、やはり遊んでるだけあって、女を見分ける嗅覚はすごい。


しかし面白がっていた宙もしびれを切らしたのか、立ち上がってベンチに座る駿の黒詰襟を引いた。


「ねー?てか、さっきからどんなやり取りしてんの?オレに最終確認して欲しいって言ってから、1時間経つんだけど」

「すまん。今、やっと89問目まで来たんだ」

「……は?」


宙が虚をつかれた顔になる。駿の言葉の意味が、咄嗟には理解出来なかったのだろう。


そして、俺はどうにも嫌な予感がした。

出掛ける直前、リビングでスマホ片手にニヤニヤしていた妹の桜の姿を思い出す。

あの画面の向こうの相手が駿だとしたら、アイツは何時間……


俺がたらたらと汗を流していると、宙の素っ頓狂な叫び声が公園に響いた。


「ええっ!?何これ!?100問もあるし、いちいち質問内容細かいんだけど!小学生の時のクラスの女子の構成人数とか誰が覚えてんの!?てか、これ聞いて何の意味あるの??どういう質問!?」

「待て宙。今…っ、今思い出せそうなんだ!くっ、頑張ってくれ俺の脳みそ……」

「こんなくだらない質問によく付き合ってたな!?君どんだけ優しいの?それともバカなの?」

「いや。よく分からんが、送られてきたから、きちんと返してやらなくてはいけないだろう」


堅物そうな見た目してるのに、中身がバカピュア優しいので、ほぼ初対面の女子の狂気の沙汰にも付き合ってしまうのが、守部駿である………


身内の恥に、気まずいアンド申し訳ない気持ちで萎縮しながら、俺はスマホを取り出して妹に『まともになれ』と真っ当なアドバイスを送信した。


すぐに返信が来たが『まともだよ?』と書かれてあったので、目を疑った。



この妹は、いつになったら俺に迷惑かけずに、更生してくれるのだろうか?




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