君に聞きたいことがある / 貴方に伝えられなかったことがある
妹の神宮桜にヘッドロックをかけて"普通の"恋愛が何たるかを叩き込んでいると、俺のスマホに着信があった。
一体誰かと思っていると、後輩の花園綺咲だった。
「おう、どうしたー?こっちは少々立て込んでてなうちの妹が……」
『今すぐ部室に来てください神宮先輩!柚花先輩が、柚花先輩が……!』
「はっ!?柚花がどうしたんだ!?」
『我が天文部の部室に来てるんですーっ!!』
な、何だってぇ!?
『多分、神宮先輩の作品見に来たんだと思います。今なら間に合いますから、急いできてください!』
「わ、分かった。すぐにそっちに向かう」
俺は花園との通話を切って、妹をその辺に放っぽり出した。妹の桜は、「ちょっと!」と抗議の声を上げてきたが、俺は知らない。
「どこ行くの、蒼兄!」
「柚花んとこだ!」
「元カノさんね!」
「元、とか言うな!」
廊下を走った。どっと押し寄せている文化祭の客たちの間をすり抜けて、南棟の4階へと急いだ。
彼女に避けられている現状で、一体会って何の話をするのか。どんな顔をすればいいのか。
いいや、決まってる。
俺は本当は、別れたくなかった。一方的な終わりに、駄々だってこねって、全力で彼女を引き止めたかった。
でも出来なかった。
それなのに、俺は終わった男として、潔く彼女から手を引くことが出来なかった。色々と理由をつけて、彼女と元サヤにおさまろうとしていた。
我ながら女々しい男だ。
彼女にとってはいい迷惑なのかもしれない。
それでも、どうしても彼女に聞きたいことがある。
彼女が語った別れた理由の、本当の意味が聞きたい。
優しい彼女が最後まで語らなかった本心を、どうか教えてほしいと思うーーーーー。
天文部室に、たどり着いた。
ダンボールのドームの暗闇の中に、彼女はちょこんと腰掛けている。彼女は、天井の星を見上げていた。
慣れ親しんだ部室だけれど、彼女が居るのはそういえば初めてだった気がする。
「………柚花」
小さく深呼吸した。走ったせいか、彼女を前にしたせいか、ばくばくと落ち着かない心臓をゆっくりと上下させた。
文化祭が始まる前、彼女を誘った時には断られた。
彼女からの初めての拒絶に、もう立ち直れないかと思った。
でも、俺は…どうしても君に聞きたいことがあるんだ。
だからーーーー。
その時。
ズズズ…とスピーカーにノイズ音が走った。ガチャン、とスイッチの入る音がして、校内中に放送が流れた。
『えー、これをもちまして、聖青高校文化祭第一日程を終了致します。ーーーーー』
運が悪かった。今日は、もう終わりだ。
あとは、下校するだけ。
だけど、もしチャンスをくれるなら。
「………柚花。明日の午前のどこかで、君と一緒に回る時間をくれないか」
彼女は俺の目を見上げて、それから。
******
青白い光。天井を移ろいゆく、いくつもの星々。
プラネタリウムを見ていると、彼との二度目のデートを思い出した。
彼が天文部に入部するくらい、星が好きなのは知っていたから、私が誘ったのだ。
プラネタリウムを見に行こう、と。
彼は嬉しそうな顔をしていた。
デートの当日、彼は沢山のことを教えてくれた。
リクライニングチェアに背を預けて、2人で天井を眺めて、彼は星を指差した。
星座の名前も、その光の強さも、見える季節も、星にまつわる神話も、いっぱいいっぱい聞かせてくれた。
私にはまったく知らないことばかりだったけれど、彼の話しぶりが上手だったのもあって、私は彼の話に聞き入っていた。
でも、私は相槌を打つのが下手だったんだ。
私の知らない話だったから、知ったかぶりすらもできなくて、いっそう彼への反応の仕方がぎこちなかったんだと思う。
本当は、すごく楽しかったのに。
少年のように瞳を輝かせた彼をまだ眺めていたかったのに。
私が上手く反応を返せたら、きっと彼はまだ私に沢山の話をしてくれたはずなのに……
その日以来、自分の好きなものに熱弁をふるう蒼くんを私が見ることはなかった。
私に遠慮したのだ。
代わりに私の好きなものとやりたいことにしか、彼は興味を見せなくなった。
ああ、自分じゃ駄目なんだと思った。
彼が何の飾り気もなく、あくまで自然体でーーーーそばに居られるのは、私じゃない。
彼に遠慮させてばかりで、相槌のひとつも満足にできない。お姫様みたいに大切にされて、チヤホヤされたいなんて、私はそんなこと思わない。
それなのに、私と付き合っている間の彼の役回りはそのようだったーーーーー。
別れる時、何て言おうかと思った。
彼にひとつの落ち度もないのに、私から別れを切り出したらどうやっても彼はそう思い込むだろう。
だから、言った。
ちょうどいい言葉だった。
ーーーーーー『貴方は完璧すぎる』と。
そこに込めた言葉の意味は、彼に伏せたまま。
プラネタリウムの星を眺める。蒼くんが後輩の女の子と2人で作った超大作だ。
今年の文化祭の部活企画の大賞、取れるんじゃないかな。
そう、彼には気兼ねなく彼の趣味を一緒に楽しめる女の子がお似合いだ。
綺咲ちゃんみたいに。
私はダンボールの壁にそっと、指を沿わせた。
瞳を閉じる。瞼の裏には、彼との初めてのデートの思い出が蘇った。
はくちょう座、初めて教えてくれた星だったな……
「……柚花」
名前を呼ばれて顔を上げると、蒼くんが天文部室の入り口に立っていた。
息を切らしている。走って来たのだろうか。
シフトの時間ではない筈なのにどうして……
と思って、綺咲ちゃんと目が合う。
彼女は私に申し訳なさそうに、手を合わせていた。
ああ、綺咲ちゃんが蒼くんを呼んだのか。
彼女なりの罪滅ぼし、なんだろうか。
そんなことはないと言っているのに。
だって、私が未だ蒼くんに想いを残しながら彼と復縁しないのは、綺咲ちゃんが居るからではない。
彼と私の決裂は、もうずっと前から決まっていたんだと思う。
校内放送が終わった後、蒼くんは静かに、だけど僅かに情熱的に私に告げた。
今度こそ逃がさない、と彼の目が囁いていた。
「………柚花。明日の午前のどこかで、君と一緒に回る時間をくれないか」
ああ、どうして。
貴方は早く私を忘れて、もっと貴方にお似合いの人を探して欲しいのに。
私は、刹那、迷った。
……いいえ、これは私が悪い。
中途半端に終わらせてしまった、この恋人関係の終わり方に彼が納得できる筈がない。
私が逃げたからだ。
あの日、貴方にきちんと言わずに逃げたから。
だから今度こそーーーー貴方に伝えたいことがある。
「……うん、いいよ。明日、一緒に回ろう蒼くん」
私は微笑んだ。
これは、彼とやり直すための誘いの了承じゃない。
今度こそきちんと……終わりに導くための、エピローグだ。




