ご褒美デート回
約束の10分前に着いて待っていると、そう経たないうちに、柚花が待ち合わせ場所に現れた。
今日は、いつも下ろしている髪をポニーテールにしている。俺が大好きな髪型である。ちょっとその髪型にした理由に期待したくなる。
春用の白ニットに、黒のロングスカート。柚花は何を着ても似合うが、今日もまた一段と可愛い。
「蒼くん!」
柚花がふんわりと花の咲くような笑みを浮かべる。
いつも通り、思わず本音がポロリ。
「柚花…今日も可愛い。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとう……蒼くんだって、今日もカッコよくて…」
照れたように、顔を赤らめる柚花。
1週間前まで、この子は彼女だったんだけどな……
そうじゃないという事実に、胸が痛い。
「そ、それじゃあ行こう!今日は私が案内するね…?」
「うん、よろしく」
下調べ禁止令を出された俺は、ご褒美デートの舞台がどこにあるのか全く分からない。柚花は最近オープンした卵料理屋と言っていたが、その情報のみだった。
このあたりは、柚花の家の近くなので、デートで何度か通った道ではある。
見知った商店街を抜けた先。
件のお店は、そこにあった。
「ここだよ、蒼くん!どう?」
「おお…」
俺は卵料理が大好きなのだ。ふわふわのオムライスに、蕩けるような舌触りのプリン。和風も好きだが、何より洋風の卵料理が大好物。
店の外に飾ってある食品サンプルが、食欲をかきたててくる。オープンしたばかりで、輝きが違う。
「ふふ、良かった。もう喜んでくれてる」
はしゃいでいる俺を、微笑ましそうに見ている柚花。しまった、ちょっと先走ってしまった。
「そりゃあな。柚花が教えてくれた店だし」
「ふふ」
誤魔化すように言った俺に、柚花は口元を緩めた。
中に入ると、レトロで落ち着いた雰囲気のお店だった。店内には、優雅なクラシック音楽が流れている。
ウェイトレスに案内されて、2人席に着いた。
メニューを渡されて開いて見ると、美味しそうな卵料理の写真の数々。
これは、どれにするか迷うな……。
いつもなら前日に、スマホで調べて、当日食べるメニューまで決めてしまっているのだが、今日の俺は事前情報がなかった。それに加え、大好きな料理なので、どれも捨てきれず、つい選ぶのに時間がかかる。
「私、これにしようかな…、蒼くんは?」
ふわふわしているが、意外にも決断がいつも早い柚花は、もう注文するメニューが決まったらしい。
俺はどちらかと言うと、優柔不断なのだ。
だから、この2人の決断の差が生まれるのが気になって、俺はいつも事前に決めてしまっていた。
「ま、迷ってる…」
正直に言った。柚花は不思議そうにしている。
「蒼くん、いつも早いのに…珍しいね」
「ちょっとな…」
「見せてー、どれとどれ?」
柚花がちょっと身を乗り出す。俺の目に飛び込んだ白いうなじが、心臓に悪かった。
「これと、これで迷ってて…」
デミグラスソースのオムライスと、季節のキノコとホワイトソースのオムライス。
うん、捨てがたい。
柚花は、思いついたように「ねえねえ」と言った。
「じゃあ、私がホワイトソースの方頼むのはどう?2人で半分ずつシェアしよ?蒼くん、シェアしても気にならない人だよね?どうかな」
「え、でもさっき柚花、決めてたじゃないか」
「だって、こっちも美味しそうだもの。というか、これ、いつも蒼くんが私にしてたんですが…?」
柚花は即決だが、二者択一で迷うときもある。そんなときは、何かと理由をつけて、俺が柚花の頼みたいものを頼んで、シェアしたものだ。
「ね、だってそもそも今日は蒼くんのご褒美の日じゃない。今日は私が甘やかしまーす」
柚花はそう言うと、早速ウェイトレスを呼んだ。彼女はデミグラスとホワイトソースのオムライスを一つずつ頼んだ。
しばらくして運ばれてきたオムライス。ナイフを入れるとフワフワで、すぅーと膜が開いていく。
「はい、蒼くん、どうぞ」
俺の分のデミグラスも、交換した半分のホワイトソースも、どっちも美味しすぎて幸せだった。
「ありがとう、柚花」
「ふふ。私ね、ずっとこうしたかったのかも。蒼くん、幸せそうな顔してるね」
良かった、と彼女は微笑んだ。
しかし、ここからが困った。
今日のデートは卵料理屋以外の目的地は決めてない。
俺はまだ可能なら、デートを続けたい。
いつもなら良さげな店を事前にピックアップしておくのだが、今日は手元の情報がゼロなのだ。
「柚花、ちょっと商店街歩いてみない?」
「うん。どこか行きたいお店があるの?」
特になかったのだが、俺は思い出した。
そうだ、新規の情報がないなら、過去の情報で…!
「ほら、前に2人で行きたいって言ってた、オルゴール専門店。食べたばっかだし、ゆっくり歩いて覗こうよ」
「わあ、素敵…ん?待って、蒼くん。そこ、私が前に行きたいって言ってたところ……また、私のこと優先しちゃってる…」
柚花がもう、と非難がましげに見るが、俺は知らない。柚花の見たい店が、俺の見たい店なのである。
よし、上手く行ったーーーと思ったが、下調べなしには、やはり何事もそう上手くは行かない。
「臨時休業……」
くぅ、日曜日が定休日じゃないことまでは覚えてたんだが、臨時休業は予想できないぞ!
どうする?食べたばっかだし、食べ物系は無しだ。
しかもここの商店街は日曜日が定休日の店が多い。シャッターの閉められた店ばかりが、先ほどから続いている。
ミスった……
どうする、どうやって柚花を引き止める?
プランなしじゃ、解散になってしまう。
ーーーーぽつ、ぽつ……
極め付けには、雨が降ってきた。
しかも、結構などしゃ降り。
「え、今日は一日中晴れだって言ってたのに…!」
そうなのか。下調べ禁止令により、天気予報も見てなかったので、あまりの不運を知って、俺は驚いた。
まあ、抜かりはない。
「柚花、ほら入って。濡れるから」
「蒼くん流石……傘を持ってきたの」
「ああ」
天気予報は見るが、あまり信じない。こんなこともあろうかと、俺は常に折り畳みの傘を持ち歩いていた。
その時、俺たちの歩いている歩道スレスレをトラックが通った。
あ、マズい。
俺は柚花の前に、傘を伸ばした。
バシャーンッ!!
ぽた、ぽた…と俺の髪から、雫が滴り落ちる。
結構な量を、お見舞いされてしまった……
まあ、柚花には水がかからなかったようなので、良かった。
「蒼くん、ありが……、ど、どうしよう!蒼くんが私のせいでびしょ濡れに!?」
「いや、柚花のせいじゃ…」
「私に飛ばないように傘で防ぎきったからだよ!ごめんね」
いや、別に良いのに。
でも、困ったな。こんなびしょ濡れじゃ、どこの店にも入れない。
ご褒美デートは、ここで終了だ。
「ーーー蒼くん、急いで私の家に行こう!!早く、温まらなきゃ!!」
「…え?」
ご褒美デート、まさかの元カノの家で続行。
元カノの家って…!!!
とあるネタバレ。
実はこの回が、第二章の伏線になってます。
柚花が別れを切り出した理由も、ここにあります。
何だと思いますか?
皆様、是非是非、考察してみてくださいね〜!
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