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戦闘準備開始せよ

作者: 上山藤緒
掲載日:2026/03/28

第1章 坂の上の図書館


いちょう並木が続く坂の上の図書館では、夏休みのイベントとして今日から「エジプトフェア」が始まっていた。

今回の担当責任者でベテラン男性職員の奥平おくだいらさんは、市民から寄贈されたピラミッドの手作り模型をショーケースにおさめたり、フェアの前日から大忙しだった。

そして当日を迎えひと息ついた夕方、展示室のバックヤードで作業していた。

その頃小学五年生になってからエジプトにハマった上条かみじょうさとるは、塾の夏期講習帰りに汗をかきながら急ぎ足で図書館への坂を上がっていた。

坂の先には図書館の入り口に続く33段の幅広の階段があるが、バイクや自転車がたくさん停められていて、そのそばの石造りのベンチには、仕事の帰りか、仕事がないのかわからない上半身はだかのおじさんが一人ゴロンと横になっているのが見えた。

「お母さんが見たら、絶対ぜったいあんな大人になっちゃだめよって言うだろうな。」

さとるはそうつぶやきながら階段を上りきり、ひんやり冷房が効いた建物の中に入った。

「あの、エジプトフェアはどこですか?」

さとるは今日はまっすぐ貸出カウンターに向かい、そこにいつもいる白髪しらが頭の愛想あいそのいいおばさんに声をかけた。

「エジプトフェアなら、5階の展示室ですよ。」

おばさんはニコニコ笑顔で答えたが、

人見知りのさとるは黙っておじぎしただけで奥のエレベーターへと急いだ。

5階に着くとあたりは人がわりと少なくて、1階よりも静かだった。

さとるは赤茶色のカーペットの上を歩いて、館内図ではちょうど1階玄関上に位置する展示室へと向かった。

テレビで見た古代エジプトの特集番組がきっかけで、ピラミッドの壁に彫られた絵みたいなヒエログリフ文字に興味を持ち、さとるは最近関連図書を借りに来ていた。

展示室には大きなスクリーンが設置され、古代エジプト人の生活についての映像が流れてはいたが、スクリーン前に置かれたイスにはメガネを頭にかけていねむりしている作業着姿の中年のおじさんがいるだけで、あとはツタンカーメンの本を読んでいた大学生らしいお兄さんしかいなかった。

「あまり人気ないのかな」

さとるは人の少なさに思わずそうつぶやいた。

そのとき急にショーケースにスポットライトがあたり、木でできたビラミッドの模型が目に入った。

「へぇー、ハンドメイドだ。よくできてるな。」

しばらくさとるはピラミッドに見入っていたが、ヒエログリフ文字関連の他の本を探しに、同じ5階にある人文学の棚へと向かった。

外では寝ていたおじさんがいつの間にか起き上がっていて、ブツブツ呪文のようなものをとなえていたが、誰も気にする人はいなかった。

さとるは人文学の棚にある本を上から一冊ずつていねいに見ていったが、急に気が向いて

一番下にある古代エジプト人の暮らしについて書かれた重たい大型本を両手で引き抜いた。

「いてっ。」

さとるは床にしりもちをついた。そのとき左手のひらにねちょっとしたものがくっついた気がして、引っ張り出した本の背表紙を見てみた。

「なんか汚れてるな。」

さとるはそう言いながら棚の奥をのぞくと、汚れた筒状のものが見えたので取ろうと手を伸ばした。

「なんだろ?」

汚れた包みをそっと開くと、封印された巻物のようなものが出てきた。貸出用バーコードは貼ってないが、持ち出し禁止のラベルも見当たらない。

「あっ、そういえばあのおじさん!」

さとるは何日か前この場所で外に寝ていたおじさんと会ったことをふいに思い出した。

さとるが来たときしゃがんで何かやっていたようだったけど、もしかしたらこの巻物に関係があるのかもしれない。

「もしかしておじさんの宝物かな?」

そう思ったらなおさら興味が湧いて封印をはがそうと指に力を入れたが、なかなかはがれない。

さとるはしばらく頑張ってみたが、あきらめて小さめのヒエログリフ文字解読書と一緒に小脇に抱えて貸出カウンターのある1階へ行くためエレベーターに乗った。

さとるは貸出カウンターに行く前にもう一度封印はがしにチャレンジしようと思い、空いている席に座ってテーブルの上にそっと巻物を置いた。

貸出カウンターには、図書館の紹介記事で見た年配で黒縁メガネ、背は低くて細身だけどちょっと威厳のある館長の姿があった。

また周りには本を読んでいる人がまだかなりいたが、さとるのやろうとしていることを気にとめる人はいなかった。

「爪が伸びてて良かったな。」

さとるは目の前の封印部分に、親指と人差し指の爪をあてると力を入れた。

しかし封印は容易に解けなかったため、さとるは巻物を慎重に巻き直してバックに入れると、ヒエログリフ文字解読書だけを手に持って再び貸出カウンターに向かった。


第2章 戦闘準備開始せよ


おばさんはいつも通り笑顔で、借りる本のバーコードをピッと読み取って渡してくれた。

その場を離れながら、「あれっ?返却日は何日って言ったけな?」と確認するため本に挟まれたレシートを引っ張り出した。

ところがレシートには日付けがなく、赤茶色のちょっとヘタな読みにくい字で『戦闘準備開始せよ』と書かれているだけだった。

さとるはあっけにとられてカウンターを振り返った。そして「これってなんですか?」と言おうとおばさんを見た瞬間、驚きで固まってしまった。

「アンドロイドだ!」

白髪のおばさんが、ゲームに出てくるような人造人間アンドロイド?ガイノイド?に変身していたのだ。おばさんからはいつもの愛想の良さは消え、身動き一つせず立っている。

驚いてまわりを見わたしてみたが、返却カウンターの女の人も、玄関にいつもまじめな顔して立っている警備員もいつの間にかアンドロイドになっている。

その上図書館に来ていた人たちが、まるで催眠術にかかったみたいに次々に外へ出て行くのだ。

さとるはなんだか怖くなって正面出口に向かったが、万引き防止の機械のブザーが何度も鳴ってしまう。

「あっ、もしかしてあの巻物?」

さとるがバックに目をやると、中から白い煙と何やら甘い香りがしているのに気づいた。

ハッとして顔を上げると、玄関外にはあの寝ていたおじさんがいつの間にか立ち上がっていて、こっちを見ていた。

そのあと近くにいたアンドロイドの警備員が目の前で玄関ドアを内側からロックしたため、さとるは驚き走ってエレベーターに乗り込んだ。

その頃5階展示室のバックヤードでは職員の奥平さんがまだ手を休めることなく作業していて、スクリーンの前では相変わらずおじさんがいねむりしていた。

ただ一人大学生のお兄さんだけが、読みかけの本を持ったまま古代エジプト人兵士の戦闘の様子が映し出されスクリーンを食い入るようにながめていた。しかし誰も1階の異変にはまったく気づいてなかった。

エレベーターが5階に着くなり、さとるはバタバタと館内を走って展示室に向かった。そして「なんか変なんだ!カウンターの人たちはアンドロイドになったし、みんな外に出て行っちゃったんだよ。」とさけんだ。

そこにいた大学生とその声で目が覚めたおじさんはキョトンとした顔で何も言わなかったが、ちょうどバックヤードから出てきた職員の奥平さんが「どうかしましたか?」と返事をしてくれた。

そこでさとるは1階で起こったことをすべて話したが、あの巻物のことだけはなんとなく秘密にしたくて黙っていた。

奥平さんはさとるの話に首をかしげながら、

「アンドロイドについてはちょっとなんとも言えませんが、気になるのでちょっと見てきましょう。一緒に行きますか?」と先にエレベーターに向かった。

さとるは奥平さんのあとを怖々続いたが、そのとき5階の床にうっすらと白い煙が漂い始めて、驚いたおじさんと大学生のお兄さんも一緒に下に降りることになった。

「なんてこった!」

1階に着いて真っ先に声を出したのは、さっきまでぐうぐう寝ていたおじさんだった。

さとるが見た通り、カウンターのおばさんはアンドロイドのままだったし、館内はいつもと違って人気ひとけがなくがらんとしていた。

奥平さんもさすがに驚いた様子で「これはいったい…。」と言いかけたが、言葉が出て来ない。

とりあえず4人はバックヤードに移動したが ふと大学生のお兄さんがさとるに向かって「いつからこうだったの?」と聞いてきた。

すると さとるは振り返って本に挟まれていた例のメモを差し出した。

『戦闘準備開始せよ?』

お兄さんが読み上げると、みんなは顔を見合わせた。

「へたくそな字だな。」とおじさんが言うと、奥平さんは少し首をかしげながら、そのメモを見つめた。

さとるはもう一度図書館に来てから今まであったことを簡単に説明しだした。

「何かきっかけがあったかも。」

お兄さんの言葉にハッとしたさとるが口を開こうとしたとき、

「それより腹が減ったから外に出してくれよ。」とおじさんは不機嫌そうに言った。

「さっきアンドロイドの警備員のおじさんが正面玄関のカギを閉めてたけど。」と、さとるは口を挟んだ。

「えっ、閉じ込められたの?」とお兄さん。

「あっ、それは大丈夫ですよ。館長他私ども職員が開けられますから。」と奥平さんが安心させるように言うと、

「それじゃお宅が玄関開けてくれたら帰れるわけだな。」とまたおじさんが詰め寄る。

「はい。まずお客さま方を玄関にお連れして、あとは私のほうで異常を確認して必要なところに連絡しますのでご安心ください。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」

奥平さんは何度もおじぎをしながら、先頭に立ってあたりの様子をうかがいながらみんなをバックヤードから玄関へと誘導しだした。

幸いアンドロイドたちはその場を動かないため一同は簡単に外に出られるかと思ったが、おじさんを先頭に万引き防止ゲートを通ると、いきなり万引き防止ブザーが館内に鳴り響きみんなを驚かせた。

「なんだなんだ。おれは何も持ち出してないぞ。」とおじさんは両手をバタバタさせて猛アピールしている。

次に大学生のお兄さんがゲートを通ったが、やはり同じようにブザーが鳴り、最後にさとるが通ったところでひときわ大きく鳴った。それと同時にアンドロイドの職員たちがゆっくりと動き出し、近寄って来るのが見えた。

「とりあえずこちらへ!」と叫ぶ奥平さんの声に従って、みんなはあわてて引き返しエレベーター目指して走った。


第3章 異次元ポケット


奥平さんはみんなが乗り終えたのを素早く確認して、5階のボタンを押した。5階に着くと白い煙が充満していたため、

奥の展示室のバックヤードに向かった。

みんなが中に入ると、奥平さんはとりあえず折りたたみ椅子を人数分出し、座るように勧めてくれた。

「出られねぇな。」とおじさんが困り顔で言うと、奥平さんはすかさず申しわけなさそうに「セキュリティーシステムの誤作動のようで、ご迷惑おかけします。館内に館長もいるはずなので、早急に対策いたします。」と頭を下げた。

さとるは今が巻物のことを言うタイミングだと思い、バックからそれを取り出すと、来館後すぐに人文学の棚で見つけたこと、バーコードも持ち出し禁止のラベルもなかったので個人の持ち物かもしれないと思ったことや、中が見たくて封印をはがそうとしたことなどを話した。

「煙と同じ匂いがする!」と大学生のお兄さんが言うと、奥平さんも黙ってうなづいた。

「すごい年代物だな。ファラオののろいか?」と言うおじさんに続いて、「ツタンカーメン王?」とちょっと興奮して目を見開き気味のお兄さん。

「これは図書館の所蔵ではないですね。どなたかのお忘れ物かあるいは、にわかに信じがたいですが、図書館内に異次元ポケットが存在するのかもしれません。」

「異次元ポケット?棚の奥に?」さとるはそのとき、あの外で寝ていたおじさんと数日前棚のところで会ったことをまた思い出した。それを奥平さんに言うと、「えっ?あーあの寝てた方はあやしい方じゃありませんよ。ピラミッド模型作家の吹田五郎すいたごろうさんという方で、展示室にあるピラミッドはあの方から今回特別に寄贈されたものなんですよ。以前肺を悪くしたそうで、館内はあまり空気が良くないからと外にいらっしゃることのほうが多いんですけどね。」とマスク越しでも笑顔になったことがわかった。

「ピラミッド?あぁ、さっき急にスポットライトが当たって明るさで目が覚めたっけな。」とおじさん。

「あれ、そうですか?設置したスポットライトが点かないので故障したと思って、新しいのを探していたんですが。」と不思議そうな顔の奥平さん。

さとるはスポットライトよりも、あのおじさんの様子が気になって、

「模型作家?じゃあ巻物とは関係ないのかな。でもさっき玄関外に立ってこっち見てたけど。」と小さくつぶやいた。

するとすかさずそれを聞きとった奥平さんは、

「そうですか?さっきは見ませんでしたね。」と言って首をかしげたが、特にその模型作家は関係ないと思っているらしいことが見て取れた。

「まあ、異次元だかなんだかわからんが、とにかくそんなあやしい物は、いじくり回さないで元に戻せばいいんじゃないか。」とおじさんがめんどくさそうに言うと、大学生のお兄さんも、「中が気になるけど、ボクもその異次元ポケットかわからないけど、元に戻せばこの変な状況がおさまるんじゃないかと思うけど。」奥平さんに向けて気弱な感じで言った。

それを受けて奥平さんも、「そうですね。この巻物がなんなのかとても気になるところではありますが、来館していただいたお客さまをこれ以上足止めしてもいけませんので。」と巻物への興味を押し隠すように言ったので、さとるはちょっぴり残念な気持ちになった。

しかし手にした巻物を見つめていたら、ふいに「でももしも忘れ物だったら?中を確かめたほうがよくないですか?」と、考えるよりも先に言葉が出た。

「うーん、ホントに古代エジプトの物かどうかは別として、個人の物なら失くして探してるかもしれないし、中身を確認しないと行けないかもしれませんね。」と奥平さんは巻物に目をやり少しの間考え込んだ。

そこへ「あんがい小学校時代の同級生の算数のテストかなんかで、0点取ったから隠しといたかも知れないから名前見てやろうか。」とおじさんが言ったので、みんなは笑って少し気がラクになった。

「それでは中身を確認して、それからこれをどうするか考えることにしましょう。持ち主がわかるかもしれませんし。」と奥平さんはさとるから巻物を大事そうに受け取ると、みんなを見回して

決心したように言った。

そして封印部分をゆっくり開くと、古代エジプトのヒエログリフ文字が書かれていることがわかった。

「こりゃなんて書いてあるんだ?これしか書いてないな。」

巻物にはヒエログリフ文字の文章が一つ中央に書かれているだけだったので、おじさんのようなリアクションになってもおかしくなかった。

しかしその文章を見た奥平さんが「あぁ。」と声を発したので、その瞬間みんな注目した。

「クフ王ですね。『我は守護されている』と書かれています。」

「じゃあ、これは有名なものですか?」とさとるは興奮気味に尋ねたが、奥平さんは片手を振って違うとジェスチャーしながら

「いえ、巻物は存在していないはずですし、この文章は、クフ王の名前の意味そのものなんです。『クヌム神に守られているファラオ』ということですね。」

「古代に存在してない巻物なら、わざわざ作ったんですかね?なんでクフ王なのかな、ツタンカーメン王ではなくて。」

ツタンカーメン王にこだわりがあるらしいお兄さんは、どうも納得がいかない様子で首をかしげた。

「クフ王でもツタンカーメンでもいいが、そもそも異次元ポケットやらがホントにこのなかにあるのか?」とおじさんが言うと、

それを受けて、口をギュッと結んだ奥平さんは意を決したように、「この巻物があった場所を調べてみましょう。人文学の棚の奥とおっしゃいましたね?」とさとるに再度確認した。

「はい、一番下の棚の奥にありました。」

さとるの返事を受けて、奥平さんはみんなにマスクを付けるよううながすと、先頭に立って展示室に繋がる扉を開けた。

バックヤードを出ると、まだ白い煙が漂っていて、さっきまでの展示室とはまるで違って見えた。

「あれ?電気ついてないな。」

おじさんはあのピラミッドの模型を照らす、スポットライトを指さした。

「確かに、また消えてますね。やっぱり接触不良かな。」と奥平さんは首をかしげながらも、棚が気になるのか先を急いだ。

そして 人文学の棚に到着すると、すぐに膝をついて一番下の棚奥を見て手で探ってみたが、

「何もありませんね。」と振り返って言った。

さとるも目をこらしてのぞいてみたが、不思議なことに異次元ポケットどころか巻物が入るような場所は何もなくて、探った手が硬い壁にあたるだけだった。


第4章 のろいの指示書


白い煙がなかなか消えないこともあり、結局4人はまた展示室のバックヤードに戻ることにした。

「あぁ、キツイなこりゃ。」と言いながら、おじさんはマスクを一番先にはずして椅子に座り込んだ。

「なかったですね。」次に口を開いたのは奥平さんだった。

それを聞いたさとるは急いでマスクをはずして、「ホントにあの場所にあったんです!異次元ポケットかどうかは知らないけど、この巻物は棚の奥から引っ張り出したんです。」と必死で言った。

すると大学生のお兄さんがなだめるようにさとるの肩を軽くたたきながら、「信じてるよ。こんなのが館内に普通にあったら目立つだろうし、隠されてたのは確かなはずだから。」

「その棚にいたっていうピラミッド模型作家とやらがあやしくねえか?あのピラミッドも、ライトがついたり消えたりしてなんか気になるしな。」とおじさんが腕組みして言った。

「さあ、どうでしょうか?よくご来館いただいているので、もしや何かご存知かもしれませんけど。もしもまだ外にいらっしゃるようなら、お聞きしてみましょうか?古代エジプトにお詳しいかと思いますので。」

と言う奥平さんに、「でも下は危ないんじゃ?」とお兄さんがすかさず怖そうに首をすくめた。

「展示室の窓からのぞいてみたら?」

さとるは展示室の窓方向を指差した。

展示室の窓は、展示品の日焼けなどの劣化を防ぐためにふだんから茶系の木製ブラインドが下げられているので、そこから玄関の外を見下ろすことは出来ない。

「そうですね。もう夕方で日差しも弱いでしょうから、ブラインドを上げても大丈夫かと。ここからちょっと外の様子を見てみましょう。」

奥平さんはそう言うと、すぐにバックヤードを出たので、あとの3人は急いであとを追った。そして重そうなブラインドがそろそろと窓の半分くらい上げられると、薄暗いなかに

あの模型作家のおじさんが、じっと4人を見上げているのがわかった。

「ひゃあっ。」

さとるは驚いて後ろに飛び退いたが、奥平さんも少し驚きながらも冷静に、下にいるおじさんに会釈した。

そのそばで「なんか気味が悪いな。」と上のおじさんが言うと、「なんでわかったんですかね?」と大学生のお兄さんも首をかしげた。

「きっと中の様子から、寄贈されたピラミッドを気にしていらしたのでは?」とあまり気にしたふうでもなく、 奥平さんが続けて言った。

「それより館長といまだ連絡が取れないのが気になります。何かあったのかもしれません。」

そんな4人を見上げていた模型作家の吹田は、このとき自分がなぜか古代エジプトの特別な霊力のある、シャーマンの生まれ変わりだという不思議な感覚にとらわれていた。

ひと月前のある日、吹田はこの図書館を訪れていて、 いつも通り1階の雑誌コーナーに立ち寄ってから好きな古代エジプト関連の書籍を見に5階へ上がった。

人文学の棚に向かうと、一冊ずつ指でタイトルをなぞりながらどんどん見ていたが、

さとると同じく一番下の棚の大型本に惹かれて勢いよく引き抜いた。

すると1枚の茶色に変色したような紙がはらりと足元に落ちた。

「パピルス紙?」

拾い上げて見ると、見慣れた古代エジプトのヒエログリフ文字が並び、簡単なピラミッドの絵が描かれたパピルス紙だ。

「指示書?魂を込めてピラミッドの模型を作り、贈り物とせよ、かな。」

文字をゆっくりとたどりながら読んだ吹田は、最近図書館関係者から古代エジプトフェアの企画を聞かされたことを思い出した。

「フェアのために、ピラミッドの模型を作って図書館に寄贈しろということか。わざわざ私が来るのを見計らって、館長もこんな指示書で提案してくるなんて、遊び心があるんだな。」

その提案ぶりが気に入った吹田は何も疑わず、また誰かに確認したりもせずにその指示書通りにピラミッドを作り、素晴らしい集中力を発揮して、昼夜問わず1週間ほどで仕上げて寄贈した。

「吹田さん、協力していただけると思ってましたよ。素晴らしい出来栄えですね!」と館長から感謝の言葉を言われ、図書館の広報誌の写真撮影などにも応じたりと慌ただしいなか、指示書のことを話題にするヒマもなかった。

そのあと忙しさで無理がたたったのか、体調を崩してしばらく寝込んだ吹田がようやく回復したのは、古代エジプトフェアの当日だった。

いつも通り朝から図書館外の木陰のベンチで横になってのんびりしていたが、フェア当日にも関わらず来館者が少ないのが妙に気になりだした。

そして夕方小学生の上條さとるが、ちょうど館内で巻物を見つけた頃、吹田はなぜか猛烈に古代エジプトのピラミッドを作ったクフ王が侮辱されている気がしてきたのだ。

興奮したせいか汗が吹き出して、ズボンのポケットからミニタオルを取り出したが、折りたたまれた紙が一緒に落ちたことに気づいた。

「指示書!」

それはピラミッドを寄贈してからずっと見ることがなく、失くしたとばかり思っていたあのパピルス紙の指示書だった。

「これは?」

以前見たときにはなかった文字が、館内のどこかから漏れ出た白い煙によって目の前で徐々に浮かび上がってきた。

「戦闘準備開始せよ?」

その一文を見た瞬間、吹田はやるべきことがはっきりわかった気がした。

「古代エジプトクフ王の力をこの世に再び知らしめるのだ!」

吹田は図書館玄関前に立ちはだかり、何者かに操られた様子で次々に出てくる人々に鋭い視線を送り、呪いによって図書館員たちがアンドロイドに変わる姿を見守った。

そしてアンドロイドの警備員を使って、館長も含め館内に巻物に触れた者たちを閉じ込めたのだった。


第5章 あるはずのない一日


その日は奇しくも古代エジプトのうるう歴に

あたっていた。現代にはあるはずのない一日であることは、図書館に訪れたさとる他2名

はもとより、古代エジプトフェアの主催側の奥平さんも気づいてはいなかった。

ただこの館内で何か大きなことが起きつつあることは全員が感じていた。

そしてそれに真っ先に気づいたのは、大学生のお兄さんだった。

「兵士がいない!!」

みんなはお兄さんが指差すほうをいっせいに見ると、スクリーンの画面からはさっきまで映っていた兵士たちの姿は消え、砂ぼこりだけが舞っていた。

「別のシーンじゃねえのか?」

とおじさんが言ったのでさとるも一瞬そうじゃないかと思ったが、奥平さんの一言でその思いが吹き飛んだ。

「確かに、兵士がいません!!これは砂ぼこりが舞う中の槍や盾を持った兵士たちの戦闘シーンを描いたものなんです!」

「そんなバカな!じゃあ兵士はどこに行ったの?」とさとるがゾッとして叫んだとき、

先ほど見た窓下から、カシャカシャという何かがぶつかるような音が聞こえた。

みんながまた急いで窓下を見おろすと、そこにはスクリーンから抜け出したような古代エジプト人兵士たちが集まっていて、その先頭に立って不気味な笑みを浮かべて見上げるあの模型作家の吹田の姿があった。

それを目にした4人が呆然とするなか、

「呪われたな。これはファラオの呪いに違いないぜ。理由はわからんが、この図書館はやつらに乗っ取られたんだ。」と真っ先に我に返ったおじさんが口を開いた。

「この現代に呪いですか?だとしたら、あの巻物が関係してるのでは?勝手にいじったからファラオの怒りを買ったとか。」と大学生のお兄さんが怖い顔でさとるをにらんだ。

「えっ?ボクのせい?」

さとるはうろたえたが、奥平さんが優しくさとるの肩をたたきながら、

「そんなことはありませんよ。館内で起きたことは私共職員の責任ですし、まだ呪いと決まったわけでは。」と言ってくれたのでまだ少し慰められたが、自分のせいにされたことであまりいい気はしなかった。

「まったく、子どものせいにするなよ。今の若いやつときたら。」とおじさんまでさとるの味方をしたので、大学生のお兄さんはかなりふくれっ面になった。

「とにかくいったんバックヤードに引き上げて、今後の対策を練りましょう。」

ちょっぴり険悪なムードになったさとるたち3人は、奥平さんにそう促されてバックヤードに戻った。

「相手は武器を持ってる。警察を呼べないならどうしたら?ここから逃げないと、殺されるかも。」

大学生のお兄さんが震え声で言うと、

「待つしかないな。」と諦めたようにぽつりとおじさんが答えた。

「待つって何を?」と聞いたさとるに対して

「やつらが寝るまでさ。」という冗談なのか本気なのかわからない答えが返ってきたので、なんだかバカにされたような気がしてさとるは黙ってしまった。

奥平さんはというと窓の下を見たときの様子が妙に気になり、ふと気づいて口を開いた。

「入ってきませんね。中には。」

「なんでですか?戦うつもりはないとか。ボクたちを許してくれたとか。」と大学生のお兄さんが言うと、

「許すも許さないもないがな。今は現代なんだから、古代人が勝手なことしちゃいけないだろう。オレらやつらの敵じゃなくて、古代エジプト好きの単なるお客なんだから。」

とまたおじさんが否定した。

「でも戦う気だからスクリーンから出たんじゃないかな。今にも攻めて来そうだし。」

とさとるが震え声で言ったのを受けて、奥平さんが「とにかくまだ状況が今ひとつわかりませんので、しばらく様子を見ましょう。」と発言したのでみんなは不安なままいったん黙り込んだ。

しかし少し経ってから何か落ち着かない様子のお兄さんを見て、

「どうされましたか?」と奥平さんが声をかけた。

「あの、トイレに行きたくて。」ともじもじしながらお兄さんが答えた。

「あっ、気がつかなくてすみません。ここはまだ安全なので、あとのお二人もどうぞ行ってください。」と申し訳なさそうにあやまる奥平さん。

「オレはまだ大丈夫だから。」

「ボクも平気です。」

おじさんとさとるが断ったため、結局お兄さんが一人で行くことになった。

残った3人は、あのピラミッド作家と兵士たちを監視するため再びバックヤードを出て窓下をのぞいてみたが、特に変わった様子はなかった。

大学生のお兄さんはというと、トイレに向かったもののなぜか中には入らず、そっと非常階段に通じるドアを開けた。

予想に反して階段にも白い煙が充満していたため、お兄さんは顔をしかめつつもどんどん階段をおりていく。そして煙がほとんど気にならなくなった頃、ようやく図書館の裏口に着いた。そしてドアの鍵を開け取っ手に手をかけたがドアはビクともせず、まったく開く気配はなかった。

「チッ、開かないな。でもせっかくここまで来たからあともう一回だけやってみよう。」

長い時間館内に閉じ込められた状況に嫌気がさしたお兄さんが、、もう一度力を込めてドアの取っ手を回しながら押すと、ギシギシと音がすると同時に外の光が目に入った。

「やった!出られた。」

と思ったのもつかの間、目の前にあった不思議に青く光る大きな岩にぶつかりあとずさりした。

すると、その後ろのほうから兵士の振り回す剣の音がかなり大きくリアルに聞こえてきた。

怖くなったお兄さんは慌てて建物内に逃げ込んで鍵をかけ、その場に身をひそめた。

その頃5階では、急に下の兵士たちが騒ぎ出したことにみな驚いていた。

「とうとう攻めてくるのでは?」

さとるは不安になって、奥平さんに思わずしがみついた。

「わかりませんが、なにか急に興奮してるのは確かですね。」と努めて冷静に返す奥平さん。

この状況で一番騒いでもおかしくないおじさんはというと、兵士たちの様子に見入ったまま黙っている。そしてしばらく経ってから、

「動かねえな。」とポツリとつぶやいた。

「そうですね。」

じっと下を見ていた奥平さんも、おじさんの言葉にうなづいて言った。

「どういうこと?攻めて来るんじゃないの?」

さとるはわけがわからないまま、奥平さんとおじさんの顔を交互に見つめた。

「つまりだな、兵士ってのは指揮官の指示がないと、持ち場を離れられないのさ。」

とおじさんが口を開いた。

「指揮官?あの作家の人が指揮官じゃないの?」とさとるが言うと、

「あの方はどうも本物の指揮官ではないようですね。」と奥平さんが答えた。

「えっ、じゃあ本物は誰なの?どこにいるの?」

「あいつはあやつられてるだけだな。」

「そうですね。少し作戦が必要なようです。戻りましょうか。」

と奥平さんがバックヤードを指差したとき、

「大変です!兵士たちがすごい騒いでて。

なんかデカくて変な岩があって。」とあわてた様子で大学生のお兄さんが走ってきた。

「お話は中で聞きますから、とりあえずバックヤードに戻りましょう。」

奥平さんはみんなをうながすと、最後にあたりを確認してから中に入って扉を閉めた。

「あいつだけをおびき寄せればなんとかなるな。」

「そうですね。兵士はスクリーンから出た実体のないものと考えれば。」

「実体がない?かなりリアルな音だったし、外に変な見たことない岩もあったのに?」と

大学生のお兄さんが口を挟んだ。

「えっ?外に出たの?トイレじゃなかったの?出られたの?どっから?」

さとるは驚きのあまり、お兄さんを質問攻めにした。

「自分だけ助かろうとしたな。そういうやついるんだよな。」

「まあまあ気持ちはわかりますから、とにかくお話を聞きましょう。」と険悪な空気を払いのけるように奥平さんが話に割って入った。

「トイレのそばに非常階段があって、ドアを触ったら開いたから、外に出られるんじゃないかと思って下に降りたんです。でも目の前が青い岩でふさがれてて。」

「青い岩ですか?聖なる石、ラピスラズリかもしれませんね。もしかしてそれに触りましたか?」

「触ったというかぶつかったんです。目の前にあるのを知らずにドアを開けたから。」

「それだな。」とふいにおじさんが話に割り込んできた。

「聖なる石とやらが、やつらの戦闘スイッチってわけだ。用意周到だな。だが親玉をやっつければ勝ち目はあるから。」

「やっつけるってどうやって?殺すってこと?」さとるは考えただけでゾッとして身震いした。

「いえ殺さなくても、館内におびき寄せせればいいかと。館長が見つからないので私一人の判断ではやりかねますが、なんとか図書館を取り戻さないといけませんから。」と奥平さんが決心したように言った。

それからしばらく4人は頭を突き合わせて、兵士の指揮官となっているピラミッド作家の吹田をおびき寄せる作戦を練った。

その結果吹田は操られているとはいっても言葉は通じそうなので、上から呼びかけてみようということで話はまとまった。

そしてさっそく奥平さんから順番に声をかけて相手の反応を見ることにした。

しかし直前になって不安にかられた大学生のお兄さんが、「でも何か言って兵士が怒って剣とかやりとか投げてきたら?館内に入って来るかもしれないし。」と言うと、

すかさずおじさんが

「怖がってたら何も出来んだろう!早く帰りたくて大胆にも一人で逃げ出そうとしたくせに。」と一喝いっかつしたので、お兄さんはそのあと何も言えず黙ってしまった。

「まあまあ、ここは力を合わせて頑張りましょう!」とすっかりケンカ仲裁ちゅうさい役の奥平さんが二人をなだめ、さっそくトップバッターとして、指揮官と化した吹田に呼びかけた。

「吹田さん、エジプト展担当の奥平です。館長が話したいということなので、館内に入ってもらえますでしょうか。」

窓の下の吹田は奥平さんの呼びかけを途中でさえぎるように、

「館長は見つからないはずだがな。」と返した。

「自信たっぷりな言い方だな。館長は捕まってるんじゃないのか?」

おじさんの言葉に奥平さん他さとるもお兄さんも動揺した。

しかし そこで順番でもあり、一人落ち着いてるおじさんが、

「ピラミッドの作家さんだそうで、まずあやまらなきゃいけなくて。私がさっき慌ててピラミッドのケースに思いっきりぶつかっちまってね、端っこにヒビが入ったんですわ。館長さんの話ってのも実はそれでね。」

とバックヤードでの打ち合わせ通りに、落ち着いた自然な調子で呼びかけたので、さとるは内心感心して聞いていた。

しかし 「大人一人がケースにぶつかったからって、ヒビが入るはずないな。」と吹田はまったく動じる様子はなく、腕組みしたままその場に立ち尽くしていた。

なので3番目のさとるが、奥平さん、おじさん、大学生のお兄さんの顔を順々に見てうなづきながらおじさんと場所を交代して窓辺に立った。

すると子どもが意外だったのか、吹田が腕組みをやめたので、さとるに注目したらしいことがわかった。

「おじさんは古代エジプトに詳しいそうですが、館長さんの代わりにボクが見つけた巻物を見てもらえませんか?」

緊張して少し震えながらも、さとるは頑張って呼びかけた。

「巻物を手にしたのはおまえか?」

吹田は少し驚いたように返した。

「はい。ボクですが、子どもなので兵隊さんたちが怖くて下に行けないので、おじさんが来てくれませんか?」

そばにいる奥平さんたちも、吹田が巻物の存在を知っていることに驚きつつも、さとると

おじさんのやり取りを静かに見守った。

「なら、迎えを一人よこせ。さっき裏から逃げ出そうとしたのがいるだろ。そいつを来させたら巻物を見てやろう。」

予想外の言葉にお兄さんは震え上がったが、

おじさんは「指揮官になったからってやけに偉そうだな。」と不愉快そうに言うだけだった。

館内におびき寄せることには成功しつつあるので、大学生のお兄さんには迎えに行ってもらうことにみんなの意見がまとまった。

「何もしやしないさ。目的は巻物を見ることだし、エレベーターですぐ着くからな。オレたちは5階のエレベーター前で待つとしよう。」

今やリーダー格のおじさんの、ちょっぴり頼もしい言葉にお兄さんは真顔でうなづいた。

そしてマスクをはずした大学生のお兄さんの弱々しく見える後ろ姿を、さとるたちはエレベーター前で見送ったのだった。


第6章 未来からの手紙


大学生のお兄さんはエレベーターが1階に着くと、震える足で一歩一歩正面玄関に近づいて行った。

その間5階のフロアと違って、白い煙はほとんどなくて視界がクリアなことや、アンドロイドの職員たちがみな微動だにしないことに気づいた。

玄関に着くと上から見た通り、剣や槍を手にした兵士たちがいたが、指揮官の吹田の指示に従っているからか静かにお兄さんを待っていた。

吹田はお兄さんを見ると、

「さあ、行こう。」と声をかけてゆっくりと館内に入って来た。

お兄さんは怖々その後ろを見たが、兵士たちがついて来る様子はなかったのでホッとしながらも、吹田とは少し距離を取って歩いた。

エレベーター前に着いたところで、ふいに吹田が口を開いた。

「おまえはだいぶ辛そうに見えるから、逃がしてやってもいいぞ。それで迎えに来させたのだ。無理せずこのまま家に帰ってもかまわん。兵士たちには手出しはさせないから、好きにすればよい。」

「えっ?ホントに帰ってもいいんですか?それなら・・・」とお兄さんが言いかけた時、貸出カウンターのほうから人のうなり声のような音がかすかに聞こえた。

吹田には聞こえなかったのか、何も言わない。

次の瞬間お兄さんは「ボクは迎えに来ただけなので」と言うと、エレベーターの上ボタンを押して吹田に乗るように促していた。そしてそっと貸出カウンターのほうを見ながら、

自分もエレベーターに乗った。

5階に着くと予想に反して奥平さんやおじさん、さとるの姿がないことにお兄さんは戸惑った。

吹田はというと大量の煙に口を押さえつつ、足取りもフラフラと今にも倒れそうになっている。

そこへ本棚の陰に隠れていたさとるたちが飛び出しお兄さんに素早くマスクを渡したところで、吹田が「巻物は無事か?」と一言つぶやいてからその場で気を失って倒れた。

「さあ、みんなでバックヤードに運びましょう。」

奥平さんのかけ声にさとるたちは力を合わせて吹田を移動させた。

「死んだわけじゃないですよね。」

さとるはちょっと心配になって言った。

「吹田さんは肺が弱くていらっしゃるので少し荒療治あらりょうじでしたが、しばらく休めば回復されると思いますし、操られてたにしろ館長にも手を出したとなるとこうするのもいた仕方ないかと。」

さとるたちは横になった吹田を見下ろしながら、奥平さんの言葉にうなづいていた。

「あっ、そういえば館長かもしれないです。さっき1階の貸出カウンターのほうから、うなり声みたいなのが聞こえたから。」

「えっ?そうですか。助けに行かないと。」

奥平さんが慌ててバックヤードのドアを開けると、白い煙のなか再びスポットライトが当たった展示室のスクリーンが青く不思議な光を放ち、さっきまで外に出ていたものの指揮官を失った兵士たちが次々に吸い込まれて行くところだった。

スクリーンがすべて元に戻るのを見守ったあと、一行は急いでエレベーターに乗り込み1階に降りた。

貸出カウンターに向かうと確かに下のほうでくぐもった声が聞こえる。

「館長!」

カウンター向こうの床には、よくドラマの人質役みたいに両手足と口をテープでふさがれた、背広姿の小柄な黒縁メガネの年配男性が座り込んでいた。

「奥平君、助かったよ。何が何やらわからんよ。うちの警備員にこんな目に遭わされて。」

どうも館長の話によると、1階の様子を見に来た時、ふいに持ち場を離れた不審な警備員を見つけたのであとを追った際、外にいた吹田と図書館を乗っ取るらしい怪しい会話を耳にしたとか。

それでテロ事件が起こると確信した館長は、警察に連絡しようとしたが、通信状態が悪くて出来ず、貸出を手伝うフリをしてカウンター内で予備のレシートに走り書きしたということだった。

しかしそのあと館内に戻って来た警備員がいきなり近寄ってきて倒され、しばらく意識を失ってたらしい。

「走り書きってこれのことですか?」

さとるはふと貸出のときに見たレシートを

思い出し、取り出して見せた。

「そうだよ、それだ。」

館長は疲れた様子で大きくうなづいた。

「でもなんで『 警察に連絡して』じゃなくて『 戦闘準備開始せよ』だったんですか?最初見たとき字も汚いし、小さい子のイタズラかと思いました。あとなんかの暗号かなって。」とさとるが不思議そうに聞くと、

「そうだね。私にもわからないけど、その時はその言葉しか思いつかなかったから。」と、館長もさとるの言葉に首をかしげるばかりだった。

「あとおかしなことが起こったのは、この巻物のせいかと思うんですけど。」

さとるはずっと大切にバックに入れていたあの古そうな巻物を館長に見せた。

「こんな物がどこに?」

「見たことありませんか?5階の人文学の一番下の棚の奥にあったんです。」

「古そうなだいぶ年代物のようだが、うちの図書館の物ではないな。君が見つけたの?こんなものに興味を持つなんてよっぽど古代エジプトが好きみたいだね。」

「館長、ここにいるみなさんは今回のエジプト展に特別関心を持って来てくださった方々ばかりですよ。ピラミッドやパピルス、ヒエログリフ文字などもご存知で。」と奥平さんが紹介して一瞬なごやかな空気に包まれたが、図書館職員は相変わらずアンドロイドのままだったし、気になる5階フロアもまだ煙が消えてはいなかった。

館長もそれに気づいて、

「まだ問題は解決してないようだね。奥平君、まずは空調システムを確認して来てください。このことはどうも警察では無理のようだし、そのあとで対策を考えましょう。」

奥平さんは館長の指示通り急いで確認しに行ったが特に異常はなかったということで、改めてみなマスクを付けて事の発端となった5階に戻ることにした。

エレベーターに乗るとおじさんがみんなの気持ちを代弁するかのように、

「古代エジプトの力を知らしめる目的だったのかなあ」とつぶやいた。

しかし「何のために?」とさとるが聞いたら「エジプト展が人気がないからさ。」と答えたので、館長や奥平さんは苦笑いだった。

「それならもうちょっと宣伝しないといけませんね。それがエジプトのファラオの怒りを買ったんだとしたらね。」

「ピラミッドに問題があったなら、やはりクフ王の思いですかね?」と大学生のお兄さんもようやくさっきまでの緊張感が解けたのか話に加わった。

「じゃあ、あの吹田って作家はクフ王の使いいかなんかか、その気にさせられたのか。思い込みが強すぎるのも問題だな。」

「よくわかりませんね。どれも現実離れしていて。」と奥平さんが答えたところで5階のフロアに到着した。

「まず人文学の棚を見てみましょう。」

と館長が言ったので、一行は棚に近づいて行った。

真っ先にさとるが一番下の棚前にしゃがみ込みむと、「あった!ありました。巻物のポケット、異次元ポケットが!」と叫んだので

みんな驚いて顔を見合せた。

「何があったって?」

中でもまったく初耳の館長が腰を抜かさんばかりの驚きようで、心配した奥平さんが慌てて身体からだを支えるほどだった。

その時「巻物を入れたら全部元に戻るんでは?」と焦ったお兄さんがいきなりさとるから巻物を奪い取った。

しかし「待てまだ入れてはダメだ。それが異次元ポケットだかなんだかわからんが。」と

館長が叫んだので、巻物を入れようとしゃがんだお兄さんの手が直前で止まった。

「まったく勝手なことばかりやるな。」とおじさんが叱りつけて、力の抜けたお兄さんから巻物を受け取った。

「まず奥平君、私をテーブル席に連れてってください。悪いが巻物は私とこの子が見張るので、あとの方々は吹田さんの様子を見に行って、大丈夫そうなら連れて来てください。あの人が事情を知ってそうですから、話を聞けばどうしたらいいかわかるでしょう。」

館長とさとるが巻物を前にしばらく待っていると、ふらつく足取りでマスク姿の吹田をみんなで支えるというより捕まえたような感じで戻ってきた。

吹田を席に座らせるとさっそく館長が質問していったが、みんなの予想通り何者かに操られていたかのような曖昧な答えばかりだった。

ただし、吹田が同じ人文学の棚奥から「指示書」のようなものを見つけていたこと、展示が始まってから常に自分の中に人々の古代エジプトへの関心の低さが怒りとなって渦巻いてたことなどを聞いたときは、上がって来るときのエレベーター内でのおじさんの話が、意外と冗談ではなかったのだと思えた。

「寂しかったのかもな。古代エジプトの歴史への興味が薄いと感じたんだろうけど、オレらみたいなマニアもいるからな。」

「古代エジプトの発掘調査に関する講座は大学でも人気ありますけど。」

「古代エジプトの特番とか見て好きになる小学生もいるし。」

「今回前宣伝が足りなかったことは確かで、それは反省材料だったのですが、まさかこんなことが起きるとは。」

この奥平さんの発言を受けて、

「まあ考えると混乱するところもありますが、再度PRについては早急に検討してみましょう。あとは事態を収集するのに吹田さんには協力してもらわないと。」と館長が言ったので、一行はひとまず煙を避けバックヤードに戻った。

館長はバックヤードにあったレポート用紙を吹田の前に置くと、ヒエログリフ文字を使って古代エジプトのファラオに向けて手紙を書くよう指示した。

内容のチェックはもちろん図書館職員エジプト担当の奥平さんだ。

さとるもヒエログリフ文字を勉強中のため、ワクワクしながらそれを見守ったが、内容は古代エジプトの歴史に大変感銘を受けていること、今後も遺物を大切にし、未来に語り継ぐことなどを書いたらしい。

書き終わった手紙は図書館からのお知らせなどで使っている名前入りの封筒に入れたが、

「飾りっ気がねえな。」とおじさんが一言言ったため、館長は考えた末に、封印として来場記念用のエジプト展の大きな丸いスタンプを押したので、とりあえずは立派な感じになった。

「さあ、戻すとしましょうか。」

館長のかけ声でみんなは人文学の棚までゆっくりと移動した。

未来からの手紙を添えた巻物は、それを見つけたさとるの手によって再び開かれた「異次元ポケット」へと戻された。

するとあっという間に白い煙はなくなり、「異次元ポケット」は一瞬の光と共に消え失せた。

「やっとマスクがはずせるな。」

真っ先にその場の緊張を解いたのはおじさんだった。

「そうですね。みなさん下におりましょうか。」と奥平さんも笑顔になった。

「アンドロイドはどうなったかな?」とさとるはちょっぴり不安になったが、エレベーターが開いてすぐに貸出カウンターのいつものおばさんが普通に動いてる姿を見て、ホッと胸をなでおろした。

そして吹田を促しながら前を行く館長や奥平さんが、玄関まで来たところで立ち止まって振り返ったので、さとるたち3人もそれに習った。

「不測の事態とはいえ、私の力不足でみなさんを長い間館内に留めてしまうことになってしまい大変申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます。」という館長の挨拶に続いて、

「みなさん、ありえない体験でお疲れになったでしょう。無事に解決出来たのはみなさんのおかげです。企画展もより多くの方にご来館いただけるよう一層努力してまいりますので、是非またお越しください。お待ちしております。」と奥平さんは職員らしくその場で深々と頭を下げた。

「頑張って働いてエジプトに旅行に行くかな」とおじさんが軽い調子で言えば、

「ボクは古代エジプト学を研究したくなりました。」とお兄さんもそれに応じた。

さとるはというと、「ボクはヒエログリフ文字が読み書き出来るようになりたいけど、一番はタイムスリップしてさっきの手紙が届いたか王さまに確かめたいな。」と最後は子どもらしい夢を口にしたので、大人たちはみんな声に出して笑った。

そして「未来へのチケットは、案外身近なところにあるのかもしれませんね。ではみなさんさようなら。」という奥平さんの素敵な言葉に送られて、さとるたち3人は笑顔で図書館をあとにした。















































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