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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女が微笑う理由

作者: 縡切

―「犬」視点―


 最近の世界はおかしい。

 なんでも、不老不死っていうのを手に入れたいらしい。

 もう不老不死はいるのになあ。なんでなのか知らないけど、ちゃんとした人間で欲しいんだって。


 ボクは犬だ。キカイとかいうもので出来ているって言われたけど、よくわからない。キカイとかいうもので作られると、年をとらないらしいから、ボクは百五十年くらいずっとここにいる。

 ボクはここで飼われている。

 ちなみに、ボクのご主人様は不老不死だ。

 ご主人様は人間で、百八十年は生きている。世界で唯一の不老不死だ。いつも笑顔で、無邪気で、十六歳くらいの姿なのに、もっと子供のようにも見える。

 ご主人様も、ずっとここにいる。ボクが作られる前からずっと。

 ここは、なにかの研究所だ。それでいて監視塔でもあり、檻でもある。といっても、みんなご主人様を恐れるから、人間の出入りも監視もあるようでないものだ。・・・・・・彼の言い分だけど。

 もう一度言うけど、ご主人様は人間だ。

 でも研究所の人間が言うには、あれだけ人間性が欠如してしまった人間はもはや化け物でしかない、って。

 確かに、ご主人様はほとんどずっと笑っているし、喋らないし、人間を食べるし。でもでも、確かに生きていて、人間なんだ。

 ってボクが頑張っても、ご主人様は相変わらず笑っているだけだけど。


 そういえば、ご主人様を人間とも化け物とも何とも言わない、変わった人間がいる。

 彼は研究に関わっていたことがあるらしくて、いつもすんなりここに入ってきた。

 そしてボクを見つめると、ボクの頭を一撫でしてからご主人様に会いに行く。この時、いつもの無表情が少し哀しそうに見える。

 そんなに哀しいことがあるなら会いに来なきゃいいのにと思う。

 でも、彼を見たときのご主人様の表情といったら・・・・・・もうなんか、あれだね、花が綻ぶようなってやつかな?いつもの笑顔なんて比じゃないくらいの。とにかく、すっごくすっごく嬉しそうに笑うんだよ。ボクまで嬉しくなってくるんだ。

 それなのに彼ときたら、ひどいんだよ。ご主人様の嬉しそうな表情を見て、哀しみと後悔をふんだんに混ぜた、辛そうな苦しそうな痛そうな顔をする。しかも、いつもいつも。

 ご主人様が喜んでいるのにその反応はないだろう!ってボクは憤慨して彼に咬みつく・・・・・・のは勘弁してあげるよ。思わず飛び掛ったけど、謝らないからね!

 まあ、ご主人様はやっぱり嬉しそうに笑うだけなのだけれど。


 彼が帰ると、またいつものように微笑んだまま、ベッドに横たわる。そして何をするでもなく、そのままぽ~っとしている。

 そんな様子のご主人様に、ボクはいつもこう言うのだ。

「ご主人様が死ぬときは、ボクも一緒に殺してね。」

 だってボクはキカイだから、寿命とか、そういうのがないから。でも、ご主人様のいない世界にいるつもりはまったくないんだ。だから。

 そう言うと、ご主人様はいつも笑い返して、ボクの頭を優しく撫でてくれた。


 あの日までは。


 いつものようにふらりとやって来た彼は、珍しくボクを無視して通り過ぎようとし、ムカッとしたから一回吠えてやったけど見向きもしないで、ご主人様に向かっていく。ボクはなにかを感じてご主人様の側に行こうとしたけど、彼に抱き上げられたと思ったら、部屋から閉め出されてしまった。

 部屋の様子はわからない。口を開けて、ミサイルを部屋の扉や壁に乱射する。今になって、完全防音防弾設計が恨めしい。普通の部屋だったら、ミサイルで壊してでも突入するのに!

 どれくらい経ったか、わからない。ボクのミサイルの弾数が切れて少したったくらい。

 彼が出てきた。すごく疲れたような表情で、服には大量の血が付いていた。それどころか、扉が開いた瞬間、猛烈な血の臭いが溢れ出て。

 ボクは急いでご主人様のところに行った。

 でも。

 ご主人様は死んでいた。

 不老不死であるはずのご主人様は、心臓を一突きされて死んでいた。

 とても嬉しそうな、安らかな笑顔を残して。

 彼が殺したのだという事実に気がついて、彼の方を振り返ったけど、彼はもう見えなかった。


 ご主人様の死を知った途端、研究所はかつてないほどの慌しさだった。毎日のようにお偉いさんが来て、研究所の人間はペコペコ頭を下げて。

 彼の行方を問うたけれど、行方知れず。

 世界に唯一の不老不死は、詳細不明の事故死という形で世界から消え去った。


 ボクは独り、途方に暮れていた。

 同時に、怒ってもいた。ご主人様が死んだ悲しみより、裏切られた、その思いのほうが強かった。


 ご主人様・・・・・・死ぬときは、ボクも殺してねって言ったよね・・・・・・・・・・・・笑い返してくれたのに・・・・・・!


 たぶん、ずっと、ご主人様は彼に殺されるのを待っていたのだろう。だから、いつもあんなに嬉しそうにしていたんじゃないかって、今は思う。

 まあ、ご主人様の考えはボクが及びもしないことだらけだから。

 今度、ここの人間に、ボクを殺すお願いをしてみようかな、うん、そうしよう。


 そうしてボクは歩き出す。




―「彼」視点―


 最近の世界はおかしい。

 特にここ数百年はそう。

 誰も彼もが不老不死を求めて、醜い争いを繰り広げている。

「不老不死がそんなにいいものなのかな・・・・・・。」

 所詮、不老不死の本質が理解できるのは、不老不死になった奴だけということか。


 巷で流行の不老不死。今のところ、世界では一人しか成功が確認されていない。

 それが彼女。名前は無い。とうの昔に失くしてしまった。

 十八歳までは普通の人間として、普通に暮らしていたが、実験体にされてからは、研究所に監禁状態だ。

 彼女は人間扱いされていない。人間であることに間違いは無いが、周りの人間が彼女を見る目は「化け物」と雄弁に語っている。確かに、彼女を普通の、ありふれた人間として見るのは些か無理があるかもしれない。それは、不老不死という点を除いても。

 表情はいつも笑ったまま。声を発することが出来ない。話しかけても大体は反応が無い。

 そしてなにより、人間を食べる。

 なんでそうなったのかは不明だが、化け物扱いをするのには十分すぎるほどの理由だろう。

 まあ、多少の誤解が含まれるのだけれど、そんなの僕の知ったことじゃない。

 

 今、僕は研究所に来ている。あの忌まわしくも懐かしい、この建物へと。

 研究に関わっていたのと、彼女の古い知り合いということで、僕はいつでも出入り自由だ。

 彼女は僕の親友だ。

 幼馴染というほどではないにしろ、昔からよく交流があった。表情がころころと変わる彼女と、無表情を貫く僕とではひどく対照的だったが、とても仲が良かったように思う。曖昧な表現になるのはしょうがない。なんせ、百八十年以上前の話なのだ。百八十年前にはすでに彼女は不老不死になっていたのだから。

 そういえば、僕も不老不死だ。

 彼女のように実験体にされたわけではないけれど、いつだったか、自称:不老不死の奴と偶然出会い、「殺してくれ」と頼まれたものだから殺してやったのに、奴の不老不死を引き継ぐ破目になった。そうして、僕もめでたく不老不死の仲間入りを果たしてしまった。全く有り難くない。


「つくづく、僕もお人好しだよな。」

 独り言をぶつぶつ呟きながら歩く。研究所内にある彼女の部屋は、滅茶苦茶遠い。建物自体は大して大きくないくせに、彼女の部屋へ繋がる通路だけは地下まで伸び、無意味に長い。

「彼女が逃げ出すはずも無いのに。」

 一体、こいつらは何を恐れているのだろうか。

 まあ、化け物と恐れられる彼女だ。この反応は妥当といったところか。


 さて。


 着いてしまった。いや、最初からここに向かっていたのだからそれはそうだ。何のために長い通路を歩いて来たのか。

 僕はこうして、彼女によく会いに来る。幸か不幸か、彼女は不老不死になっても、僕のことは覚えていた。

 意を決し、扉を五回叩く。これは僕が来たというサイン。

 犬っぽい鳴き声が聞こえると、重々しい音を響かせて扉のロックが解除された。

 扉を開けると、犬っぽい・・・・・・いや、本人が犬だと主張しているから犬としておこう・・・・・・がいた。いつものようにそいつの頭を一撫でして、僕は彼女のもとへと向かった。


 と。彼女と目が合った。

 すると彼女はとても嬉しそうな表情で僕を見る。

 それを見て僕はいつも、なんとも言えない複雑な、それでいてとても苦い気持ちになる。彼女が不老不死になったのは僕の所為であり、この世界がおかしくなったのも、その原因の一端は僕にあるのだから。

 苦々しい・・・・・・たぶん他人からは無表情にしか見えない顔をしていると、彼女の飼っている犬っぽ・・・いや犬が、僕に飛び掛ってきた。主人が嬉しそうなのに、その嫌そうな顔はなんだ!といったところだろう。

 そんな僕らにお構いなく、彼女は犬を撫でながら、僕に微笑みかける。全く邪気の無い子供のような、いやそれ以上に邪気の無い、純粋な笑み。

「君は、いつも、そうして微笑(わら)うんだね。」

 まっすぐに。ただ僕を。


 彼女の様子をしばらく見て、僕は帰った。

 百年間ほど、ずっと迷っていたことがある。

 彼女が不老不死になる前に、僕は既に不老不死になっていた。彼女が不老不死の実験体になるとき、僕はそれを打ち明けた。

 ごめん。本当は僕が実験体になるはずだったんだけど。

 すると彼女は安心したように微笑んで、

「じゃあ、私のことも殺してね。」

と言った。

 僕の罪を一度も責めなかったけれど、今までで初めて、有無を言わせない瞳でそう言った。そう。これは彼女からの罰だ。彼女にそんなつもりはないだろうけど、僕はそう思った。ならば、甘んじて受け入れるべきなのだけれど。

 やはり、彼女を殺すのは抵抗がある。

 でも、僕に会う度に微笑うのは、きっとこの約束があるからだろう。

 今度、彼女に会ったら、彼女を殺そうと思う。


 なんとなく決意してから十日。

 僕は身の回りの整理をして、研究所へと向かった。

 顔が自然と強張る・・・・・・が、周りの人間から見れば、いつもと変わらぬ無表情にしか見えないだろう。

 彼女の部屋へ入るとまず、そこにいた犬を部屋から閉め出した。あれには邪魔されそうだしね。そして、彼女に向き直る。


「やあ。」

 彼女は僕の挨拶に笑顔で応じた。いつもと変わらない。変えるのは、僕だ。

「今日は君を殺しに来たんだ。」

 笑ったのは実に久しぶりだ。たぶん、ぎこちない。僕はまるで世間話でもするかのように、さらりと言う。

 対する彼女は少しきょとんとして首を傾げ――――不覚にも可愛いと思ってしまった――――理解したのか嬉しそうに微笑った。

「準備するから、少し待っててくれるかな。」

 彼女は頷いた。

 今の光景を見たら、ここの研究者どもは仰天するだろう。人間性を完全に失ったと思われた彼女が、普通に意思疎通が出来ているということに。

「だって、彼女は忘れてくれなかったからね。」

 呟いて、苦笑する。そう、彼女はいつだって、僕に「いつ殺してくれるの?」微笑いかけた。どんなに時が経っても、約束を忘れてはくれなかった。


 さて・・・・・・。


 不老不死を殺すには、少々手間がかかる。少々で済むだけ、マシかもしれない。なんせ、呪いを扱うのだ。魔術師や呪術師とかだったら楽にやれるんだろうな。僕が使える魔術は、これを含めてせいぜい二つだけ。ものぐさな僕にしては、頑張ったほうだと自分では思う。

 僕を不老不死にしやがった奴。あいつの(ことば)は、今でも鮮明に覚えている。というか、覚えてないと彼女が殺せない。

 (いにしえ)の魔術。僕がこれからやるのは呪い返しだ。


「それじゃあ、始めようか。僕の言う詞を、繰り返し唱えて。」

 そう言うと、彼女は大きく頷いた。

 ちなみに、彼女が喋れないと思われているのも誤解で、彼女は単に、声を出す気が全く無かっただけだ。不老不死だから、長い間使わなくても声帯はたぶん衰えない。

 僕の呟く詞を、彼女は歌うように復唱していく。

 ああ、彼女はこんなに綺麗な声だったか。


  その身に絡まる鎖

  今一度その縛りを緩めて

  魂を天空へ

  遥か彼方の虚空へと

  呪われし輪廻

  忌まわしき呪いは終わらない

  永遠を求める愚者よ

  その魂に消えることなき傷跡を


 その間僕は、自らの血で彼女の周囲に魔方陣らしきものを描いていく。まあ呪いがその範囲だけに影響するようにというものだから、その陣が正しいかどうかは、さほど問題にならない。

 ……適当すぎるのも、あれだけどね。

 さっき軽く手首をざっくり切って、思いのほか血が勢いよく出てしまった。動脈切ったかな。別に、痛くないからどちらでも構わないのだけれど。痛覚なんて、かなり前に無くなっている。


  その身に絡まる鎖

  今一度その縛りを緩めて

  魂を光のもとへ

  遥か彼方の輪廻の向こうへと

  呪われし魂

  忌まわしき呪いは紡がれ続ける

  永遠を求める愚者よ

  その輪廻に訪れることなき終焉を


 詞を紡ぎ終え、僕も陣っぽいものを描き終えた。陣の真ん中辺りに彼女がいることを確かめて、彼女の正面に立つ。

「長いこと待たせてごめん。もう、大丈夫だから。」

 両腕を頭の上に掲げ、詞を呟く。

「凍てつく(やいば) 此処に顕現」

 僕が使えるもう一つの魔術、氷の剣を生み出すこと。

 奴に使ったので最後かなって思ったんだけどね、と苦笑が漏れる。

 掲げた両腕もとい剣を振り下ろす。彼女の心臓に向けて。

 ドスッ、という鈍い音がして、彼女は床へ仰向けに倒れた。まだ、血は流れない。

「さよなら――×××」

 お別れに、と彼女の名前を呟くと、突然、時が動き出したかのように、おびただしい量の血と光が溢れた。眩しさに目を細め、けれど、視線は逸らさない。

 光が収束すると、彼女は床にごろりと転がって、絶命していた。生気を失って濁った瞳は僕を見つめたままで。とても安らかな微笑みを浮かべていた。

 彼女の瞼をそっと閉じ、無表情を貼り付けて速足で部屋を出た。足元をあの犬が走り抜けた気がした。


 これから、この研究所は、いやこの国は大変だろう。いくら化け物扱いしていたとしても、世界で唯一の不老不死が死んでしまったのだから。

 そういえば、不老不死の肉体は残らないんだった。奴がそうだった。けれど、一応あそこは監視塔なのだ、死んだことくらいは分かるだろう。

 ということは、僕が追われるのだろうか。彼女を殺したのは僕だし、不老不死でもある。

 いや、今まで僕を幽霊扱いしてきた奴らだ。今更追ってくるなんてこともないだろう。


 これから、何処に行こうか。

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